第339話 レース好きの悪魔②

 そんなシュリの言葉にオーギュストは愁眉を曇らせ、



 「そうか。この部屋は快適だったんだがな」



 そんな風に呟き、しばし考え込む。そして、意を決したように顔を上げ、シュリをじっと見つめた。



 「シュリ、俺の頼みを聞いてくれないか?」


 「頼み? なに??」


 「この部屋はすごく快適で作業に向いている。訪ねてくる相手がいないから、集中して仕事に当たれるのがいい」


 「訪ねてくる相手? お客さん、とか??」


 「いや。無駄にすけすけの、お前に言わせれば、防御力の非常に低い服を着た女達だ」



 オーギュストのその言葉に、シュリは、あ~、と思う。それは確かにありそうだ、と。

 悪魔のオーギュストはとっても美形で凛々しく、ワイルドな男の色気に溢れていて。

 非常に女性の人気が高かった。

 ルバーノ屋敷の女性陣は、シュリ派とオーギュスト派にほぼ二分されていた。が、シュリが愛の奴隷達にがっちりガードされてハードルが高い分、ガードの弱いオーギュストを狙う女性陣の勢力の方が若干上をいくかもしれない。


 シュリは自分の派閥を削いでくれるオーギュストに感謝の念すら抱いていたが、当の本人は大変だった事だろう。

 シュリと違って、オーギュストは立派な成人男子であり、そんな彼を誘惑したり寝込みをおそったりする事への罪悪感は薄く。

 オーギュスト派の女性陣は、非常にアグレッシブに活動しているようだった。



 「ここは、招かれざる客は入れないだろう? 更に、ここに住まいを得ているお前の眷属は、お前以外の男に目もくれないし、非常に居心地がいいんだ。なんとか、ならないか?」



 真摯に乞われ、なんとかしてあげたいとは思ったが、タペストリーハウスは基本的には眷属の為のアイテムなのだ。

 客人として滞在したり訪問することは可能だが、居住するためにはシュリに連なる何らかの絆が必要になる。

 眷属であるとか、試したことはないが、愛の奴隷達や契約精霊達へも鍵の譲渡は可能じゃないかと思う。

 ただ、彼女達がそれを求めないからあえて試したことは無かったが。


 シュリとの何らかの絆、という点では、恐らく女神様達も入居の条件をクリアしている。

 だが、シュリは決してこの事を女神様達に漏らすつもりは無かった。

 時折、夢を通じて交流している女神様達だったが、彼女達との距離感はそのくらいがちょうどいい。

 万が一、タペストリーハウスに入居され、日々溢れてこぼれんばかりの愛情を傾けられでもしたら、さすがのシュリでも受け止めきれる自信は無かった。

 いくら残念でも神は神。その愛情の量もビッグなもの、なのである。


 運命の女神様に与えられた加護により手に入れたスキルの産物なので、もしかしたらタペストリーハウスの事も把握されている可能性もある。

 だが、それはない、とシュリは確信に似た思いを抱いていた。

 あの運命の女神様がそんなにマメなはずはない、と。

 面白い事に目がないが、細かいことに目を配るのは苦手。運命の女神様とは、シュリが見抜いている通りの、そんな神様であった。


 オーギュストの考えを吟味し、タペストリーハウスの入居の条件を吟味し、諸々考えを総合した結果、改めて思う。

 オーギュストの入居は難しい、と。


 問題はオーギュストが男性である、という点だ。

 シュリのテイムスキルは[獣っ娘テイム]という無駄にカスタムされてしまったものであり、テイムできる対象は女の子だけ、という制限がある。


 じゃあ、愛の奴隷はどうなんだと問われると痛いが、シュリは男性を愛の奴隷にするつもりは無かった。

 なにしろ、愛の奴隷にしたが最後、その性欲処理は主の仕事なのだ。

 そうなると、シュリのお尻の危機である。


 逆に、オーギュストがもしシュリを受け入れる準備があると申し出てくれたとしても、受け入れるつもりは無かった。

 シュリの信条は、のっと・りある・BL。

 それを破り、この世界にも一定数いるであろう腐属性の人々を喜ばせるつもりは毛頭ない。


 恋をしたことはないが、シュリの恋愛対象は女性、のはず。

 まだ経験がないので言い切れないし、お年頃になって急に王子様のような男性か、野獣のような男性に心を奪われる、なんて事が無いとも言い切れないが、少なくともそういう人が好みだと言うことはないし、今まで胸がトキメいたこともない。


