第25話 九条、眞志喜と世間話をする

「退屈だな…」


俺は今、秋葉原へ向かうべく電車で移動をしているわけだが正直飽きた。

ここ最近は移動販売とダンジョン攻略を毎日のように行ってきたのでこうやってのんびりとするのは随分久しぶりのことだった。

毎度のことながら東京23区である秋葉原への移動は1時間以上かかる為飽きてしまった俺は、この数日間のことについて思い出した。独り言みたいなもんだ気にするな。


2階層での罠に嵌ってからの激闘から数日。

ダンジョン攻略は以前とは比べ物にならない程、安定していた。

レベルが8に上がったことも理由としてはあるが一番はスキルを覚えたことだ。

コアはスキル【光魔法】を習得し元々持っていたスキル【探査】による斥候役に加え、後衛からの攻撃もできるようになり戦闘でのバックアップをしてもらえるようになった。

そして俺もスキル【闘気】を覚えたことにより戦闘力が倍増している。このスキルは蒼い闘気を纏うことにより肉体強化ができるのだがその強化具合が凄まじかった。

何せこのスキルを使うと素手で石を砕いたり、蹴りで地面が陥没させることができるくらいだ。

地球の常識に照らし合わせても人間レベルの強度ではないだろう。しかもどうやら上手く使いこなせていないことが自分の感覚的として分かっている。これから更に強化できる可能性が残っているというのだから相当に優れたスキルだと思う。


だが、このスキル【闘気】は強力な反面どうにも扱いに困るところもあって先日、メイスを誤って壁にぶつけた際に曲がってしまった。あの時は随分と焦ったな。壁に打ち付けた衝撃で腕が痺れて影戦士の攻撃に対処できなかった。咄嗟にコアに【光魔法】でフォローしてもらって事なきを得たことだが。

そういうことで山刀に続いてメイスを失った俺は溜まった魔石の売却も兼ねて【古今戦術武器商店】に向かうことにした。ついでにメイスの処分も頼むつもりだ。武器をモンスターが手に取る可能性もあるのでダンジョンに放置しておきたくなかったし、家にも置いておきたくなかったので処分してくれないか電話で確認したところ処分をしてくれるということだったのでお願いすることにした。

今は魔石と共に収納の指輪に納めている。


この収納の指輪はやはりチートアイテムだった。

中に入れられるアイテムは生物は不可能だったが道具なら大きさ関係なく収納できる。


これはコアを試しに入れてみようとしたらできなかったことで判明した。

「実験台はいやぁぁぁああ!」とマジ泣きされた。検証には実験がつきものなんだと説明したが「それにしてもサラッと実験台にしましたよね!?全くためらいがなかったですよね!?あれですか?やっぱり私便利道具扱いなんですか!?」と突っ込まれた。俺も悪かったとは思うがこうなったコアはちょっと面倒だと思うのは俺の心の中だけにしまっておこう。知ったらどうせまたマジ泣きされるに決まってる。

一度こうなると長いんだよこいつ。


容量はどれだけ入るか定かではないがキッチンカーが収納できたのは驚いた。何せワゴン車が突然目の前から消えるんだからな。改めてファンタジー世界の凄さを思い知らされた気分だった。まだ検証は途中だが、中に入れると劣化の時間が遅れるようだ。更に便利なのは入れたアイテムを識別できることだな。手を亀裂に入れて欲しい物を思い浮かべるとそれが分かる。ちなみに容量については今はキッチンカーが入るということくらいしか分からん。それ以上大きいものがないんでな。


「…やっと着いたか。」


秋葉原駅に到着した俺は前回迷った経験を活かし今回は間違えないように【古今戦術武器商店】へと向かう。前回間違えたところを気をつけながら記憶を頼りに店に着くことができた。今回は迷うようなことはなかった。店内に入ると前回程客数は多くなく店内はまばらだった。前回はダンジョンが発生当初だったので駆け込み需要だったんだろうな。近くにいた店員に声をかけ、オーナーである眞志喜さんに来訪を伝えてもらう。店員は少々お待ちくださいと返答し店の奥に戻っていった。

そして待つこと暫く--


「お待たせしました。お久しぶりです九条さん。」


「眞志喜さんご無沙汰しています。」


そうして【古今戦術武器商店】オーナー兼店長の眞志喜さんと1か月ぶりに再会した。









「貴重なお時間を割いて頂いてありがとうございます。」


「最近はダンジョン対策目当てのお客様が減っているので暇なものですから大丈夫ですよ。それに何よりダンジョンを実際に攻略されている九条さんとお会いできるのです。私としても楽しみでいてならないのですよ。」


「そう言ってもらえて何よりです。」


眞志喜さんと再会した俺は以前武器を提供してもらった別室に案内され、たわいのない世間話をしながら紅茶を飲んでいる。紅茶は詳しくないんだがやたら高級なのは良く分かる。なんというかよく飲む紅茶と比べやたらと香りが強いのだ。


