第353話 悪魔狩り

 (んっと、ようやく僕の能力を信じて貰えた感じかな?)



 今回の依頼人、アガサの友達でこの国の宮廷魔術師団長・ディリアンに、ようやく認めて貰えた、とシュリは己の胸をなで下ろした。

 まずは彼に認めて貰えない事には、表だって事件に関わる事が出来なくなる。

 まあ、裏からこそこそっと解決する手もあるが、堂々と情報を得て行動できた方が面倒がなくていい。


 そんなことを考えるシュリは知らない。

 無力な子供の振りをして裏から手を回せばよかったと、未来の自分が深く後悔する事など。


 ともあれ、最初の関門は突破できた。

 依頼人の信頼を得る、という関門は。

 次は、敵を倒すための計画についての話し合いだ。


 ディリアンの話を要約すると、倒すべき標的は2つ。

 1つは今現在、密かにこの国の中枢に潜り込んでいる悪魔。

 もう1つは、その悪魔を召還して操る人間。

 こちらは恐らく、それなりの権力を持つ大商人のだれかだろう、ということだった。


 この2つのうち、シュリが担当すべきは悪魔の方。

 人間の方は、誰が犯人かを絞りこめさえすれば、この国の兵隊を動かす、とディリアンが請け負った。

 シュリは全力で悪魔を見つけ、叩きのめし、召還主の名前を吐かせた後にやっつければ、それで依頼は完了だ。


 そのことを報告したりする時間はとられるだろうが、後はサクサク帰還の準備を整えて、愛の奴隷達が待つ王都の屋敷へ戻ればいい。

 ジェスやフェンリーとお別れするのは寂しいが、別れを惜しむ時間くらいは取れるだろうし、どうしても会いたくなったらまた遊びに来ればいいだけの話だ。



 (愛の奴隷達みんなのご機嫌を損ねると、後が怖いからなぁ)



 彼女達を待たせすぎたら、搾り取れるものなどまだないのに、色々と搾り取られる未来しか想像できない。

 そうならないためには、無駄な時間を一切省き、最短で事件を解決しなければ。

 そう、改めて心を決めたシュリは、きりりとした表情で周囲の大人達を見回した。


 ちなみに、今のシュリはアガサの腕の中にはいない。

 食堂兼作戦室である大広間で、それぞれ別の席に着き、おおきなテーブルを囲んでいる。

 シュリが1人で考え込み、こっそりある作業をしている間にも、大人達は作戦を練るために言葉をぶつけ合っていた。



 「ディリアン殿。悪魔の居場所の目星は全くついていないのか?」


 「徐々に中枢に近づいてきている事は分かっているんですが、居場所の目星という意味ではまだ」


 「じゃあ、まずは居場所の特定から、かしら。出来るだけ早い時期に乗り込んで悪魔の魔力残滓をたどれば、少しは近づけるでしょ」


 「ええ。私よりアガサの方が、その辺りの能力は強いでしょう? あなたであれば悪魔の位置を掴めるかもしれない、と」


 「で、私を呼んだわけね」


 「そうです。高位の冒険者を、とも考えましたが、元々この国では傭兵ギルドの方が力が強く、強い冒険者はあまりいませんし、他国からわざわざ呼ぶなら、能力を知っている相手の方が確実かと思いまして」


 「なるほどねぇ。正直、冒険者としてはブランクは空きまくりだけど、ま、呼ばれてきたからにはそれなりの仕事はするつもりよ」



 大人達がそんな話をする中、テーブルに広げられた城の見取り図をひょいとのぞき込んだシュリは、ふくっとした指先である1点を指し示した。



 「ここにいると思うよ?」


 「え? なにが??」



 シュリの言葉に反応し、大人の話し合いをジェスに任せて加わっていなかったフェンリーが首を傾げ、シュリの指が指し示す先をのぞき込んでくる。



 「なにって、悪魔が?」


 「ええっ!? ……って、それってそんなに簡単に分かっちゃうもの?」


 「そういう捜し物に向いたスキルを持ってるんだ」


 「へぇ。すごいのね、シュリ」


 「たまたまそう言うスキルを持ってるだけだから、そんなにすごくもないよ?」


 「そんなにすごくないって、十分すごいわよ。ん? でも、あれ? この位置って、ちょぉ~っとやばい場所、なんじゃ……ディリアン様、ちょっとお聞きしてもいいですか?」



 シュリの指先の位置をじぃっと見つめ、フェンリーは大人同士で相談を続けているディリアンの服の袖を引いた。



 「ん? なんですか、フェンリー」


 「こ、ここって、かなり国家主席の執務室に近い場所ですよね?? 国家主席のお仕事をお手伝いするような人達がいるような場所、じゃなかったですか??」


 「ええ。そうですね。この部屋では事務的な仕事を行っていますね。国家主席の決裁が必要な書類を取りまとめたり、必要な文書を作ったり……この部屋が、どうかしましたか?」


