終末の世界で踊る猫
紫炎
一日目 猫はいつも通りに、にゃーと鳴いた。
そこにいるのは一匹の獣であった。周囲を機械に囲まれ、まるでバイクのような椅子に跨がっている四本足の獣。その名は……
『ミケ』
ミケである。
機械に仕掛けられたスピーカーからミケの飼い主の声がその場に響き渡る。ミケはにゃーと一度鳴いた後、首輪に繋がっている量子ケーブルを介して外部記憶装置と仮想人格AIモジュールを経由し自らの意志を合成音声へと変えて言葉を発した。
『何かなフラン?』
そのミケの声は、まだ声変わり前の少年のような声だった。そのミケの返事に飼い主であるフランは、おかしそうに笑いながらミケに質問をする。
『いえね。初陣に緊張はあるかと思って? バイタルモニターには変化は見えないようだけど、あなたにしか気付けない些細な問題があれば言って頂戴』
その問いにミケは考える。どうだろうか……と。それから特に己に変化はなく、毛並みもいつも通りだと確認をするとまた合成音声でフランへと返事をする。
『さてね。多分問題はないと思けど、僕には周囲のモニタに映っている光景が訓練用の仮想空間なのか、本当に現実のものなのかを知るすべがないからね。もしかしたら、まだテストの延長線上なんじゃないかとすら思っているよ』
ミケは実際にそうしたテストも受けている。或いはテストと思っていた戦場が実は本物であった可能性もあるのではないかと少しばかり疑念もあったが、どうであれミケにはどうでも良いことでもあった。
『そうね。ご不満?』
『いいやフラン、特には。君がなぜ笑っているのかが多少気になるぐらいだよ』
そう、先ほどから彼女は笑っていた。戦場には似つかわしくない、軽くて明るい笑いがミケのいる機械に囲まれた空間内に響き渡っている。
『ちょっと嬉しいだけよ。久しぶりなんだもの。あなたとのおしゃべりは』
『そういうものかな。僕としては君に抱き抱えてもらえない現在は少しばかり寂しい気もするけど』
人間ならば肩をすくめていたのでは? というようなミケの返しにフランの笑い声が止まる。その反応にミケはわずかばかり失敗したか……とも思ったが後の祭りである。その願いはもう叶わないことだった。だから、少ししんみりさせてしまったのかもしれないと考えたミケは話を切り替えることにした。
『そんなことよりもフラン、そろそろお仕事の時間じゃないかい? 少し早いかもしれないけどちゃんと僕をエスコートしてくれるよね?』
『え、ええ。もちろんよ。それじゃあ状況を報告するわ』
ミケの問いに、再びフランの明るい声が響き渡る。それからコホンと咳払いをした後、フランはまじめな顔になって、目の前の端末を見ながら口を開く。
『ミケ、これからあなたが向かう先にあるのは日本領内のサイタマKLT要塞よ』
その言葉と共にミケの前のモニタにサイタマKLT要塞の映像が表示される。威圧感のある分厚い壁に何十門という砲台が設置されているのがミケにも確認できた。
『トーキョーコロニー陥落後における
『いまさらこの僻地で、どうこうしようが戦況に変化はないと思うけどね』
そう返すミケの言葉にフランが『まあ、そうね』と肯定の返事をする。
『本来であれば無視して通り抜けても良いのだけれど、今回はその機体の試運転とデモンストレーションのための作戦なのよ。目的は要塞の破壊のみ。今回の装備使用解放はレベルC2までで戦闘内容については一任するわ』
『人任せ、いや猫任せかな。けどC2とは結構制限がきついんじゃないかな?』
にゃーという鳴き声も併せて響いた。そのミケの訴えにフランが少しばかりすまなそうな顔をしてから言葉を返す。
『確かにかなり制限があるけど、今回程度の作戦で機体の戦術パターンを見破られたくないというのが上の意向にあるのよ。もっともそれでも勝てるという見込みがあっての話だから我慢してくれる?』
『なるほどね。フラストレーションは溜まりそうだけど、次戦まで我慢するよ。あっと、それでレーダーに映っている青い光点は味方のようだけどこちらはどうするんだい?』
それは
