第387話 引っ越し祝いとお帰り祝い(?)①
[悪魔の下着屋さん]の出店準備を着々と整えつつ、その合間になぜか王様に呼び出されて隣国での活躍をほめられ、ご褒美をいただき。
どんなご褒美だったのか、気になる人もいるかと思うので一応説明をしておこう。
でも、正直それはご褒美だったのかどうか、シュリからすると微妙な感じの代物だった。
まず、シュリが商売を始める事を聞きつけた王様から、ヴィオラおばー様が持っている特別通行許可証が与えられた。
これがあれば、国内のどこへ行くにも便利ではあるので、これはご褒美と言えるだろう。
問題はもう1つのご褒美だ。
特別通行許可証を貰って、ありがとうございます、とにっこり笑顔と共に下がろうとしたシュリを、王様と王妃様が引き留めた。
にやにや……いや、にまにま、だろうか。
からかうような、微笑ましいものを見守るような、何とも言えない笑みを顔に浮かべて。
そして、そんな彼らの間から仏頂面のフィフィアーナ姫が進み出た。
フィフィアーナ姫は非常に不本意だと、顔全体で語っており、シュリにもそれはよーく伝わってきたが、実の両親である国王と王妃にはあまり伝わっていないようだった。
「さ、フィフィ」
「がんばって、フィフィ」
そんな国王夫妻の声援を受け、フィフィアーナ姫はシュリに歩み寄ってくる。
シュリの前に立った彼女は苦虫を噛み潰したような顔のままどうにか笑顔を作り、
「……よく、頑張ったわね。シュリナスカ・ルバーノ。ほめてあげるわ」
これ以上ないくらいの棒読みでほめて下さった。
そしてそのまま、シュリの頬にちゅっと可愛らしいキスをしてくれた。
シュリの耳に、ぐぎぎっ、と歯ぎしりの音を残して。
あれはご褒美じゃなかったよなぁ、とシュリは苦笑しながら思う。
まあ、シュリはフィフィアーナ姫が好きだし、ほっぺへのちゅーは嬉しくなかった訳ではないが、姫の精神的な苦痛を考えると素直に喜べない。
そして、そこまで彼女に嫌われているかと思うと、地味に胸が痛かった。
(片思いって、こんな感じなのかなぁ)
好きな相手から嫌われてるって辛いなぁ、なんて改めて自分とフィフィアーナ姫様の事を思い。
今度、お店をオープンしたら関係改善の為にすごく可愛い下着を贈ろう、と恐らく全く関係改善につながらないであろう事を考え。
忙しいオーギュストを捕まえて一緒にフィフィアーナ姫に似合いそうな下着のデザインを考案し。
アンジェに連絡をとって、下着作成の為にフィフィアーナ姫のサイズを教えてもらった。
ついでにアンジェのスリーサイズも押し売りされてしまったので、フィフィアーナへの下着をプレゼントする際、アンジェの下着も持参しなければならないだろう。
といったように忙しく過ごしている内に、時は飛ぶように過ぎていった。
そんなある日。
王都のルバーノ屋敷をたずねる2つの集団がはち合わせた。
ジェスとフェンリーが率いる傭兵団[月の乙女]の面々と、シュリが救い引き取った元奴隷キルーシャが引き連れた砂漠の民と行き場のない奴隷達の集団である。
門番に呼ばれ、彼らを出迎えたジュディスは思った。
これだけの人数を屋敷の中に受け入れるのは難しい、と。
なので、主要メンバー以外は庭で待つように告げ、[月の乙女]からは団長のジェスと副団長のフェンリーそれから小隊長4人を、砂漠の民と奴隷達の集団からは、彼らを率いてきたキルーシャと彼女が指名した砂漠の民2人を屋敷の食堂へ案内した。
時間があれば先に風呂でも勧めて旅の汚れを落として貰いたかったが、庭に受け入れた2つの集団の面々をそれほど長く待たせる訳にもいかないだろうと判断し断念。
