第百七十一話 屈服させた、その後は

 軽~く気絶しちゃったらしいイルルを放置して、釈然としない表情のまま、シュリを待つ精霊とペット達の元へ戻る。

 精霊一人に眷属ペットが二人、みんな大人しくシュリを待っていたが、目は潤んで頬は赤く、妙に内ももをもじもじとさせていた。

 何故か期待に満ちた表情で、シュリが手に持つ魅惑の猫じゃらしを見つめてくるのを、シュリはあえて気づかない振りで目をそらす。

 三人がなにを求めているか、何となく分かる気はするのだが、流石にこの場で猫じゃらしの宴を開くわけにもいかないだろう。

 そんなことを考えていたら、スキルの制限時間になったのか、シュリの手の中の特大猫じゃらしが淡雪のごとく消え去った。

 三人の方から、ああ~……とすごく残念そうな声が聞こえた気がするが、シュリはあえて耳をふさぎ、何事もなかったように三人の前に立ち、彼女達を見上げた。



 「お、お疲れさま。シュリ」


 「す、すごかったですね……」


 「ん、男らしかった……」



 それぞれから声をかけられ、シュリはさっきまでの戦闘を思い出してちょっぴり複雑な表情を浮かべる。

 最初は普通に戦うつもりだったのに、どうしてこうなった……?、と。

 だが、今更そんなことを気にしても仕方がない。

 戦いは結果がすべてだ。勝ったんだから、それでいいんだ、きっと……と自分に言い聞かせながら、シュリは皆の労いに精一杯の笑顔を浮かべて頷いた。

 そして、気絶したままの巨大な龍をどうしようかと思っていると、



 「す、すごい世界を見てしまったのじゃ……」



 背後からそんな声が聞こえてきたので振り向くと、こちらを見ているイルルとばちっと目が合ってしまった。

 目があった瞬間、イルルの黄金の瞳が潤み、首から上の鱗が赤みを増す。

 イルルは照れたように眼をそらし、もじもじしながらちらっちらっとこちらを伺うように見ていた。



 (あ~……これは、多分……)



 そう思った瞬間、目の前にウィンドウが現れる。



上位古龍ハイ・エンシェント・ドラゴンが仲間になりたそうにこっちを見ています。仲間にしますか?YES/NO



 今日三度目になる見慣れた文字列を目で追ってから、シュリはちらりとイルルを見た。

 イルルの瞳が期待に満ちているように見えるのは、きっと気のせいではないだろう。

 シュリの脳裏に、イルルとかわした会話の数々が蘇る。それは今思い出してみても、とっても残念な内容に満ちていた。



 (……ドラゴンは、もふもふしてないしなぁ)



 ちょっと残念な子でも、もっふもふのかわいこちゃんなら、もしかしたら眷属ペットにと考えたかもしれない。

 だが、イルルはドラゴンだ。

 固い鱗はあっても、柔らかな毛皮はない。

 同じ飛べる生き物でも、せめて羽毛のある種族だったら結果は違っていたかもしれない……そんな事を思いながら、シュリの指は一つの選択肢を選んでいた。

 シュリの指がタップした選択、それはNOだった。

 シュリの選択を受けてウィンドウが消える。

 可哀相だけど仕方ないと、気持ちを切り替えてイルルに話しかけようとしたら、再びウィンドウが目の前に突きつけられた。

 シュリは目をぱちくりして、そこに記された文章を読む。



上位古龍ハイ・エンシェント・ドラゴンが仲間になりたそうにこっちを見ています。仲間にしますか?YES/NO



 (んん??)



 あれ?さっき、確かに選択したよねぇ?と思いつつ、もう一度N0を押す。さっきより気持ち長めに、しっかりと。

 ウィンドウが消えてほっとしたのもつかの間、再びポップアップするウィンドウ。

 シュリはそれを眺めてため息をついた。



 (これってさ……もしや、YESを入れないとダメな流れ??)



