第四十一話 カレンの訪問

 特にすることもなく、部屋でミフィーとだらっと過ごしていると、部屋の外からジュディスの声。どうやらお客様が来たらしい。

 一体誰が訪ねてきたのかと首を傾げながらミフィーが部屋のドアを開けに行くと、そこにはジュディスとカレンの姿。

 カレンは休みを利用してわざわざ来てくれたようだ。


 シンプルな黒いズボンと白いシャツという飾り気のない私服だが、カレンには良く似合っていた。

 なんというか、ストイックな色気の様なものを感じて中々良い。


 ミフィーに連れられて近づいてくるカレンをじーっと見てると、それに気が付いたカレンがちらりとシュリを見て、ぽっと頬を染めた。

 その瞬間、ジュディスの視線が鋭くなった様に思うのは気のせいだろう。多分、気のせいに違いない……と思いたい。

 カレンはベッドの上に1人で座っているシュリの目線に合わせるようにしゃがみ込むと、



 「こんにちは、シュリ君。元気にしてましたか?」



 丁寧にそう言いながら、恋する乙女の眼差しを飛ばしてきた。



 「かれー、ちわー」



 シュリは可愛らしくカレンの顔を見上げながら、今朝修得し、暇に任せてミフィーと練習した成果をカレンに披露した。

 ほんの少し得意げに。



 「っ!!!!!!!」



 カレンは、声にならない声を上げてそのまま固まる。

 それから、ぎぎぎと音が出そうな動きでミフィーを振り返り、



 「みっ、みっ……しゅっ、しゅっ……しゃべ!?」



 と何を言っているのかまるで分からない言葉で問いかける。

 どうやら、ミフィーさん、シュリ君がしゃべってます!?ーと言いたかったらしい。

 驚きすぎて意味をなさないカレンの言葉も、ミフィーにはちゃんと伝わったようだ。

 ミフィーは誇らしそうに控えめな胸を張り、



 「すごいでしょ?今朝からなの」



 にこにこしながら自慢げにそう言った。



 「す、すごいですねぇ」



 カレンは感心したようにそう言って、再びシュリに目を戻す。



 「シュリ君、流石です。すごいです」



 彼女は素直に賞賛しながらシュリに向かって手を伸ばす。

 そして、シュリに触れる寸前でその手を止めた。



 「その、抱っこしても、いいですか?」



 懇願するようにシュリに問う。

 否と答える理由もないので、シュリはにっこり微笑み、答える。



 「いーよ」



 その程度の簡単な受け答えの言葉は、問題なく使えるようになっていた。

 シュリの答えを聞いて、カレンの顔がぱっと輝き、その腕がそっとシュリを抱き上げた。


 愛おしそうに頬をすり寄せ、カレンは優しくシュリを胸に抱きしめる。

 そうやって丁寧に扱われながら、シュリは思う。カレンの抱っこの仕方は優しくて結構好きだなぁと。


 手を伸ばしてカレンの顔に触れると、カレンがとろけるように微笑んだ。

 シュリもつられて笑うと、どこからともなくギリギリと歯ぎしりをするような音が聞こえてきた。

 ぎょっとして音源を探すと、ジュディスが営業スマイルを浮かべたまま歯ぎしりをしていた。

 見た目からは分からない。だが、音源がその口元なのは確かだった。



 「じゅでぃー?」



 慌てて呼びかけると、ジュディスははっとしたような顔をして、それからややひきつった笑みを浮かべた。

 歯ぎしりは無意識だったようで、どうやら母親とは違う女とシュリの接近に思わず焼き餅を焼いてしまったらしい。

 念話でそんな彼女の思いが伝わってきて、思わず苦笑する。


 状態異常は大丈夫だろうかと念のため確認してみたが、焼き餅は状態異常ではないようで、安心したシュリはほっと息をつく。

 ステータス画面を開いたついでとばかりに、カレン表示を見たシュリは、思わず可愛らしく首を傾げた。


 微妙にパーセンテージが上がっている。

 以前確認した時は確か60%だった。

 今はほんのり上昇して67%である。


 いつの間に上がったんだろう?疑問に思いつつ、カレンの顔を見上げる。

 その目線に気づいたカレンが、なんですか?と微笑み返してくる。

 その笑顔がまぶしく、目線が熱い。

 そんな彼女の様子から何となく、恋する人と触れ合っている充足感の様なものを感じ、なんだかいやな予感がして再びステータス画面を開いてみた。


 すると案の定、数値が68%に上昇している。

 どうやら好きな人と触れ合っているという事実が彼女の心を高揚させ、好感度をじわじわと上昇させているようだ。

 シュリはステータス画面を閉じると、



 「みふぃー、だっこ」



 と、ミフィーに向かって手を伸ばす。

 このままカレンに抱かれたままでいるのは危険と判断したのだ。

 カレンが順調に好感度を伸ばし、彼女まで愛の奴隷と化したらたまったものではない。

 今は、ジュディスだけでも手一杯なのだ。

 出来ればカレンには、もう少しシュリが成長するまで待って頂きたかった。ぜひとも。


 ミフィーは、困った子ねぇと言いつつ、嬉しそうな顔でシュリをカレンから受け取った。

 カレンは名残惜しそうにし、ジュディスは晴れやかな顔をしている。何ともわかりやすい3人である。

 改めて全員でテーブルを囲み、ジュディスが用意してくれたお茶を飲む。

 そうして一息ついてから、ジュディスがはっとしたように声を上げた。



 「そう言えば、そろそろお昼ね。カレンさん、よかったら一緒食べていかない?」



 さっきまでわかりやすくライバル視していたカレンに、感じよく問いかけるジュディス。

 さすが、大人だね~と思いつつ、シュリは感心したように、出来る女の仮面を付けたジュディスを見上げた。



 「カレン、予定がなければそうしない?みんなで食べた方が楽しいし」



 ミフィーからもそう言われ、カレンは少し考えた末に頷いた。今日は特に予定もないからまあいいか、と。

 それからちらりとシュリを見る。そうすればシュリ君とももう少し一緒にいられますし、などど考えながら。



 「じゃあ、昼食の準備をしてくるわ。少し待っててね」



 ジュディスは微笑み、シュリにそっと流し目を送ってから部屋を出ていく。

 昼食の準備が整うまではしばらく時間がかかりそうだ。

 ミフィーとカレンは楽しそうに話をしている。

 特にすることもないので、シュリはミフィーの胸に顔を埋める様にしてうとうととまどろみはじめた。

 ミフィーとカレンの声を子守歌代わりにして。

 それは何とも心地よい、お昼前の一時だった。

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