第287話 いよいよ王都!②

 (別に玄関まで歩いても良かったけどなぁ)



 と思いつつも、彼らには彼らの段取りというものもあるんだろうと理解を示し、シュリは門から玄関までの短い距離を馬車に揺られた。

 馬車は緩やかに進み、徐々にスピードを落として静かに止まる。

 座ったまましばらく待つと、外で踏み台を置く音が聞こえて、その後扉が開かれた。


 安全確認の意味もあり、まずはカレンとシャイナが馬車を降り、次いでジュディス。

 最後にヴィオラがシュリを抱き上げ……ようとしたが激しく拒否されたため、若干しょんぼりしながらシュリの手を取り馬車を降りた。


 おばー様に抱っこされて馬車を降りるという辱めをなんとか回避したシュリは、ヴィオラに手を引かれて馬車を降りる。

 両脇には先に降りたジュディスとシャイナとカレンが控えていて、真っ先にシュリを迎えてくれた。

 彼女達に微笑みかけ、それからゆっくりと主を迎えるために玄関先に並んだ屋敷の者達を見渡した。


 大人の人数はさほど多くはない。

 さっき、ロドリックが言っていたように孤児を積極的に雇用している為だろう。

 その為か年若い少年少女の姿も多く見受けられた。


 門番の少年・タントと違い、屋敷内に仕える彼らは、年長の先輩使用人からよく言い聞かせられているのだろう。

 シュリがとことこと歩いて彼らの前に立っても余計な口を開く者は一人もいなかった。


 使用人達の誰もが、初めて目にするシュリの繊細な美しさに息を飲む。

 まるで生きている人形のようだと思った者も少なくはないだろう。


 だが、シュリが微笑んだ瞬間にその印象はふきとんだ。


 人形のようにも思えたまるで造りもののような美しさは、生き生きとした輝きを放つ美しさへとその印象を変え。

 初めて見るルバーノの後継者たる少年の愛らしさに、居並ぶ使用人達の誰もが胸を打ち抜かれ、うっとりとシュリを見つめた。


 シュリは、彼らの熱い視線の圧力に押されそうになるのを何とか持ちこたえ、



 「みんな、出迎えご苦労様。僕はシュリナスカ・ルバーノ。今回、王都に来るにあたってカイゼルおじ様からこの屋敷の管理を任されたから、しばらくの間は僕がこの館の主ってことになるのかな。みんなが快適に過ごし働けるように頑張るから、みんなも協力して欲しい」



 言おうと思って考えていた挨拶をどうにか噛まずに伝え終えた。

 その事に、内心ほっと胸をなで下ろしていると、使用人達の中から一人の人が進み出てきた。


 恐らく、その人がロドリックの言っていた執事頭なのだろう。

 その人を見た瞬間、ロドリックが彼女と言い掛けて彼と言い直した理由が分かった。


 さらさらの黒髪を短く切りそろえた彼……いや、彼女は、見事なまでの男装の麗人っぷりである。

 以前に知り合ったお姫様お気に入りの騎士・アンジェリカのイケメンっぷりも大概だったが、彼女は別に男装したいと思って男装している訳じゃなさそうだった。

 胸も潰したりしてなかったし。


 でも、目の前の女性は違うようだ。

 胸をしっかり潰しているのか、はたまたもともと切ない感じなのかは計り知れないが、体型は女性らしい丸みが隠されしっかり男性のように補正されている。

 それは、前世で数回行ったことのある某歌劇団の男役さながらの麗しい男っぷりだった。


 執事服を見事に着こなした彼女は、切れ長の黒曜石の瞳でまっすぐにシュリを見つめる。

 そして、深々と一礼し、



 「こちらのお屋敷で執事頭をつとめておりますアビスと申します。領地のカイゼル様より、シュリナスカ様を主としてお仕えするよう、指示が届いております。本日より、シュリナスカ様を主とし、誠心誠意お仕えさせていただきます。夜伽のご命令以外でしたらなんなりとお申し付け下さい」



 真面目な顔を一切崩さず、そう言いきった。



 (よ、夜伽って……。カイゼルってば、なにかやらかしちゃったことあるのかな)