 思いつつ、ちらりとイルルの方を見る。

 そして思った。もしかして、イルルにもシュリの選択は伝わっているのかも、と。

 遠目に見えるイルルはそうじゃないと説明が付かないくらいに落ち込んでいて、まるで捨てられた子犬のような目をして、すがるようにシュリを見つめていた。


 ウィンドウに目を戻し、シュリはもう一度、は~っとため息をつく。

 そして指を伸ばし、選択肢を選んだ。今度はYESの選択肢を。

 その瞬間、視界の隅でイルルがぱっと表情を輝かせるのが見えた。

 それをみて確信する。シュリの選択はイルルにしっかり伝わってたんだなぁ、と。

 何回も選択を迫られたのは、恐らくイルルがシュリのものになるのを諦めなかった為。

 そのことに気づき、思わず口元に苦笑が浮かんだ。

 困った奴だなぁと思いつつ、自分が決してイルルを嫌っていないことに気づいて。



・新たな眷属・上位古龍ハイ・エンシェント・ドラゴンを手に入れました。名前はイルルヤンルージュです。名前を変えますか?YES?NO



 次のウィンドウに目を落とし、シュリはしばし考え込む。

 ポチ、タマと、基本的には名前を変えない方針できたが、イルルの名前はペットにしては少々長い。

 そう考えて、シュリは彼女の名前をイルルに定めた。

 ポチやタマもそう呼んでるし、それでいいだろう、と。


 名前を決定した後は、獣っ娘メイキングだ。

 面倒だし、さくっと決めちゃおう、と表示されたウィンドウに目を走らせると、そこにはポチやタマの時とは違った一文が記されていた。



・イルルの獣っ娘メイキングを開始します。イルルは人型の形態を持っているので、その姿をそのまま使用することも可能です。使用しますか?YES?NO



 イルルはどうやら人間形態もとれるらしい。

 文章と共に、イルルの人間形態であろう容姿が表示されているが、かなり大人っぽい。身長は高めで、胸もまあ大きい。

 髪の毛を腰まで伸ばした、なんとも妖艶な美女である。



 (えっと、中身があれで見た目がこれって、なんの冗談??)



 正直、イルルと会話していて思い浮かぶ容姿は、もっとお子さまな感じだったから、違和感がハンパなかった。

 シュリは首を傾げ、うーんと唸り、ちょっと悩んだがNOを選んだ。

 別に獣っ娘の容姿にこだわりはない。

 だが、イルルが妖艶な美女の姿で残念な会話を繰り広げる様はあんまり見たくないなぁと思ったからだ。


 シュリの選択を受けて、ウィンドウが消え、新たなウィンドウが開く。

そこには見慣れた選択肢が現れていて、シュリは数秒悩んでから身長とおっぱい、それぞれを選択した。

 そして、最後の画面でイルルの獣っ娘姿を確認して、満足そうに頷くと、迷うことなく終了のボタンを押した。


 最後のウィンドウが消え、その向こうに見えたもの。それは。


 シュリとどっこいどっこいの身長の、見事なまでに絶壁な子供体型を深紅のチャイナドレスに包んだ、お子さまの姿だった。

 瞳は龍の時と同じ黄金の輝きを閉じこめた、ちょっと勝ち気そうだけど可愛らしさも感じさせる大きな瞳。

 髪の毛は鱗と同じ赤い髪をツインテールにまとめている。

 元が龍だから、タマやポチのような獣耳はなく、その代わりに、赤い鱗に覆われた太めの尻尾がお尻から生えていた。



 (イルルの中身から考えると、妖艶な美女というよりは、こっちの方があってるよね)



 尻尾はともかく、見事なまでの美少女ぶりに、シュリはうんうんと頷く。

 イルルはそんなシュリの視線を受けて、ない胸を張ってふんぞり返った。



 「ふはは。どうじゃ、シュリよ。妾のあだるとな魅力にめろめろなのじゃろ?」


 「あだるとな、魅力???」



 その姿のどこにアダルトさが秘められていると??とシュリは思いっきり首を傾げる。

 そんなシュリの様子に、イルルは少し慌てたように言葉を継ぐ。



 「な、なに首を傾げておるのじゃ?妾の人型はあだるとじゃろ?乳もバーンじゃし、腰はきゅっとくびれて、尻もむっちりじゃぞ??自分で言うのもなんじゃが、男好きのする、体、だと……はえ??」