 「え~と、ここにいるらしいです」


 「……なにがでしょうか?」


 「探してる悪魔が」


 「はい?」


 「っていっても、私にそれが分かった訳じゃなくて、シュリがそう言ってるんですけど。どうも、探索に有用なスキルがあるみたいで」


 「そうなんですか? シュリ」



 フェンリーの言葉を受けて、半信半疑といった様子を隠そうともせずにディリアンがシュリに問いかける。



 「ですね。信じられない気持ちも分かりますけど、嘘じゃないですよ? 悪魔はここにいます」



 信じがたいその気持ちも分かるので、シュリは気を悪くすることなく、軽く頷いて答えた。



 「え~っと、悪魔の名前はブロディグマ、かな?」


 「……ほう。聞き覚えのある名前だ。人間界に長くいる俺が名を聞いたことがあるくらいだ。そこそこ古い悪魔だな」


 「へえ。知り合い?」


 「交流はない。名を聞いたことがあるくらいだ」


 「強い、のかな?」


 「弱くはないだろうな。悪魔の生きる年月は、その者の力に直結する。だが、まあ、シュリの敵ではないな。なにより、お前の側には俺がいる」



 微笑み、シュリの右隣にちゃっかり座っていたオーギュストは愛おしそうにシュリの頬を撫でる。



 「お前に指1本、触れさせる気はないさ。しかし……」


 「ん?」


 「俺の知る情報によれば、奴は人の魂と血を異様なほど好む。まあ、悪魔という種族上、そういう奴はざらだが、その中でも奴は抜きんでている、と聞いたことがある。奴が召還された、ということは、かなりの人の血が流れている、ということだろうな」


 「ブロディグマって悪魔が、それだけ人を殺したって、こと?」


 「それもあるが、悪魔を召還するためにはイケニエが必要だって事は知っているだろう?」


 「うん」


 「イケニエは、別に人じゃなくても構わない。現に俺は、羊1頭で呼び出された安い悪魔だしな」


 「僕的にはその方が好感持てるけど、そうじゃない場合もあるって事だよね?」


 「悪魔の世界では俺の方が特殊な例だ。当時の俺は人間界に興味があってな。それもあって適当な呼び出しに乗っかっただけだから、あまり参考にはならんだろう。とはいえ、人間のイケニエにしか応えないような悪魔も、まあ、少数派ではある。大概は妥協して、羊やら山羊のイケニエで呼ばれてやるものだ。さすがに、俺のように羊1頭でという奴は聞いたことがないが。だが、ブロディグマという悪魔は、人間以外のイケニエは認めない、と常々言っていたようだし、実際にそうだった、と噂に聞いて覚えている」


 「じゃあ、ブロディグマが召還された、ってことは」


 「そのためのイケニエとして、人間の命が捧げられている、ということだ。それも恐らく、1人2人ではない人数の命が」


 「そっか」



 失われた命を思ってしょんぼりするシュリの頭を、オーギュストの手がぽんぽんと優しく叩く。

 シュリを、慰めるように。



 「……悪いことをした奴は報いを受けるものだ。ブロディグマも、奴を召還した人間も、己の行った罪の報いは必ず受けることになる」


 「そう、だね」


 「で? 奴はどんな人間に擬態している? 奴の被ってる皮は誰のものだ?」



 問われたシュリは、己にしか見えない[レーダー]の盤面に目を落とした。

 マーク済みのその光点をタップし、



 「リット。リット・ダルモン」



 悪魔にその身を乗っ取られた者の名前を読み上げた。

 知っていますか? とディリアンを見上げると、彼は即座に頷いた。



 「最近配属された新人の書記官です。父親は現国家主席と対立する一派の大商人ですが、息子である彼はそんな父親に反発して、国家主席の書記官として働きはじめました。父親とは違って、真面目ないい青年ですが、まさか」


 「うん。残念だけど、そのまさか。今の悪魔の宿主は彼、だよ」


 「……どうにか、助けられませんか?」


 「無理だろうな。悪魔がその身の内に入り込んだ時点で、その男の魂は喰われている可能性が高い。もしその魂が無事であったとしても、中に潜む奴を殲滅する過程で肉体が壊滅的な傷を受ける可能性もある。中の奴が仮初めの肉体に気を使って動いてくれるとも思えないしな」


