第289話 ルバーノ王都屋敷の使用人達

 持ってきた荷物を全て運び込み、一通りの配置を終えた後、忙しく動き回っていた使用人達はみんな部屋から出ていった。

 キキも、人数分のお茶を入れた後、何かあったら呼んで下さいとの言葉を残して部屋の外へ。

 部屋の中には、アズベルグから共に旅してきた面々だけが残された。

 といっても、御者のおじさんだけはこの場にいないのだが。



 「さすがは王都。おいしそうなお菓子ね~。いっただきまぁす」



 そんな言葉と共に早速ヴィオラがお菓子に手を伸ばし、口いっぱいにほおばった。

 シュリはそんな、全くおばー様に見えないおばー様を微笑ましそうに見つめてから、己もお茶に口を付ける。

 そして、ジュディス、シャイナ、カレンにもお茶とお菓子を勧めた。


 三人は、どうしようかと一瞬目を見交わしたが、アズベルグではシュリと同じテーブルでお茶の時間を過ごすことは日常的だった。

 そのことを考えると、ここで固辞したところで今更感はある。


 それに、お茶は人数分用意されており、無駄にするのももったいなかろう、と言うことで、三人は長くは悩まず、シュリに促されるままお茶に口を付けた。

 そうして、お茶一杯分の時間を楽しみ、シャイナが全員の茶器を片づけ終わる頃、それを見計らったように部屋のドアがノックされた。



 「シュリ様。アビスでございます。主だった使用人を連れて参りました。ご挨拶させていただいてもよろしいでしょうか?」



 ドアの向こうから聞こえてきたのは、予想していたとおりアビスの声。



 「もちろん。どうぞ、入って」



 シュリは、男装の麗人な執事長の声に快く答え、入室を促した。



 「失礼いたします」



 最初に入ってきたアビスは、さっきと変わらずきっちりした男装の麗人っぷり。

 オールバックに整えられた髪型も凛々しく、切れ長の目でシュリを認めると、洗練された仕草で頭を下げた。



 「失礼しますぅ」



 続いて入ってきたのはメイド服に身を包んだ女性。

 身長はそれほど高くなく、幼げに見える顔立ち。

 だが、ゆるっとややだらしなく纏められた黒髪やぷっくり肉感的な唇、そして何よりメイド服を押し上げるご立派なお胸が、ちょっとけしからんくらいの色気を醸し出していた。

 彼女はアビスと同じ、黒曜石の瞳でシュリを認めると、とても人懐こく微笑んだ。

 そして、



 「やっぱ可愛い。美味しそうなボーヤだわぁ」



 と、なぜか舌なめずり。

 そう言った反応に慣れっこなシュリは特に咎める事もしなかったが、アビスが慌てたようにメイドさんの方を振り返る。



 「お姉さ……失礼。ルビス。シュリ様は今日からこの屋敷の主となられる方ですよ。わきまえなさい」



 即座にアビスから教育的指導が入ったが、なんだか聞き捨てならない言葉を聞いた気がした。



 (今、お姉さまって、そう言い掛けたよね? アビスじゃなくて、こっちのメイドさんがお姉さんなのかぁ。アビスの方がお兄さ……違った。お姉さんっぽく見えるのに、人は見かけによらないもんだなぁ)



 そんなことを考えながら、シュリはまじまじとルビスと呼ばれたメイドさんを見つめた。

 髪と瞳の色はアビスと一緒。

 顔立ちも、よーく観察してみれば似ているような気がする。

 雰囲気が違いすぎて、ちょっと見ただけでは気づけないレベルではあるが。



 「はぁい、ごめんなさぁい」



 シュリが興味深く見つめる前で、ルビスは妹からの叱責に謝罪を返し、ぺろっと赤い舌を覗かせた。



 「謝罪は私ではなくシュリ様に……」


 「はいはい、わかってるわよぉ」



 ルビスは妹のさらなる小言を遮って、シュリの前に進み出る。

 そして、しゃがみ込んでシュリの目線に己の目の高さをあわせると、



 「さっきはごめんなさぁい。シュリ様があんまり可愛くてつい。許していただけますかぁ?」



 主に相対しているとは思えないほど甘く砕けた口調だったが、その瞳はどこか冷めているように見えた。

 そのギャップに少々面食らいつつも、シュリはアビスと同様ルビスも、まだ己のスキルの影響下にないということに気づいていた。



 (姉妹揃って、かぁ。なにか特殊な耐性スキルでも持ってるのかな?? まぁ、二人揃って好きな人がいる可能性もあるけど)



 考えはしたものの、別に二人から好かれないと困るわけでもない。

 シュリに夢中じゃなくても、二人とも仕事の手を抜いたりなんかしないだろうし。

 むしろ、このまま、適度な距離を保てたほうが面倒は少なそうだ。


 とそんな訳で、出来るだけこのままの状態を保っていきたいと思うシュリは、今後も当たり障りのない対応を心がけよう、とひっそり決意する。

 そんな決意の元、



 「いいよ。僕も堅苦しいのは苦手だしね」



 にっこり微笑み、シュリは鷹揚に答えた。

 そんなシュリの態度を値踏みするように目を細め、ルビスもまた唇の端をきゅっと持ち上げて完璧な笑顔を返す。

 その瞳は、全く笑っていなかったが。



 「うふっ。ありがとうございますぅ~。シュリ様はぁ、お堅い女より、私みたいな方がお好きですよねぇ?」



 あざといくらいに媚びを売ってくれるのだが、目が笑ってないからちょっと怖い。

 といっても、シュリほど女性に親しんでいない一般男性であれば、コロッとだまされてしまうレベルだとは思うけれど。



 「そうだねぇ。確かにルビスは親しみやすい、かな?」


 「じゃあじゃあ、夜のお呼びは私だけに、ね? アビスちゃんはそういうの、許せないタイプ、ですから」



 うふふっ、とルビスは意味ありげに笑い、シュリの返事を待たずにすっと後ろに下がった。

 アビスが、まさか姉に夜伽を命じるつもりでは!? と、殺気のこもった視線を飛ばしてきたので、後ろに控える忠実な三人がそれにお応えする前に、苦笑混じりの返事を返した。



 「夜の呼び出しをするつもりはないよ。見ての通り、僕はまだまだお子様だし、ね」



 十分間に合ってるし、とは口に出さず、シュリは穏やかにそう伝える。



 「コ、コホン。な、ならいいのです。お姉さ……ルビスも、不用意な発言は控えるように」


 「……はぁい」



 アビスはシュリの言葉に納得したようだが、ルビスは納得していないようだった。

 彼女から向けられる疑いの眼差しに、



 (ん~、なんだか一悶着ありそうだけど……ま、いっか。なんとかなるでしょ)



 そんな風に思いつつ、そっと気づかない振りをして、その後も次々と紹介される使用人達と挨拶を交わしていく。

 ルビス以外はもうすっかりシュリに友好的で、とりあえず面倒事はなさそうである。

 アビスも、過度な好感は抱いていないようだが、特に反感を抱いている様子はないし。



 (ルビスのことは、まあ、もう少し生活が落ち着いてから何か対応すればいいか)



 そうして過ごしている内に、彼女の中の何らかの不信感も薄れてくれるかもしれないし。

 シュリはそう考え、ルビスの事は一旦放置しておくことにした。


 放っておいても別に支障はないだろうと考えての措置だったが、後でシュリはこのときの判断を後悔することになる。

 なる、のだが、今はまだそんなこと知る由もなく、



 「みんな、これからよろしくね」



 そんな言葉とともにのほほんと微笑むのだった。

 

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