後悔と自己嫌悪
身体がやけに重く、そして怠い。そんな感想と共にユレンは意識を取り戻した。
「……ん……」
思い瞼を開け、ユレンは視界を明るくする。
頭の下には枕、そして布団が首から下に掛かっており、ベッドに横になっている事が感触から窺う事が出来た。
そして目の前には雲一つない星空が広がっている。遮るものが一つもない夜空にまばらに煌めく星は何処か物憂げで、切ないように見えてしまう。
それを眺めているだけで、ユレンの心は段々と締め付けられていく。
自分がどうして無事なのか?
自分がどうして生きているのか?
そのような疑問も当然湧き起こってくる。
しかし、それよりも強く心を締め付けるのは後悔と……自己嫌悪。
ユレンは自分の生まれ育った村を救う事は出来た。家族は全員無事で、畑は荒らされてしまったが世界が平穏を取り戻せばまた村人総出でアレハニンジンが育てていくだろう。
シューリン王国城下街にて虚ろの者の襲撃を受けた旅の一座【イルシオン】も無事……とは言えなかったが、ユレンが彼等を見付けた時点で死者はいなかった。ただ、それでもシーンを始めとした虚ろの者と戦闘を繰り広げた者は決して無視できない傷を負ってしまった。それでも命があっただけでも儲けものだ。
しかし、一座の者達の顔は暗かった。何せ、魔法を使える団員が全員虚ろの者に連れ去られてしまったのだから。虚ろの者の住まう虚空へと行く事の出来ない彼等はただただ仲間の無事を祈るだけしか出来ず、己の無力さに歯痒い思いをしていた。
ユレンは、彼等の代表として、仲間の一人として、絶対に一座の仲間を救い出す事を約束した。
その約束は……果たされる事はなかった。
仲間を探しながらもユレンが剣に力を三つ取り戻させた時、虚ろの者が奇怪な姿をしたものを携えて世界に降り立ち始めたのだ。
それは、虚ろの者のように銀色で無機質な肉体と、生き物と同じように張りのある有機質な肉体を混ぜ合わせた生理的な嫌悪感を催すものだった。しかし、実際には嫌悪感よりも驚愕の方が大きかったのだ。
何せ、その顔はヒトのものだったのだ。そこだけは虚ろの者の要素は全くなく、顔だけを見ればヒトだと認識出来る程に。
その顔は苦悶に満ち溢れ、涙を流し、己の身に降りかかった不幸を嘆いていた。
そして、その異形は誰も彼もがこう叫んでいた。
助けてくれ、と。
殺してくれ、と。
それは、ヒトが作り変えられてしまった存在だったのだ。
元となったヒトの事を知っている者が知人の変わり果てた姿を見て、絶叫し、涙した。
異形と成り果てたとしてもヒトの心を持っており、それでも虚ろの者に逆らう事が出来ない。先兵として酷使され、己の意思とは無関係に無理矢理ヒトを攻撃していった。
彼等を元に戻す術はなかった。彼等を解放する術は、殺す事しかなかった。
故に、ユレンは心を殺して、彼等の願いを聞き届け、彼等に安らぎを与える為に死へと導いた。
異形の出現により、ヒトの心に暗雲が立ち込めた。それは、ユレンにも覆い被さってきた。
異形と会いまみえる度に、一座の仲間は無事なのか? レイディアは無事なのか? 言い知れぬ不安がユレンの心を包み込んでいった。
ユレンの心を覆っていた不安は、一気に絶望へと塗り替えられた。
奇しくも、場所はシューリン王国城下街の劇場。ユレンは魔法を扱える新種の虚ろの者を追って虚空を駆け抜け、そこへと降り立った。
そこで、魔法を扱えるようになった虚ろの者が、異形を従えて待ち構えていた。
その異形は全員、一座の仲間であった。
変わり果てた、共に笑い、共に騒いだ仲間達。
その中に、レイディアの姿もあった。
ユレンの視界は一瞬で狭くなり、現実を否定しようとした。
しかし、次々と聞こえてくる、耳に慣れた彼等の声が鼓膜に響くと否が応でも認識するしかなかった。これは、現実であると。
ユレンは、どうしても剣を振るう事が出来なかった。