「こちらの紅茶は非常に味が強いですね。」


「おや、紅茶の違いをご存じなんですか?」


「紅茶はあまり飲まないので分からないんですが、この紅茶はとても香りが強いですね。」


眞志喜さんは違いが分かってくれたのを嬉しそうに破顔しながら解説してくれた。


「これはウバ(UVA) という世界三大紅茶の一つに数えられているウバというスリランカの紅茶です。こちらの紅茶はウバ・フレーバーと呼ばれるバラやスズランのような甘い刺激的なウバ独特の香りと爽快感のある味わいが特徴です。メンソールのような香りもするでしょう?」


「そうですね。とても爽やかな飲み味で美味しいです。こんな物は今まで飲んだことがなかったですね。」


いつも飲んでいるのはペットボトルの安物だからな。

わざわざ茶葉から抽出されているものに叶うはずもない。


「喜んでもらえたみたいで何よりです。ウバはストレートティーとして香りを楽しむことも多いですがミルクティーにしてみてもまた独特の味を楽しむことができますよ。」


「そうなんですか。では少し試してみますね。」


眞志喜さんのアドバイスに従ってミルクを入れてみる。

ミルクが紅茶のエキスと交わり白く変化していくのを確かめて一口飲んでみる。

……うん美味い。ストレートで飲んだ時に感じたウバ茶独特のメントールのような香りが混ざり合い、普通のミルクティートは違う、個性的なミルクティーとなったな。


「どうですか?一般的なミルクティーとは随分違うでしょう?」


「そうですね。とても上品な印象がします。」


「ウバ茶はちょうど今のように夏の時期にはオススメなんですよ。何といっても清涼感が違います。」


「それはよかった。ご用意した甲斐があるというものです。」


眞志喜さんは喜んでくれているようで終始笑顔だ。

確かにこの清涼感は夏の暑さを忘れさせてくれるものがある。

奥が深いな紅茶。


「お仕事のほうはどうですか?ここ最近は猛暑が続いておりますし色々と大変でしょう?」


「うちは移動販売ですからね。猛暑が続けばアイスやかき氷と言った涼味が売れるので最近はそればかりを売っていますよ。」


「それは羨ましい。当店ではダンジョン特需がすっかり収まってしまって今は大半のお客様が武器の観光に来ているような状況です。」


先程店内を見たが以前ほどはお客様はいなかったからな。

これが普段の店内なんだろう。


「いや、うちも必ず売れるというわけではないですけどね。雨が降ったり、気温が上がらなかったりなど外的要因で売り上げが大きく変わるのでなんとも言えないところですよ。眞志喜さんのところほど手広くやっているわけではないので。私一人だけの個人事業主と変わらない業態ですからね。」


「私のところも大きいとは言ってもこの店舗は実質の売上はたかが知れていますよ。メインはインターネットでのサイト販売ですからね。この店は半分趣味みたいなものです。」


まぁ武器なんて平和な日本でそうそう買うやついないだろうから店舗では大して売上なんかないんだろうな。ネットなら日本全国で購入者はいるわけだしそちらのほうが売上がいいのは想像に難くない。


「はは、趣味ですか。私もそんなことを言えるようになってみたいもんです。今は移動販売はできますが、法の矛先が変わればこの先どうなるか分かりませんからね。」


「確か、東京都では仕出しのお弁当販売に規制もかかったなどニュースがありましたからね。」


「あのニュースをご存知でしたか。幸い私は仕出しはしていませんでしたが、さすがに肝を冷やしましたよ。」


本当にあの時は焦った。

どこまでが都条例の範囲になるか調べるまで青くなっていたのをよく覚えている。

眞志喜さんも経験があるのかうんうん頷きながら自身の業種の危うさについて語ってくれた。


「お気持ちは分かります。私の業種も武器ですのでこちらは犯罪に使われただけで規制の対象として槍玉に上げられますから。武器の問題ではなく使う者の問題であるというのに嘆かわしいと思いませんか?」


「武器を使われたら世論は黙っていないでしょうね。武器自体の問題であるというよりそれを使う者という話は至極まっとうですが、世の中はそうはみないでしょう。」


「ええ、そうなんですよ。こういった場合、世論は犯罪そのものではなく武器を購入できる仕組みが悪いと追及してきますから私達としても販売は細心の注意を払わないといけないんです。お互い苦労をしますね。」


「どの仕事にも気苦労はありますからね。」


その後俺達は暫く夏の日差しを忘れるかのようにお茶会を楽しんでいたんだが無論これが目的のわけがない。

眞志喜さんは話が途切れたタイミングを見計らって話を切り出してくれた。道具の催促もしないといけないから結構気まずい気持ちはあったんだが助かった。前回防刃シリーズをもらった後ネットで調べてみたが結構な額がして驚いたのは記憶に新しい。


「さて九条さん。そろそろダンジョンの話をしたいと思うのですが、その前に情報の共有をしましょうか?」


「というと?」


俺が先を促すと眞志喜さんは少し声をひそめて提案してくれた。


「日本でのダンジョン対策について知りたいとは思いませんか?」


どうやら眞志喜さんは武器通だけではなく情報通でもあったようだ。


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