第2話弟

「颯太君だっけ?ちょっといい?」

とあつこは颯太に声を掛けた。


「はい。良いですけど。どうしたんですか?」


「うん。さっきから気になっていたんだけど、言うね。」


「はい。」


あつこは一度軽く息を吸ってから話し出した。

「颯太君、弟いなかった?2歳下の……」


「弟ですか?居ませんよ。姉が一人いるだけです。」


「やっぱりそうかぁ……。どうしようかなぁ……。」

占い師戻ったあつこは言おうか言うまいか少し悩んでいたが、やはりいう事にした。

「間違いなく、颯太君には弟が居たわ。それも2つ違いの。でも生まれてすぐに亡くなっているわ。覚えていない?」


「2つ違いって……僕が2歳ぐらいの時にですかぁ……そんな記憶はないです。」

颯太は否定した。本当に颯太には弟が居た記憶がない。

そんな事実があったとしても2歳では覚えていない。


「本当は迷ったんだけどね。もしかしたらご両親が隠しているのかとも考えたんだけど、そうでもないみたいだし……それにね。その弟があなたの左肩の上で怒っているわ。」


「え?そうなんですか?怒っているって……なんで?」

颯太は気味が悪そうに自分の左肩を見た。


「それはね。家族のみんなが自分の事を忘れているから……。颯太君も家族に忘れられたら寂しいでしょ?」


「そりゃそうですけど……弟が居たらの話ですよね」


周平が口をはさんだ。

「颯太、家に電話してお母さんに聞いてみたらどう?それの方がはっきりするだろう?」


「そうだな。ちょっと電話してみる」

というと颯太は携帯電話をディバックから取り出して、家にかけた。




「あ、かあさん。俺、颯太。あのさ、ちょっと聞きたい事があったんだけど、俺にさぁ、弟なんていなかったよねえ?」


母親は間髪入れずに応えた。

「いたよ。」


「え?」


「あんたの2つ下で生まれてすぐに亡くなった健太っていう弟が居たよ。それがどうしたの?」


「え……居たんだあ……弟……」


「颯太、だからそれがどうかしたの?」


「いや、家に帰ったらまた話をするよ。じゃあ」

と颯太は電話を切った。


「いましたわ」


「でしょう。だってそこにいるんだもん。」

占い師あつこは霊能力者あつこになって、颯太の左肩を指さした。


周平が

「すご~」と驚きながら颯太の左肩の上の方の空間を見た。

「本当に鳥肌たったわ。颯太、本当に弟がいたんだ」

「いたわ~驚いたわ~」


「あつこ先生、どうすれば良いんでしょうか?この悪霊を退散するにはどうすれば良いのでしょうか?」と颯太は霊媒師あつこにすがりついた。


あつこは笑いながら

「悪霊ではないわ。そんなこと言ったらもっと怒るわよ。弟君。家に仏壇とかある?」


「あります」


「じゃあ、毎日手を合わせて弟さんの事を思い出してあげてね。それだけで十分。」


颯太は安心した顔になって

「それだけで良いんですか?悪霊退散の祈祷とかしなくて良いんですか?」


「だから悪霊じゃないってば」とあつこはまた笑いながら応えた。


周平が感心したように呟いた。

「本当に見えていたんだ・・・あつこ先生凄いなあ……」


「なんだぁ?周平君は疑っていたのかねえ。私の力を……」

「いえ、そういう訳ではないんですが……これからはなんでも信じます」

焦りながら周平は答えた。


「ところで、ちょっと聞きたいんだけど、颯太君は子供の時からこういう経験はしなかったかな?」

とあつこは語り出した。


「例えば何かをしている時……う~ん。誰かにいたずらとかしている時に何か別の自分が頭の中で「やめなさい」とか言っている感じみたいな事は無かった?」


颯太は驚いたような顔をして

「あります。あります。小学校の時も友達と喧嘩している最中に『これ以上やったらダメだよ』とか『そんな事で怒る事じゃないだろう』とかいつも冷静な僕の声が聞こえるので不思議でした。喧嘩の最中に頭に血が上っているのに……僕は二重人格者かって思った事が何度もあります。」


