第457話 それぞれの思惑⑥

 「サクラと2人っきりって中々ないよね~。初めてかも??」


 「そう? でも、そうね。私、シュリのところで眠ってる事が多かったから」


 「足りない魔力、貯まってきた?」


 「おかげさまでね。これからは今までより役にたてると思うわ」


 「そっかぁ。でも、無理しないで平気だからね~?」


 「ありがとう、シェルファ」


 「うんうん。じゃあ、今日も無理無くがんばろーね? えっと~、歓楽街はグランで~、商人街がアリアでしょ~? んで、スラム街にイグニスが行ったよねぇ? ウチらが行くとこ、どこか残ってたかなぁ??」



 街の上空を並んで飛びながら、シェルファが指折り数える。

 その様子を微笑ましく見守りつつ、サクラは脳裏に獣王国の王都の簡易な地図を描いた。



 「そうね。残ってるエリアは貴族街くらいかしら。一般市民が生活するエリアよりは混乱は少ないと思うけど、とりあえず行って様子を見てみましょう? 何もないようなら、他のエリアを手伝いに行けばいいわ」


 「そうだね。そうしよっ。サクラが頭を使える精霊で良かった~。これがイグニスとうちだったら、どうしていいか分からなくなってたかもしれないよ~?」


 「そんなことないと思うわよ?」


 「そんなことあるよぉ。ありがとね、サクラ」


 「どういたしまして。役に立てたなら良かったわ」



 そんな言葉を交わしつつ、2人は貴族街へ向かう。

 緊急事態を察知してか、貴族達は屋敷にこもっているらしく、広い通りに人の姿は少ない。

 動き回っているのは、兵士の姿をしたならず者達のみ。

 彼らは、少人数の集団でいくつかの貴族屋敷を訪問しているようだった。

 サクラはその中でも、特にもめていそうな一団に目をつけた。



 「シェルファ。とりあえず、1番騒がしいあそこの様子を見てみましょう。姿を隠したまま近付くわよ?」


 「りょーかい。こっそり、だね」



 2人は言葉を交わし、一般人には見えない状態を保ったまま、もめてる様子の貴族屋敷へと向かう。

 その貴族屋敷の玄関先には5人のならず者兵士と相対する、老執事の姿があった。



 「奥様は、あなた方とお会いする必要性を感じないとの事です。お引き取り下さい」


 「いやぁ。そういうわけにもいかなくてね。とにかく、あんたじゃ話にならないから、その奥様とやらを呼んでくれる? ここのご当主様の事で話があるって言ってるだろ?」


 「……ご主人様は、ご無事なんですね?」


 「ああ? まあ、元気にしてるんじゃね? 俺らは直接会ってないからなぁ。たださ、新しい国王陛下がおっしゃったらしいんだよ。家族が離ればなれなのも可哀想だから、面会させてやろう、って。優しい方だよなぁ?」