 遠くアズベルグで日々執務に励んでいるであろうルバーノの当主の顔を思い浮かべながらそんなことを思う。


 最近はシュリを構うのに忙しくてそうでもなかったようだが、以前のカイゼルの女性関係はかなりのものだったらしいと聞いている。

 他でもない、奥さんであるエミーユから。

 とはいえ、エミーユの男事情も中々のものだったらしいが。


 そんなカイゼルであるから、この凛々しくも美しい執事頭さんに、夜伽なんていう失礼な命令をしちゃった黒歴史があったとしても驚かない。

 とはいえ、誉められた事ではないのは確かだが。

 ふむ、と一つ頷き、シュリは気難しそうな顔を崩さない執事頭さんの綺麗な顔を見上げる。

 そして、真面目な顔で胸に手を当て、



 「よろしくね、アビス。僕のことはシュリと呼んで欲しい。アズベルグではみんなからそう呼ばれてたしね。他のみんなもそう呼んでくれると嬉しいな。夜伽に限らず、無理な命令はしないから安心して。主として、正しい行動を心がけるって誓うよ」



 そんな誓いを立てた。

 アビスはそんな幼い主の誓いに方眉を上げ、



 「……ご立派なお心がけです。では、シュリ様と、そう呼ばせていただきます」



 言葉少なにそう返した。



 「ありがとう、アビス」



 にこりと笑い、そう返すシュリの顔を、アビスは無感情に、どこか冷ややかに見つめ返す。

 貴族のボンボンがどれだけその誓いを守ってられるか見物だ、とその瞳が言外にそう語っていた。


 こうして言葉を交わしているだけでも、シュリのスキルは効果を発していると思うのだが、その兆しが全く見えない。


 よほど理性と自制心の強い人なのか、はたまた心から愛する誰かがいるからか。

 シュリより年下、と言うことだけは絶対にあり得ないから、スキルの効果が見えない理由はそのどちらかなのだろう。



 「長旅でお疲れの所を長々とお引き留めするのも申し訳ありません。ですから、使用人達の顔と名前はおいおい覚えて頂くとして、まずはお部屋へご案内させて頂こうと思うのですが」


 「そう? 助かるよ、アビス」


 「では、シュリ様付きのメイドに案内させましょう」


 「僕付きのメイド? えっと、僕には専属のメイドがもういるから……」



 ちらりとシャイナを見ながら返すと、



 「シュリ様付きにするよう、カイゼル様からお預かりしたメイドですので。まだ、教育は途中ですが、飲み込みのいい子です。今後はシュリ様専属のメイド……確か、シャイナでしたか。彼女に教育してもらうといいでしょう」



 アビスも一歩もひかずにそう返してきた。



 「おじ様から? そっかぁ。じゃあ、仕方ないね」


 「ご理解いただけて幸いです。では、シュリ様の案内をお願いします」


 「はい」



 返事と共に前に進み出た自分付きのメイドの見覚えがありすぎる顔を見て、シュリの目がまんまるくなる。



 「キ、キキ!?」


 「はい、シュリ様。キキです。今日からよろしくお願いしますね?」


 「う、うん。よろしく……って、キキ、学校は!?」


 「もともと飛び級をしてもいいって言われてたんです。ですから、校長先生にお願いをして卒業を早めて頂きました。中等学校へは最初から行く気がありませんでしたし、初等学校卒業後は、シュリ様のお役に立てるようメイドとしてお仕えさせて欲しいって、カイゼル様にはお願いをしてあったんです」


 「そうなの? 学校へ行くお金が足りないとかなら僕が……」


 「いえ。カイゼル様も中等学校まではと言って下さったんですが、私がお断りしたんです。その代わりという訳ではありませんが、王都でシュリ様にお仕えしたいと我が侭を言わせて頂きました」


 「そっか。うん、わかった。じゃあ、改めてよろしくね、キキ。お世話になります」



 ぺこりと頭を下げると、キキは困った顔でシュリを見つめた。



 「や、やめて下さい、シュリ様。頭を下げるなんて。シュリ様にはシャイナさんという専属メイドがいるってわかっていていながら我が侭を言っているのは私の方なんですから」


 「そうですよ、シュリ様。使用人に頭を下げる必要はありません。キキも困っています。さ、キキ。シュリ様を部屋にご案内してくつろいで頂きなさい」



 ついつい話し込んでしまったキキの背中を押すようにアビスが指示を出し、



 「あっ、そ、そうですね。シュリ様、お部屋にご案内します。こちらへどうぞ」



 その言葉に自分の役目を思い出したキキが、ちょっと慌てた様子でシュリを促して歩き出した。

 大人しくキキの後ろについて歩き出したシュリの背中に、



 「シュリ様。後ほどシュリ様が落ち着かれた頃に、使用人の主だった者を連れてご挨拶に伺います」



 そんなアビスの声が飛ぶ。



 「わかった。じゃあ、部屋でのんびりしながら待ってるね」



 快くそう答えると、御者のおじさんを馬車に残し、ヴィオラと愛の奴隷三人を連れ、シュリはキキの導きに任せるままにまずは己の為に用意された部屋へと向かうのだった。

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