第19話 玉座の日常

「ナイく~ん、放置プレイ過ぎだよ~。忘れ

られてるんじゃないかなぁ。酷いなぁ。あれ

から何日経ってるだろうなぁ。加奈子あたり

は、なんかおかしいって気が付いてくれたの

かなぁ。中身がさんなんだもの、

普通気が付くよなぁ。」


 実際の所、気が付いているのは向坂健太、

君塚理恵、斎藤加奈子の三人だけで、母親で

ある七野祥子ですら気が付いていなかった。

母親は自分の息子が普段から「変な子」とし

か認識していなかった。違和感があったとし

ても、そんなことを息子がわざとやっている

としか思わないような母親だった。全部受け

入れてしまう、というところは母親似だった

のだ。別に息子が嫌いでもない。むしろ父親

が早くに亡くなっているので溺愛していると

言ってもいいくらいだ。だからこそ、息子の

変化は受け入れてしまうべき変化だった。


 それにしても、やることがなかった。暇す

ぎた。普段は絶対思わないだろうが、勉強し

たい、とすら思った。


「ここままだったら、嫌だなぁ。いつ元に戻

れるのかなぁ。せめてナイ君でも、戻ってき

てくれないかなぁ。加奈子と付き合いだして

まだ1回しかデートに行ってないものなぁ。

幼馴染なんで、ちょっと付き合っているって

言っても照れくさいしなぁ。2回目には手く

らい繋いでもいいよなぁ。1回目が遊園地っ

てベタだったかなぁ。次は映画でも行こうか

なぁ。中は暗いから、ちょっとくらいいいよ

なぁ。その先は、まあ、考えても仕方ないよ

なぁ。」


 頭の中の想像ですらブレーキがかかってし

まう純朴な少年なのだ。


「そういや、どっかで聞いたことあるな。

とかとか。ど

こだったっけ。ネットだな。なんかのサイト

だったな。う~ん、なんだったっけ。」


 勉強は苦手だが記憶力は人並み外れていい

方だったが、思い出せそうで思い出せなかっ

た。何かのきっかけがあれば。


「あっ、そうだ。TRPGにそんなのあった

よな。『の呼び声』だっけ。やっ

たことないけどルールブックみたいなものは

読んだことあるなぁ。誰かに借りた本だ。誰

だっけ。なんか強引に薦められた気がするな

ぁ。誰だったかな。あ、加奈子だ。確か、加

奈子の家に遊びに行ったとき、一回これを読

んでみて感想を聞かせて、とか言われて、な

んか中途半端に読んでいい加減な感想言った

ら怒られたんだった。興味を持ったなら、ま

だ読んでほしい本がたくさんあったのに、と

か言ってたなぁ。そんなこと今まで一回も言

ったことなかったのに、今思えば変だなぁ。

自分でも文章書くのが好きで将来の夢は小説

家だとか言ってたはずだよな。」


「たしか、そこに出てきた名前が

とかとか覚えにくい名

前だったなぁ。内容はどんなのだったっけ。

宇宙的恐怖とかなんとか。旧神と旧支配者と

の戦いがあって旧神が勝ったんで旧支配者た

ちが封印されたんだったっけ。なんでどっち

も『旧』が付くんだ?とか、負けたら死ぬん

じゃないの?とか思った記憶があるな。たし

って旧支配者の中心的存在じゃ

なかったっけ。だったら、この身体の人は結

構偉い人なんだ。ナイ君は封印されてないん

だから、格下なのかな。」


「誰が格下だ。」


 いきなり黒い塊が現れて人型に収束してい

った。だ。


「驚かさないでよ。いつも突然現れるんだか

ら。」


「今から出ます、といってヒュ~ドロドロと

でも音楽を流せとでもいうのか。」


「ヒュ~ドロドロって何?」


「いや、もういい。それより、何か変わった

ことはなかったか。」


「何もないよ~。ないから、もう退屈で退屈

で。やっぱスマホくらい欲しいなぁ。」


「そんなものがここで使える筈がないだろう

と前にも言ったはずだが。」


「それくらい覚えてるけど、ナイ君ならそれ

くらいなんとかなるんじゃないかなぁ、って

思ってさぁ。さんと同じくらいの

力を持っているのに封印されていない唯一の

存在なんでしょ?」


 七野修太郎は徐々に思い出していた。頭に

奥に仕舞っているだけで覚えているのだ。そ

れもかなり詳細に思い出しつつあった。


「今、格下だとか言っていたのは我の聞き違

いか?」


「いや、まあ、それはそんなことを言ってた

ら怒って戻ってきてくれるんじゃないかと思

ってさ。」


 修太郎としては後付けではあったが、いい

方に理由づけできた。


「まあ、いい。こちらの状況は特に進展はな

い。地球のお前の身体の方には別の者に付い

てもらってある。お前の周辺の者たちへの対

応のためにな。そして解決方法を探す方は、

さっきまで大図書館に居たのだが、

そこで会った地球人に頼んできた。あやつも

地球や宇宙の一大事だという共通認識をもっ

て探してくれている。何か見つかったら、す

ぐに対応できるよう、我はフリーで動けるこ

とにしたのだ。はやく解決しないと、もっと

重大な事態を招くとも限らん。とりあえず、

お前はここでじっとしておれ。」


「え~、まだここに居るの?ホントすること

なくて飽きたんだけど。」


「そんなことは知らん。我は今から地球に行

ってくる。何か希望はあるか?」


「特にないけどなぁ。ああ、もし加奈子に会

ったら『愛してるよ』って伝えておいて。」


「そんなことできるか!」


 そのまま黒い影となって消えてしまうナイ

君だった。

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