第363話 奴隷解放②

お、おまたせしました~!!

ちゃんと生きております(笑)

原因不明の発熱(コロナは陰性でした)が続き、創作活動が滞っておりました。

まだ本調子ではないので定期的に更新できると確約できないのが辛いですが、早く体調を戻して、続きを書きたい思います。


******************


 キルーシャを伴い奴隷商を尋ね、無事に全部の奴隷を購入して、奴隷商人達も全て拘束した。

 その後、ディリアンにぶつぶつ言われながら奴隷達と捕縛した商人達を輸送し。

 主権限で奴隷を解放してから病や怪我の治療、栄養のある食事を与え。

 彼等に与える衣類をそろえるためのお金をいらないと言い張るディリアンに押しつけてから、また様子を見に来るね、と言いおいて王宮を後にした。


 捕まえた奴隷商人の処遇は、国家主席であるアウグーストやディリアンが、犯した罪にふさわしい罰を与えてくれるだろう。

 それほど重い罪にならないかもしれませんよ、とディリアンは言っていた。

 こちらの反応を伺うようにしながら。

 シュリが正義感から、文句を言うかもと思ったのかもしれない。


 だが、彼等に与えられる罪の重さに関して、シュリは文句を付けるつもりはなかった。

 この国は奴隷を禁止していたから彼等を罰する事が出来る。

 だが、奴隷を禁止していない国であれば、彼等を不当に捕らえたシュリの方が罰を受けてもおかしくはないのだ。


 かつての世界でもそうだったように、国には国ごとの法律があり、己が立つ大地を治める国の法律は守らねばならない。

 奴隷が禁止されている国だったから、シュリは奴隷商人を捕まえようと思った。

 だが、奴隷が禁止されていない国だったならどうしただろう。


 かつて日本に生きていたシュリにとって、奴隷制は悪でしかない。

 だが、国によっては犯罪者を奴隷に落とす刑罰も存在する。

 そう言う意味では、全ての奴隷を救うことが善である、とは言い切れない部分もあるのだ。

 それでもきっと、目の前で不当に扱われている奴隷がいたら、またなにも考えずに助けてしまうのかもしれないけれど。


 そんなことを考えながら黙々と歩き、もう少しで[月の乙女]の拠点に着く、という辺りでシュリは足を止めて後ろを付いてくるキルーシャの方を振り向いた。

 褐色の肌に黒髪、蒼い瞳の美しいこの人は、シュリの元で働きたいと、そう言ってくれた。

 その事は嬉しいし、元々希望者は連れ帰って面倒を見るつもりだったから問題はない。


 だが、奴隷商で彼女が己と同じ肌の色の奴隷に駆け寄ったとき、思ったのだ。

 彼女には、共に捕まった誰かがいるのかもしれない、と。


 奴隷商人にかまを掛け、得た情報によれば、彼女と共に捕まった砂漠の民と呼ばれる人達は、いくつかの奴隷商人がそれぞれ買い取っていったらしい。

 彼等からの手紙によると、砂漠の民は独自の言語を使っていて、中央の言語を知らない。

 そんな彼等に言葉を教えるのに手間取って、まだ商品として売りに出された者はいないようだ。


 だから、今なら間に合う。

 キルーシャは共に捕まった部族の者や家族を取り戻して国に帰ることも出来るかもしれない。


 もちろん、彼女だけなら無理な話だろう。

 しかし、今の彼女にはシュリがついている。

 彼女だけ特別扱いをするのは、本当なら良くないのかもしれない。


 だが、彼女はシュリに仕えることを選び、シュリもそれを受け入れた。

 簡易ではあるが主従関係となった訳で、主として己に仕える者に心を砕いたっていいはずである。

 そんな論理の元、シュリは自分のしたいようにする事にした。



 「キルーシャ」



 彼女の名を呼び、無限収納アイテムボックスから取り出した金貨入りの袋を彼女の手に持たせる。

