第279話 王都への旅路はお約束がいっぱい②

 それとほぼ時を同じくして。

 シュリとカレンも隠れていた草むらから飛び出して馬車へ向かって走っていた。

 山賊達は、背後から襲いかかってきたヴィオラに気を取られ、シュリとカレンには気づかない。

 その隙に、二人は難なく護衛達の元へとたどり着いた。



 「助けに来ました。山賊と戦っている者も、こちらの仲間です」


 「救援か! ありがたい……しかし、子連れか?」


 「この方……いえ、この子も戦闘の経験があり役に立ちます。ご安心下さい」


 「そうか……だが、万に一つということもある。その子は馬車の側で姫様達……いや、お嬢様達を守っていて貰おうか」


 「そうですね。シュリ君、それでいいですか?」


 「うん、いいよ。……あの、僕、魔法で防壁を張れます。馬車の周りに攻撃を防ぐ風の防壁を張ってもいいですか?」


 「魔法の防壁か! それはいいな。ぜひお願いしたい!」


 「はい。じゃあ、僕は馬車の側に行きますね。……カレン、ここは任せる。といっても、おばー様が取りこぼした奴らを排除するだけで事は足りるだろうけど。でも、危ないと思ったら僕を呼ぶんだよ? すぐ、助けにくるから」



 きりっと表情を引き締めてカレンを見上げれば、彼女の表情が一瞬でとろける。

 シュリはそんな彼女に苦笑しつつ、でもそういう状態でもカレンがきちっと仕事をこなす事は分かっていたので、さっさと背を向けて馬車へと向かった。


 カレンはとろとろの顔で名残惜しそうにその小さな背中を見送り、だがすぐに表情を引き締めて己の剣を油断無く構える。

 そんな彼女に習い、同じように剣を構えながら、



 (こ、この二人は一体どういう関係なんだ!?)



 シュリとカレンの様子を見るとはなしに見てしまった護衛達の頭の上でそんな疑問が渦巻く。

 似てはいないが親子か身内だろうと最初は思っていたが、そう言い切るには少々様子がおかしかった。


 母親と思っていた女は、連れの幼い少年に明らかに恋する乙女の瞳……もとい、発情した女のまなざしを向けていた、ように思う。

 それは、目撃した護衛達みんなの共通した認識だった。


 母親というものは普通、己の息子にあのようなまなざしは向けないものだろう。

 故に彼らは思う。

 助けに来てもらったのはありがたいが、あの二人はもしや、人にはいえない不適切な関係なのではないか、と妄想力を強くして。


 最初に浮上したのは、少年は裕福な商人か貴族の子弟であり、女性はその護衛であるという可能性。

 だが、護衛が、護衛すべき対象をこんな危険な場所へ連れてくるとは考えにくい。

 故に、実は真実に一番近いこの考えは早い段階で却下された。


 次に浮上したのは、少年が女性の愛玩奴隷であるという可能性。

 少年は非常に目鼻立ちが整っており、美しくも愛らしく、この考えは信憑性が高いように思えた。

 だだ、主とおぼしき女性がそんな稀少な愛玩奴隷を所有するほどの金持ちに見えないということと、奴隷が相手にしては彼女の態度が丁寧すぎるという点がネックだった。


 そんなどうでもいいようなことを、ぐるぐる考えながら、護衛達は気もそぞろに剣を振るう。

 だが、それでも間に合うほどしか盗賊が襲いかかってこない状況は、ヴィオラが奮闘してくれているおかげだろう。

 そんな中、一人の護衛が勇気を振り絞って問いかけた。



 「あ、あの。あんたとあの子は一体どういう関係なんだね?」


 「私とシュリ君の関係、ですか? そうですね……」



 戦闘の最中の問いかけにカレンは目を丸くし、しばし考える。

 が、すぐに質問者に顔を向け、



 「シュリ君は、私の最愛の人です。彼のためなら、私の命を懸けても惜しくはないでしょう」



 にっこり微笑み、きっぱりとそう答えた。

 そんなカレンの答えを受け。



 (彼女は、幼い少年との道ならぬ愛を貫くために命がけの駆け落ちしたに違いない!!)



