第404話 別荘での大歓迎②
子供達を出迎え、ひとしきり言葉を交わして過ごした後、公爵夫妻は帝都でやるべき事がある、と迎えの竜騎士の飛竜に乗って帝都へむかい飛び立った。
この湖のほとりの保養地は、帝都まで馬車で4、5時間、飛竜に乗って1時間かからないくらいの距離にあるらしい。
なので、忙しい帝都の貴族に人気のある保養地なんだとか。
帝都からそれだけ近い割には、周辺の観光スポットやらレジャースポットはそれなりにあるらしく、それらについてファランから話を聞いていたら、使用人があわてた様子でサロンに駆け込んできた。
どうやらお客様が来たようで、使用人から客人の名前を耳打ちされたファランの顔がぱっと輝いたことから、その人物は彼女達にとって好ましい人物らしいと想定できた。
とはいえ、公爵家の別荘に事前の連絡もなく来られる人物ならば、きっと身分の高い人であるに違いない、と護衛のジェスと目を見交わし、居住まいを正していると、
「シュリ、そんなに緊張しなくても大丈夫よ。いらっしゃったのはレセルお兄さまとスリザだから。お2人とも、とても気さくな方達なのよ」
ファランが笑いながらそう教えてくれた。
しかし、そう教えられたからといって、緊張を解く気には全くなれなかった。
レセルとスリザ。
ファランは愛称でその2人を呼んだが、正式な名前はレセルファンとスリザール。
レセルファンは第三皇子の名前、スリザールは第四皇子の名前である。
ファランとアズランのお母さんは降嫁してはいても皇帝のお姉さんなので、血のつながりだけを考えれば2人と皇子様達はいとこ同士。
こうして2人を訪ねてくるということは、身分を越えたいとこ同士としての交流が普段からあるということなのだろう。
昨夜のファランの話しっぷりから察すれば、彼女がレセルファン殿下に恋心にも似た好意を抱いているのは明らかだったし。
「そうだぞ、シュリ。スリザはいい奴だし、レセル兄上は強くて優しい方だ。それに、レセル兄上は竜騎士達とも親しくされていて、自分の飛竜もお持ちなんだぞ。きっと今日もアマルファに騎乗していらしたに違いない。後で一緒に見せてもらおう!! アマルファは他の飛竜よりずっと体格が良くて立派な飛竜なんだ」
緊張を解ききれないシュリに、アズランがそう声をかける。
アズランはアズランなりに気を使ってくれているらしい。
「うん。そうだね。僕も会ってみたいな。レセルファン殿下の飛竜に」
その心遣いを無にしないように、シュリが微笑んだその時、サロンの扉が開いて2人の人物が入ってきた。
「レセルお兄さま!!」
嬉しそうな声をあげて駆け寄ったファランを、長身の青年が抱き留めて微笑む。
「ファラン。元気そうだね。でも、相変わらずのおてんばだな。アズランも元気そうで安心したよ」
軽く抱き留めた後に体を離し、レセルお兄さまと呼ばれたその青年はファランの頭を優しく撫でた。
「レセル兄上。お久しぶりです」
そして駆け寄ってきたアズランをじっと見つめ、その無事を確認して安心したように小さく息をつくと、ファランにしたようにアズランの頭も撫でる。
そんな彼らの様子に唇を尖らせるのはもう1人の少年だ。アズランやファランより少し背が低くて幼い印象の少年は、
「ファランもアズランも!! レセル兄様しか目に入ってないの? いつだって僕の事は後回しなんだから!!」
不満を隠そうともせずにそう言った。
そんな彼に目を移し、
「そんなことないぞ? 久しぶりだな、スリザ。ちょっと背が伸び……いや、縮んだのか??」
「ひ、ひどいよ、アズラン!! 僕が縮んだんじゃなくてアズランが伸びたんでしょ!? 僕の成長期はこれからなんだから!!」
アズランはそんな暴言で少年のほっぺたを膨らませ、
「久しぶりね、スリザ。ぎゅってしてあげるからご機嫌なおして? ん~~~っ、やっぱりいい抱き心地ね。アズランは最近、ごつごつしてきちゃったから、いまいち抱き心地が悪いのよ」
「ファ、ファ、ファラン!! 前から言ってるけど、僕だって男なんだからね!? そんなに気軽に抱きつかないでよぉ!!」
ファランはぎゅむっと少年を抱きしめて、その頬をリンゴのように真っ赤にさせた。
そんな扱われ方の彼に、なんだか親近感を覚えて、シュリは胸をほっこりさせる。
カイザル帝国の第四皇子・スリザール殿下の御年は今年で12歳。
だが12歳の割には、2人からスリザと呼ばれる目の前の少年は身長も低く体つきは幼く見えた。
アズランとファランの可愛がりからどうにか抜け出したスリザールは、
「そ、そういえば、友達を連れてくるって言ってたよね? ドリスティアの王立学院の同級生なんでしょう? どこにいるの?? 僕も仲良くしたいから早く紹介してよ」
