みじカク⇔すぐヨム

初恋と拳銃 Act.02

　加賀谷翔太（カガヤショウタ）は朝から憂鬱（ゆううつ）だった。

　午前中の授業など、全く頭に入ってこなかった。ただ、過ぎる時間が驚くほどゆっくりに思えて、それがもどかしくて……率直に言って地獄だった。

　そして、ようやく昼休みになるなり、窒息寸前の状態から解放される。

　しかしそれは、全校生徒から『リア充死ね！』と睨（にら）まれる時間の始まりだった。

「さあ、翔太君。お昼にしましょう」

　屋上へと通じるドアを開け放ち、逆光の中で少女が振り返る。

　今日も御統四季音（ミスマルシキネ）の美貌は、なによりも眩（まぶ）しい。

　だが、連れ出された翔太には、澱（よど）んだ気持ちが重く沈殿していた。それが満ち満ちて、朝のニュースを思い出してしまう。とても食欲はないが、四季音の誘いは断れなかった。

　なぜならもう、二人は共犯者だから。

　一つの秘密を共有する仲だから。

「な、なあ、四季音さん……やっぱ俺、考えたんだけどよ」

「翔太君のお弁当も作ってきたんですよ？　いつも、購買部でパンを買ってますよね？」

「えっ？　あ、いや、そうだけど。……なんで知ってんの」

「クラス委員長ですから」

「はあ」

　屋上のベンチに座って、四季音はポンポンと隣を叩く。

　渋々座ると、弁当と一緒に彼女のスマホを渡された。

　画面には今、一丁の拳銃が写っている。どうやらウィキペディアのページらしく、事細かに詳細が書かれていた。

「えーっと、なになに？　……あ、ひょっとしてこれ」

　――ベレッタM93R。

　それがあの銃の名前だ。

　すぐに翔太はわかった……四季音がわざわざ調べたのは、昨日二人で拾った拳銃のことだろう。あの時は新聞紙に包まれたままだったが、手の平に持った時の感触が蘇ってくる。

　そして、液晶画面の中と同じ姿を翔太は目の前に見た。

「ね、翔太君。この子、ベレッタさんっていうんですって」

「だな……って、おああああっ！　ばっ、馬鹿！　出すな、持ち出すな！　しまえ！」

　顔をあげると、そこには……四季音の笑顔があった。

　彼女の手に、今しがた詳細を知ったベレッタM93Rがある。

　四季音はそれを両手で構えて、無邪気に片目を瞑（つぶ）っていた。

　優等生の美少女委員長と、拳銃。

　セーラー服を着た彼女が、一瞬だけ異世界の人間に見えた。

「すみません、隠す場所が思いつかなかったので。だから、持ち歩くのが一番安全かなと」

「どっ、どこがだ！　いいから、人が来る前にしまえ！」

「そう、ですね……取り上げられたら困りますし」

「そういう問題じゃないっ！」

　四季音は悪びれずに笑って、小さく舌を出す。

　かわいい。

　やばい、なにこれ。

　なんで俺、こんなことになってんの？

　翔太はこの非常時に、非常識過ぎる四季音をかわいいと思った。そして、彼女の素顔と秘密を自分が独占している事実に驚く。

　誰もが憧れる四季音は今、犯罪に手を染めつつある。

　彼女はクルクルと拳銃を回して、その場で一回転。

　スカートの中、太腿（ふともも）に吊り下げられたガンベルトにベレッタをしまった。

　少しだけ、ぱんつが見えた。

「こうして隠しておけば、絶対にみつかりませんから」

「あ、ああ……それよりお前、あの……あ、いや……御褒美（ごほうび）、だな」

「ですよね。これは多分、私への御褒美だと思うんです」

　にこやかに微笑む四季音のぱんつは、まだ見えていた。

　丸見えだった。

　彼女がしまったと思っているガンベルトのベレッタに、スカートが挟まっているのだ。それを指摘しようとも思ったが、無邪気な笑顔を前に黙る。

　ぱんつは今日は、汚れなき純白だ。

　翔太の視線を釘付けにしてるとは知らず、返されたスマホを手に四季音は微笑む。

「私、ドキドキしてます……昨日は朝方まで寝付けなくて、寝不足なんです」

「お、おう」

「さっきのも練習したんですよ？　YouTube（ユーチューブ）でやり方を検索して……もう一回みたいですか？　みたいですよね？」

「や、もう見えてるから」

「そうですか……因みに、ああして銃で遊ぶとツキが落ちるそうです」

「なにそれ、どこ情報？」