一座の仲間を、その手にかけたくなかった。
今まで、心を殺しながら異形にされた者達を死へと導いてきたが、今度ばかりは意識せざるを得なかった。
どうにかして救う事は出来ないか? 無理だと分かっていてもそう考えてしまう。
悪い言い方をすれば、他人だったからこそ、剣を振るって切れたのだろう。それでも死へと導いた後はユレンは懺悔を繰り返し、平穏を祈っていた。
目の前にいる異形は他人ではなく、仲間。苦楽を共にしてきた者達だ。
殺したくない。心の底からそう思ってしまった。何人も切って死へと導いてきた者が何を今更。そう思う者が多くいるだろうが、彼とてまだ二十にも満たない子供だ。心は弱く、そして風に吹かれる葉の如く揺れ動きやすい。
そんなユレンの葛藤を、仲間はしっかりと感じ取っていた。
そして、一座の仲間の誰も彼もがユレンに語り掛けて行った。
俺達を助けようと思わなくていい。
一思いに殺してくれ。
私達の事を、まだ仲間だと思ってくれてるなら、私達の願いを訊いてくれ。
自分が助かる事はないと分かっており、虚ろの者の言いなりになってユレンに攻撃を仕掛ける事がとてつもなく苦痛であった。
故に、ユレンを傷付けさせない為にも、彼が存分に力を振るえるようにと、彼等は自らの死を懇願した。
それは、レイディアも同じだった。
「ユレン……お願い。私は、これ以上ユレンを、傷付けたくない……。もう、ヒトの姿に戻る事はないって、分かってるの。このままじゃ、姿だけじゃなくて、心までヒトじゃなくなっちゃう。…………お願い、まだ、ヒトの心が残っているうちに、殺して」
涙を流しながら、切実に彼に訴えたレイディア。
ユレンは、涙で視界を濡らしながら、仲間を――二年も一緒に過ごした【イルシオン】の仲間達を切り伏せてその魂を死へと導いて行った。
身体が風化する寸前に、口々にユレンへと感謝の言葉と、決して気にする必要はない事を告げて行った。
「ありがと、ユレン……。生まれ変わったら、また、一緒に、お芝居しよう、ね……」
消えゆくレイディアの言葉は、ユレンの胸に深く突き刺さった。
魔法を扱える虚ろの者も倒したユレンは、その後人が変わったかのように虚ろの者達を屠って行った。
その一撃には慈悲の欠片はなく、あるのは怨恨。虚ろの者達によって命を散らしていった者達の怨みを乗せて、彼奴等に異形へと姿を変えられてしまった者達の恨みを乗せて。
躊躇い無く、容赦なく、まるで決められた動作を続けるようにユレンは虚ろの者達を屠って行った。
そして、剣に力が全て戻り、支配者と相対した。
支配者は長い時を掛けて体を再構築して再び舞い戻って来た。
支配者がこの世界に侵攻しようと思わなければ、このような悲劇は起きなかった。
全ての元凶にして原因。
ユレンの中には怒りしか湧いてこなかった。
こいつだけは絶対に許してはならない。二度と復活できないように殺し尽くさなければならない。
どす黒い感情がユレンの心を染め上げ、真面な思考も出来ぬ状態で支配者へと切り掛かって行った。
その結果は、惨敗だ。
為す術もなく、ユレンは腹に穴を穿たれて瀕死の重傷を負った。そして、逃げる為の時間を稼ぐ為にルァーオがその場に留まってしまった。
あの時、怒りで我を忘れずに立ち向かっていたならば。いや、そもそも力量差をきちんと見極めて逃げの一手に踏み切れていたらここまでの重傷は負わず、尚且つルァーオも無事だっただろう。
全ては自分が招いてしまったもの。
その事に対して後悔が溢れ出し、レイディア達の敵が取れなかった事に対して、ユレンは自己嫌悪に陥る。
「…………くそ……くそっ」
ユレンは右手で自身の顔を覆う。その隙間からは涙が投げれ出て枕を濡らしていく。
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