第百九十九話 入学式騒動記~次は生徒総代の番~
サシャ先生が壇上から降りた後もしばらく、会場内の熱気は収まらずにざわざわしていた。進行を担当している先生が声を張り上げるも、それでも再び静かになるまで少し時間がかかった。
ようやく静かになったところで、生徒代表の挨拶と言うことで生徒総代にお呼びがかかる。
それに伴い、新入生達の視線は再び、壇上へと集中するのだった。
この初等学校には、生徒会の様な生徒の代表組織の様なものが無く、生徒総代というのは4年生以上の高学年の生徒から特に成績が優秀な者が選ばれるらしい。
まあ、生徒総代に選ばれたとしても大した仕事があるわけではなく、こうして入学式や卒業式などの式典で言葉を述べるくらいのことしかないようだが。
そもそも生徒総代という役職は、学内に昔からある2つの派閥対策で出来たものらしい。
庶民代表が集まるスミレ会と貴族代表が集まる白薔薇会。
2つの派閥にそれぞれ代表がいるのだが、こういった行事の挨拶等にどちらの代表を選んでも角が立つために生徒総代という生徒の代表を選出する仕組みは作られた様だ。
だが、前世の学校であった生徒会の様に、選挙が行われるわけでもなく、生徒総代は基本的には学業の優秀な者が選ばれる。
そうやって目に見えて優秀な者が選ばれるため、スミレ会も白薔薇会も表だって文句は言えないらしい。
結果、どっちの派閥も自派の生徒を生徒総代にするために勉学に励むと言った良い効果が生まれ、学校としては願ったりかなったりという寸法のようだ。
とまあ、そんなような話を、事前にお姉様達から仕入れていたシュリは、今年の総代はどんな人なんだろうと興味津々に壇上を見上げる。
アリスやミリシアの話では、今年の総代は庶民ではあるがスミレ会に属する訳でも無く、かといって貴族に媚びるわけでもない、そんな孤高の人物なのだという。
じーっとシュリが見守る中、1人の人物が壇上に上がった。
短めに整えられた白い髪。
スカートではなくズボンを身につけた年の割には十分に長身の部類に入る、すらりとした体躯。
後ろ姿だけを見るなら、明らかに少年。
実際に、在校生の席からは、女の子達の甘い吐息が聞こえてくる。
生徒総代という目立つ立場の為か、校内にはかなりのファンがいるようだ。
だが、壇上に上がりこちらを向いた彼女を見て、少年と断ずる者はいないだろう。
年の割に高身長な彼女は、これまた年の割には結構立派なお胸をもっていらっしゃった。
顔立ちはりりしく中性的。
確かに女生徒が騒ぐのもわかる気がする。
が、彼女はそんなことにまるで興味はないらしく、熱い視線を向ける在校生のほうへちらりとも目線を向けることなく、ちょっと冷ややかな表情を崩しもせずに、胸ポケットから取り出した原稿に目を落とす。
そして、生徒総代という地位など迷惑きわまりないとばかりに、非常に面倒くさそうにあらかじめ用意してあった文章を読み上げはじめた。
「新入生の皆さん、入学おめでとうございます。生徒総代のルーシェスです。生徒を代表して、皆さんに歓迎の言葉を述べさせて頂きます……」
そんな明らかに事務的な挨拶をとつとつと読み上げる生徒総代を見つめながら、シュリはほんのりと首を傾げる。
彼女の持つ、その印象的な色合いに、なんだか見覚えがあったからだ。
あれ~? どこでみたのかなぁ、と内心頭を捻っていると、挨拶の継ぎ目に白髪の生徒総代がちらりと顔を上げ、新入生の方を見た。
歓迎の言葉の間に1度でもいいから新入生の方を見なさいとでも、先生に言いくるめられていたのだろうか。
非常に面倒くさそうに、おざなりに、その印象的な赤い瞳は新入生を見回した。
が、次の瞬間、その瞳が大きく見開かれる。信じられないものを見たと、言わんばかりに。
