幕間ノ1 ドクターズストレンジラブ・1

精霊。それはマナを操り、人を超えた力を起こす存在。

 精霊石の姿として、この世界に現れるが、そのままでは力を振るう事は出来なかった。

 必要なのは、二つの契約。

 一つが、精霊と精神や意思を交わらせる『精霊師』との契約。

 普通の精霊は、これを行わなければ術を扱う事が出来ない。術を扱えなければ、姿を現すことすら出来ないのだ。

 しかし、これだけを行っても、そのままでは扱えるマナは極めて微量。

 扱えるマナを増やすために、この世界にある物体を『宿主』とする。

 それが二つ目の契約だった。

 この二つが行われて初めて、精霊は術を使う事が出来た。

 精霊の術を操る精霊師は、強大な力を持つ。

 一人の精霊師は百人の兵隊に匹敵すると言われる程だ。

 だが、その力を発揮するのは、何も戦場だけではない。

 それは、古くから人々の生活に深く根ざしていた。

 近年は、精霊師の数も増えたことにより、日常で彼らの力を見る事は珍しくなかった。

 一人の精霊師が百人に匹敵する。それはどこでも変わらないことであった。

 戦場以外での彼らを見る上で、特に大事なのは、精霊石の色だ。

 精霊石には、『精霊五原色』と言われる五つの色分けがあり、その色によって出来る事は変わっていた。

 おうは電気を操る存在。

 青は冷気を操る存在。

 赤は熱気を操る存在。

 土は力を奪う存在。

 緑は力を与える存在。

 術者がいかなる特性を伸ばそうとも、この大原則から外れた精霊術はありえない。

 故に、契約を結んだ精霊石の色によって、つける職も決まってくるのだ。

 たとえば、緑。

 力を与える存在である緑は、純粋なる力を放出により、衝撃や風を巻き起こす事が出来る。特別調査官クリエンテのエリ・キウレスレキンが契約した緑の精霊は、この力に特化させていた。

 しかし緑の精霊石にはもう一つの力がある。

 それは、生命に直接、活力を与えるものだ。

 この力は、作物や家畜を使う際に重宝される。作物は実り多く、家畜は元気に育っていく。彼らがいるかいないかで、収穫の量が大きく変わってくる。不作知らずとまではいかないが、増えた人口を支える重要な存在であった。

 彼らの姿はそのような農村だけでなく、街の中でも見かける事が出来る。

 街の中での緑の精霊石を持つ者。それは大半の場合、医者であった。

 傷の回復を早めて、肉体の衰弱した者の肉体に活力を与え、恋路に弱る乙女の心を支える。

『精霊術式自然治癒活力活性医師』と言う名があったが、そのような長い名前などイチイチ覚えている人は稀であった。そして覚えてる者の中でも、その名で呼ぶのは皆無。市民の間では、彼らの精霊と、目印として付けている緑色の蝶ネクタイから、『緑医者』と言われていた。

 そんな精霊術式自然治癒活力活性医師、もとい緑医者の一人に、ファルメロ・ファーゴと言う者があった。

 アルクオーレ王国、首都ランフォーリャの新市街。その東側に看板を構えていたのはこの中年男。立派な口髭と綺麗に整えられた短めの髪の毛は、お気に入りの床屋で調髪したもので、彼は自らの理想とする形を保ち続ける為に、三日に一度は床屋に通っていた。

 立派な黒いスーツを着込み、彼の身分を知らせる蝶ネクタイは美しいエメラルド色をして、首元で立派に威張り散らしていた。

 髭は少々伸ばし過ぎにも見えるが、それは彼のコンプレックスである高すぎる鼻を少しでも誤魔化す為であった。

 その厳格な恰好に似合い、冷静な性格をしている彼は、時に冷た過ぎると思われる事もあるが、その性格が人々を安心させるのもまた事実であった。

 鞄も立派な仕立て品。そんな姿はまさしく、彼が金も身分も持っていることを示していた。

 実際、精霊師であり、立派な医者である彼の儲けはかなりのものであった。腕前も評判で、ワザワザ遠くから診断に来る地位の高い物もいるほどだ。

 ある者は、彼ほどの男がなぜ、裕福な者がいるような場所ではない新市街の東側に居を構えているか不思議がる。またある者は、貧しい者に対しては安い値で診療する彼の良心を褒めちぎる。

