第417話 天使の舞い降りるとき②

 「ポチとタマばっかり呼び出されてずっこいのじゃ!! 妾だって役に立てるのじゃ」



 ポチとタマだけがシュリに呼び出された事実にむきーっとなったイルルは、湖の側の別荘をものすごい勢いで飛び出した。

 そしてその勢いのまま、火トカゲの姿で帝城の竜舎に駆け込み、



 「アマルファも来るのじゃ!! 龍のすごさをシュリにきっちりと分からせてやらねばの!!」



 アマルファにそうまくし立て、



 「えっと、それと私に何の関係が……」


 「お主とて龍の端くれじゃろ!!」


 「まあ、そうですけど。でも正直、シュリ云々はどうでもいいというか……」


 「ええい、うるさいのじゃ!! 行くったら行くのじゃ。ほれ、早く人の姿に転身するのじゃ。そんなでっかい体で動いたら目立って仕方がなかろ? 妾もアダルトぼで~で参戦するから、恥ずかしくないんじゃぞ?」



 アマルファは反論を試みるも、子供(?)の我が儘に押し切られ。

 渋々ながらもイルルと共に人の姿に転身したアマルファは、飛竜の厩舎係の目を盗んで、なぜか足の裏から炎を出しながら高速飛行をするイルルに手を捕まれたまま空を飛び、目的地に着いた後、



 「な、なぜこうなったのじゃ~~~!?」



 2人揃って見事なまでに掴まった。

 アマルファは自分達を捕らえた人間を無理矢理振り払ってでも逃げるつもりだったが、慌てたイルルに止められた。

 イルル曰く、



 「妾達と人間の肉体強度の差を考えるのじゃ。妾達はちょっと振り払ったつもりでも、うっかりしたら人の体は真っ二つじゃぞ!? 血と内臓がどば~っで、殺された人間の仲間がわらわら出てきて大変な事になるに違いないのじゃ」



 とのこと。

 アマルファは仕方なく抵抗を諦めたが、手足を縛られ、牢に転がされ、じっとりとした眼差しをイルルに注いだ。



 「で?」



 これからどうするのか、と問うように一言。



 「う、うにゅう。そ、そんなに怒った顔をするでない。妾とて悪気があった訳じゃないのじゃ。ただ、むやみに人間を傷つけると、シュリが悲しい顔をするから、それだけは絶対ダメなのじゃ」


 「私だって人を積極的に傷つけたい訳じゃありません。でも、自分の身を守るためなら仕方ないのでは?」


 「じゃ、じゃがの~」


 「で? これからどうするんです? イルル様の言うとおりに大人しくしていたら、まんまとこうして拘束されて転がされているわけですが?」


 「妾達が掴まったところは、恐らくポチとジェスが目撃してるはずなのじゃ。奴らの気配を追ってきたんじゃからある意味当然じゃが。シュリも後から合流するんじゃろーし、そうしたら助けてくれるはずなのじゃ」


 「へー」


 「うっ! そ、そんな生ゴミを見るような目で見ないで欲しいのじゃ。そっ、それに、これは掴まったんじゃないのじゃ。シュリが突入する時の為に、前もって潜入しといただけなのじゃ!!」



 イルルの苦しい言い訳を聞きながらアマルファは大きなため息と共に肩を落とす。

 そして大好きな帝国の皇子の事を思った。



 (黙って出てきちゃったけど、レセル、心配してないかな)



 そっと出てきたから、彼はまだアマルファの不在に気づいていないだろう。

 竜舎の中でもアマルファのいる場所は他の竜とは区切られていて個室仕様になっており、厩舎係もそう頻繁には訪れない。

 レセルファンが彼女に会いに来なければ、そんなに早く彼女の不在が明るみに出ることはないだろう。

 それに今、レセルは忙しく、ここ数日はほとんど彼女に会いに来る事もなかった。



 (ああ。レセルに会いたいなぁ)



 目を閉じて、アマルファは彼の事を思う。

 姿も声もその心の美しさも。彼の全てがアマルファを捕らえて離さない。

 最初はただ人に興味があっただけだった。

 でも彼という人を知って、人間を好きになった。


 人間の全てが彼のように正しくあろうとするものではない、とアマルファだって分かっている。

 レセルファンと共に生活する間に、人間の負の部分もそれなりに見せられてきた。

 だから、人の悪い部分にふれるのは、これが初めてというわけでもない。


 でも、人間の汚い部分を見せつけられた後は、どうしようもなくレセルに会いたくなる。

 レセルの優しい手で撫でられ、その声を聞きたくなるのだ。



 (会いたいよ、レセル。迎えに、きてよ)



 無理だと分かりながらも、心の中で大好きな主に語りかける。

 答えはもちろん返ってこない。

 それどころか、彼女の求める声の代わりに返ってきたのは、



 「龍の瞳の女を2人も手に入れられるとは。俺も中々運がいい。身支度を整えている花嫁を加えれば、俺の手中にある龍の瞳は3対になる。これだけの母体があれば、1人くらいは龍の目の息子を俺に与えてくれるだろう」



