第1章 「北へ」
7月23日 出発
昨日、いやいや日付でいえば今日だ。昨晩の終電で帰宅し、起きたのが午前六時。酒が抜けているのかも分からない。僕は目覚ましを止めて枕元に置いてあった荷物一式を手に階下に下りた。
これからひと月、寝食を共にする相棒に下ろした荷物を積みあげてネットで留めた。下からテント、寝袋、着替えの順に乗せ、最後は雨具をネットに引っ掛ける。タンクバッグには日本全国の道路地図、ウエストバッグには財布とカメラ。これから長い長い旅になる。急な天候の変化はいつだって想定する必要がある。
目的地は、とりあえず北へ!大雑把だけど大平洋側を中心に。決めていたのはこれくらいだった。
スタート地点は兵庫県西宮市。大阪と神戸の間にある地方都市、西宮というよりは甲子園と言った方が分かりやすいか。ここに僕の自宅がある。ここをスタート地点としてこれから一ヶ月にわたる旅が始まる。
本当の目的地は、ここへ帰って来ることだ。何も小学校の遠足で先生が言うことを繰り返しているのではなくて、今回の旅で立てたお題は、
47全都道府県上陸
つまり、日本一周を敢行するのだ。なので目的地は「とりあえず北へ」と言ったのである。大雑把な計画では北海道へ行き、そこから沖縄へ。そして帰宅。具体的なルートは、ない。何度もシュミレーションしたけど予定通りになるはずがない。ひょっとしたら何かしらの不具合で途中離脱する可能性だって十分にある。そもそもええ加減な自分が計画に則って進められるはずがないので、決めたのはそれだけだった。
「ほな、行ってくるで」
「あんた、ホンマにいくんかいな」
見送りはオカンだけだった、日頃怠惰な生活をしている息子が冒険をすることを未だに信じていない様子だ。そんな事はいちいち気にせず僕は単車に跨がりアクセルを開いた。長い長い、そして日本の広さを実感する旅が始まった。
* * *
スタートは兵庫県西宮市、出発して10分ほどで甲子園球場の横を通り抜け、球場北沿いの国道43号線に入った。今は高校球児がここを目指して熱い青春を送っている。僕は今日からここを離れる。帰ってくる頃には夏の大会も終わっている頃だ。
単車は東へ。そのまま大阪府に入り、奈良県に突入。この辺の観光スポットはたくさんあるけど日帰りで何度も行ったので今回は素通り、旅はまだまだ先が長いのだから――。
峠を越えて三重県に入り、最初の観光スポット伊勢神宮に到達。
伊勢は六年生の時に修学旅行で行ったところだ。ニッポンの神社界の頂点がここにある。ベタではあるがここでお守りを購入、もちろん交通安全の。これからまだまだ続く長い旅、果たして効果はあるのだろうか?
そして国道号線を北上し昼下がりに名古屋に到達、昨日の酒と強烈な陽射しで体力の消耗が激しい。昨日までダラダラしていただけに無理もない。
「この先大丈夫なんやろか」と少し不安になりながらも本日の最終目的地、豊橋市に到着した時には陽はどっぷりと暮れていた。
豊橋には高校時分の同級生がこちらの大学に進学し、ここで下宿している。大学の正門で待ち合わせ、程なくして自転車に乗って友はやって来た――。高校を出て親元を離れ、一人で力強く生きている彼を見て、高校の時よりかなりたくましくなったように見える。この日は初日の環境の変化に適応するのにかなりの体力を消耗したが、友人に会えてずいぶん元気になった。
この日は近くのファミレスで食事をして、銭湯に行き、冷房のない下宿でちょうどその時やっていたオリンピックの柔道の試合を見ていたらいつの間にか眠っていた――。
* * *
本日到達した都道府県。
兵庫、大阪、奈良、三重、愛知
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