そう言って、赤くなった頬を誤魔化すようにせわしなく周囲を見回す。
その視線はシュリの上もちゃんと通っているのだが、双子の同級生というフィルターがかかっているせいか、彼の目がシュリの上で止まることはなく。
だが、シュリという存在にすっかり慣れきっている双子は、不思議そうにそんないとこを眺めた。
「なに言ってるのよ、スリザ。目の前にいるじゃない」
「そうだぞ。さっきからずっとそこにいるだろう?」
「目の前に、って。いるのは小さな子供と仮面の女性だけじゃないか」
「だから、その子よ」
「その子? あ、もしかして、仮面の女性が? 子供を育てながら学院に通って……」
「そうじゃない。どうしてそうなるんだ? 仮面の女性はシュリ……僕らの、その、と、友達の護衛だよ」
「仮面の女性が護衛!? じゃ、じゃあ……」
まさか、と言いたげな表情でシュリを見つめるスリザール。
シュリはちょっぴり苦笑して、右手を左胸に当てて行う帝国式の作法で頭を下げた。
「初めまして、レセルファン殿下、スリザール殿下。アズラン様とファラン様の学友のシュリナスカ・ルバーノと申します」
かしこまった口調で挨拶をすると、
「様はやめてって言ってるでしょ?」
「そうだぞ。シュリに様を付けて呼ばれると背筋がぞっとするからやめてくれ」
ファランとアズランにすごくいやな顔をされた。
礼儀正しくしようと思っただけなのに、と唇を尖らせると、
「丁寧な挨拶をありがとう。だが、殿下はやめてくれ。アズランとファランの友人なら俺の友人も同然だ。俺のことも気軽にレセル、と呼んで欲しい。俺も君のことはシュリって呼ばせてもらうよ」
にこやかな表情でレセルファンが口を挟んできた。
言われるような気はしていたが、実際に言われてしまうとちょっと困ってしまう。
シュリと彼の間に横たわる身分差は、気軽に飛び越えられるレベルではなかったから。
などとシュリが思っていると知ったら、某国家元首の名前や、某王国の女王や跡取り息子の名前を気軽に呼び捨てにしてるくせに今更なにを、というつっこみが各方面から入りそうだが、幸いにしてシュリの考えを正確に把握している者はなく。
困った顔でしばし考え込んだ後、シュリは恐る恐る口を開く。
「あの、レセル様、って呼ぶのは……」
「公式の場ではそうしようか。だが、プライベートな時は呼び捨てで構わない」
公式の場で様を付けることは許可してもらえたが、普段は呼び捨てで、との要望も同時に伝えられた。
シュリはむぅ、と唇を尖らせた後、諦めたように肩を落とした。
「……はい。では、そのように」
「敬語もやめてくれ。アズランやファランにするように、気楽にな?」
渋々頷いたら、敬語も禁止されてしまった。
何とか言ってくれないかな、ともう1人の皇子の方を見ると、第四皇子のスリザールは興味津々といった様子で、シュリをじっと見つめていた。
ぱちっと目が合うと、彼はちょっとうろたえたように目を泳がせ、なぜかほっぺたを赤くした。
「スリザール様?」
呼びかけると、
「兄様のことをレセルと呼ぶんだから、僕のこともスリザって呼んでくれなきゃ不公平だよ」
唇を尖らせた美少年にそう返された。
どうやらシュリは、帝国の皇子様2人の名前を、呼び捨てにしなきゃいけない運命らしい。
だが、理不尽な押しつけに慣れてしまっているシュリは、すぐに諦めて受け入れた。
本人達がそれでいいって言うんだからそれでいいや、と。
「じゃあ、えっと。……スリザ?」
「ああ、うん。そ、それでいいよ。僕もシュリ、って呼ばせてもらう」
シュリが言葉遣いを変えたことで、スリザールも納得してくれた。
でも、まだなにかそわそわしてるし、ほっぺたも赤いし、何となく挙動不審だ。
なんでだろう、と思いながら彼を見上げていると、彼はさらにほっぺたを赤くして、でも思い切ったように、
「シュリはその、か、可愛いけど、エスコートしてくれる相手はいるの? も、もしいないようなら、こちらに滞在する間だけでも、僕がエスコートしてあげてもいい、けど」
そう言い切った。
一瞬なにを言われているのか分からずに固まる。
それから、助けを求めてアズランとファランを見た。
すると、なぜかアズランは困り果てたように頭を抱え、ファランは面白いことみぃつけた、と言わんばかりに目を輝かせている。
2人とも役に立ちそうもない、と早々に見切ったシュリは、諦めてスリザールに向き直った。
彼の誤解を正すために。
(っていうか、自分の事を僕って言ってるし、服装も男の子仕様だし、どうして間違われるかほんと分からないんだけど)