言葉を続けなきゃいけないはずなのにそうはせず、彼女は片方の手を上げてゴシゴシと目をこする。
そして、もう1度まじまじと新入生の方を見た。
正確に言うならば、まっすぐにシュリのことを。
さっきの校長に引き続きまたか……とちょっとうんざりしたように思い、スキルのせいかもしれないと、ほんの少し身構える。
だが、そうとも言い切れない真摯な輝きが、その赤い瞳の奥に見えた。
その瞳にも、なんだか覚えのあったシュリは、彼女を見上げたまま、再びほんのりと首を傾げる。
覚えているとはいえ、おぼろげな記憶だ。
ということは、最近の事ではあり得ない。
じゃあ、いつのことだろう、と過去の記憶を遡っていく。
きっとそれほど深くつきあった相手ではないだろう。
会ったのは恐らく、1度か2度……そんなことを思いながら記憶を探る内に、どうやら彼女の方が先に答えを見つけたようだった。
「……まさか、シュー君? シュー君なの!?」
彼女の喜色のにじんだ声が、シュリの耳朶を打つ。
その呼ばれ方をした瞬間、シュリは昔、今より大分小さかった頃に、彼女と出会っていた記憶を思い出していた。
記憶の中の彼女は今よりもずっと小さくて、当時のシュリとそれほど差がないくらいに幼かった。
お忍びで遊びに出たアズベルグの街で出会った、小さな小さな泣き虫の子供、それが彼女だった。
「ルゥ?」
よみがえった記憶を辿り、当時、短い邂逅の中でその子に向かって呼びかけた名前を、半信半疑のまま唇に乗せる。
その瞬間、壇上の少女の唇が弧を描いた。
嬉しそうに、幸せそうに微笑んで、彼女は壇上から軽やかに駆け下りてくる。シュリに向かってまっすぐに。
そんな生徒総代の行動に、新入生達はびっくりしたように固まり、在校生からは黄色い悲鳴が上がる。
それを聞きながらシュリは他人事の様に思う。
ルゥってば、かなりの人気者さんなんだなぁ、と。
そんなことを現実逃避気味に考える間に、あっという間にシュリの前まで来たルゥは、軽々とシュリを抱き上げてその胸にぎゅうっと抱きしめた。
その大胆な行為に、再びさっきよりも大きな悲鳴が上がるのだが、そんなことはまるで気にならないようで。
ルゥは至近距離から潤んだ赤い瞳でシュリを見つめた。
「お、おっきくなったね~?」
言うに事欠いて、そんなセリフを選ぶシュリ。
だが、ルゥは気を悪くした風もなくくすぐったそうに笑って、
「シュー君と会った頃は、栄養足りてなくて平均より小さい子供だったから。ボク、頑張ったんだよ? いつかまた、シュー君に会ったときに、綺麗だって思ってもらうために」
そう言うと、すりすりとシュリに頬をすり寄せる。
すると、またまた大きな悲鳴が上がるが、シュリは諦めたようにその音声を頭から閉め出した。
そして、かつての彼女を思い出しながら、今の彼女の顔をそっと見上げる。
出会ったときの彼女は、放っておけないほど弱々しくて、そして宝石のような赤い瞳を尽きない涙で濡らしていた。
どうしたのかと聞くシュリに、彼女は言ったのだ。
この髪も瞳も、皆から嫌われるのだ、と。それが辛くて悲しい、と彼女はキラキラ輝く涙を落とした。
だから、シュリは言ったのだ。
その髪も瞳も、僕は綺麗だと思うけどな、と。その涙を拭ってやりながら。
だが、泣く子は頑なで、中々シュリの言葉を信じてはくれなかった。
でも、何度も何度も言葉を尽くし繰り返して、涙が乾く頃にはどうにかシュリの本気を信じてもらえ、可愛らしい笑顔も見せてくれた。
やっと泣きやんだその子が、花がほころぶような可憐な微笑みを見せてくれて、そのことがすごく嬉しかったことを、まるで昨日の事の様に思い出し、シュリもその口元をほころばせる。
「昔も、ルゥは綺麗だったよ? もちろん、今も綺麗だけど」