 護衛達の頭の中に新たな可能性が示された。

 もっとも正解に近い可能性として。

 それが全く見当外れな答えだということなど夢にも思わずに。

 納得の表情で、うんうんと頷く周囲の男達の様子に、何事だろうと首を傾げるカレン。

 そんな彼らの誤解が晴れるのは、もう少し後のことになる。


◆◇◆


 馬車のそばに駆け寄ったシュリは、まず強力すぎるくらい強力な風の防壁でぐるりと馬車を囲い込んだ。

 これで弓矢はもちろん、剣を持った盗賊達が襲いかかってきても跳ね返すことが出来る。

 ちょっと強力すぎて味方も入って来られないのは玉にきずだが、何かあればカレンが念話で連絡をくれるはずだ。


 風の精霊のシェルファに頼めばもう少し融通のきく風の結界を張れると思うのだが、シュリの場合は魔力が膨大なせいで細かい調整がとにかく苦手だった。

 まあ、それでも前よりはマシになったほうだとは思うが。


 シェルファを呼べばすぐに来て喜んで風の結界を張ってくれるだろうが、今回はシュリの魔法で十分事足りる。

 わざわざ彼女の協力を要請するほどのことではないだろう。


 己の製作した風の防壁をじぃっと見つめたシュリは、念の為、拾った小石を全力で防壁に向かって投げてみる。

 数瞬後、シュリの全力の力を乗せた小石は、風の防壁をわずかにたわませたものの、貫くことは出来ずにその場で粉々に砕けてしまった。

 シュリはその結果を満足そうに眺め、



 (僕が全力で投げた石を防げるなら強度は十分だよね)



 そう判断して、防壁に背を向けて馬車の方へと向かう。

 何も知らない人がシュリの心の声をもし聞いていたなら、『五歳児の投げる石にどれだけの威力があるのだ』と笑うだろうが、シュリの投げる石は数百メートル先の魔物の頭を砕いて瞬殺したこともある程。

 そんな威力の代物を防げるのだから、たかが山賊の放つ弓やら何やらの攻撃を防げないわけが無かった。


 戦闘が終わるまで馬車の外で待機しているつもりだが、一応馬車の中の人にも現状を教えておいてあげた方がいいだろう。

 中の人は、外の様子が分からずにきっと不安に思っているはずだ。

 そんなことを思いながら、馬車のドアをノックする。

 すると中から、



 「だ、誰だっ!?」


 「……誰、なの?」



 二人分の声が聞こえた。



 「えっと、僕の名前はシュリナスカ・ルバーノといいます。旅の途中で襲われてる馬車を見つけて、仲間と一緒に助けに来ました。盗賊達は僕の仲間が一緒に退治してますし、この馬車の周りには風の魔法で防壁を張ったのでもう安心ですよってお伝えに来ました」



 言いながら、見知らぬ相手にこんなこと言われても信じられないかもしれないなぁ、とシュリははっとする。

 護衛の人の一人についてきてもらって一緒に説明すれば良かった、と。


 だが、もう後の祭りである。

 風の防壁はしっかりばっちり強固に張ってしまったし、打ち消すことも出来るが、また後で張り直すと思うと地味に面倒くさい。



 (ん~。ドア越しとはいえ、一応説明はしたし……ま、いっかぁ)



 相手が信じてくれなくても仕方がない、とシュリは早々に諦め、後はのんびり周囲の戦闘が終わるのを馬車の傍らで待とうとした。

 だが、馬車の戸に背を向け、ステップを降りようとしたその後ろで、戸の開く音がかすかに聞こえ、シュリは足を止めて振り向く。



 「こ、こら! 外にいるのが悪い奴だったらどうするんだよ!?」


 「大丈夫よ、アズラン。あんな可愛らしい声の盗賊がいると思う?」


 「い、いるかもしれないじゃないか!」


 「いるわけないじゃない。ほら、早く中にお招きしましょう? 私達を助けに来てくれたのよ」


 「助けに来た振りをしてるだけかも……って、なに戸を開けてるんだよ!? やめろよ、ファラン」


 「うるさいわよ、アズラン。男の子のくせに臆病者なんだから」



 馬車の扉が開いたり閉まったりする向こうで、そんなやりとりが聞こえ。

 だがやがて、扉は大きく開かれた。シュリを歓迎し、迎え入れるように。 


 開かれた扉の先に見えたのは二対の黄金の瞳。

 虹彩が少し人とは違うように見える希有なその瞳は龍の瞳とも呼ばれ、とある一族特有のものだった。

 幼い頃から様々な知識をジュディスに詰め込まれたシュリは、その瞳がどの一族のものなのか即座に分かってしまった。



 (カイザル帝国の皇帝に連なる一族、か。直系の皇族が外遊するって話は聞こえてきていないから、恐らく二大公爵家のどちらかの身内だろうな。どっちの家にも年頃の子供はいるけど……)