『彼らに対してのプライオリティは低いわ。助ける必要はないし邪魔なら纏めて潰してしまっても構わない。前線の人間には罪はないけれど、功を焦った結果が現在の状況なのだから自分の世話ぐらいは自分でしてもらわないとね』
『了解。それじゃあ気にせずに戦うとするよ』
ミケは面倒なことを考えずに済みそうだとにゃーと鳴くと後ろ足でリアフットペダルを踏んだ。
そしてミケの乗っている機械の乗り物が加速していく。その乗り物は猫一匹が動かすにしては非常に大きい体躯であった。また外見は翼の生えた巨大な四本足の獣のようであった。
それがキベルテネス級獣型兵器『ビースト』と呼ばれる、かつて
それは地上人類を支配し、コロニーの中で安穏とした生を過ごす
『それじゃあ作戦開始。頑張って』
そのフランの言葉と共にミケは『ビースト』を戦闘状態へと移行させる。小型アイテール変換炉を36パーセント解放させ、アイテール粒子を周囲に解き放つ。
また、すでにミケの意識はその肉の中だけに留まってはいなかった。首輪から接続されている量子コードを通し、外部記憶装置、仮想人格AIモジュール、戦術AIモジュール、キベルテネス制御プロトコル等といったものとミケはリンクし、事実としてこの機械の身体と一体化している。
実のところ操作するのが猫である意味も、人である意味もそれほどはないのだ。目的に従って選択肢を用意し、それを選択するというのがミケというパイロットに課せられた役割であった。
そうしてミケと一体となった『ビースト』は戦場を飛んでいく。その過程で戦況を解析し、サムライ支部の兵たちと
その状況を見れば、どちらもお粗末なものであると結論付けられる。フランの言葉通りに確かに敵の戦力は大したものではないのがミケにも理解できた。制限があろうともまったく問題はないだろうと考えた。
『なんだ。あれは?』
『……まさか機動兵器か』
『前時代の遺物が。いまさらあんなものが通用するかよ』
戦場の中でやり取りされる音声を『ビースト』は受け取りそれらをピックアップしてミケに伝えていく。その大部分はAIによって情報分析され、戦略要素に組み込まれていく。ミケが耳にするのはその中でも漠然とした内容だが、周辺の状況を把握するに適したものが選別されて伝えられているわけだ。
そしてミケがにゃーと鳴いた。笑ったのだ。
確かにミケが乗っているのは百年前の遺物に等しい。『機械種』なる航宙兵器の出現によって
しかしこの場の敵が所有する兵器はさらに世代を戻したもの。つまりは戦闘機と戦車の編隊に固定砲台があるだけであった。それはかつて戦後条約に沿って用意された、敵など存在しないことを前提とした脆弱な装備だ。故に敵の『考え違い』をミケは純粋に笑っていた。
『着弾。弾かれました』
『馬鹿なッ』
ほれ見ろとミケは思う。すでに地上では失われた技術である小型アイテール変換炉は『ビースト』周辺にアイテール粒子を介して多層ディストーションフィルターを常時展開させている。通常兵器ではよほど攻撃を集中させなければ通すことはできないその不可視の壁を彼らは知らない。
故に勝負にすらならないとミケは悟った。
戦闘開始。ミケは後ろ足でリアフットペダルを器用に動かしながら『ビースト』を駆って戦場を走り抜けていく。
侵攻上にも味方のシグナルが出ていようがフランの言葉に従ってミケは無視した。敵の攻撃に対して発せられる最適解に従ってミケは味方諸共敵を踏み潰し、固定砲台を取り付いている兵がいようと気に留めることなく
あまりの他愛もなさにミケは拍子抜けした。思わずにゃーと鳴いてしまうほどに、ソレは簡単な仕事であった。
『来ました。最短距離で突撃してきます』
『進路上の砲台はすべて沈黙。敵の侵攻を止められません』
『馬鹿な。このサイタマKLTが
そう口にした司令官のいる司令塔の前に『ビースト』は取り付いた。そして中を覗きながら『その言葉は差別用語で、私は猫だ』とミケは心の中で思ったが、それを合成音声で相手に発することはなかった。その代わりにミケは
それから要塞内部のカメラをハッキングして戦果を確認したミケは作戦目標をクリアしたことをフランに告げるとその戦場を後にした。
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