夜空の向こう
星が、きれいだ。
僕がそう呟くと、
「きれいなものか。あんなの、全部ニセモノなんだぜ」
「それくらい僕だって知ってるよ」
水をさされて、ぶっきらぼうに言い返す。
「そう思うんなら、家に帰ればいいじゃないか」
「
そう言うと、蘇芳は上に目を戻した。何だ、結局は蘇芳も見たいんじゃないか。
指摘してやろうかと思ったけれど、どうせ蘇芳が素直に認めっこないのはわかっていたので、僕もだまってもう一度夜空を仰いだ。シリウス、プロキオン、ベテルギウス。きれいな三角形。Milky Wayをまたぐように、輝いている。
今日は、〈冬の夜空〉の
「〈冬の夜空〉とも、しばらくお別れだね。僕、一番好きなんだけどなあ」
「だったら、一年中〈冬の夜空〉にしてもらえばいいじゃないか」
「それは違うよ。冬じゃなきゃ、〈冬の夜空〉の意味がないだろう」
「〈冬〉って言ったって、〈外〉の話だぜ。この中では関係ないさ」
「それはそうだけど……」
僕たちの街は、密閉された
今も、校舎の屋上にいるのは僕と蘇芳のふたりだけだった。飽きもせず〈夜空〉を見ようと誘う僕に、毎回けなすようなことを言いながらも、なぜか必ず蘇芳は一緒に来る。
「じゃあ、蘇芳は何で〈夜空〉を見にくるのさ」
前からふしぎに思っていたことを訊くと、蘇芳は上を見たまま、逆に訊き返してきた。
「群青は、〈外〉のことを何か知ってるか?」
「〈外〉?」
僕は首を振る。「ううん。学校で習ったことくらいだよ」
授業で見せられた
「変な色の〝雲〟ってモノが空を埋めつくしていて、昼でも〈外〉は真っ暗なんだろ。半球の中と違って、寒いらしいし」
半球の中では、気温はMOTHERによって
「ほんとうの〝夜空〟は、その〝雲〟の向こうにあるんだ。でも、僕たちはそれを見ることができない」
だから僕は、ニセモノだとわかっていても、〈夜空〉をながめてしまうのだ。ほんとうの夜空を、想像しながら。
シリウス、プロキオン、ベテルギウス。僕らが今見ている番組のもとになっている夜空は、僕らが生まれるよりもずっとずっと前のものだ。今も、同じように星はそこで光っているのだろうか? 僕にはわからない。
誰にも、わからない。
「……じゃあその〝夜空〟の向こうには、何があると思う?」
「え?」
僕は驚いて訊き返した。〝夜空〟の、その向こう? でも、蘇芳も別に、僕の返事を期待していたわけじゃないらしい。
「
上を見たまま、蘇芳は続けた。
「年代物だぜ。今のと
「〈外〉で? だって、寒くてとても人の住めるところじゃないんだろう」
「ばか。その頃は〝雲〟もなくて、半球 の中と同じくらい暖かかったんだよ。もちろん、ほんとうの夜空も見ることができた。だからその頃の人は、あの夜空の向こうには何があるんだろう、って思ったんだ。ちょうど僕が、半球の外には何があるんだろう、って考えるみたいに」
蘇芳の
そうか、だから蘇芳は僕と一緒に来るんだ。半球の銀幕に映し出された〈夜空〉の向こう、ほんとうの夜空のもっと向こうを見るために。
「――〈外〉に、行きたいの? 蘇芳」
「無理なのはわかってるさ。でも僕は、知りたいんだ。僕のいるこの世界が、どんなふうにできているのか。こんな狭い半球の中だけじゃなくて、全部」
そう言うと蘇芳は、〈夜空〉を指さした。
「見ろよ、群青。あれはただの光の点だけど、ほんとうのあの星のまわりには、僕たちがいるこの
僕たちが見ているのは、銀幕に貼りついたニセモノの星だ。でもほんとうの星は、それぞれものすごく離れたところにある、ひとつの世界だということは、僕も何かで見たことがある。でも、そのことをそんなふうに想像したことはなかった。
「……すごいね、何か」
僕は、圧倒されていた。夜空の向こう、どこか別の地球。そこにも、僕や蘇芳のような子供たちがいるのだろうか? 僕らと同じように、夜空を見上げて。
「それだけじゃない。星はいっぱい集まって、銀河というものになる。それがいっぱい集まると、銀河団。そういうの全部を合わせて、宇宙って言うんだって。映画で言ってた。その中に、僕らはいるんだ」
銀河、銀河団、宇宙? 話が大きすぎて、僕には全然見当がつかなかった。
でも、そんなことを一生懸命に話す蘇芳は、何だかいつもと違って見えた。
「――僕も、見たいな。その映画」
「じゃあさ、明日授業が終わったら、図書館に行こうぜ。約束だ」
「うん。約束」
そう言って、僕と蘇芳は笑いあった。
宇宙という、世界の中で。
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