と内心不満に思いつつ口を開く。
「あの、スリザ?」
「な、なに?」
「気持ちは嬉しいけ……」
「嬉しい!? よかった!! じゃあ、シュリのエスコートは僕が!!」
「気持ちは嬉しい、けど!!」
「う、うん」
「残念なことに、僕もエスコートする側なんだ」
「え?」
「だから。僕もエスコートする側の性別なの。つまり、男の子」
「は? おと、こ??」
「うん。だからエスコートしてもらう必要はないんだよ。ごめんね?」
「う、う、う……」
「ん??」
「うそだぁぁっ。そんなに可愛いのに男だなんて、僕は信じないぞぉぉぉ!!!」
真実を突きつけられたスリザは、叫びながら飛び出していってしまった。
(えええぇぇぇ~? なんでぇ??)
困惑した気持ちでスリザの背中に向かってむなしく手を伸ばしたままのシュリの肩に、ぽん、と誰かの手が乗せられる。
誰だろう、と思いながら横を見るとそこにはファランがいて、
「少年の初恋を無惨に踏みにじるなんて、シュリも罪な子ね」
楽しくて仕方がないというような顔でそう言われた。
「罪な子、って言われても。僕が男なのは変えようがないんだから仕方ないよ」
反射的に言い返すと、
「シュリが可愛すぎるのが罪なのよ。正直、美少年っていうよりは美少女寄りだもの。いっそ女の子のふりしてスリザにエスコートさせてあげたらよかったのに。ドレス、すっごく似合うと思うわよ?」
即座にそう返され、その自覚がないでもないシュリは、しょんぼり肩を落とす。
「僕だってもうすぐ男らしくなるもん。ガチムチで筋肉質な、頼りがいのあるナイスガイになれるもん」
「そっ、そうだな!! シュリならきっとなれるぞ!! 私も手伝うから今から一緒に鍛えよう? な?」
「男らしく? 無理に決まってるじゃない」
「ガチムチで筋肉質なシュリ? 絶対ないだろう?」
「会ったばかりの俺が言うのもなんだが、ちょっと無理なんじゃないか? 君は君らしく美しく育てばいいと思うけど、それじゃダメなのかい?」
しゃがみこんで床にのの字を書き始めたシュリを、優しいジェスは一生懸命に慰めようとしてくれた。
しかし、他の3人からはダメだしされ。
膝を抱えて丸めた背中の哀愁が無視できないレベルに達したのを見て、さすがにまずいと感じたのか、レセルファンがシュリの頭にぽんと手を乗せた。
「シュリ。俺の竜を見てみるかい? 俺は竜騎士ではないけれど、運良く自分の飛竜と出会うことが出来た。俺のアマルファは賢くて美しくて最高の相棒なんだ。もし、シュリが飛竜に興味があるなら」
「僕も久しぶりにアマルファに会いたい。シュリも一緒に行こう。アマルファは優しい飛竜だから、きっと慰めてくれるぞ」
「うん。いく。……あ、でも」
シュリは頷いてから、さっき飛び出していったスリザールの事を思いだした。
もし彼が竜のところに戻っているのだとしたら、シュリ達と顔を合わせるのはまだ気まずいかもしれない。
「スリザはもう少し1人でいたいかもしれないよ?」
おずおずとシュリがそう言うと、その言葉を聞いたレセルファンが優しく目を細めた。
「シュリは優しい子だね。でもスリザは大丈夫。恐らくここまで乗せてきてくれた竜騎士と一緒に、先に帝都に戻ったと思うよ。俺のアマルファは、なぜか俺以外を乗せるのを嫌がるんだ。だから今日も、別々の飛竜に乗ってきたんだよ」
言いながらシュリの頭を撫で、行こう? と、もう一度シュリを促した。
彼の誘いに今度は頷き、立ち上がる。
すると、
『シュリ。新たな飛竜に礼儀を教えに行くんじゃな? ならば妾もついてゆくぞ』
ジェスの頭の上で退屈していたらしいイルルが、シュリの頭の上にぴょいっと飛び移ってきた。
『仕方ないなぁ。あんまりいじめちゃだめだよ? 大人しくね?』
『うぬ!? 妾はいつもお利口にしておるぞ? アレは奴らが勝手に萎縮するだけで、妾がいじめてる訳じゃないのじゃぞ!?』
あわてて言い募るイルルに苦笑しつつ、なだめるようによしよしと彼女の背中を撫でて、レセルファンの飛竜に会うのが待ちきれないとばかりに駆けだしたアズランの後を追いかける。
そんなシュリの横に並んだレセルファンが、興味深そうにイルルを見ながら口を開いた。
「鮮やかな鱗のトカゲだね。火トカゲかい?」
「えっと、はい。そんなようなものです」
彼の質問に、シュリは言葉を濁し答える。
色々とぼかしてはいるが、嘘はついてない。
イルルだって、簡単に言ってしまえば火を吐くは虫類だ。
龍がは虫類に分類されてしかるべきかは分からないが、少なくとも見た目は似てる。
鱗だってあるし、トカゲっぽいといえなくもないんじゃないだろうか?
