第397話 秘密の薔薇会②


 会場をかたずけ、店主に使用料を支払い、ジュディスとシャイナも帰途につく。

 会場の天井にこっそり隠れていたシュリは、見つからないように気をつけながら2人の後を追った。

 まあ、もう追わなくてもいいかな、と思わないでもなかったが。


 ジュディスとシャイナがBLを趣味としようとも、シュリがどうこう言える事ではない。

 自分が題材に用いられるのはちょっと困るが、あくまで創作物だし、そこまで目くじらをたてることでもないだろう。


 ジュディスとシャイナとしても、己の趣味と欲望の為だけで動いている訳じゃなく、[悪魔の下着屋さん]の集客も目指しているように思えた。

 少なくとも、今日、この場に集まっていた人達は、時折店舗に現れるオーギュスト達の姿を求めて[悪魔の下着屋さん]にやってくるだろうし、そこから口コミで更にお客様が増える可能性もある。

 今後、[悪魔の下着屋さん]のメンバーで構成された同人誌が発行されれば、それを読んで店を訪れる人も増えるだろうし。


 しかし、驚いたのは会場にいたユズコという女の人。

 BLの第一人者と呼ばれる人物だし、もしかしたらシュリのように前世の記憶を持つ転生者かと思っていたが、彼女の見た目も名前もまんま日本人だった。

 詳しいことは聞いてみないと分からないが、彼女はこちらへ転生してきた訳じゃなく何らかの出来事がきっかけで転移してきた、という事なのだろう。


 前世では異世界転移ものも読んだことがあるが、異世界に転移するときは神様が出てきて色々説明してくれる、なんて内容も多かった。

 まあ、有無を言わせず召還されちゃうパターンもあったが。



 (あのユズコさん、って人はどっちパターンなんだろ? 僕の場合は転生だったし、神様は説明に来てくれなかったけど、ユズコさんの場合は神様が説明に来てくれたのかなぁ?)


 (マメな創造神なら転生だろうが転移だろうがちゃんと説明に来るよ。この世界の創造神はズボラだからねぇ)



 どこかでシュリの心の声を盗み聞きしていたのだろう。

 脳裏にフェイトの声が響き、シュリはなるほど、と頷く。

 そうか、この世界の1番偉い神様はズボラなのか、と妙に納得しながら。


 であれば、なんの説明もなく異世界に転生したのも仕方がない。

 シュリとしても、新しい人生を与えられた事に文句など無かった。

 だが、自分はこちらで生まれたから、こちらの常識を身につける時間は十分にあった。

 しかし、突然転移させられたユズコは、きっと苦労したことだろう。

 そんな彼女が自分のやりたいことを見つけ、それできちんと身を立てている事はすごい事だしすばらしい事だ。



 (……僕も今度、ユズコさんの本を探して読んでみよう)



 ジュディスとシャイナに借りるのは恥ずかしいので、1人で街にでたときにこっそり買おう、そんなことを考えながらも、シュリは抜かりなくジュディスとシャイナの後を追う。



 「……薔薇会のみんなは、オーギュストの店のいい顧客になってくれそうね」


 「そうですね、ジュディス。薔薇会のメンバーは裕福なご婦人が多いですから、たとえ良質なBL分補充の為の来店でも、ちゃんとお金は落としてくれるに違いありません」



 裏通りになり、人気が少なくなった辺りで、2人は歩きながら言葉を交わし始めた。

 シュリはその声をよく聞くために[猫耳]を発動させる。

 そして、可愛い猫耳と猫しっぽをはやしたまま、2人の話に耳をすませた。



 「でも、同人誌制作について、ユズコさんから言い出してくれたのは助かったわね。私達が言い出すよりも自然だもの」


 「そうですね。ユズコ様も同人誌制作には乗り気のようですし、みなさんの熱気もすばらしいものでした。きっといいモノが出来上がりますね」


 「ええ。今回の同人誌制作が成功すれば、更なるBL文化の発展にも繋がるし、私としても[悪魔の下着屋さん]のいい宣伝になるから、私達も気合いを入れて頑張らないといけないわね」