 主から差し出されたものを反射的に受け取り、キルーシャはその重さに驚いたように目を丸くした。

 問いかけるような眼差しに、シュリは微笑みを返す。



 「奴隷商人達の手紙を呼んだけど、キルーシャと一緒に捕まった砂漠の民は、まだ教育中で誰も売られていない。今なら買い戻せる」


 「シュリ、様?」



 シュリがなにを言っているのか分からないというように、キルーシャが怪訝そうな顔をする。



 「このお金は好きに使っていい。今日奴隷商人から没収されたお金の一部は支度金として解放された奴隷に支給される。それと同じ様なものだと思ってくれていいから」



 更に言葉を重ねたが、それでもキルーシャの顔から戸惑いは消えない。

 己の手に押しつけられたずっしりと重たい袋に目を落とし、それから再びシュリの顔へ視線を戻し、



 「支度金、と言われても。これは多すぎる、だろう?」



 困惑したようにキルーシャは言葉を返す。



 「いいんだよ。それはキルーシャの仲間を買い戻すためのお金だ。全部使っても構わないし、余ったら余ったで、キルーシャと仲間達の支度金として使ってほしい」


 「仲間を、買い戻す」


 「今なら、まだ全員を買い戻せる。仲間を、助けたいでしょう?」


 「……助けたい。助けられる、ものならば」


 「助けられるよ。なんと言っても、キルーシャには僕がついてるんだから」



 いたずらっぽく笑い、シュリは己の内から2人の精霊を呼び出した。

 早い移動を実現する為に、風の精霊のシェルファを。

 自由奔放なシェルファの押さえとキルーシャの手助けの為に、真面目で常識的な大地の精霊・グランスカを。


 移動の早さを重視するなら、異空間をわたれる悪魔のオーギュストが1番なのだろうけれど、悪魔のイケニエにされかけた彼女にとって、それは酷だろう。

 シュリは念話を通じて己の頭にある情報を2人と共有し、己の望みを伝える。

 キルーシャに協力して、彼女と同じ砂漠の民を解放すること。

 協力を終えた後は、1度だけキルーシャの願いを叶えてやって欲しいこと。

 願いがどんなものでも構わない。

 たとえそれが、砂漠の地に戻って部族を再興することであっても。


 キルーシャはシュリに仕えると言ってくれたけれど、彼女が仲間と共に故郷の地に戻りそこで暮らすことを選んでも、それはそれでいいと思っていた。

 そんな気持ちも含めてシェルファとグランに伝え、



 「キルーシャ、僕の精霊のシェルファとグランだよ」


 「せい、れい?」


 「うん。そうだよ。君と一緒に行って、君の仲間を救い出すまで手伝ってくれるようにお願いしたから。困ったらなんでも2人に相談するといいよ。それでもどうにもならないことが起こったら、2人を通じて僕とも連絡が取れるから」


 「離れていても、連絡がとれると?」


 「うん。僕と特殊な契約的なつながりがあれば、念話を繋ぐことが出来るんだ。そんなわけで、サポートは完璧だから安心して仲間を救い出しておいで」



 離れててもちゃんと見守ってるから。

 そんなシュリの言葉に、キルーシャはほんのり頬を染め、それからシュリに紹介された精霊の2人に目を向けた。

 精霊、と言われる存在なだけあって、2人にはこの世の者とは思えないような美があった。

 その美貌に、あこがれにも似た眼差しを向け、それからキルーシャは2人に礼を尽くし感謝を示した。



 「シュリと離れるのはヤだけど、シュリのお願いだからね~。頑張った分だけシュリが誉めてくれるから、遠慮なく頼っていいよ~」


 「うむ。確かにシュリと離れるのは身を切られるように辛い。だが、シュリの望みを叶えるのは我が至福でもある。己に出来る全力でそなたを支えよう。そなたが目的を達するまでは、な」



