第十五話 思いがけない救援①

 盗賊に襲撃されてから3日目の夜が明けた。


 昨日ははっきり言ってそれ程移動できなかった。というか、ほとんど移動できてない。

 それは、ミフィーの消耗が激しく長時間の活動が難しかったせいもあるし、水も食料もほとんどない現状のせいでもある。

 とりあえず、今日はなんとしても水と食料の確保をしないといけないだろう。

 そうしないと、ミフィーがもちそうになかった。


 朝日が昇ってしばらくたつが、今もミフィーは眠っている。

 さっきこっそり癒しの体液だけは飲ませておいたので少しはましだが、やっぱり顔色が悪かった。


 ミフィーを起こさないように気をつけながら、レーダーを起動させる。

 実は昨日から気になっていたことがあって、それを確認しておこうと思ったのだ。


 見てみて、やっぱりと思う。

 昨日の夜寝る前に気がついたのだが、緑の光点の集団がこちらに近づいてきている。

 昨夜の時点ではまだ結構離れていたが、今は大分近くまで来ていた。

 もしかしたら夜通し馬を走らせていたのかもしれない。それくらいの進行速度だった。


 恐らく襲われた馬車に気づいた誰かがどこかへ知らせたのだろう。

 近付いてくる集団は、どこかの領地の兵士や警備隊などの可能性が高い。


 だが、油断は禁物だ。

 このレーダーは、恐らく知らない人であればまず緑の点で示される。

 確証があるわけではないが、悪い人間であっても、まずは緑の点なのだ。


 知り合って、相手が悪いヤツと分かって初めて点の色は緑から黄色に変わるんじゃないかとシュリは推測していた。

 獣や魔物と違い、人に関しては見極めが必要なのだ。

 緑だからと言って、安心してはいけない。


 そんなことを考えている間にも、緑の光点は刻一刻と近付いて来ていた。もうそろそろ馬蹄の響きが聞こえて来るかもしれない。

 まずは隠れて様子を伺って、大丈夫そうなら一か八か彼らに救いを求めてみる他ないだろう。


 はっきりいってミフィーと2人で生きてアズベルグまでたどり着けるビジョンがどうしても見えなかった。

 どっちにしろ、助けがなければどうにもなりそうもない。

 青白い顔で眠るミフィーを見つめながら、シュリは一人覚悟を決めた。





 

 カイゼル達は、休憩もほとんどとらずに馬を駆けさせていた。

 同道するのはジャンバルノと彼が引き連れてきた警備兵が一個小隊ほど。

 夜も徹して街道をひた走り、もうじき問題の馬車が見えてくる頃だろう。

 カイゼルとジャンバルノは馬の速度を落とし、轡を並べた。



 「カイゼル様。もうすぐ現場に到着する予定です。かなり凄惨な現場だと予想されますが、どうなさいますか?」



 ジャンバルノは、遠回しにこの場に残ってはどうかと勧めてきた。

 だが、カイゼルは首を横に振る。現場を自分の目で確かめるためにここまで来たのだ。



 「いや、共に行かせてくれ。お前達には迷惑をかけることになるかもしれないが」


 「いえ、私こそよけいな事を申し上げました。お許し下さい」


 「気遣いは感謝する。書類仕事ばかりで、あまりこういった現場には立ち入ってこなかったからな。お前の案じてくれる気持ちは良く分かる」



 そんな会話を交わしながら、遠目にやっと問題の馬車らしきものが見え始めたとき、その音は聞こえた。

 音というより、泣き声のようだった。幼い子供の泣き声だ。

 それはそう遠くない場所から聞こえてくる。



 「きこえたか?」


 「ええ。子供の泣き声の様ですが。おい、探せ!!」



 ジャンバルノの号令で、兵士達が馬を下り、声の主を探し始める。

 しばらくすると、1人の兵士が声をあげた。



 「いました!赤ん坊です」


 「よし、連れてこい!!」



 言いながらジャンバルノが馬を降り、カイゼルも地面に降り立った。

 草をかき分けるようにして、まだ幼さの残る顔の兵士が腕に何かを抱えて駆け寄ってきた。

 ジャンバルノと顔を寄せ合うようにして、兵士の腕の中をのぞき込む。


 その子は、全身を乾いた血で汚していた。

 恐らく、居ないと思われていた乗り合い馬車の生き残りなのだろう。

 これほど血塗れになるような状況からこんなに幼い者が生き残っていたとは。

 カイゼルは奇跡をみているような思いだった。

 思わず伸ばした手でまだ泣いている赤子を受け取り、



 「赤ん坊だけで逃げ出せたとは思えぬ。近くに父親か母親が居るはずだ。探してやれ」


 「はっ」



 指示を出すと、兵士は再び捜索に戻っていった。

 腕の中の、稚い存在を軽く揺すりあやしてやると、泣き声は次第に小さくなり、涙に濡れた美しい菫色の瞳がカイゼルを見上げた。

 その瞬間、カイゼルは雷に打たれたように目を見開いた。

 菫色の瞳ーそれは弟の瞳の色。弟は手紙になんと書いていた?



 (髪の色は嫁さん譲り、目の色は俺と同じの愛すべきちび助です)



 そう、書いていた。名前は確か……



 「シュリナスカ?」



 そうシュリナスカ。そんな名前だった。

 カイゼルは、震える声で腕の中の赤子に呼びかけた。



 「シュリナスカなのか?ジョゼの、息子の?」



 その問いかけに、赤ん坊はさっきとは違う、明らかな意志を持ったまなざしでカイゼルを見上げた。そして、



 「じょー、とーたー(ジョゼは僕の父様だけど?)」



 と意味ありげな声をあげ、小さくだがはっきりと頷いたのだった。



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