 「はい。帰ったら早速プロットを練ります。今回の同人誌が完成したら、もう1度カレンにも声をかけてみるつもりです」


 「そうね。それがいいわ。あわせてアビスとルビスの勧誘にも着手しましょ。彼女達も、そろそろBLの素晴らしさを知ってもいい頃だわ」



 ジュディスとシャイナは、同人制作を機にカレン・アビス・ルビスの勧誘に着手するようだ。

 まあ、その辺りは本人達の自由だし、無理な勧誘でなければ、主がどうこう言う問題でもないだろう。



 (今回の事は僕が口を出すような問題じゃなさそうだな。ただ……)



 シュリは薄暗い裏道を見回す。

 女性2人で歩くには向かない道だと思いながら。



 (それとなく、外出の時はあんまり薄暗い道を歩かないように言っとこう)



 過保護と言われようが、心配なものは心配なのだから仕方がない。

 何かあっても、ジュディスとシャイナなら問題なく対処出来るとは思うし、信頼もしているけど、それとこれとは話が別なのだ。

 シュリがいないところで、彼女達が危険な事に遭遇したら、と思うと心が冷える。

 彼女達がそんじょそこらの男に負けないくらいに強いのだと、分かってはいても。

 そんなことを考えていたら、ひたひたと後ろから近づいてくる足音に気づくのが遅れた。



 「おやぁ? こんな裏道じゃ滅多に見かけないかわいこちゃん、めーっけ」


 「獣人の子供かぁ? 中々いい身なりしてんじゃねぇか。こりゃ、金持ちの子供だなぁ」


 「見ろよ。可愛い顔、してんぜ? こりゃ、身代金とるか売っぱらうか俺達のおもちゃにするか、悩んじまうな」


 「おもちゃって、おいおい。こんなガキに欲情してんのかよ?」


 「だってほら、すげえ可愛いぜ? 無理そうならお前等はもっとでかくなるまで待ってろよ。俺が先に可愛がっとくからよ」


 「ばぁ~か。てめぇみたいにガタイがいいやつのをつっこんだら、俺らがおいしくいただけるようになる前に壊れちまうよ。それなら、こいつを売った金で平等に好みの女を買おうぜ。それが平等ってもんだろ」


 「だな。ま、売る前にこいつの親について調べねぇとな。身代金があんまり取れなそうなら、高値で売ろうぜ。確か、こういう子供を高く買うとこ、あったよな?」



 シュリが大声を出さないように片手で口をふさぎつつ軽々と抱き上げたまま、そんな会話を交わす男達。

 シュリを抱き上げている1番体の大きい男の他に、悪そうな男があと2人。

 3人組の悪党は、路上で話をまとめ、ジュディス達がいる方向とは逆の方向へと歩き始める。



 (良かった。ジュディス達は巻き込まないですみそう)



 そのことにほっとしつつ、シュリは大人しく男達に運ばれていく。

 このままアジトに運び込まれてから逃げればいいや、と思いながら。

 3人の悪者を、かるーく懲らしめてから。

 それから、誘拐した子供を買い取るような悪い奴隷商があるなら、そこにも少し反省を促さねばならないだろう。

 頭の中で色々計画しながら、男の腕の中でじっとしてると、



 「お待ちなさい! そこのむさ苦しいゲス3人!!」


 「そうです。止まりなさい。顔面が崩壊している可哀相な方々!!」



 薄暗い裏通りに、2人の女性の艶のある声が響いた。



 「あ”あ”ん?」


 「俺らをバカにするのはどこのどいつだ?」


 「犯すぞ!? ごらぁ!!」



 わかりやすく侮辱された3人が憤慨して振り向いた先にいたのは、もちろんシュリがよく見知った女性2人。

 ジュディスとシャイナは、自分達よりも遙かにガタイのいい男3人を、おびえることなく冷ややかに見つめていた。

 というより、凍り付きそうな目で睨んでいる。


 シュリや、ジュディス達によく怒られてその恐ろしさを知っているイルルなら震え上がって脱兎の如く逃げてもおかしくないレベルなのだが、彼女達を知らない男どもからしたら、か弱そうなただの女2人。

 当然、男達がおびえて逃げ出してくれるはずもなく、大人しくシュリを解放してくれるはずもない。

 そんな彼らをみる2人の視線は、どんどんその温度を低下させていく。



 (ちょ、は、早く謝った方がいいってぇ!!)