 「離ればなれが可哀想? ならば素直にご主人様を帰して頂ければいいだけの話でしょう?」


 「あんたのご主人様は国の要人なんだろ? 偉い人間は色々城でやることがあんだろ? なあ?」



 男が同意を求めると、後ろにいた彼の部下だか仲間らしい男達が、そうだそうだ、と相づちをうつ。

 そんな彼らを睨むように見つめ、



 「……とにかく、奥様はあなた方とお話をするおつもりはありません。お帰り下さい」



 老執事は屋敷のドアを閉めようとした。

 しかし。



 「まあまあ。そう慌てるなよ。奥様やあんたはそうかもしれないけど、ここのお嬢さんはどうだ? お父様に会いたいんじゃねぇか?」



 しまりかけたドアに手をかけて、男がにやりと笑う。

 そして家の奥に向かって叫んだ。一緒に来たらお父様に会わせてやるぞ、と。

 その声に呼応するように、屋敷の奥が騒がしくなり。

 玄関の外へドレス姿の少女が駆けだしてきた。



 「デリラ! ダメよ!!」


 「デリラお嬢様、いけません!!」



 母親の声が追いかけ、老執事が制止の声をあげたが、それでも少女の足は止まらなかった。



 「あなたがお父様に会わせて下さるの?」


 「ああ。会わせてやるぜ? いい子にしてたらな?」



 頬を上気させて見上げてきた少女の手を掴み、己の側に引き寄せる。



 「ああっ。お嬢様!!」



 少女の素早さに驚きつつも慌てて伸ばされた老執事の手は空を切り、少女は男の腕の中に。

 その彼女を追うように、母親も姿を現した。



 「お? ようやく奥様にお目にかかれたな。まあ、お嬢さんだけでもいいんだが、まさか、娘だけで行かせるつもりはないよな?」


 「わ、わたくしが参りますから、デリラは返して下さい」


 「いやいや。お嬢ちゃんはお父様に会いたいよなぁ?」


 「もちろんお会いしたいわ。もうずいぶん長くお会いしていないもの。お母様も行きましょう?」


 「ほぉら、お嬢ちゃんもこう言ってるし、旦那も待ってるぜ? おい、お前ら。奥様をお連れしろ」



 リーダーの男の言葉に応じて、男が2人前に出る。



 「や、やめなさい。奥様に手を……ぐぅっ」



 それを阻もうと老執事が前に出るが、屈強な男2人の敵では無かった。



 「じゃますんなよ、じじい。そこで大人しく寝てろや」



 蹴り倒した老執事に唾を吐きかけ、おびえた様子の母親を無理に連れ出そうとする。



 「や、やめなさい。奥様も、お嬢様も、連れて、いかせは……」



 その足に、老執事がすがるようにしがみつく。

 男は舌打ちをしてその手を振り払うと、容赦なくその頭を蹴り飛ばした。

 折れた歯が飛び、鼻から血を流しながらも、それでも老執事は手を伸ばした。

 大切な奥様とお嬢様を守ろうと。

 すると2人の内の1人が向き直り、老人の身体を蹴り始めた。

 抵抗する力を奪うように、何度も、何度も。



 「やめて!! 死んじゃうわ!!」



 リーダー格の男に腕をとられた少女が叫ぶ。

 少女の悲鳴のような声に男は口元をゆがめ、



 「おい、お嬢さんが怖がってる。もうやめとけ」



 暴力の快楽にのまれかけれている部下に制止の声をかけた。

 リーダーの声に動きを止めた男の足下には、ぴくりともしない老人が転がっている。

 それをみた少女が思わず駆け寄ろうとしたが、腕を掴まれたままだからそれすらままならない。

 少女は、貴族の令嬢らしい世間知らずな気の強さで、自分の手を掴んだままの男を睨んだ。



 「手を離して! 手当をしてあげなきゃ」


 「申し訳ないですが、それはできませんなぁ。お嬢様と奥様にはこれからすぐに一緒に来ていただかないと」


 「いやよ!! 助けなきゃ死んじゃうかもしれない」


 「勝手に死なせりゃいいじゃないですか。たかが使用人でしょう?」


 「あなた……あなたみたいなひどい人にお父様がお願い事をするはずがないわ! あなたとは一緒にいかない!! はなして!!」


 「……はぁ。こっちが下手に出てりゃ、ぎゃーぎゃーとうるせぇなぁ。ちょっと黙ってろ」



 リーダー格の男はそう言うと、力任せに少女の頬を張った。



 「デリラっ!!」



 それを見た母親の悲鳴が響く。



 「よし、静かになったな。母親の方も大人しくさせとけよ。あんまり騒がれて、正義感にかられた勘違い貴族が乱入してきても面倒だからな。それから手の空いてる奴らは屋敷の中から金目のモンでもとってこい。それくらいの小遣い稼ぎは許されるだろうさ」