　だが、本当に四季音は楽しそうにはしゃいでいる。

　普段から誰にでも笑顔で、優しくて完璧な優等生。そんな仮面の美しさと違って、等身大の少女の姿が眩しい。

　ついでに、真っ白なぱんつも眩しい。

　それにまだ気付かない彼女が、尊（とうと）くて愛（いと）しくて、愛しくて愛しくて、震える。

　そんな西野（ニシノ）カナもびっくりな現状で、ついつい翔太は今朝の衝撃を忘れていた。

「ねえ、翔太君。私いま、凄くドキドキしてるんです。平凡な日常の中で、なんでもない平凡な女の子だった私……でも、ベレッタさんがそれを変えてくれたんです」

「平凡、ねえ……俺らから見りゃ、四季音さんはパーフェクトな優等生だよ」

「そうなんですか？」

「そうなんですよ」

　クスリと笑って、四季音は翔太を見詰めてくる。

　その瞳が、あどけない可憐な表情の中で蠱惑的（こわくてき）に輝いた。

　それは翔太が初めて見る、悪い女の毒だった。

「私はですね、翔太君……いま、いけないことをしてるんです。そうやって、自分を変えてくれたベレッタさんは……翔太君の言う通り、御褒美ですよね！」

「いや、それは……あっ！　そ、そうだ、それより、あの」

「そうだ！　翔太君、今日の放課後は暇ですか？」

「え？　あ、ああ、暇だけど」

「嬉しい……じゃあ、私と一緒に過ごしましょう。実は、とってもいい場所を見つけておいたんです。二人きりで、ね？」

　逆らえない。

　逆らえる筈もない。

　だから、やっぱり翔太は言いそびれた。

　それに、もう四季音は知っている気がした。

　今朝、例の自動販売機の前で一人の男が重傷で発見された。今は意識不明で、病院の集中治療室だ。

　なにか、事件の匂いがする。

　警察では、被害者を襲った者を捜索中だ。そして、何故なんでもない自販機の前で、その男が撃たれたか……その真実を追っている。そう、男は拳銃で撃たれて出血死寸前だったという。

　既にもう、犯罪の渦中に翔太はいた。

　それを知ってか知らずか、笑顔の四季音が少しだけ怖い。

「翔太君にも撃たせてあげますね。二人で撃ってみましょう」

「……やっぱ、撃つんだ。それ」

「はい。だって、鉄砲ですよ？　拳銃なんです、ベレッタさんは」

「あのさ、四季音さん。銃刀法違反って自覚は」

「ふふ、勿論あります。今朝のニュースも見ました。でも、私は……ようやく訪れた非日常を、このままでは手放せません。足りなくて飢えていた刺激が、ほら……今ここに」

　そう言って四季音は、蕾（つぼみ）が綻（ほころ）ぶような表情で微笑む。

　それは背徳が入り交じる危険な笑みで、今までで一番美しかった。

　そうして彼女は、スカートの上から拳銃に触ったつもりなのだろう。しかし実際には、丸見えになったぱんつの下で、ベレッタは丸出しだった。

「あら？　まあ……スカートがめくれていました。翔太君、見ましたか？」

「そりゃもう」

「ふふ、いけない人……ですね」

「いやいや、どっちがだよ」

「ちょっと、嬉しいですね！　私たち、これは共犯者ですよね！」

「なっ、なに興奮してんだよ。それより隠せ、ぱんつと銃を隠せ！」

　挟まったスカートを直して、四季音はようやくベンチに戻ってくる。そして、翔太の隣で二人分のお弁当を開き出した。

　高揚感からか、僅かに彼女の頬が上気して赤い。

「ようやく私、ドキドキを手にしました。嬉しいんです」

「犯罪でもか？　身の危険は感じない？」

「感じてます……それがスリル、そしてサスペンスとなって私を……こんなの始めてです。何が起こるかわからない、予定も見積もりもない人生。それが今だけでも、嬉しい。しかも翔太君みたいな共犯者まで」

　翔太はなにも言えなかった。

　いったい、四季音はどんな人生を送ってきたのだろう？　その内容は全校生徒が知っているが、それは上辺（うわべ）だけでしかない。彼女が送ってきた人生の上に、積み重なった結果でしかないのだ。

　だが、一つだけはっきりしている。

　四季音は今までが不満で、拳銃を拾ってからのこれからに希望を見出している。

　しかしそれは、全てを危うい中へと放り込んでしまう、危険な魅力に満ちていた。

　魅力と認めざるを得ない程度には、翔太も惹（ひ）き込まれているのだった。