 嫌悪感しか呼び起こさない、不快な声だった。



 「は。それに中々見目も麗しく。1人はオリアルド殿下のお好みの体型をしている、かと」


 「ふむ。1人はこの間レセルファンといた女か。もう1人は、はじめてみる顔だな。だが、確かに、体つきは俺の好みだ。やはり女はこのくらい実っている方がそそられる」


 「確かに、おっしゃる通りです。ですが、味見は後ほどに。今日は花嫁に集中した方がいいでしょう」


 「わかっているさ。この2人の存在は、わが花嫁にはもう少し隠しておこう。ヤキモチを焼かせるには、まだ時期尚早だからな」


 「にゃに訳分からんことをぐちぐち言っておるのじゃ!! お主等、さっさと妾達を解放した方が身のためじゃぞ!!」



 2人を閉じこめた檻の前で、のんびり言葉を交わす男達の様子にじれたようにイルルが叫ぶ。

 そんな彼女を眺め、ジグゼルドはやれやれと肩をすくめた。



 「大人しくしていろ、女。大人しく言うことを聞けば大切にしてもらえる。何しろ、お前達は、我が皇子が龍の瞳の子供を得るための苗床だからな。皇子のお情けを頂ける幸運な未来を噛みしめるといい」


 「うにゅ? お情けを頂ける?? それは美味いのか? 妾、お菓子は何でも好きじゃぞ?」



 遠回しな言い方を理解できず、イルルは首を傾げる。

 千年を越えて生きてなおこれなのだから、恐ろしい話である。

 そんなイルルの真横で、アマルファが盛大なため息をもらした。



 「お情け、とは男女のアレの事ですよ」


 「男女の、アレ??」


 「……エッチな事です。あの男はイルル様にエッチな事をして、自分の子供をイルル様に産ませてやろう、とそう言ってます」


 「な、な、な、なんじゃとぉぉぉ!? お情けとは、新種のお菓子じゃなかったというのか!? あ、危なかったのじゃ。危うく受け取ってしまうところじゃったのじゃ」


 「……体型は好みだが、頭はかなり悪そうだな」



 そんなイルルとアマルファを見ていたオリアルドは、少し後ろにひかえているジグゼルドに話しかける。



 「……賢すぎる女よりは、扱いやすいのではありませんか」


 「……確かに、それもそうか。まあ、いい。そろそろ戻るか。あまり花嫁を放っておくのもよくないだろうからな」



 男2人はそんな会話を交わし、女の検分は済んだとばかりにくるりと背を向けて部屋を出ていく。



 「わっ、妾は身も心もシュリのものなんじゃからな~!! お主の子など、誰が産むか、なのじゃぁぁ~~!!!」



 イルルは叫んだが扉はすでに閉ざされ、その声は薄暗い部屋の中にむなしく響いた。


 ◆◇◆


 「今の、イルル様でありましたね?」


 「ああ。そうだな。イルルだったな」


 「捕まったでありますね?」


 「ああ。捕まったな。連れの女性もいたようだが、その女性も諸共に」


 「まずい、でありますね」


 「まずい、ような気がするな」



 シュリの指示通りに馬車の痕跡を追い、敵が潜伏していると思われる建物の近くで隠れて様子を見ていたポチとジェスの額を冷や汗が伝った。

 そして思う。

 どうしてイルルという人物はこうも間が悪いのか、と。



 「どど、ど、どうしましょう!? ジェス殿~~~!?」


 「落ち着け、ポチ。奴らも捕まえてすぐにイルル達をどうこうするつもりはないはずだ。彼らの優先順位はアズラン様とファラン様の方が先だろう。このまま、予定通りシュリを待った方がいい」


 「そ、そうでありますね。ポチ達が慌てて動いて事態をさらに悪化させるよりは現状維持の方がまし、ということでありますよね」


 「ま、そうだな。正直、これ以上悪くなりようがない気もするが」



 小声で言葉を交わしつつ、建物の様子を見守る。

 だが、外からうかがい知れることなどたかが知れており、中の詳しい様子など分かるはずもない。

 じりじりした気持ちで待ち続け、



 「シュ、シュリ様ぁ。早く来て欲しいでありますぅぅ。ポチはイルル様がなにをしでかすか、心配で仕方ないであります」



 イルルの身が心配な訳ではない。彼女が巻き起こす何かが恐ろしい。

 ポチがそんな素直な心情をぽろりとこぼしたその時。



 「お待たせ。来たよ、ポチ」



 ようやく待ち人が現れた。草むらに潜む2人の間によいしょっと入り込んだシュリは、彼女達を労うようににっこり微笑んだ後、



 「で、イルルがどうしたって??」



 続けてそう問いかけたのだった。

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