素直にそんな感想を告げたシュリに、ルゥは頬を染めて、嬉しい、と返して笑う。
普段は氷の生徒総代と言われるほどに感情を動かさない彼女の笑顔の大盤振る舞いに、普段の彼女を知る生徒達は卒倒寸前だった。
が、シュリもルゥもそんなことを気にすることなく、2人の空間を繰り広げる。
「でも、よく覚えてたねぇ、僕のこと。会ったのは、たったの1回だけなのに」
シュリはそう言って首を傾げる。
その言葉の通り、シュリがルゥと過ごしたのは、たった1度だけ。しかもほんの短い時間のこと。
そんな短い出会いの事をこんなにも覚えているなんて、やっぱりスキルの影響なのかなぁと小首を傾げて彼女を見上げると、
「1回だけど、忘れるはずないよ。ボク、知ってるんだよ? シュー君が、たった1回会っただけのボクの為にしてくれたこと」
ルゥから潤んだ瞳を返されて、シュリはちょっと困った様に笑う。
あの日、偶然であった子の事が心配で、色々したことは事実。
だが、それはシュリの自己満足であって、別に感謝されたくてやったことではない。
だから、気にしなくていいのに、と思うのだが、助けられた側はそうはいかなかったようだ。
「ボクをいじめてたいじめっ子を、懲らしめてくれたでしょ? あれからあの子達はボクをいじめなくなったし、むしろ優しくしてくれて凄くびっくりしたよ」
まあ、確かに、ルゥをいじめてる子供達を集めて説教はした。
折檻はしていない。説教のみだ。
シュリの予想していたとおり、小さい子にありがちの、気になる子に意地悪をしてしまうという類の行為だった様で、気になる子には意地悪をするより優しくした方が絶対に良い事があるからと懇々と説得したら、最後には根負けしたのか頷いてくれた。
そのほっぺがほんのり赤かったように思うのは、きっと気のせいだと思う。たぶん。
「それから、お父さんとお母さんにも話をしてくれたでしょ? あれから2人とも、忙しい中でも出来るだけボクとの時間をとってくれるようになって、ボクの色が嫌いでボクと一緒にいてくれないんだっていう誤解はちゃんと解けたよ」
そ、それも確かに、シュリの仕業だ。
家族問題に口を出すのはどうかとも思ったが、ジュディスの調べでただすれ違ってるだけとわかったから、ちょっとお節介かと思ったが、口出しをさせてもらった。
お互い愛し合ってる家族が、ちょっとしたすれ違いでぎくしゃくし続けるのも可哀想だなぁと思って。
幸い、ルゥのお父さんもお母さんも、相手が子供であってもきちんと話を聞いてくれる人だった。
だから、ルゥが両親から嫌われていると誤解している事を話して、もう少しルゥとの時間をとってあげられないかとお願いしたのだ。
2人は顔を見合わせ、だが、すぐに頷いてくれた。
そして早速時間をとってルゥと話してみると約束してくれたのだった。
うん、中々良いご両親だったよなぁと当時のことを思い出しつつ、シュリは心から微笑む。
「そっかぁ。よかったねぇ、ルゥ」
そう言いながら。
ルゥはそんなシュリの笑顔にほっぺたを赤くして、だがちょっと拗ねたように唇を尖らせた。
「でも、シュー君はひどいよ」
「え、っと……?」
「ボク、毎日あの場所へ通ったんだよ?」
「え? あの場所??」
「シュー君と初めて会った場所。孤児院の近くの」
「あ~……そう、なんだ?」
「シュー君にお礼が言いたくて、シュー君に会いたくて暇があればいつもあそこに行ってたのに、シュー君は1度も会いに来てくれなかった……」
「う……そ、そうなんだ。それは、その、ごめん、ね?」
恨めしそうに言い募るルゥを前に、シュリはついつい小さくなる。
正直、ルゥの事は、その周辺環境を改善したことで、ルゥはもう大丈夫だから会う必要も無いだろうと勝手に自己完結していた。