シャイナとルビス、2人のシュリ専属メイドの指揮のもと、屋敷のメイド達が旅の汚れを落とすための塗れた布を配ってまわり、軽い食事と飲み物を給仕し、主の客人の世話をかいがいしく行った。
そうして、客人の身支度が整い、食事を終え、彼らが落ち着いた頃を見計らったかのようにばっちりなタイミングで、シュリが食堂に現れた。
アビスとカレンを引き連れたシュリは、食堂で采配を振るっていたジュディス、シャイナ、ルビスを労うように頷いてから、正面の席についた。
シュリから向かって右手にジェス達[月の乙女]の面々が、左手にキルーシャと砂漠の民が静かに座ってシュリに注目している。
シュリは彼等に微笑みかけ、それからまずジェスに声をかけた。
「久しぶりだね、ジェス。どうしたの? 王都でお仕事でもあった?」
そんなシュリの質問に、ジェスはフェンリーと目を見交わしてから、再びシュリをまっすぐ見つめた。
「いや、仕事で来た訳じゃないんだ」
「そうなの? じゃあ、なんだろう? もしかして、僕に会いたくなっちゃった、とか?」
ジェスの言葉に首を傾げてから、からかうようにたずねてみる。
そんな訳ないだろうけどね、と思いながら。
しかし。
「実はそうなんだ。シュリに会いたくてここまで来てしまった」
まさかの肯定の言葉が返ってきて、シュリはびっくりしたように目を丸くした。
「そうなの!?」
「そうなんだ。その……迷惑、だったか?」
驚いて思わず声をあげると、ジェスはおずおずと問い返した。
その声が余りに不安そうで、シュリは慌てて首を横に振った。
「まさか! 僕がジェスを迷惑だなんて思うわけないでしょ? もちろん会えて嬉しいよ。いつまで王都にいられるの? 良かったら王都を色々案内してあげるよ」
「そうか。迷惑じゃないなら良かった。王都を案内してもらえるのは助かるな。だが、まずは団員を住まわせる為の物件探しをしないと」
「物件探し? じゃあ、結構長く王都にいるつもりなんだね。いつまで??」
「ずっとだ」
「ずっと??」
「正確には、シュリが王都にいる間は王都を拠点にするし、シュリが別の場所に居を移すことがあるなら、その時は共に移動する」
「えっと……?」
「我ら[月の乙女]はシュリと共にあることを決めた。まあ、団長である私の我が儘みたいなものだが、フェンリーはもちろん、他の小隊長達も理解してくれている」
そうだよな、とジェスが笑顔で仲間達に目線を送り、そうなの!? とシュリが驚き顔で彼等を見回す。
だが、その視線にさらされて、平然と微笑んで頷くのはフェンリーのみ。
[月の乙女]の小隊長だという4人の個性的な女性達は、落ち着かない様子で目を見交わし、小声で言葉を交わしていた。
「小隊長達は理解……って、王都に来ることは聞いたけど、それ以外は説明なかったわよね?」
ゴージャスな赤毛のお姉さんが他の4人の顔を見回し、
「は~。あの子が団長のお気に入りっすかぁ。確かに可愛いっすねぇ。団長が夢中になる気持ち、ちょっと分かる気がするっす」
「うんうん。あれは可愛い。ちょっとクラっとするね~。女の子だったらヤバかったわ~」
短い金髪で鼻の辺りに可愛くそばかすを散らした少年的魅力のお姉さんと、明るい茶色の髪にくりっとした瞳の、可愛いけれど中性的なお姉さんが互いに頷きあい、
「へえ。あれは確かに小さくて愛らしいね。あとでちょっと撫でさせてもらおう」
長身の、ちょっとイケメンなお姉さんがニコニコ笑い、
「可愛いけど男の子なのね。女の子なら、私の好みど真ん中なんだけど残念ね」
クールな印象のお姉さんが心底残念そうにため息をついた。
そんな同僚達を呆れたように眺め、
「……みんな、私の言葉聞いてるの? ったく。でも、まあ、いいわ。あの男の子について行くって話は知らなかったけど、団長と副団長について行くってことは決めてたし。結局は同じ事よね」