 またある者は、あいつは単なる虚栄心の強いアホで、意地を張り合っている結果、あそこから出られなくなっただけだと言う。

 そんな彼が今いるのは、『デ・スカッピ』と呼ばれる食堂。その二階の部屋の一つであった。

 部屋は掃除が行き届いているようだが、質素で古めかしい。この中で立派と言える現在は自分だけだな、とフェルメロは顔には出さすに考えていた。

 ファルメロは、ベッドに腰かけている一人の青年を視終わった所であった。彼は脇腹に大きな切り傷を負っており、その診断にやってきたのだ。

 彼は例え貧困層の貧乏人を見る時でも、立派な地位にいる人間を相手にする時と同じ様に、身を整え、同じ道具を完備していた。最も今は相棒であり、大事な仕事道具である精霊石のついた小刀は、患者の希望で置いて来ていた。

 ファルメロにすれば、精霊の力を抜きにしても自分の医者の腕には自信があるので、呼ばれた事は結構。問題ない。だが何故に精霊の携帯を拒否するか。まあ、貧民と言うのは得てして無学である。精霊にあらぬ恐怖心を抱く変わり者なのであろう。

 変わり者と言えば、彼の依頼を引き受けることになった流れが、少々変わっていた。

 この依頼を頼んできたのは、そもそもはある紳士であった。紳士は、とある傷ついた青年を視て欲しいと言った。大変立派な身なりをしておるが、ファルメロの様に着慣れておらず、服に着られているようにも見えた。その肉体は服の上からでもがっちりとしているのがわかり、まるで軍隊か、フォルテにでも所属しているのではないかと思えるほどだ。

 しかもいざ指定された場所に来て見ると、その紳士とはまるで関係が思い浮かばないような小さな食堂であった。その紳士の姿はなく、ファルメロは不審がったが、まあ、前払いで金も貰ったし、深く聞こうとも思わなかった。

 しかしファルメロでも推測は出来る。

 この青年は切り傷を負っていた。と言う事は、恐らくあの紳士とこの青年が酒の勢いで喧嘩してしまい、その時にナイフでも使ったという訳だ。

 酔いが冷めて喧嘩相手を傷つけてしまった事に気がつき、お詫びとして私の元に尋ねてきた。

 完璧な推理である。

 しかし、態々私を呼ぶほどでもない。確かに深く傷ついているようにも見えるが、傷はすでにかなり良くなっていたからだ。

「え、マジっすか?」

 と、ファルメロの言葉を聞いた青年は驚いていた。

「ああ、この調子ならじっとしていれば、二週間で傷も閉じるだろ」

「早くないですか? 結構深かったですよ」

「私の精霊を使えば、あと一週間で治せるが?」

「あ、それはいいです……」

 やはり拒否する。精霊に恐怖心を抱いているとは、若いくせに思考は古いタイプのようだ。

 見終わって、部屋を出る。ファルメロが階段を降りたところのテーブルで、銀色の髪をした一人の若い女が座っていた。

「なんだ、あ奴の診断は終わったのか?」

「ええ、大丈夫。すぐに良くなりますよ」

「そうか、御苦労だ」

 なーにが御苦労だ。医者に対してそのような態度をとるとは。客は、ファルメロに対しては基本的に恭しく接してくるものだ。なんと言っても医者なのだから。だが中にはこのように無駄に偉そうな者もいる。そのような態度をとらせるのも、ひとえに無知と生まれのせいだろう。貧民に生まれた者は自分が貧乏だというのに、まるで自らが王か何かのようにふるまう輩もいる。きっと彼女もそのたぐいなのだろう。

 真に高貴な生まれならこうはいかない。生まれが高貴ならば、たとえ貧民に落ちてもこのような態度は絶対にとらないものである。

 ああ、生まればかりはどうしようもない。先ほどの銀の髪の女性を憂いながら、食堂を抜けて、ファルメロは店を出るのだった。

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