まさかルゥが、自分に会いたくてあの場所へ通い詰めていてくれているなど、想像すらしていなかったのだ。
たった1度、ほんの少しの時間を共有しただけの自分を、それだけ求めてくれているなどとは。
それに、何度も邂逅を重ねるのは少し怖くもあった。
ともに過ごした時間が長くなればなるほど、シュリの自重を知らないスキルの影響はルゥにも及んでしまう。
そうやって、ルゥの人生を無理矢理狂わせてしまうことを、あの時のシュリは本能的に避けたのだと思う。
だが、そんなことを説明しても分かってもらえるとは思えないし、当時のルゥを傷つけたことも確かだろう。
シュリは本当に申し訳なさそうにルゥを見上げた。
む~っとした顔で、そんなシュリを見下ろしていたルゥだが、その表情も長くは続かなかった。
会いたくて会いたくて、ずっと待ち続けていた相手とやっと会えたのだ。
怒っていてはもったいない。
「もう、いいよ。こうして会えたんだし。今日からボク達、友達だよね」
「あ、それは、うん。そうだね。もちろん」
人気者の生徒総代とお友達なんて目立って困るなぁと、ほんの少し思うものの、ルゥの事が嫌いなわけでもないし、彼女を傷つけることも本意ではない。
そんな訳で、シュリは素直に頷いておいた。
ルゥが嬉しそうに笑い、つられてシュリも微笑む。
麗しの氷の生徒総代と可愛らしくも美しい新入生が微笑みを交わす光景に、周囲の皆が鼻血を吹かんばかりになってることにも気づかないまま。
うふふ、と微笑みあいながら、ふと何かに気づいたようにルゥが声をあげる。
「あ、そう言えば、シュー君」
「ん?なぁに??」
「ボクが壇上に上がって気づかなかった? ボクのこと」
ほら、ボクの色合いって珍しいし、と問われ、シュリは、ああ、そのことかぁ、と素直に返事を返す。
「僕、ルゥの事、ずっと男の子だと思ってたからなぁ~。ほら、昔は髪が短かったし」
「え~? でもほら、今も短いよ?」
「ん~、後ろ姿だけなら男の子かなぁって思うけど、流石に正面から見たら、ねぇ?」
色合いに見覚えはあったけど、おっぱいが大きくて当時の姿と重なりませんでしたとは流石に言えず、言葉を濁すシュリ。
だが、そんなシュリの様子から賢いルゥは色々と察してしまったようだ。
「ふぅん……シュー君もやっぱり男の子、だよねぇ? こんなに可愛いのにさ。ボクはすぐにシュー君のこと、わかったよ? 昔も今も、すっごく可愛い」
「言っておくけど、男の子に可愛いはほめ言葉じゃないからね?」
「それはなんとなく分かるけど、可愛いものは可愛いし。でも、そっかぁ。シュー君、やっぱり大きい方が好きなんだね~。小さいよりは大きい方がいいだろうと思って、諦めずに育てておいて良かった」
にんまり笑ったルゥが、ぎゅうとおっぱいを押しつけてくる。
それはもちろんとても気持ちはいいのだが、シュリは流されずに自分の主張を述べておく。
「あ、いやね? 僕、おっぱいに偏見は持たない主義で……」
だが、そんなシュリの言葉を遮って、ルゥは真剣な眼差しでシュリを見つめた。
ちょっと潤んで熱を帯びた、赤い赤い綺麗な瞳で。
「シュー君」
「ん?」
「大好きだよ。ずっとずっと、大好きだった」
まっすぐな笑顔とともに告げられた想い。
シュリがその言葉に反応するまもなく、ルゥの整った顔が近づいてきて、そして。
その唇が、シュリの唇をそっと覆った。
びしり、とシュリが固まり、その日1番の歓声が講堂を揺るがす。
そして、ルゥの長年の想いを込めたその行為は、あわてて駆けつけた先生達に引きはがされるまで続いたのだった。
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