 得意げに話ながら自分の体に手をはわせたイルルの顔が怪訝そうな表情を浮かべ、それから恐る恐る己の体に目を落とした彼女は、次の瞬間、



 「な、な、な、なんなのじゃあぁぁ!?これはぁぁ!?」



 そう、叫んだ。



 「ど、ど、ど、どうして妾はこんなにちみっこくて、ぺったんこなのじゃ!?妾の乳は、くびれは、尻はどこへ消えたのじゃあぁぁぁ!!!」



 ぺったんぺったんと、自分の胸やら腹やら尻を触りながら、イルルは叫ぶ。

 そして、最後には地面に両手をついてがっくりとうなだれた。

 流石にちょっと可哀相だったかなぁと思いつつ、シュリはイルルに近づき、ふるふると震えるその肩にぽんと手を乗せる。



 「しゅ、しゅ、しゅ、しゅりぃぃ。妾は、妾は、子供になってしまったのじゃあぁぁ」



 えぐえぐと大粒の涙を流すイルルをちょっと可愛いなと思いつつ、シュリは慰めるようにその頭を撫でた。



 「でも、その姿も可愛いよ?イルル」



 普通に人型になろうと思えば、恐らくアダルトなボディになれると思うのだが、あえてその事にはふれずにシュリはイルルを慰める。



 「ち、乳はこんなにぺったんこで、尻は貧弱なのに、それで良いというのか?」


 「え、と。まあ、それはそれで可愛らしくはあるかな、と」



 シュリの返事に、イルルは黄金の瞳をきょとんと丸くする。

 そして、合点がいったぞとばかりににまぁっとその瞳を細め、シュリのことをじろじろと見つめた。



 「……そうか。なるほどのう」


 「ん??」


 「我が主は、ろりこんであったと、そういう訳じゃな?」


 「は??」


 「なんじゃ。そうならそうと、早く言えば良いのじゃ。焦って損をしたのじゃ。ほれほれ、妾のぺったんこな乳がたまらなく好きなんじゃろ?遠慮なんかいらん。触って良いのじゃぞ?つまんでこねて、好きにして良いのじゃぞ?」



 にまにま気持ち悪い笑みを浮かべながら迫ってくるイルルに若干引きながら、シュリはイルルから距離をとろうとした。

 だが、それを上回る早さでイルルががしりとシュリの手を確保し、自分の限りない平原へとそっと押し当てた。



 「ほれほれ。好きなように触ると良いのじゃ。好きなように揉んでいいのじゃぞ?」


 (……揉む??どこを??)



 鼻息荒く迫られるものの、シュリは困った顔をして申し訳程度に指を動かす。

 シュリがそう設定したのだから仕方ないのだが、イルルのそこは、膨らみといえるべきものがほぼ存在していなかった。

 ただ、胸の先端のぽっちりだけが、シュリの手の平の下でその存在を健気に主張するのみである。



 (うっかり極小の設定にしちゃったけど、ここまでないと逆に切ないものなんだな。もうちょっと、大きくしてあげれば良かった……)



 そんな反省をしつつ、シュリは可哀相な子をみるような眼差しで、イルルを見つめた。

 その視線を受けたイルルが、幼げなほっぺたをぽっと赤く染める。



 「な、なんじゃ?そんな熱い眼差しを妾に……はっ!も、もしや、妾の魅力に発情してしまったのか!?ま、ま、まさか、こんなところで妾を押し倒してあんな事や、こんな事を……わ、我が主は、そんなイヤンな展開を望んでいると言うのじゃな!?」



 シュリの視線のなにをどう誤解したのか、イルルは両手で頬を押さえて恥ずかしそうにいやんいやんと幼いからだをくねらせた。

 イヤンな展開ってどんな展開だよ!?と思いつつ、



 「いや、そんなつもりはかけらも……」



 ないけど、と言おうとした言葉は最後まで言わせて貰えなかった。



 「し、仕方ないのう。じゃが、我が主のたっての願いじゃもんな?い、イヤでイヤでしょうがないが、ここは大人な妾が叶えてやろうではないか」



 イヤでイヤでと言う割には、妙に嬉々とした表情で、己の身にまとっているチャイナドレスに手をかけるイルル。



 (わ~……思いこみもここまでいくといっそ清々しいな~……いや、待て待て。感心してちゃダメだよ!?僕、食べられちゃうじゃん!!こ、ここは、助けを……)



 呼ぼう、とさくら達がいるはずの場所を振り向いたシュリは目を丸くした。そこにいるはずの三人の姿が影も形も見あたらなかったから。

 あれぇ?と首を傾げるシュリを、後ろから誰かがふんわりと抱きしめる。

 驚いて上を見上げると、そこにはシュリを愛おしそうに見つめて微笑む、さくらがいた。



 「ちょっと、そこの駄龍」



 彼女は慈愛に満ちた微笑みを浮かべたまま、絶対零度の声を出すという器用な特技を、シュリの前で初披露する。



 (あ、さくら。怒ってる……)