「それは全部、弟さんの声ね。颯太君はちゃんと弟さんの声が聞こえていたんだよ。なのに存在を忘れていた……そういう事ね」


颯太は長年の不思議だった事が解けてホッとした様だったが、予想もしていなかった展開に思ったように声が出ない。

「そうかぁ、あれはみんな健太の声だったのかぁ……」


「あつこさん。どうして2歳違いっていうのも分かったんですか?弟は赤ん坊で死んだんでしょ?」

「亡くなってからも成長はするのよ。今の弟さんの姿は颯太君の2歳年下に見えたし、そっくりよ。」

「え?死んでからも成長するんですか……スゲ~。」

颯太は声を上げて驚いた。


「そう、意識は死んでからも成長する。その意思の赴くままに……。だから亡くなる時に変な執念や怨念残すとそれも成長するのよね~」


「げ~。最低だなぁ」「本当に……」2人は本気で気味悪がった。


あつこはその様子を黙って見ていたが、颯太に

「暫くして気になる事があったらまた来るのよ。お金は良いから」

と言った。

「何か起きるんですか?」

「それは分からないわ。多分何も起きないと思うけど、もしかしたら……という事で。絶対よ。」


「分かりました。」と颯太は応えた。


すると周平が

「どうせ暇なんで春休み中にまた遊びに来ても良いですか?」と尋ねた。

「良いわよ。遠慮なく来てちょうだい。どうせ暇だし」

と占い師あつこは笑って言った。


「あ、そうだ、貰いもののケーキがあるんだけど食べる?珈琲も入れてあげるから」

あつこは急に思い出したように言うとブースの外へ出て行った。


ブースに残された2人は今起きた出来事に呆然として、あつこさんの帰りを待っていた。

しばらくするとあつこはお盆にケーキを3つ乗せて帰ってきた。

「ごめんね。ここに冷蔵庫ないから」


霊媒師あつこはケーキ屋あつこに変わった。


どうやら占い師あつこはこの2人が気に入ったようだ。勿論、この2人もあつこの事を気に入った。


ケーキを食べながらもあつこは颯太に

「ちゃんと家に帰ったら仏壇に手を合わすのよ」と注意していた。

「はい。ちゃんと手を合わせます。南妙法蓮華経と唱えます」

「あ、それは良いわね。ちゃんとお題目を上げてね」

「はい」

周平が

「本当に弟がいたとはねえ……なんかスゲ~不思議なもん見た感じがするわ」と言った。

「いや、俺もまだ信じられんわ。

でも本当に霊が見えるんですねえ……いつから見えているんですか?」と颯太があつこに聞いた。


「そうねえ……気が付いたら見えていたわ。ちゃんとその事に理解と分別が付くようになったのは小学校に入ってからかな」


「そうなんだぁ……じゃあ、昔から占いなんかしていたんですか?」周平がケーキをフォークで切りながら聞いた。

「占いを始めたのは1年ぐらい前からかな。それまでは普通にOLしていたわ。」


「そんな霊が見え居るOLは普通のOLとは言わんけどな」と颯太が突っ込みを入れた。


あつこは笑いながら

「そうよねえ……でも、もう慣れたから意識しないで生活していたんだけど、ある日、夜寝ていたらね、なんか沢山の妖精みたいな霊が部屋に押し寄せてきてびっくりしたの」


「げげ!それってびっくりで済むレベルの話か?俺だったらそれだけで2回死ねるわ」と周平がおどけて応えた。


「でね、その妖精たちが『あなたにはあなたしか出来ない事があるでしょ。それをやりなさい』っていうのよ。で、思い当たる節もなくも無かったので占い師を始める事にしたの」