ゴージャスな赤毛のお姉さんがやれやれと肩をすくめ、それで話は終わったらしい。
(ジェスとフェンリーの傭兵団は、小隊長さんもちょっと変わった人達なんだな~)
なんて思いながら、シュリは面白そうに彼女達を眺めた。
それから改めてジェスとフェンリーの顔を交互に見上げ、
「2人が王都にいてくれるのは嬉しいけど、良かったの?」
そうたずねる。
彼女達は長い間隣国の商都に拠点を構えて活動していたし、知り合いや懇意にしている依頼主なんかも多かったはずだ。
それに、ドリスティアではどちらかというと冒険者ギルドが重宝されており、傭兵ギルドの力は隣国の自由貿易都市国家の方が強い、と言うのが現状だ。
そんなドリスティアの王都に拠点を構えて、果たして彼女達が望むだけの仕事を得る事が出来るだろうか。
だが、シュリの頭にぱっと浮かぶような不安材料は、とっくに把握済みだったのだろう。
心配顔のシュリを安心させるように、ジェスは笑ってみせた。
「大丈夫だ、シュリ。この国での傭兵ギルドの立ち位置はきちんと理解しているつもりだ。だから、ここへ来る前に冒険者ギルドに寄って全員で冒険者登録もしてきた。傭兵としての仕事がない時は、冒険者として働き、個々の腕を磨くつもりだ。傭兵ギルドにも顔を出してきたが、傭兵不足はだいぶ深刻みたいでな。うち程度の規模の傭兵団でもものすごく歓迎してくれたぞ。な、フェンリー」
「ええ。この王都での傭兵職の人気はかなり低いみたいね。傭兵ギルドに登録している団もあるみたいだけど、個々では冒険者が難しいような人の集団みたいだし、うちみたいな傭兵専門のプロ集団は本当にありがたかったみたい。これで冒険者ギルドに頼りきりの状態から抜けられる、ってギルド長が涙ながらに喜んでたわね。今までは傭兵ギルドの手に余る仕事は、冒険者ギルドにまわしてたみたいだから。ま、うちが来たところで全部の依頼を受け入れるのは難しいだろうけど、良さそうな仕事は優先してまわしてくれるって言ってたし。むしろ、商都にいたときより忙しくなるかも。ねえ、ジェス」
「そうだな。だが、大丈夫だぞ、シュリ。うちの傭兵団はシュリの頼みごとが最優先だからな! 困ったことがあったらいつでも頼ってくれ」
そう言ってジェスがからりと笑う。
いや、僕の頼みごとなんて後回しでいいんだけど、なんて内心苦笑しつつ、
(でも、ちゃんと仕事があるなら良かった)
とこっそり胸をなで下ろしていたら、シュリの斜め後ろに控えている愛の奴隷達の中から、
「あなた方はかなりの傭兵経験をお持ちの傭兵団だと伺っております。そんな先頭集団がシュリ様を最優先して下さるとは心強い限りです。シュリ様、彼女達もこう言ってくれていますし、どうでしょう? 彼女達を専属傭兵団登録をしておいては?」
ジュディスが進み出てきてそう言った。
「専属傭兵団登録??」
優秀な秘書の口から出た聞き慣れない言葉に、シュリは素直に首を深々と傾げた。
そんなシュリを愛おしそうに見つめたジュディスが丁寧に説明してくれた事によると、専属傭兵団登録とは傭兵ギルドが管理するシステムなのだそうだ。
傭兵団と雇用主、双方同意の上で行われ月々の決められた料金を支払っておくことで、その傭兵団へ優先的に依頼を通す事ができるのだという。
「ん~と、お抱え傭兵団、みたいな感じなのかな?」
「そうですね。流石シュリ様。理解がお早くてジュディスは誇らしいです。あとで甘いご褒美を差し上げますね!!」
「あ、うん」
ジュディスの言う甘いご褒美というものがなんなのか予想がついたシュリは、いらないと言うのも変なので曖昧に頷いておいた。