 口をふさがれているので心の中で叫ぶが、もちろんその声が彼らに届くはずもなく。



 「その方は、お前達がそんな風に触れていい相手じゃないわ。そのお方を、どなたと心得る!!」


 「恐れ多くも先の副将軍……」


 「それは違うわよ、シャイナ」


 「すみません。シュリ様が話して下さった、正義の味方なご老人の話が、実は結構お気に入りでして」


 「……ちなみにカップリングはどう考えて?」


 「私的にはスケ×カク辺りが」


 「ふ、甘いわね」


 「ではジュディスの推しカプは?」


 「私はご老公・ミツの懐の広さに惹かれるわね。だから、スケ×ミツ、あるいは、カク×ミツ!! いけないと思いつつ若い情熱を受け入れてしまうご老公の懐の深さ。これぞ至高よ」


 「そ、そうくるとは!! ミツはお年なので、除外していました」


 「BLは創作物。あくまでファンタジー。想像力さえあれば、どんなことも出来るわ。だから、私の物語の中のミツは、呪いで夜になると子供になってしまうのよ!!」


 「なんと!!」



 なんと、じゃねぇよ、とツッコミたいのはシュリだけじゃないだろう。

 何気なく話してあげた、時代劇のお話がこんな事になっているとは、シュリの想像力も追いついていなかった。

 シュリは遠い目をして思う。BLって奥深いんだな、と。



 「な、なに訳のわかんねぇことを言ってやがる!?」


 「あ、頭がおかしいんじゃねぇのか、この女達」


 「でも、顔と体はいいぜ? 捕まえてこのガキと一緒に売っぱらっちまおーぜ?」



 意味不明な言動の女2人に、男連中はわかりやすくいきり立ち、シュリを捕まえている以外の2人が、ジュディスとシャイナの方へ向かう。

 シュリの唇を押さえている男の手がゆるみ、



 「ジュディス!!」


 「はっ」


 「シャイナ!!」


 「はっ」



 シュリは2人の名前を呼ぶ。

 2人の目が何かを期待するように己に注がれている事に気づいたシュリはほんの一瞬瞠目する。

 だが、すぐにかっと目を見開き、諦めと共に叫んだ。



 「こらしめてあげなさい!!」



 と。

 お気に入りの物語の決まり文句を聞いた2人は、嬉しそうに目を輝かせ、



 「お任せを!!」


 「すぐにお助けします!!」



 そう返すと、向かってくる男達を迎えうった。

 ジュディスは己をとらえようと手を伸ばしてきた男を優しく迎え、ぎゅうっと抱きしめ拘束する。

 そして胸板でつぶれる魅惑的な膨らみの感触に男が鼻の下を伸ばしている間に、片方の手を男の下半身に伸ばし、そして。

 ひねった。容赦なく、思い切り。

 悶絶した男がその場に崩れ落ちて泡を吹くのを、ジュディスが冷たく見下ろす。


 その間に、シャイナももう1人の男をノックダウンしていた。

 シャイナは己に向かってきた男に足払いを仕掛け、無様に転んだ男の股間をシンプルに踏みつけた。

 その容赦のなさは、ぷちっと音が聞こえてくるようだった。

 断末魔のような悲鳴を上げて、男はあっけなく意識を失い。

 残された男は股間をかばうようにきゅっと足を寄せ、シュリだけが己を守る盾と言わんばかりに、シュリをぎゅうぎゅう抱きしめてガクブルしている。



 「大人しく投降したほうがいいよ。そうすれば、許してもらえるように、僕から2人に頼んであげるから」


 「そ、そ、そんなこと言って、俺のもつぶすつもりなんだろぉ!? ぷちっとするんだろぉぉ!?」



 信じねぇぞ、と叫ぶ男のおびえきった様子に、シュリはため息をもらす。

 さて、どうしようかなぁ、と思いながら。

 理性を失った男の締め付けに肋骨のみならず、全身の骨が悲鳴を上げている気がする。

 [猫耳]を出している間は強化系のスキルが軒並み働かなくなるので、そこだけは困ったところだ。



 (まあ、どうしても我慢できなくなったら、[猫耳]状態を解けばいいんだけどさ)