あつこはそう語ると珈琲を飲んだ。


「ここのケーキは美味しいでしょ。仲の良い占い師さんが良くお土産にくれるの」

「はい。美味しいです。」周平と颯太はケーキを美味しそうに食べていた。


颯太がケーキ皿を置いて尋ねた。

「あつこさんって霊感占いしかしないんですか?」


「あら、やっぱり颯太君は勘が良いわね。タロットも四柱推命もするわ。さっき思い当たる節があったっていうのは元々占い好きだったっていう事よ。でもそれが本業になるとは思わなかったわ。」


「そうそう、こいつ変に勘だけは良いんですよ。テスト前のヤマ勘も良く当たるし、それがこの前の大学受験に如何なく発揮されてたいたからなあ」と言うと周平は残りのケーキを一口で食べた。


「そう言われてみればそうかも」

颯太は初めて自分の勘の良さに気が付いた。


「もしかしてこれって弟の力?とか……」

恐るおそる颯太はあつこに聞いた。


「多分ね。でも元々颯太君自身も勘が良いというか鋭いタイプみたいね。」


「そうなんですか?」


「……って弟さんも言っているわ」

あつこさんはそう言うとニッと少し不気味で色っぽっく笑った。

おかっぱ頭にそれは似合わないな……と颯太は思った。


「タロット占いとか四柱推命とかは、いつやるんですか?霊感占いだけで充分じゃないんですかぁ?」


「だいたい霊感占いで分かるけど、多面的に見た方がより確実だったりするでしょ?それに霊感占いだけでは分からない時もあるしね」


「へ~そうなんだぁ」


「じゃあちょっとタロットも占ってあげましょうか?」

ケーキを食べ終わったあつこはタロット占い師になった。


「同じ質問で良いわね」

周平は黙って頷いた。


あつこさんはタロットカードを取り出して軽く切った。

それを周平に渡して切らせた。


受けとたタロットカードをテーブルの上にクロスに並べて最後にその横に縦に4枚置いた。

「これね。ケルトクロススプレッドっていうのよ。結構有名な方法ね」

あつこさんは単なるタロット好きのお姉さんにしか見えなくなっていた。

でも2人は神妙に聞き入っていた。



「う~ん。本当に勉強が嫌いみたいね。」と笑った。

「でも、頭は悪くないからやればそこそこいい大学行けそうなんだけど、この長続きしない性格がねえ…ダメねぇ……」

と周平の性格を当てていく。


それを聞いていた颯太は

「凄い。本当に当たっている。」と思わず口をついて出てしまった。

「うるさいわ」と周平が応える。


「周りの環境も勉強をする環境とは言いにくい感じだったのね。」

「ああ、家は商売されているのね。だから手伝いに駆り出されるのかぁ」


「ええ?そんな事もタロットで分かるんですか?」

周平は驚いたように声を上げた。

周平の家は外人向けのグロサリーなので忙しい時は周平が単車で配達に回ったりしていた。


「今のは周平君の背後霊に聞いたのよ」とあつこは笑って答えた。


「便利だなあ……」と2人は同時に感心した。

「浪人してもその環境は変わらないかもね。それに、それを言い訳にして今まで勉強をサボっていたって言っているわ」


「ですね」と颯太が呟いた。

「確かに……」と周平も認めた。


「やっぱり、タロットでも浪人するのは時間とお金の無駄と言ってるみたいね」とあつこは答えた。


「分かりました。ありがとうございます。すっきりしました。自分でも浪人して頑張れる自信が無かったので踏ん切りがつきました。」と周平はお礼を言った。


「いえいえ。ごめんね。きつい事言ったみたいで。」あつこはちょっと気になって謝った。


「大丈夫ですよ。また来ます。」

そういうと周平は立ち上がった。それを見て颯太も慌てて立ち上がった。


「またね。」


「はい。また来ます。ケーキご馳走様でした」

と言ってブースを出ようとした颯太に、

「もしか何か違和感を感じるような事があったらすぐに気ないさね」

とあつこは声を掛けた。


「は~い」と颯太は笑いながら応えた。





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