 今だって、乙女の夢を全て詰め込んだようなイケメンのオーギュストを前にしてもトキメキのトの字すら感じないし。



 (第一、強引な男の人ってあんまり得意じゃ無かったんだよなぁ。前世での元彼がそんな感じで印象良くないし。かといって王子様系も。っていうか、現代日本人にそうそうそんな王子様みたいな振る舞いが出来る人っていなかったし。外国の人と知り合う機会も特になかったし。王子様。王子様ねぇ)



 むしろ、親友であり女性の桜の方が、一般的な男性よりもよほど王子様っぽかったような気がする。

 綺麗で頭が良くて、シュリが……いや、瑞希が困っているときはいつも相談に乗ってくれたし、助けてくれた。

 デート、というか、一緒に遊びに行くときも、瑞希の好みをしっかりリサーチして、楽しくない瞬間なんてないくらいの時間を過ごさせてくれたし。

 女同士だというのにいつだってレディーファーストで女の子扱いされ、戸惑いつつも嬉しかったことも覚えている。

 桜と出会うまではそういう扱いを全く受けたことが無かったから。


 かといって、彼女が女らしくなかったとか、そういうことは全くなく。

 時折、仕返しのようにレディーファーストを仕返すと、「そういうのはいいから!」と照れたように頬を赤くする彼女はいつだってとても可愛かった。


 そんな風に思い出してみれば、平坦な恋愛経験しかなかった前世で、もっともトキメいた瞬間にも桜が関係していた。

 中途半端なドラクエ知識で興味を持ったぱふぱふ。

 一緒に行った温泉旅行でどうしてもとダメもとお願いしてみたら、あきれた顔をしつつも桜は断らなかった。

 柔らかな膨らみに顔を埋めた瞬間もそれはそれはドキドキしたが、最大級のトキメキはそれではなかった。

 気持ちよかった~、といい年をして無邪気に顔を上げた瞬間。

 そんな瑞希を、桜が甘く潤んだ瞳で見つめ、



 「もう、気が済んだ? ほんと、仕方ないヤツ」



 そんな言葉と共に、瑞希の全てを許すような優しい微笑みを浮かべた桜の顔を見たその時、胸が大きく高鳴った。自分でも驚くくらいに。

 それまでだって桜を見ていて、桜と触れあって、ドキドキしたことはあった。

 でもそんなトキメキなんてまだまだ序の口だったと思うほど、その時の胸の高鳴りはものすごく。


 自分の心臓はどうかしちゃったんじゃ無かろうか、と瑞希は心底不思議に思って首を傾げ、そんな瑞希を見て桜はまた心から楽しそうに笑った。

 その笑顔を、ずっと見ていられたらいいな、とそう思った事は、今でも鮮明に覚えている。

 お互い誰と結婚しても、子供が出来て孫が出来ても、年をとってしわくちゃのおばあちゃんになるまで、ずっとずっと桜と一緒にいたい、と。

 まさか、それから2年とたたないうちに、自分が命を落とすことになるなんて、夢にも思わずに。


 桜はどうしているだろう。

 シュリは久しぶりに前世の親友の今を思った。


 元気でいるだろうか。新しい友達を作って、恋人を作って、家庭を作って。

 幸せに、暮らしているだろうか。暮らして、くれているだろうか。


 それを確かめる術はもうない。


 だから、シュリに出来ることは願うことだけだ。

 彼女が幸せであるように。

 思い出してしまった大好きな親友のことを思いつつ、シュリはふとある事に気づく。

 桜のぱふぱふにあれだけ胸をトキメかせてしまった自分は、もしや昔からおっぱいが好きだったのでは、という疑問に。



 (ま、まさか……。いっ、いや! まてまて!!)



