第318話 パーティーにて~束の間の休息~

 一通りみんなのところを回り歩き。

 シュリはこっそり隠れて束の間の休息を得ていた。

 別にみんなと過ごすのがイヤなわけではない。イヤなわけではないが、構われすぎてちょっと疲れてしまった。

 ちょっとの間だけでも、みんなから離れて静かに過ごしたかったので、隙を見てみんなから逃れてきたのだった。


 それほど高くない木の上で、安定感のいい枝に身を預けながら、シュリは小さく息をつく。

 メイドさんやら執事さんやら、ルバーノ屋敷で働いているみんなは、忙しく立ち働いているし、今のシュリのいる場所は彼らの導線からも少し離れていた。

 だから、誰にも見つかることはないだろうと高をくくっていたら、



 「あれ? シュリ様?」



 女性にしては少し低めの声の持ち主に、そう声をかけられた。

 まんまと見つかってしまったシュリは、その聞き覚えのあるような無いような声の主の方へ目を向ける。

 そこにはちょっと地味だけど清楚な様子のメイドさんが居て、目を丸くしてこちらを見上げていた。若いとは言えない年齢だが、身綺麗で清潔感があり、そこはかとない色気を感じるその人は、最初こそ驚いていたようだが、何かを察したように、ああ、と頷き、



 「ちょっと待ってて下さいね?」



 そう言いおいてパーティー会場の方へと、しとやかに歩いているようにしか見えないのにびっくりするくらいのスピードで去っていった。

 シュリは女性にしては少し高めのその背を見送りながら、首を傾げる。

 なんだか、どこかで見たことがある人なんだけど、誰だったかなぁ、と。

 一応お屋敷内のメイドさんの顔は把握していたつもりだが、その誰とも違う気がする。



 (セバスチャンが臨時で雇ったメイドさんかなぁ?)



 でも、その割には見覚えがあるんだよなぁ、としきりに首を傾げていると、



 「シュリ様、お待たせしました」



 件のメイドさんがいつの間にか戻ってきていた。

 彼女の差し出すグラスとお皿を受け取り、



 「ありがとう、おねーさん」



 にっこり笑ってそう声をかけると、メイドさんはぽっと愛らしく頬を染めた。



 「お、おねーさん。なんだか、新鮮ですね。シュリ様にそんな風に呼ばれるのは」



 独り言のようにそんな言葉をこぼすおねーさんを見つつ、シュリは再び首を傾げる。

 おねーさんと呼ばれるのが新鮮。

 ということは、シュリは普段、別の呼び方でこの人に呼びかけている、ということになる。



 (まさか、おばさん、って呼ぶ訳ないだろうし、名前とかで呼んでるのかなぁ? でもその割には、全く名前が思い浮かばないんだけど)



 怪訝そうな顔で謎なメイドさんの顔をまじまじと見つめる。

 シュリにじっと見つめられ、メイドさんの顔はますます赤くなり、その首筋までもほんのりと染める。

 その様が何とも熟れた色気を感じさせ、なんだか男の人にモテそうなメイドさんだなぁと妙な感心をしてしまう。



 「え、えっと、シュリ様? シュリ様はずっとお忙しそうだったので、落ち着いてお食事がとれていないかと思いまして。シュリ様のお好きそうな料理とお飲物をお持ちしましたから、もう少しここでゆっくり過ごして下さい。会場の方はまだシュリ様の不在に気づいていないようでしたから、もう少し時間を稼げると思います」



 シュリに見つめられ、ちょっと落ち着かない様子ながらも見事な気遣いを見せてくれるメイドさんに、シュリは更に感動の眼差しを注ぐ。

 そんなシュリをメイドさんはほんの一瞬まっすぐ見上げ、だがすぐに恥ずかしそうに目を伏せ。

 まったくあざとくなく男心をくすぐってくる仕草に感心しつつ、



 「ありがとう、おねーさん」



 微笑み、メイドさんにお礼を言った。



 「しゅ、しゅりさま。そ、そのおねーさん、というのはちょっと。シュリ様のお素敵な笑顔と相まって、心臓がドキドキしすぎて、新たな扉を開いてしまいそうでちょっと危険かもしれません」



 メイドさんはとうとう両手で顔を覆ってしまった。

 覆いきれない耳や首筋まで赤いから、きっと隠れたその顔の赤さはかなりのものだろう。

 新たな扉というのがどの扉か分からないが、危険だと言うのならなるべく開かない方向性でいきたい。

 とはいえ、メイドさんをなんと呼んでいいか分からず、



 「えっと、おねーさんじゃないならなんて呼んだらいいかな? メイドさん、だと他のみんなとの区別がつかないし」



 素直にそう尋ねた。

 「そ、そうですね。確かに。かといって普段の呼び方も、この姿の時は差し障りがありそうですし。じゃあ、ハン……ハンナ、とお呼びいただけますか?」


 「ハンナさん、かぁ。分かった。じゃあ、そう呼ぶね?」


 「呼び捨てで構いませんよ?」


 「ん~。でも、呼び捨てよりハンナさんって呼んだ方がしっくりくるから、ハンナさんって呼ぶね」


 「そ、そうですか」



 名前呼びも少し危険ですが、でもおねーさんと呼ばれるよりはまだ……、などとぶつぶつ言っているメイドさんを木の上から見下ろしながら思う。

 なんだか、名前にも聞き覚えがあるような、と。


 だが、いくら見つめても考えても、目の前のメイドさんの正体が分からない。

 もうちょっとで正解がつかめそうな気もするのだが。

 でも、その正解にたどり着く前にタイムリミットが来てしまった。



 「じゃあ、シュリ様。わたしはそろそろ……」


 「あ、うん。色々ありがとう、ハンナさん。何か用事の途中だった? 忙しいところを引き止めちゃったならごめんね?」


 「いえ! 用事、というほどの事ではないんですけれど、パーティーですし、馬達にもいつもより良い飼い葉をあげようと思いまして」



 では、失礼します、そう言ってメイドさんは厩舎の方へとお淑やかに歩いて行ってしまった。

 その背中を見送りながら、シュリはようやくメイドさんの正体に気がつくことが出来た。


 シュリも驚くほど上手にメイドさんに擬態した御者のおじさんは、そうと気づいてもなお女の人にしか見えない歩き方でシュリの視界から消える。

 彼のメイドさん姿は前にも見たことがあった。

 だが、今日の彼のメイド姿は以前よりも数段堂に入ったものであり。

 なんというか、前よりもずっと綺麗になっていた、気がする。


 いつもはちょっと小綺麗ではあるけど普通のおじさんなのに、女の人に化けるだけで、どうしてああも男の人の目を引く感じに仕上がるのか。

 おじさんのメイドさん姿を脳裏に思い浮かべてみれば、顔立ち自体はものすごい美人という訳では無いのだ。

 なのに、美人風の雰囲気があり、色気を感じる。

 まあ、上手にお化粧しているので、おじさん状態の時よりはずっと綺麗だけど。


 不思議だなぁ、と思いつつ、シュリはメイドなおじさんが持ってきてくれた飲み物を飲み、お皿に盛り合わせてくれた料理を味わう。

 彼の用意してくれた料理は、シュリの好みにぴったりで。

 普段は御者をしている彼が、自分の好みを把握していてくれたことに驚きを感じつつ。

 そんな彼の隠れたメイド力に、いつかメイドとして働く彼の姿が目に見えるような気がするシュリなのだった。

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