 シュリはちょっぴり冷や汗を流しつつ、イルルへと視線を移した。

 どうやら、イルルは少々調子に乗ったツケを、これからしっかりと払わなければいけないようだ。

 一人の精霊と、二人の先輩眷属ペットの手によって。



 「駄、駄龍!?それはもしかして妾のことなのか!?」



 服を脱ごうとしていた手を止めて、イルルが驚愕の声をあげる。



 「もしかしなくても、あんたの事よ?ポチ、タマ、あんた達の元ご主人様に私の声がしっかり聞こえるように、その可愛らしいお耳をよーく広げて差し上げて?」


 「はあ?耳を広げるとはどういう……あだだだ!!痛いっ、痛いのじゃ~~!!」



 叫ぶイルルの両耳を、左右から情け容赦なく引っ張るのはポチとタマ。



 「なっ、なにをするのじゃあぁぁ、ポチっ、タマっ。妾じゃぞ?見た目はちと変わってしまったが、お主等の大好きなイルル様じゃぞ??」


 「イルル様は一番新入りのくせに、態度がでかいのです」


 「そう、下っ端は下っ端らしくする方が身のため……」


 「「生意気な新入りにはお仕置き(なのです)」」



 涙目で訴えるイルルに、目が全く笑っていない笑顔で返すポチとタマ。

 そんな風に、絶賛自分の立場を思い知らされ中のイルルの前に、シュリを抱っこしたさくらが進み出る。

 顔はにこにこしているのに目は笑っていない、そんな恐ろしい状態で。



 「初めまして。私はさくら。シュリの精霊よ」


 「さ、さくらか。妾はイルルなのじゃ。のう?さくらからもポチとタマに……」


 「さくら?もしかして私を呼び捨てにしたのかしら?まさか、私の聞き間違いよね?」



 イルルの返事を聞いた瞬間、さくらの笑顔が凄みを増し、イルルが文字通り震え上がる。



 「さ、さ、さ、さくら殿。妾は、さっきもちゃんと、さくら殿といったのじゃ、うん。これからも絶対絶対そう呼ぶのじゃ!!」



 イルルはちょっぴり顔を青くして、さくらの機嫌を取るようににへらと笑う。



 (……バカな子ほど可愛いってよく言うけど、何だかいっそ愛おしく思えてきたな~)



 そんな事を思いつつ、シュリは黙って成り行きを見守る。

 ここで下手にシュリがイルルをかばったりしたら、余計に大変な事になるのは目に見えていたから。



 「そうね。やっぱり上下関係は大切よね?わかって貰えて嬉しいわ、イルル」



 さくらはにっこり笑い、それからさらに顔を近づけてイルルの瞳をのぞき込んだ。

 イルルが怯えたように身を引こうとするが、耳を左右から引っ張られているからそれすらもままならない。

 故に、イルルはガクブルしながらさくらの瞳を真っ向から見つめることしか出来なかった。



 「ねえ?イルル。あなたの認識がちょーっと間違ってるから、シュリの僕の先輩として訂正するわね?」


 「は、はひ」


 「シュリのお好みのおっぱいは、標準サイズ以上よ?けっしてあなたみたいなナインペタンじゃないの」


 「ふえ?じゃ、じゃが、シュリは妾の事を可愛いと……」


 「わかった、わよね??」


 「わ、わ、わ、わかったのじゃ」


 「よろしい。じゃあ、今後、シュリをロリコンだなんて不名誉な称号で呼んだりしないようにね?」


 「う、うむ。き、気を付けるのじゃ」



 さくらの迫力に負けたイルルは、しょんぼりと頷く。

 ちなみに、まだ五歳のシュリが、見た目同年代くらいのイルルに好意を抱いたところで、ロリコン呼ばわりされるいわれはないのだが、今更それをつっこむのもなんだし、とシュリは大人しく沈黙を守った。



 「はーい、お仕置きはこれくらいにしときましょ?ポチ、タマ、もう良いわよ」



 さくらのその言葉を合図に、イルルの耳を引っ張っていたポチとタマの手が離れる。

 イルルは、両手で引っ張られていた耳をさすりながら、さくらにポチ、そしてタマを見上げた。

 そんなイルルにさくらがにこっと笑いかける。

 怖い笑顔でなく、ごく普通の、いつもの優しい笑顔で。



 「ま、今後は同じ主に仕えるもの同士、皆で仲良くやりましょうね」


 「さ、さくら殿!!」


 「イルル様はほっとくとなにをするかわからないので、困ったら変なことをする前にポチに聞くんですよ?シュリ様のご迷惑になったら大変です」


 「ポ、ポチ!!」


 「ま~、たまにはシュリ様とのお昼寝に混ぜてあげてもいい」


 「タ、タマ!!」



 三人の言葉を聞いたイルルは、感動したように瞳を潤ませる。

 そんな四人を、シュリは微笑ましく見守るのだった。

 

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