第百八十六話 入学式侵入阻止作戦!!④

 ミフィーを連れたまま自分の部屋の前に立ち、特になんの警戒もドアを開ける。

 身の危険は感じていない。

 今現在は敵対しているとはいえ、彼女達はみなシュリの配下のようなものである。

 主であるシュリの大切にしているものを傷つけるような事をするはずがないと、ヴィオラは確信していた。


 だが、ドアを開け、自分に与えられた部屋の中へ入ろうとしたヴィオラは、目に飛び込んできた光景に一瞬固まった。


 ヴィオラの為に心地よく整えられたリビングスペース。

 上品なソファーセットと共に、甘いもの好きなヴィオラのためにいつもなにかしら甘味が用意されているその場所に、堂々と座り込んでいる小さな生き物がいた。


 その生き物は、ソファーにふんぞり返って座りつつ、両手につかんだ、恐らくヴィオラの為に用意されたのであろうお菓子を幸せそうに口に詰め込んでいる。

 口いっぱいに頬張ったお菓子をもむもむと咀嚼する様子は、小動物のようでなんとも愛らしかったが、シュリからその生き物の本性を聞いていたヴィオラは、むしろなんとも残念な気持ちになった。

 これが本当に、伝説級の生き物、上位古龍ハイ・エンシェント・ドラゴンなのだろうか、と。


 ヴィオラは夢中でお菓子を食べている可愛くて残念至極な生き物を半眼で見つめた後、その後ろになんとも居心地悪げにたたずむ背の高い生き物を見つめた。

 見た目は狼のような獣耳を生やした背の高い、ちょっと可愛らしさも感じさせる美少女。

 だが、その本性は、上位古龍ハイ・エンシェント・ドラゴンには劣るものの、十分に伝説級の生き物、フェンリルなのだという。

 ヴィオラのもの言いたげな視線に気づいたのだろう。ポチはさりげなく目をそらし、ヴィオラの無言の問いかけから逃げた。

 そんな様子は、どう見てもちょっと気弱な獣人にしか見えなかった。


 ヴィオラは目をすがめ、ポチの横に立つもう一人の人物に視線を投げかける。

 彼女はちょうど、特大のあくびをしている真っ最中であった。

 まるで気の抜けたそんな仕草にヴィオラはやっぱり微妙にがっかりした表情を浮かべる。

 その気の抜けきった彼女もまた、伝説級の生き物といえる九尾の狐と呼ばれる魔獣であるというのだから驚きだ。

 こうしてみる分には、どう見てもちょっと睡眠が足りてない、びっくりするくらいおっぱいが大きい美少女にしか見えない。

 流石にあのおっぱいにはかなわないわ……、とついまじまじと見つめていると、タマも自分が見られていることに気づいたのかヴィオラの方を見てきた。

 お、何か反応する?と思いきや、タマはしばらくぼーっとヴィオラを見た後、なにを言うでもなく、再び大きなあくびをしたのだった。


 三者三様の三人をあきれた顔で見つめるヴィオラの後ろから、母親の部屋に人が居るのを見たミフィーが、ヴィオラの服の裾をちょいちょいと引っ張る。



 「なぁに?どーしたの??」


 「お母さん、お客さんが居るなら、私は遠慮していったん自分の部屋に戻るけど」


 「客ぅ?違うわよ。どっちかと言えば、招かれざる客って言う方が正しい感じね。ほら、ミフィー、あの子達、見覚えあるでしょ?シュリの知り合いの子よ」


 「え?あ……そう言われてみれば、何回か見たことあるような……シュリの、お友達なんだっけ?」


 「友達……とは、ちょっと違うかな??なんていうのが適当かしらね~??う~んと、えっと……あ、下僕?」


 「げっ、下僕!?」



 えっ、まさか、あの可愛いシュリが、そんなっ!?と顔を青くする娘を見て、ヴィオラは言葉を間違えたわね、と素直に反省して、再びう~んと唸る。