恐らく、この集まりが解散した後には、甘いと表現するにはちょっと激しすぎるキスが待っている事だろう。
しかも、ジュディス1人だけでおさまるとも思えないので、順番に5人分。
更に、1人1回で済むか分からない、というのがみそだ。
(ま、キスは嫌いじゃないからいいけどさ)
などと思いながら、
「まあ、ジェス達がいやじゃないならお抱え傭兵団になってもらってもいいと思うけど。僕のお小遣いの範囲内で済むんだよね?」
ジュディスを見上げ、問いかける。
当然です、とジュディスは頷き、
「シュリ様の資産運用は完璧に行っておりますし、カイゼル様からお預かりしている領地の経営も順調です。これから更に、オーギュスト主体の販売業や交易での売り上げもシュリ様のお小遣いに加わりますから、なんの心配もありません。少しくらい無駄遣いしても大丈夫ですよ?」
えへん、と胸を張って大きな胸をこれでもかと強調した。
その胸に、[月の乙女]のジェスを除いた面々の視線が集まり、そういえば女の人を好きな団員が多いって言ってたっけ、と以前にフェンリーから聞いた情報を思い出す。
女の人が好きなら、気軽に接しても大丈夫そうだな、とちょっぴり安心しながら。
キルーシャが連れた砂漠の民の男の人の方は、思わずジュディスのおっぱいの罠にはまり、もう1人の砂漠の民の女の人からするどい肘鉄をいただいて呻いている。
そんな彼をちょっぴり気の毒そうに見てから、シュリはジェスの意見を確認しておこうと彼女の方へ顔を向けた。
「そんなわけで、僕は[月の乙女]を僕のお抱え傭兵団にしたいと思うんだけど、ジェス達の意見はどうかな? 迷惑じゃない?」
「迷惑なものか! 我らからしたら、むしろありがたすぎるくらいありがたい話だ。専属契約をすれば、毎月一定額の収入が得られるからな。だが、シュリにとっては負担じゃないか?」
心配そうに問いかけてくるジェスを安心させるように、シュリは柔らかく微笑む。
「ジェスも僕とジュディスの話を聞いてたでしょ? 僕にはちょっと無駄遣いしたところで問題ないだけの資産がちゃんとあるんだから大丈夫。あ、もちろん、ジェス達との契約は無駄なんかじゃないよ? 困ったときにジェス達が助けてくれると思えば安心だし。ジェス達がいやじゃなかったら、受けてもらえると嬉しいかな」
「そうか?」
シュリの言葉に説得されたジェスは、フェンリーや他の小隊長達の意見を確かめるように彼女達の方を見た。
そんなジェスの視線を受け、彼女達は1人の例外もなくはっきりきっぱり大きく頷いた。
彼女達としても、専属になる事による一定の収入は嬉しいらしい。
それを確認したシュリは、改めてジェスに問う。
「僕の専属になってくれるかな?」
「ああ、ぜひ。我ら[月の乙女]は契約主であるシュリの為に力を尽くすと誓おう」
「よし。じゃあ、決まりだね。細かい手続きはジュディスに任せるから、何か分からないことがあったらジュディスに聞いてね」
そう言ってシュリはにっこりし、ジュディスを見上げて、後はよろしくね、とお願いした。
「かしこまりました。では、ジェス様……」
「ジェス、で結構ですよ。ジュディス殿」
「ありがとうございます。では、ジェスも私をジュディス、とお呼び下さい。共にシュリ様に仕える者同士、遠慮は無用、と言うことで。他のみなさまも互いに敬称は不要、という事でよろしいでしょうか?」
ジュディスはそう言って、傭兵団の面々の顔を見回す。
「……よろしいようですね。では、専属契約に関して話をつめておきましょう」
満足そうに微笑み、ジュディスはシュリの後ろを離れて傭兵団のみんなの方へと歩いていった。
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