 これだけパニックになってれば、猫耳は目の錯覚だった、と言うことで押し通せる(ような気がする)し。

 そう思いながら耐えるシュリの耳に、



 「あらぁ? ダメよぉ、小さな子をそんなにぎゅうぎゅう抱っこしちゃ。悪い子にはお仕置きよ?」



 背後から聞こえたのはそんなエレガントな重低音。

 その声を耳元で聞いたのであろうシュリを拘束する男は、ひっと短い悲鳴を上げる。



 「な、な、な、なっ、なにっ、もの、だ」


 「私? 私はただの通りすがりのレディよ?」



 怯えすぎるくらいに怯えている男の問いかけに、レディが答える。

 姿は見えないけれど、声でその正体が分かったシュリは、もう大丈夫だ、と体の力を抜いた。



 「通りすがりのレディ、だと? ……ひいっ。ば、ばけもの!!」


 「ばけもの、って失礼しちゃうわ!!」



 声の主の姿を視認したらしい男の無礼な言葉に、憤慨したようなレディの声が続く。



 (ばけもの、ってひどいなぁ。アグネスのお化粧は完璧だし、ちょっと男らしさは残ってるけどちゃんと美人さんだと思うけど)



 シュリも心の中でレディ改めアグネスを援護する。



 「あなた、この辺りで悪さしてる悪い子ちゃんでしょ? 悪事の最中に私に会っちゃったのは運の尽きね。町内美化はレディのたしなみっていうし、子供を虐待するような悪党を放置できないから、自分の運の悪さを呪って覚悟しなさいな」


 「か、か、覚悟!?」


 「大丈夫よ。私が責任を持って再教育してあげる。あなたもきっと、すてきなレディになれるわ。ふんっ」



 ふふふ、と笑った後に聞こえた、妙に男らしいかけ声。

 次の瞬間、背後の男が声にならない悲鳴を上げてへなへなと崩れ落ちていく。



 「あら、危ない」



 落とされそうになったシュリを、アグネスが危なげなく受け止め、



 「ありがとう、アグネス」



 いいながら彼女(?)の顔を見上げたシュリはそのまま固まった。

 アグネスも、腕の中の子供がシュリだと気づいて目を見張る。



 「あらぁ、シュリだったの? 今日は子猫ちゃんなのね。とっても可愛いわぁ」


 「……アグネス?」


 「なぁに?」


 「顔にパック、したままだよ??」



 子猫シュリの愛らしさににこにこするアグネスに、シュリは事実を突きつけた。

 普段のアグネスならともかく、今の姿ではばけものとののしられても文句を言えないような気がする。

 目と口の周りをのぞいて、顔面にどろどろする白い何かを塗りたくられたその様子は、ホラー映画に出てくる怪人を連想させて正直怖い。

 そんな人が乙女チックな衣装を身にまとっている姿は狂気すら感じさせた。



 「パック!? あらやだ、うっかり!!」



 アグネスは慌てた様子で、でもそっとシュリを地面におろすと、倒れてぴくぴくしている3人の襟首をつかんでひとまとめにした。

 そして、



 「近くのお友達の家でおしゃれ研究してたら、物騒な空気を感じて。慌てて出てきたからパックしたままだったわ。いやぁね。恥ずかしい。この悪い子ちゃん達の再教育は私に任せてちょうだい。しっかりすてきなレディに教育し直すから。じゃあ、気をつけて帰ってちょうだいねぇ」



 そう言い残すと、3人の男を引きずりながらあっという間にその姿は路地の向こうに消えてしまった。

 それを呆然と見送るシュリの耳に、



 「すばらしい仕事です。さすが、トビ」


 「ええ。さすがはご老公が信頼するシノビですね。私も見習いたいものです」



 ジュディスとシャイナの声が飛び込んでくる。

 それを聞いたシュリは肩を落とし、



 (トビでもシノビでもないよ。アレはアグネスだよ……)



 心の中で力なく突っ込んだ。



 「さ、シュリ様。悪者はトビが始末してくれますから、私達はもう帰りましょう」


 「これにて一件落着、ですね。あ、ジュディス。抱っこは交代制ですよ」


 「……ちっ。目敏いわね、シャイナ。もちろんわかってるわよ」



 なんだか妙に疲れたシュリは、ジュディスとシャイナによる抱っこ攻撃を拒否する元気もなく、思いがけない幸運にほくほく顔の2人の手で、屋敷に輸送されたのだった。

 後日、この日の助力のお礼を持って[乙女のドリームショップ]を訪ねたら、ちょっとごつい行儀見習いの新人が3人増えていた。

 その見覚えのある顔とまだ馴染まないメイク姿に、シュリはちょっぴり遠い目をして、そっと現実から目をそらしたのだった。

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