 一番手っ取り早いのは、シュリの使役する眷属だとバラしてしまう事なのだが、シュリが秘密にしているのに勝手にバラしてしまうのは気が引ける。

 更に言えば後でシュリに怒られるのも非常に困る。


 シュリは、本当はヴィオラにも眷属達のことは隠しておきたかったようなのだ。

 ただ、ヴィオラは紹介された三人の少女のただならぬ存在感に気づいてしまった。

 ただの獣人のお友達と紹介されたのだが、「え?獣人じゃないでしょ?どう見ても??」と反射的に返したら、おばー様には隠せないかぁと観念したシュリが教えてくれた。

 彼女達は己の眷属なのだ、と。


 聞いた瞬間はものすごく驚いた。

 彼女達は、見た目は獣人に見えたし、人の言葉も流暢に話していた。

 明らかに、ヴィオラの知る眷属とは別物である。

 そこにつっこんだヴィオラに、シュリはため息混じりに自分のテイムスキルについて話してくれたのだ。

 [獣っ娘テイム]という聞いたこともないスキルの事を。

 みんなには、どうしてもばれちゃうまでは秘密だからね、と固く口止めされた上で。

 そう、口止めされているのだ。

 だから、いくら相手はミフィーとは言え安易にバラすわけにはいかなかった。



 「あ~、下僕……は間違いで、え~っと、なんて言うの??彼女達は、その、シュリの……シュリの……」



 なんと言えば一番穏便に済ませられるのか……ヴィオラは頭を捻りに捻った。

 だが、その努力をあざ笑うかのように、部屋の中から、かわいらしい声が飛んできて、



 「ん~~?妾達がシュリのなんなのか、それが気になるのかの?シュリのご母堂よ?そんなの簡単じゃぞ?妾達は、みんなシュリを慕っておる。言うなれば、そうよの……妾達はシュリのお嫁さん候補なのじゃ!!」



 そんな爆弾をあっさりミフィーの前にぶちまけた。



 「はえ?お、お嫁さん候補??それに、妾達って……シュリのお嫁さん候補ってあなた以外にもたくさん……???」



 目を白黒させて、ミフィーが反射的に問いを返す。

 シュリにはすでに、定められた許嫁候補が四人もいる。

 それなのに更にお嫁さん候補がいる。しかも複数。

 その事実に、ミフィーの頭はパンク寸前だ。



 「うむ、おるぞ?うじゃうじゃおる!そうじゃな、え~~と」



 ミフィーの状態にまるで気づかずに元気よく答えたイルルは、あわあわしているミフィーの前で、妾じゃろ~?ポチじゃろ~?タマじゃろ~?と一人一人指折り数えていく。

 その指が十本を超えた辺りで、とうとうミフィーに限界が訪れた。



 「シュ、シュリってば、まだちっちゃいのに、許嫁が四人で、お嫁さん候補が十人以上……このままじゃ、友達百人じゃなくて、お嫁さんが百人出来ちゃうよ……」



 そんな、シュリが聞いたらありそうで怖いっと震えそうなことをぶつぶつとつぶやきながら、ミフィーは頭が痛くなってきたと額をおさえた。



 「え~っと、ミフィー?出発までまだもう少しあるから、少し私のベッドで休んだら??ちゃんと起こしてあげるから」



 ミフィーがいない方が、色々とやりやすそうだと、ヴィオラはこれを幸いにそんな提案をミフィーに投げかける。

 その提案に、ミフィーはかっくりと頷き、ヴィオラに背を押されるままよろよろと寝室へと向かった。

 その背中を、イルルがきょとんとした表情で見送る。



 「ご母堂はお体の調子が悪いのかの~?心配じゃの~?」



 と、ちょっぴり心配そうに、脳天気に言いながら。

 そんなイルルを、ポチがなんともいえない表情で見下ろし、タマは相変わらず眠そうに大きなあくびをこぼすのだった。

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