第二十一話 お湯の中のシュリ

 ミフィーが泣いていた。

 シュリは困ったように、母親の泣き顔を見上げる。


 オムツの事はしょうがない。

 ミフィーは他の事で一生懸命だったし、身体も万全では無かったのだから。

 それに、シュリも途中から自分のオムツの中の惨状など忘れていたのだ。

 ミフィーと2人、無事に生き残るにはどうしたら良いか一生懸命で。


 だから気にする必要はないと、泣かなくて良いとミフィーに伝えたいのに、言葉がうまくしゃべれない。

 そんな1歳児の体がもどかしかった。


 それに、確かに下半身はひりひりするが、痛くてたまらないと言うほどでもない。

 漂う臭いが何ともたまらないが、自分が出したものだから、これも仕方ない……と思う。

 これでも、赤ん坊の排泄物だからまだましな方だろうし。


 ミフィーの様子を伺う。

 まだ、泣いていた。

 そんなに責任を感じることないのに、と思う。きちんと泣いて知らせなかったこっちも悪いのだから、と。

 だが、そんな思いは彼女には届かない。彼女はただ、自分を責めて泣いていた。


 どうにかしたいけどどうにも出来なくて困っていると、部屋のドアが開いてカレンが戻ってきた。

 彼女は泣いているミフィーに気づき、慌てたように近くへやってきた。

 床に桶を置き、おろおろしながら、慰めるようにミフィーを抱き寄せる。

 泣いているミフィーの背中を撫でながら、



 「さ、お湯を持ってきましたからね。一緒にシュリ君を洗ってあげましょう?」


 「うっ、うっ、わ、私、自分が情けなくて……」


 「大丈夫です。誰にでも失敗はあるでしょう?大事なのは、繰り返さない事ですよ」


 「は、はい。そ、そうですよね」


 「さ、シュリ君を洗ってあげて下さい。私はお湯をもう一度もらってきます」


 「あ、ありがとうございます」



 やっと少し立ち直ってきたミフィーに、カレンはにっこりと笑いかけ、再び部屋を飛びだして行った。



 「シュリ、泣き虫な母様でごめんね?でも、もうこんな事がないように頑張るから」



 ミフィーは赤くなってしまった目でシュリを見つめ、安心させる様に微笑む。

 それからそっと手を伸ばし、シュリを抱き上げ、恐る恐る湯の中へその下半身を浸した。

 ぬるめのお湯のおかげでそれ程しみることなく、シュリはほーっと息をつく。

 その気持ちよさそうな様子に、ミフィーもほっとしたのだろう。

 やっと少し晴れやかな笑顔を覗かせた。



 「シュリ、気持ちいい?今、カレンさんが新しいお湯を持ってきてくれるからね」



 息子の下半身を優しくお湯で洗い流しながら話しかける。

 そうこうしているうちに、再び部屋の扉が開いてカレンが戻ってきた。

 息子をお湯に入れながら微笑んでいるミフィーを見て、カレンも嬉しそうに微笑む。

 ミフィーの脇に、新しいたらいを置いて、



 「さ、こっちのきれいなお湯で仕上げをどうぞ。私は汚れ物を洗ってきます」


 「え、さすがにそれは私が。カレンさんにはシュリをお願いできますか?」



 そう言うが早いか、ミフィーはカレンにきれいになった息子の体を押しつけた。



 「え、いや、でも」


 「大丈夫。シュリは大人しいですから」


 「いや、だって」


 「じゃあ、私、洗い物して来ちゃいますね」



 言いながらミフィーは、汚れ物をそれまでシュリが浸かっていたたらいにぽんぽん放り込み、



 「カレンさん、ちょっとの間、シュリをお願いしますね」



 にっこり笑ってそう言うと、あっという間に部屋を出て行ってしまった。

 残されたのはカレンと、その腕の中のシュリだけ。



 「ど、どうしたら」



 泣きそうな顔のカレンの手を、シュリがぽんぽんと叩く。慰めるように、励ますように。



 「だー(大丈夫、大人しくしてるから)」



 にこにこ笑う赤ん坊に励まされ、カレンは恐る恐るその柔らかすぎる物体をお湯の中に入れてあげるのだった。


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