 リーダーの指示に従って、他の男達が動き出す。

 それを眺めながら、リーダー格の男は、静かになった少女を肩に担ぎ上げようとした。

 しかし。



 「シェルファ。これは黒かしらね?」


 「黒も黒。真っ黒けっけ~、じゃない? お年寄りに怪我をさせて、こんな可愛い女の子を叩いて、あっちの女の人にやらしいことをしようとしてるしぃ」


 「……最後のは未遂だけど、まあ、可能性は否定できないわね」



 男がしっかり捕まえていたはずの少女は、突如現れた怪しい2人組に奪われていた。



 「てめぇら。どこから現れやがった? そいつは俺の獲物だぞ!?」



 男が吠える。



 「ねえ、シェルファ? 無駄吠えする男ってみっともないわよね?」


 「うん。かっこわるぅ~い。君もそう思うよねぇ?」


 「え? えっと、そ、そうですね?」



 救出した幼い令嬢も巻き込んで、サクラとシェルファはリーダーの男を煽る。

 彼の敵意を全て自分達に集めるために。

 そしてその思惑に、男は見事に乗っかってくれた。



 「あ゛? 女だからって容赦しねぇぞ? おい、てめぇら! あの女どもに思い知らせてやれ」


 「「へい!!」」



 彼の声に応えたのは2人。貴族の奥方を拘束していた男達だ。

 他の奴らはどうした、とリーダーの男は背後に控えているはずの部下の方を振り向いた。

 振り向いて、目を見開く。

 背後にいた部下は2人とも、光り輝く球体とうっすら緑がかった球体にそれぞれ閉じこめられていた。



 「な、なんだ、こりゃ!!」



 男が叫ぶ。

 その目の前で、球体の中の男達も半透明の壁を叩きながら何かを叫んでいる。

 どうやら生きているらしい、とちょっとほっとしつつ、



 「おい、てめぇら。部下になにしやがっ……た?」



 振り向いた男は再び言葉を失った。

 振り向いた先で、さっきまで貴族の奥方を拘束していたはずの部下達が拘束されていた。

 先に捕まった部下と同じ、輝く球体と緑の球体に。



 「なにを? 危険な生き物をちょっと隔離しただけ、だけど?」


 「うんうん。自由にしとくと何をするか分からないからね~」


 「まあ、弱い彼らが何をしても、私達を困らせる事なんて出来ないでしょうけど、うろちょろされるのも面倒だしね」


 「なんか弱いものいじめみたいで微妙だけど、いけないことをした方が悪いんだし、仕方ないよねぇ?」


 「あ、閉じこめたとは言っても、あれ、基本的には保護する為の皮膜なのよ?」


 「そうそう。あれに入ってれば、魔法も物理も、生半可な攻撃力じゃまず通らないし、すっごく安全!」


 「あ、安全……なのか?」


 「……でも」



 安全、という単語に少し気を抜きかけた男を見ながら、サクラは唇の端をつり上げる。

 それを見た男の背筋が強烈な寒気に襲われた。



 「中の環境は私達の自由自在だから、ねぇ?」


 「そうだねぇ。悪い子にも安全かどうかは分からないなぁ」


 「こんな風に中の空気を抜けば、ほら?」



 サクラの言葉を合図にしたように、光と緑の球体に囚われていた男達が苦しそうな様子をみせる。

 彼らはどうにか脱出しようとしばらく暴れ、そのあと静かになった。



 「これでよし、と。シェルファ、保護を解除するわよ」


 「ほいほ~い」


 「そこのあなた?」


 「は、はい」


 「使用人をよんで、転がっている男達の拘束を。窒息して気を失ってるだけだから、時間がたてば目を覚ますわ。その前に、早くね?」


 「わ、分かりましたわ」



 サクラとシェルファは光の保護と風の保護を解除し、硬直していた貴族の奥方に指示を出す。

 助けられた彼女は素直にその指示に従い、サクラ達の元にいる娘に心配そうな視線をちらりと向けた後、屋敷の中へ駆け込んでいった。

 その視線に気づいたサクラは、不安そうな様子で母親を見送る少女の背中をそっと押す。



 「さ、あなたも行きなさい。行ってお母様のお手伝いを」



 サクラの言葉に、少女は少しだけためらう様子をみせたがすぐに頷き、



 「ありがとう、ございます」



 感謝の言葉を残して駆けていった。

 そんな様子を呆然と見ていた男は、不意に我に返って、



 「おい、ちょっと待て!! 逃げるんじゃねぇ!!」



 走り去る貴族の少女に追いすがろうとした。

 しかし、この場にいるのはそれを許すほど甘い相手では無かった。



 「シェルファ、そいつをかごに捕まえて。私はあそこの人を出来るだけ治療してみる」


 「はぁ~い。シェルファにお任せ、だよ~」



 サクラの指示ににっと笑い、シェルファは悪足掻きする男を緑の球体の中に閉じこめた。

 サクラはそれを確認することなく、力なく倒れ伏したままの老人に近づいた。

 恐らくあちこちの骨が折れているが、幸いなことに息はある。

 息がある、ということはまだ助けられるという事だ。

 その事実に、安堵の吐息を漏らしつつ、サクラは老人の身体を癒しの光で包み込んだ。

 といっても、光の精霊のくせに戦闘に特化しているサクラの癒しの力は弱い。

 まあ、弱いとは言ってもちょっとした傷を治すくらいの力はあるが、



 「アクアの癒しの水なら骨ぐらいすぐにくっつくんでしょうけどね。私の光じゃ表面的な傷の治癒と、骨折の治りを良くするくらいしかしてあげられない。悪いわね」



 本人は不満そうだ。

 だが、その声を聞いて意識を浮上させた老人はその口元にわずかな笑みを浮かべてみせる。



 「治療をしていただけただけでありがたいことです。助けていただいたことに、心からの感謝を」



 そして、身体の状態を確かめるようにゆっくりと身体を起こして、どうにか立ち上がった。



 「まだ、無理しない方がいいわよ? 痛いでしょう?」


 「いえ。痛みはずいぶん良いようです。あなた様の治療のおかげでしょう」



 そう言って老人は心から微笑み、



 「では、私は奥様のお手伝いをして参ります。悪者どもを拘束する道具と人手をつれてすぐに戻って参りますので」



 そんな言葉を残して、ゆっくりと慎重に屋敷の中に戻っていった。

 その背中を見送り、サクラはゆっくりとシェルファと彼女が拘束している男の方へ向き直る。



 「サクラ、こいつはどうしよっか?」


 「他の連中と一緒で良いわ。終わったら、他の屋敷も見て回りましょう」


 「ほーい。了解だよ~」



 返事と共にシェルファは球体の中の空気を抜き、中の男はしばし暴れた後静かになった。

 その男を他の連中と同様に地面に放置して、サクラとシェルファは宙に舞い上がる。



 「じゃあ、さっさとこの辺りの混乱を収めて、さっさとシュリのところへ戻りましょう」


 「うん、さんせ~い」



 そんな言葉を交わし、2人は空から貴族街の様子を見て周り、少しずつ混乱をおさめていくのだった。

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