 そんなことを考えながら、こちらを見ている二対の瞳を見つめ返す。

 一人は好奇心に満ちたキラキラした瞳で、もう一人は怯え混じりの警戒心に満ちた瞳で。

 その瞳に映す感情は対照的だったが、その顔はとても良く似ていた。

 性別による服装の違い、髪型の違いがなかったら、見分けがつかないと思わせる程には。



 (双子の子供がいる家は確か……ルキーニア公爵家、だったかな? ジュディスがいれば、確実なんだけど。僕もまだまだだなぁ)



 己の知識の不確かさに、こっそり苦笑を浮かべる。

 とはいえ、シュリの年齢から考えると十分すぎるほどの知識量なのだが、本人としてはまだまだ満足していないのだから末恐ろしい。

 目の前の幼い少年がそんなことを考えているなどとは夢にも思わないまま、双子の内の一人、ファランが目を輝かせて声をかける。



 「うわぁ、なんて可愛らしいの。ほら、見てご覧なさいよ、アズラン。とっても可愛い男の子よ? ……いえ、女の子、かしら??」



 己の後ろ……馬車の奥に隠れているもう一人に声をかけながら、彼女は恐れることなくシュリの手を取った。



 「初めまして。私の名前はファランと言うの。どうぞファランって呼んでね? あなたのことはなんて呼んだらいいのかしら? シュリナスカ? それともシュリ?」


 「シュリって呼んでください、ファラン……様?」


 「様、はやめてほしいわ。ファラン、と。敬称も敬語もいらない。そうでなければ、私もシュリ様と呼ぶわよ?」


 「確かに、様、は良くないね。分かったよ、ファラン。これで、いい?」



 屈託のない彼女の笑顔に、シュリも思わず笑顔を返す。

 シュリの言葉に悪戯っぽい笑みを返したファランは、シュリの手を引いて馬車の中へ招いた。

 それに驚いたのは、双子のもう一人、アズランだ。



 「な、なにしてるんだよ、ファラン! 良く知らない人間を馬車に招くのはやめろってば」



 怯えたような声を出し、ファランと同じ顔をした少年は、双子の妹の後ろに隠れる。



 (……僕って、そんなに怖い顔してたかなぁ)



 思わずそう思ってしまいたくなるような怖がりように、シュリは目をまぁるくしてファランの後ろに隠れるアズランを見た。

 妹の後ろから片目だけを覗かせてシュリを盗み見ていたアズランは、自分を見ている菫色の瞳に、びくりと方を震わせる。

 そんな兄の様子に、ファランは心底呆れたようなため息を漏らした。



 「アズラン……こんな小さな子になにをそんなに怯えているのよ。こんなに可愛らしいのに、シュリに失礼だと思わないの?」


 「か、可愛すぎて逆に得体が知れない。ま、魔物が変身してたりするんじゃないのか? 可愛いのは、僕達を油断させる為なのかも……。性別が分からないのもなんか怪しいし……」


 (性別が分からないって……中身はともかく、見た目はばっちり男の子でしょ!?)

