第九十四話 変わり者のおばあ様

 カレンと仲良くお散歩にいく振りをして屋敷を出た後は、[レーダー]を起動してカレンに指示を出しつつ、街を騒がせる変質者と思しき相手を追った。

 だが、変質者の動きは変則的で、追うことで追いつめるのは難しそうだったので、シュリは発想を変えてみることにした。


 一旦立ち止まり無駄に追うのをやめて、変質者を示す光点の動きをじっくりと観察する。

 その点は、何も考えずに動いているように見せながら、細い道や複雑な曲がり角を的確に移動して、追ってくる兵士をどんどんまいていった。

 その動きを見ながら、シュリの口元に思わず笑みが浮かぶ。



 「シュリ君?」



 それを見たカレンが首を傾げ、どうしたのかと目で問いかけてくる。

 シュリはそれを受けて、



 「うん……この、不審人物の人、多分、僕たちが思っているよりずっと頭がいい人だよ」



 そう答えた。



 「追いつくのは無理そう?」


 「うーん。そうだね。追いつくのはちょっと無理かな。だけど……」


 「だけど?」


 「先回りなら、出来そうだよ?」



 そう言いながらシュリは頭の中でルートをシュミレーションする。



 (うん。何とかなりそうだな。僕にはなんといっても、レーダーがあるしね)



 何もない状態で敵の行動を読み切るのは難しい。

 だが、シュリには相手の動きが手に取るように分かるのだ。

 相手のすべてを読むのではなく、数手先を予測するくらいなら何とかなりそうだった。



 「じゃあ、カレン。噂の変質者の顔を、拝みにいこうか」



 シュリはニヤリと笑ってカレンに指示を出す。

 精一杯大人っぽく、悪ぶった笑みを浮かべたつもりだったが、どう頑張ってもその笑顔はまだまだ可愛らしい笑顔にしかならないシュリなのであった。







 薄暗い裏通りの路地で、シュリは刻一刻と近づいてくる変質者を一人で待っていた。

 カレンには、近くの物陰に隠れて貰っている。

 敵も相手がシュリのようないとけない子供の方が油断するに違いない、そう考えての事だった。


 シュリは見事相手の先を読みきることが出来たようで、追っ手をすべて振り切った変質者と思しき光点は、シュリのいる路地の少し先で足を止めている。

 もう少し待って近づいてこなければ、こちらから出向いてやろうと考えていると、そっちの光点とは別の方向から近づいてくる黄色い光点に気がついた。

 シュリは、いつの間にか近づいてきていたその光点に目をわずかに見張り、出来るだけ自然な動作でそちらの方を振り向いて見た。


 近づいてくるのは、見るからに怪しい格好をした人物だ。

 目深にかぶった帽子に大きなマスク。

 身を包むのは、地面に擦れそうなほどに長い大きな外套だ。

 それはここにくる途中、カレンから聞いていた変質者の格好そのものだった。



 (あれぇ?あっちも変質者でこっちも……ってことは、変質者は二人なのかな。それとも、どっちかは偽物、だったりして)



 頭をフル回転させつつ、慎重に近づいてくる相手を見上げる。

 顔はよく分からない。

 だが、相手は何となく男のような気がした。



 『シュリ君、大丈夫ですか?』


 『大丈夫。まだ、待機してて。必要になったらちゃんと合図するから、それまでは動かないでいて』


 カレンとそんな会話をしつつ、シュリは忍耐強く相手が何か行動を起こすのを待った。

 シュリがじぃっと見つめ、物陰からカレンが警戒をする中、とうとう相手が行動をおこす。



 「ぐへへへへ。かわいい坊ちゃんだねぇ。ほぅら、おじちゃんがいいものを見せてあげるよ」



 そんな相手の言葉を最後まで聞くまでもなく、こっちが当たりだなと確信する。



 (っていうかさ、これってアレだよね。よくいう、露出狂、ってやつ??)



 この後の展開もほぼ読めたようなものだが、一応答え合わせはせねばなるまい。

 ということで、シュリは不思議そうな表情を作り、可愛らしく小首を傾げてみせた。



 「えっと、いいものって、なぁに?」



 相手が望むであろう答えを的確に返し、シュリは、あ~、見たくないなぁと思いつつその時を待つ。

 男がぐぇっぐぇっと笑う声が地味に気色悪く、思わずしかめてしまいそうになる表情を何とか子供らしいものに取り繕いながら。



 「それはねぇ。おじちゃんの……」



 言いながら、男が思い切りよくばっと外套の前を開いた。

 予想はしていたが、下着も何も身につけていない、見事な真っ裸。

 たるんだ肉体を恥ずかしげもなく人前にさらし、男は恍惚とした表情を浮かべている、ような気がした。

 事実はマスクの向こうなので、確かめようがなかったのだ。


 よし、現行犯ーとシュリがカレンを呼ぼうとした時、シュリと変質者の間に、誰かが立ちはだかった。



 「いたいけな子供に、なんてもんを見せてんのよ!?恥を知りなさい、恥を!!」



 そう叫んだ、声からすると恐らく女性と思われる謎の人物は、洗練されたフォルムで拳を振り抜いた。

 変質者の、むき出しになった急所に向かって。



 (うわ、痛そう……)