 2人はキルーシャの礼に鷹揚にこたえ、出発の前に、とシュリに向き直った。



 「シュリ~。しばらく離れるんだから魔力補給~」


 「う、うむ。よ、よろしく頼みたい」



 いそいそと膝をついて座る2人に甘く微笑みかけ、シュリはまずシェルファの頬に手を伸ばす。

 彼女の柔らかい頬を両手で包み、その唇に己の唇を押し当てた。

 そしてそのまま、シェルファとのキスを楽しみつつ、少なくはない量の魔力を流し込む。

 シェルファは己の身を満たすシュリの魔力の奔流に、心地よさそうにその身を震わせた。


 とろんとした表情のシェルファの頬を撫で、次は落ち着かない様子でそわそわしているグランの前へ立つと、彼女の瞳をのぞき込みながら手のひらで頬を包み、キスをする。

 唇が触れた瞬間、グランの体がかすかに震え、その唇がシュリを迎え入れるようにうっすらと開いた。

 恥ずかしがり屋なグランの、早く深いキスが欲しいと言わんばかりの行動に、シュリはその唇を微笑ませ、すぐにグランの望むとおりのキスをあげた。

 熱いキスを通して魔力を送り、グランもまた、己の身を満たす愛しい相手の魔力になんとも言えぬ快感を感じて震える。



 (シェルファもグランも可愛いなぁ)