 もしかして、僕ってば前世からおっぱい好きの女好き!? 、という疑念が一瞬浮上したが、シュリはすぐに首を横に振った。

 前世において。

 己のものははもちろん、女性にもてた瑞希の周りは女性にあふれ、おっぱいに溢れていた。

 まあ、直接お目にかかる機会は滅多になかったが、温泉好きな瑞希が女性の裸を目にする機会はそこそこあったはず。

 だけど。



 (別に、そんなにトキメいてはいなかったよねぇ? 不特定多数のおっぱいには)



 一瞬どきっとする事はあったとしても、それはその時だけのこと。

 あれほど強くトキメいたのも、ことあるごとにドキドキされられたのも桜だけだった。

 その事実に気づいて、シュリは首を傾げた。



 (僕にとって、桜は特別、だったってこと、だよね。特別、かぁ。ん~……でも、桜は親友だったしね)



 親友だもん。ちょっと他の人よりドキドキするくらい、普通だよ、普通。

 結局、シュリはそう結論づけた。

 親友への思いがどんなものであったとしても、今更どうにもならないことだ。



 「シュリ?」



 名を呼ばれ、シュリははっとして顔を上げた。

 すぐ目の前にイケメン悪魔の顔を見つけ、シュリは己が今どこにいるのか分からなくなり、目をぱちくりした。



 「で。俺に部屋をくれるのか、くれないのか?」



 そう問われ、己の現状を思い出す。

 そして、今まで放置して考え込んでいた事へのお詫びのように、彼をここに住まわせられない理由を出来るだけ丁寧に説明した。

 オーギュストはシュリの説明をいちいち頷きながら聞き、



 「つまり、俺が男だからダメなのか」



 そう結論づけた。



 「男だからっていうのもあるけど、悪魔を眷属に出来るか分からないし」


 「悪魔はどちらかというと精霊寄りの精神生命体だし、人よりは魔物に近い。眷属にも出来るんじゃないか?」


 「どうかな? やってみないと分からないけど。でも、さっきも言ったように、僕のテイムスキルは女の子専用の変なヤツなんだよ……」


 「それもどうにかなるかもしれないぞ」


 「え?」


 「悪魔は精神生命体だといったろう? 基本的に悪魔は男性形態を好むが、女性の形態を好む変わり者もいるし、両方の性を取り入れるヤツもいる。俺はたまたま男性形態を好んで使うが」


 「男性形態を好んで使う??」


 「今のこの俺の肉体は、遙か昔、召還されたときに受肉した時に選んだ性別のまま使ってるが、かなり魔力を使いはするが女の体になることも、まあ、出来ないことはない」


 「悪魔に、決まった性別はないって事?」


 「そういうことになるな。悪魔は召還される時に、自分の性別を自由に選ぶだけだ。精神的に女寄りな奴や男寄りな奴は、もちろんいるが」


 「なるほど。そうなんだぁ」


 「そういうことだ。じゃあ、やってみるか」


 「やる、ってなにを??」


 「だから、俺を眷属に出来るか試すに決まってるだろう? そうしないと、この屋敷の部屋を貰えないじゃないか」


 「えっと、でも、眷属になるってことは、僕に従属するってことだよ? イヤじゃないの?」


 「別に気にならんな。それに、俺はお前の事が嫌いじゃない。むしろ好きだ。その点は安心しろ。俺を眷属にしておけば、なにがあっても守ってやるし、お前の下着はいつも俺の手作りオーダーメイドだ」


 「下着はどっちでもいいけどさ。まあ、オーギュストがそれでいいなら試すだけ試してみようか?」



 シュリはやれやれと肩をすくめ、それから指先でちょいちょいとオーギュストを招き、身を屈めるように指示をした。

 素直に身を屈めたオーギュストの顔が近づき、



 「なんだ? シュリ。俺にキスでもしたくなったか?」



 シュリはにっこり笑うと、そんな自惚れたことを言うオーギュストのイケメン面に、一応出来るだけ手加減して己の拳を叩き込んだ。

 手加減してもなお強力なシュリの拳を受けたオーギュストの体は見事にふっとび、壁に叩きつけられた彼の驚愕の眼差しが突き刺さる。

 そんな彼に、シュリは再び微笑みかけた。



 「降参は?」


 「な、なんだと?」


 「降参しないと眷属に出来ないでしょ?」


 「あ、ああ。そうか。そうだな。こ、こうさん、した」



 かくんとオーギュストが頷いた瞬間、シュリの前に半透明のウィンドウが。

 そこには、


・野生の悪魔が仲間になりたそうにこちらを見てます。仲間にしますか?YES/NO


 そんな言葉が浮かび上がっていた。

 どうやら悪魔も仲間に出来るようである。その事実が、今、判明したのだった。

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