 「そう、ですか」



 ディリアンは、ほんの一瞬、沈んだ表情を浮かべた。

 だが、すぐに気持ちを切り替えたように表情を殺し、シュリの顔を再び見つめた。



 「リットは……。リット・ダルモンの皮を被った悪魔の場所は動いていますか?」



 問われたシュリは、再び[レーダー]に目を落とす。

 リットを示す点は、今のところ動いてはいない。

 己の擬態がバレたとは夢にも思っていない悪魔は、リットになりきって書記官の仕事をしているのだろう。

 この様子であれば、終業時間までは動かないはず。

 そう思った瞬間、その点は動き始めた。

 その点の動きを目で追いながら、シュリは己の指先でその動きを再現する。



 「今、動き始めた。こっちの方に。悪魔はどこに向かってるんだろう?」


 「これは……シュリ。そのまま悪魔の動きを指で示して下さい」


 「いいよ」



 ディリアンの指示の通り、シュリはその指で悪魔の位置を追いかけた。

 その指先がある通路に差し掛かった瞬間、ディリアンの目がすぅっと細められる。



 「……シュリ?」


 「なぁに?」


 「悪魔は昼間でも凶行をおかすでしょうか?」


 「ん~。可能性は低いけど、ないとは言えない、かな。悪魔は国家主席さんのところへ向かってるの?」


 「ええ。恐らく。彼の元へ書類を届けにいくのだとは思いますが」


 「……その国家主席とやらは最後の標的なんだろう? ならば、動く可能性は高い。最終標的さえ殺してしまえば、もう隠れる必要もないわけだからな」



 差し挟まれたオーギュストの言葉に、ディリアンの表情が固くなる。

 彼は、動き続けるシュリの指先を凝視したまま、



 「……彼の元へ向かいます。シュリ、一緒に来てくれますか?」



 シュリに改めて依頼する。



 「もちろん。僕はそのために来たんだから」



 即座に頷いたシュリは、じゃあ、早速行こう、と立ち上がった。

 そしてそのままオーギュストを見上げ、



 「オーギュスト、僕とディリアンを運んでいける? 急がないといけないんだ」



 そんなお願いをした。

 頷いたオーギュストは、シュリを片腕に、ディリアンをもう片方の肩に担ぎあげた。

 オーギュストの腕の中からシュリは他のみんなに話しかける。



 「僕とオーギュストだけでも大丈夫だとは思うけど、一応向こうで落ち合おう。慌てないで向かって」


 「シュ、シュリ!? これは一体……」



 そんな3人の声を残し、2人を担いだオーギュストの体は、黒い裂け目の奥へと消えた。


◇◆◇


 「リット、この書類を国家主席のところへ届けて貰えるか?」


 「はい。わかりました。他になにかついでの用事はないですか?」


 「それだけで大丈夫だ。ついでに、ここ最近は閉じこもりっきりで真面目に仕事をしている主席閣下に俺の分まで激励の言葉をかけてきてくれよ」


 「はは。了解です。じゃあ、行ってきますね」



 朗らかに返事をして、リットは……リット・ダルモンという青年の皮をかぶった悪魔は、愚かな人間達が仕事に励む部屋から抜け出した。



 (……もう1段階上の人間の皮を被らねぇと、国家主席の近くに行くことは難しいと思ってたけど、これってチャンスじゃねぇの?)



 周囲の人間から不自然だと思われない速度で歩きながら、くひっと笑う。

 その顔は、リットという青年を普段から知る者が見たら不審に思うほどに、醜く歪んでいた。



 (あ~、腹が減ってきたぜ。国家主席の魂をいただいちまえば、召還主の願いも叶う。そうすりゃ、もうこそこそする必要もねぇ。まだ昼間だが、いいチャンスも巡ってきた事だし、護衛ごといただいちまうかぁ)



 舌なめずりをしながら歩く青年を見ても、もう誰もリットとは思わないだろう。

 醜い欲望が透けて見えるその顔は、造作こそは同じでも以前とは全く違ってしまっている。


 そんなことにすら気づかないまま、リットに扮した悪魔は、昼日中の人目がある時間帯であるにも関わらず、国家主席殺害という目的を遂行することを決めた。

 今、この場に、彼を召還した黒幕達の誰かがいれば彼を止めただろう。

 国家主席の死因はあくまで原因不明にしたい、それが今回の件の黒幕達の考えだったからだ。


 真っ昼間から悪魔が出現して暴れ、万が一目撃でもされたら、犯人探しで大変なことになる。

 今回の件の黒幕達は、目立つことを良しとしていなかった。

 それ故に、正面からの殺害を諦め、悪魔を召還し、人に気づかれないように近づかせ、誰にも見破られないように殺して欲しかったのだ。


 外傷もなく、ただ魂を悪魔に食べられた死体の死因は、原因不明の突然死に見えるはず。

 黒幕達は、国のトップの突然の悲劇を悲しむ振りをしつつ自分達のうちの誰かが国の最高位の地位を得る、そんな未来を夢見ていた。


 だがしかし。

 ここに来て黒幕達の計画に暗雲が立ちこめはじめていた。

 その原因の1つは、悪魔の気まぐれ。

 これは召還した人物の力量不足からおきたこと。

 召還者が潤沢に用意された生け贄を目にして欲をかき、己の力量よりも力のある悪魔を召還してしまったが故の出来事だった。


 そして暗雲の原因のもう1つ。

 これに関しては、事件の黒幕達はまだなにも気づいていない。

 悪魔を従える、悪魔よりも強い愛らしい幼児が、すでに彼らの悪魔を捕捉し、それを退治する為に動き始めているなどということは。


 誰にも会うことなく廊下を進み、国家主席の執務室の前にたどり着いた悪魔は、再びリットという青年の仮面をかぶり直す。

 そして重厚な扉をノックしながら、



 「失礼します。書記官見習いのリットです。国家主席に書類をお持ちしました」



 中にいる獲物に向かって、そう声をかけたのだった。


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