 一応男の子なシュリはその痛みに共感してしまい、思わず内股になる。

 もちろん、急所を殴られ……もとい、つぶされた変質者は声にならない悲鳴を上げて泡を吹き、仰向けにどーんと豪快に倒れた。

 やだなぁ、丸見え、とシュリが思ったのもつかの間、助けてくれた人は自分の外套を脱いで、醜いオブジェをしっかりと隠してくれたのだった。



 「また、つまらないものを殴ってしまったわ……」



 どこかで聞いたようなそんなセリフに促されるように顔を上げて、シュリは思わず固まってしまった。

 彼女の顔を、半分くらい覆っているマスクを目にしたから。

 それは、つい今しがた倒れた男の顔を覆うマスクによく似ていて、彼女が片手に握っている帽子も、変質者の男の頭にあったものを彷彿とさせた。

 更に、彼女が脱いで変質者の体を覆った外套。それも、変質者が身にまとっていたものととてもよく似ていた。


 それらを一つ一つ確認しながら、ああ、これはーとシュリは思う。

 だが、同じ結論に彼女も達したようで。

 シュリの驚いた顔に、自分の顔を隠すマスクをはいだ彼女は、それを倒れた男の上に投げ捨てて、やっと気づいたとばかりに彼の姿を凝視した。

 そして地面へ膝から崩れ落ち、がっくりとうなだれる様子を、シュリは何とも言えない微妙な表情で見つめるのだった。



 (あ~……たまたま選んだ格好が街を騒がせる不審人物と同じだったわけか。あんなに大勢に追いかけられて、おかしいとか思わなかったのかなぁ)



 落ち込むその人を見ながら、シュリはそう思い、苦笑する。

 おかしな人だ。

 だが、なんとなく憎めない。

 そして、その人に守って貰ったのも事実。

 シュリはその人を悪人じゃないと認定し、一つ頷いた。



 『シュ、シュリ君。だ、大丈夫ですか?』



 カレンのちょっと動揺したような声が脳裏に響く。

 己の反応速度が追いつかないくらいの怒濤の展開に、少し驚いているようだ。

 だが、シュリの指示がないから、きちんと我慢して待機しているカレンの心情を思いやりつつ、



 『大丈夫だよ、カレン。安心して?勝手に動かないでくれてありがとう。おかげで、色々と丸くおさまりそうだよ』

 ときちんと労っておく。

 カレンのほっとしたような気配が伝わり、シュリは小さな笑みを投げかけてからカレンに指示を出した。



 『すぐ近くまで警備兵が来ているから、呼んできて貰える?そこに転がっている変態を捕縛してもらおう。あんな変態を、カレンに触って欲しくないし』


 『でも……』



 言いよどむカレンの様子から、彼女がシュリのそばにいるもう一人の人物を警戒しているのが分かった。

 シュリはそれも仕方が無いかと苦笑しつつ、カレンに対して言葉を重ねる。



 『大丈夫。この人はいい人だよ。カレンが戻るまで、ちゃんと大人しくしてるから。ね?』


 『……わかりました。すぐ、戻ります。お利口に、してて下さいね?』




 言い置いて、カレンの気配が消える。

 すぐ、と言ったからには、カレンはあっという間に警備兵を引き連れて戻るはずだ。

 その前に、目の前の人物と話をして、ちょっぴり口裏を合わせておく必要があった。



 「あの……」


 「……なぁに?」



 遠慮がちに声をかけると、彼女がうつむいたまま、地の底に沈んでしまいそうなくらぁい声を出した。

 すごい落ち込みようだなぁと、シュリはちょっぴり気の毒に思いながら、



 「助けてくれて、ありがとうございました。おねえさん」



 心を込めてお礼の言葉をつげた。



 「いいのよ。当然の事をしたまでだもの。無事で良かったわ……」



 流石にうつむいたままでは失礼だと思ったのか、言いながら顔を上げたその人とシュリは真正面から顔を合わせた。その顔を見て、思わず目を見開く。

 初めてまともに見つめるその顔は、シュリのとてもよく知る人物に似ていた。

 唯一肌の色だけが、少し違っていたが。

 一方、相手もシュリの顔を見てとても驚いていた。

 そして、二人は同時に口を開く。



 「か、母様??」


 「あれぇ?ミフィー……のミニチュア??」



 二人はいったん言葉を切り、自分の耳に飛び込んできた相手の言葉の意味を吟味して、再び同時に口を開いた。



 「「もしかして」」


 「僕の、おばあ様、ですか?」


 「あなた、シュリでしょ?ミフィーの息子の」



 こうして祖母と孫は初対面を果たした。

 それは後で思い返してみても笑いがこみ上げてくるような、何とも可笑しい初対面となったのだった。 


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