 どんだけ恐がりなんだよ、と思いつつ、自分は立派な男の子なはずと自負してやまないシュリは、そこを突かれて憤慨する。

 が、そう思っているのはシュリだけのようで、



 「性別が分からない……確かに」



 ファランは兄の意見も尤もだと頷き、シュリの姿を上から下まで見つめた。

 が、見るだけではやはり判断が出来なかったようで、彼女はためらうことなくそのたおやかな手をすっと伸ばした。



 「まだ幼いから胸で確認するのは無理ね。膨らんでないもの。となると、やっぱり……」



 双子の兄と違い、妹の方はかなり大胆で思い切った性格をしているようで。

 ファランの手は迷うことなく、ある一点を目指した。

 男の子の男の子たる象徴の部分。


 まさかそうくるとは思わなかったシュリがとっさに動けないでいる内に、ファランの手は目指す部分に到達した。

 男の子の、ある意味一番大切な場所に。



 「ふぁっ!?」


 「あ。あるわね」



 ふよふよと、そこを触りながら冷静な感想を漏らす。



 「アズラン、ちゃんとあるわ。シュリは立派な男の子よ。性別不肖の魔物なんかじゃないわ。安心して。ねっ?」


 「なっ、なっ、なっ……ふぁ、ふぁら、ふぁら、ふぁらん!? お、おまっ、おまっ、な、なにを!?」


 「言葉が意味不明よ、アズラン。しっかりして。ねぇ、シュリ?」



 ふよりふよりとその部分を愛でながらの問いに、なにを答えろと言うのか。



 「ぅ、んん……ふぁ、ふぁらん? その、そろそろ、放し・・・・・・ふぁんっ!?」



 まだ小さいとはいえ、そこは立派な性感帯。

 ついつい声が漏れてしまっても仕方がない事だろう。

 そんなシュリに気づき、ファランは非常に楽しそうに、ほんのり妖艶に笑った。



 「あら、シュリ。気持ちがいいの? ふふっ。可愛いわね。じゃあ、もっと気持ちよくしてあげ……」


 「やっ、やめろぉぉぉ! 男をそれ以上弄ぶんじゃなぁぁい」



 最初はそんなつもりじゃなかったのに、ついつい興が乗ってしまったファランの魔の手からシュリを助けてくれたのは、意外な救い手だった。

 シュリをファランの腕の中から救い出し、ぎゅううっと抱きしめて守ってくれているのは、さっきまでシュリを怖がっていたはずのアズランその人。



 「あら、アズラン。さっきまでシュリを怖がっていたのに、大丈夫になったの?」


 「大丈夫になったんじゃない。見ていられなくなったんだ!! 男はなぁ、お前が思うよりずっと繊細なんだぞ!? お前のおもちゃじゃないんだぞ!?」


 「おもちゃだなんて、人聞きが悪いわね。私はただ、シュリの性別を確認しただけよ。アズランがどうしても知りたいって言うから」



 兄の反撃に、ファランは不満そうに唇を尖らせる。

 そんなファランからシュリを守りながら、アズランは更なる反撃を繰り出した。



 「そんなのただの口実だろ? ファランはいつもそうなんだ。昔から僕の体で遊び倒してたくせに、まだ足りないのか!?」


 「アズランの体で遊び倒したって、人聞きが悪いわね。ちょっとした知的好奇心を満たしてただけじゃない。それに、最近はアズラン、ぜんぜん見せてくれなくなったし、つまらないわ」


 「み、見せられるかぁっ! 僕達はもうすぐ15歳になる。もう、大人になるんだぞ!? 大人のレディは、大人の男性のは、裸を見たがったりしちゃだめなんだ」


 「ふん。大人ぶっちゃって。面白くないわね。じゃあ、いいわよ。シュリに見せてもらうから。ね、シュリ。私に見せてくれるわよね~? あ、そうだ。一緒にお風呂に入りましょう? それがいいわ」


 「ダメだダメだダメだぁぁ!! こんな小さな子にトラウマを植え付ける訳にはいかない!! そんなの、僕だけで十分だ」


 「トラウマなんて、いやね。甘美な思い出でしょう? 第一、アズランだって私の裸を見てるじゃない」


 「幼い頃は風呂が一緒だったんだから仕方ないだろう!? それに、僕は見てはしまったが触ってはいない。セーフだ!」



 シュリを間に挟んでの言い合いは、中々収まりを見せない。



 (い、いつになったら終わるのかな……これ)



 気が合うのか合わないのか、二人の言葉はとぎれず続く。

 シュリはアズランの腕の中で何ともいえない吐息を漏らす。

 そんな状況の中、シュリの脳裏にカレンからの念話が届き、シュリは馬車の外の盗賊退治が終了したことを知るのだった。

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