イルルに言ったら絶対に怒られるけど。
そんなことを考えながら、お屋敷の外へでる。
屋敷の前の、馬車を何台も停められそうな広いスペースに、その竜はいた。
アズランが大きいと言っていた通り、普通の飛竜の倍は大きな体のその竜の鱗は鮮やかなエメラルド。
体型は飛竜らしい空を飛ぶのに適した姿をしていたが、他の飛竜とは同等に扱うのをためらわせるような気品が、その竜にはあった。
主の気配を感じたのだろう。
ゆったりと首を巡らせてこちらを見たその竜・・・・・・アマルファは、その視界にシュリをおさめた瞬間、ぎょっとしたように目を見開いた。
そして、明らかに「しまったぁぁ」というような表情を浮かべた後、バレバレなほどにうろたえて目を泳がせつつも、ぎぎぎ、と顔をシュリの方から背け、無関心を装った。
そのあまりに人間くさい仕草に、シュリの方が目を丸くしてしまう。
そんなアマルファをじぃっと見ていたイルルは、大きく一声、ぎゃう!! 、と鳴いた。
それを聞いたアマルファはびくっと体を震わせ、それから諦めたようにその首を小さく首肯させた。
そんな彼女の様子に気づくことなく、
「久しぶりだな、アマルファ。僕の事を覚えてるかい?」
アズランが駆け寄って彼女の首もとにぎゅうっと抱きついて、
「どうしたんだ? アマルファ。ずいぶん大人しいね。いつもだったらもっと甘えてくるのに」
そう言いながら、レセルファンがアマルファの首筋を撫でる。
彼の言葉に、またまた人間くさく目を潤ませたアマルファは、甘えるように頭を大好きな主の体にすり寄せる。
それを見たイルルが、
『むぅっ!? 妾に見せつけておるつもりか!? 妾だって負けておらんぞ。妾とシュリとてらぶらぶじゃ!!』
訳の分からないことを言いながら、シュリの頭の中で暴れるので、シュリのさらさらの髪はあっという間にくしゃくしゃになってしまった。
だが、イルルが変な事に慣れっこなシュリは、よしよし、とイルルを撫でアマルファとレセルファンを見上げた。
甘々モードの愛竜の、いつもとはちょっと違う様子に首を傾げつつ、
「ちょっとアマルファの様子がおかしいみたいだから、今日のところはもう帰ることにするよ」
シュリ達にそう告げて、素早く彼女に騎乗する。
「ええ~? もういっちゃうんですか? レセルお兄さま」
「明日か、明後日か、時間を作ってまた来るよ。スリザも説得してね。その時は、昼間に来るから湖で水遊びしよう。後で連絡の者を使いによこすよ」
そう言って、レセルはアマルファと共に飛び去ってしまった。
彼らの姿が小さくなって消えていくのを見送るシュリの脳裏に、
『シュリ。あのアマルファとかいう飛竜……』
そんなイルルの念話が響いた。
シュリは小首を傾げ、先を促す。
『うん。アマルファがどうしたの?』
『飛竜のふりをして周囲の者をだましておるが、あやつ、風龍じゃぞ?』
そして届いた言葉に、シュリは思わず目を丸くするのだった。
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