 最近、急速に増しつつある己の男の子的な欲求を抑えつつ2人を解放し、シュリはもう一度ずつ2人の頬を撫でた。しばし離れて過ごすことを惜しむように。

 そんな3人の様子を、キルーシャは驚きと羨望の眼差しで見つめる。

 まずは魔力補給がキスを通して行われる事に驚き、シュリからのキスにとろけんばかりになっている2人を羨んだ。

 いっそ己も精霊になってシュリに仕えて魔力補給されたい、と思うくらいには。


 だが、現実的に考えてそれは絶対に無理なので、今はそっと己の欲望を隠しておく。

 いつかそれをシュリに明かす時が来るかもしれないが、それは少なくとも今ではない。


 新たな主であるシュリに、若干不適切な感情を抱いている自覚はあるが、それでもその気持ちを抑えておける理性もまだ失ってはいない、その事実にほっと息をつく。

 そんなキルーシャの体を、ほっそりと小柄なシェルファがひょいと抱き上げた。

 さっさと用事を済ませて帰ってこよう、とばかりに。



 「うわっ!? せ、精霊殿??」


 「シェルファだよ~、キルル」


 「キ、キルル? 私の事だろうか??」


 「うん、そう~。しばらく一緒にいるんだから、あだ名くらいは付けなきゃ~って思って。仲良く頑張って、早くシュリのとこに戻ってこよ~ねぇ」


 「あ、ああ。そうだな、シェルファ殿。それより、その、重くはないのか?」


 「ん? 軽いよ~? よゆ~よゆ~。目的地まで超特急で連れてってあげるからねぇ~」


 「目的地まで超特急……それは正直ありがたいが」


 「うむ、くるしうない。シェルファにお任せ、だよ~。口開けると舌を噛むから、お口は閉じててねぇ」



 言うが早いか、キルーシャを抱えたシェルファの体がふわりと浮かび上がる。



 「おい、ちょっと待て、シェルファ。私も一緒に運んでくれ」


 「えええ~? グランは自分で飛べるでしょぉ?」


 「お前の方が早いだろう? けちけちせずに連れて行け」


 「ん~、ま~、い~けどぉ」



 シェルファが頷いたので、グランもふわりと浮かび上がり、シェルファの細腰に腕を巻き付けた。



 「シェルファ、グラン、キルーシャの事、よろしくね。キルーシャ、この2人は大概の無茶にはこたえられるくらい強いから、困ったら遠慮なく頼るんだよ? ただ……」


 「ただ?」


 「何か行動を起こす前に、その行動は本当に正しいか、自分に問いかけることだけは忘れないでね? その行動が、自分の大切な人に恥じない行為かどうか」


 「大切な人に恥じない行為かどうか、か。……分かった。心に刻んでおく」


 「よし、じゃあ、行ってらっしゃい。なるべく危ない事はしないように。シェルファ」


 「なぁにぃ? シュリ~」


 「急ぐのはいいけど、連れてるのが普通の人間だって事は忘れないでね? いつもの調子で飛んだら、普通の人は死んじゃうからね?」


 「も、もちろんわかってるよぉ。シェルファにお任せ、だよ~」



 たぶん分かってなかったシェルファは、ちょっぴり冷や汗を流しつつ視線を斜め横に反らせた。

 シュリは苦笑し、念の為にグランに声をかける。



 「グラン」


 「ん? どうした??」


 「シェルファがうっかりスピードを出してもキルーシャが大丈夫なように、守りをお願い出来る?」


 「うむ、お安いご用だ」



 グランが頷くと同時に、キルーシャの体をやや薄茶の透明な膜が覆う。



 「ありがと、グラン。キルーシャのこと、守ってあげて」


 「ああ、任せておけ。シュリの望みは我が望みだ。キルーシャの身は必ず守るし、なるべく早く全てを終えて戻る」



 シュリの言葉にグランは再び頷き、りりしく微笑んだ。

 そんな彼女の顔を見ながら、シェルファ同様、出来るだけ早く事を終えて帰ってきたい様子を隠そうともしないグランに、シュリはちょっぴり苦笑を浮かべた。

 それから、宙に美女が3人浮かんでいるという若干異常な状況に動じることなく、全員の顔をそれぞれに見つめ、



 「ん、みんなが無事な顔を見せてくれるの、待ってるよ」



 そう告げて、行ってらっしゃいと送り出す。

 目立たないようにね~、と付け加えたシュリの言葉に、シェルファは、



 「じゃあ、下から見えないようにすっごい高いところを飛んでいけばいいよね~」



 と早速上昇をはじめ、それに慌てたグランが、



 「まてまて、シェルファ。あまり高いところを飛ぶと人間は死ぬんだぞ!? 私が目くらましをかけるからちょっとまて!!」



 シェルファの暴走を押しとどめて何かをしたようで、とたんに3人の姿が見えにくくなった。



 「これでいい。では、行ってくるぞ、シュリ。我らが戻るまで危ないことはせずにいい子にしているんだぞ?」


 「じゃあ、なるべく早く帰ってくるからねぇ~」


 「出来るだけ時をかけずに事を成し、必ず、あなたの元へ戻る」



 三者三様の「行ってきます」の言葉を残し、その姿はあっという間に見えなくなった。



 (シェルファ、張り切ってるなぁ)



 と思いながらそれを見送り、シュリはキルーシャの残した言葉を思った。

 必ず戻る、と彼女は言ったが、シュリはこれが彼女との別れとなる確率は高いような気がしていた。

 仲間を救い、仲間と合流して、仲間と共にどこかで新たな生活を築いていくのではないだろうか、と。

 そんなシュリは知らない。

 シェルファに抱えられて旅立ったキルーシャが、



 (みんなを買い戻したら希望者を募って砂漠の民の戦士団を編成しよう。私がシュリ様のお役に立つには、きっとそれが一番だ。砂漠に戻りたい、という者には残った金を分けてやればいい)



 そんな希望を抱いているということを。

 シュリという人物の影響は、シュリが思っていたよりもずっと強く、キルーシャを捕らえていた。


 正直、シュリは失念していた。

 年上キラーの犠牲者表示をオフにしていたという事を。


 そう遠くない未来、戻らないと思っていたのに戻ってきたキルーシャを見て、あれ? と首を傾げた後にはっとし、慌ててリストを確認してがっくり肩を落とすことになるのだが……そんなこと、今のシュリには知る由も無いことだった。

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