第134話:まっすぐすぎる、未来へ。❶

[星歴1552年1月14日。惑星スフィア。フェニキア植民都市エウロペⅠ]


ゼルが忠告する。

「凜、おそらくチャンピオンは、無窮エンドレスを通してあなたのスペックを知り尽くしています。ですから、最初から全力でかかって来るでしょう。」

ピーターの背中に4枚の光の羽が現われる。半透明で虹色の光彩が入る。まるでトンボの羽のようであった。

「恐らく無窮エンドレスが提供した智天使ケルブでしょう。思うに、補助のための有人格アプリが脳内にインストールされているとみて間違いありません。しかし、戦力的には凜の方が有利です。なにしろ私がついていますから。」

ゼルが楽観的に言う。


「いや、どっちにしろ制限時間はたったの5分間だ。間違いなく全力を出し惜しみした方が負けだ。」

確かに時間による制限がなければ、100パーセント凜が勝つことは疑いようがない。しかし、5分という限られた時間の中で優劣をつけようとするとどうか、そこが勝負の分かれ目なのである。


 攻撃はまずピーターから仕掛けられた。繰り出した拳からエネルギー波が放出される。凜は翼を使って防御したが、その身体は弾き飛ばされた。

「『波動拳』だ。ホンモノのね。」

ピーターは立ち止まることなく次々に量子攻撃を放つ。量子は共鳴によって、光速より速く衝撃を伝えることができる。そして、量子は粒子の形態だけでなく波の形にもなるので、先ほどは防げなかったのだ。

「二度は喰らいませんよ。」

凜も波動拳を出して応酬する。波と波が干渉すると、その力を弱めることが出来るのだ。

「やはり、周波数をぴたりと合わせて来るとはね。なるほどきみも『妖精さん』が一緒なわけだね。」

ピーターはすぐにゼルの存在に気づいた。


今度は凜が腕を振ると空間の断裂がピーターを襲う。ピーターもそれを難なく避ける。

「空間断裂か? 無駄に撃ってもあたらんぞ、ルーキー。モーションが見え見えだ。」

しかし、何かに足を取られ、よろめいたところを凜の空間断裂がピーターの防具に食い込んだ。

「くそ、落とし穴を掘りやがったな。」

凜は無駄に打ったとみせかけ、彼の着地点に空間の溝を用意しておいたのだ。


凜は勢いにのって斬撃を続ける。しかし、今度はピーターが凜の斬撃を両手で受け止め、それをねじり返したのだ。凜の身体が宙に舞うがピーターと距離を置いて着地する。

「これが真剣白刃取り、⋯⋯だよ。」

ピーターは涼しげに笑う。

「凜、ピーターはさらに空間を捻ってきました。」

ゼルが警告する。


空間を捻りながらのコークスクリューブローをピーターが放つ。今度は凜の空間断裂が弾き飛ばされた。

「凜。ピーターの攻撃は点です。凜の攻撃は線ですから、同じ威力でもピーターの方が作用面の関係で上回ります。」

「なるほど。」

凜も苦笑する。

「0次元(点)より1次元(線)の方が次元は高いのにな。」


ゼルが真面目に言い返す。

「次元が高ければいいと言うものでもありません。3次元リアルの女の子より2次元アニメの女の子の方が可愛いのと一緒ですよ。」

「うーん、その例えは『異論は認める』を入れないと後でもめそうだな。」


物理法則を超えたぶつかり合いが続く。パワーに勝る凜と、技と経験が上回るピーターが互角の勝負を展開するが、時間はジリジリと経過する。

「さて、時間も残りわずかだ。一気にかたをつけさせてもらおうか。」

ピーターの拳が振るわれると、それはドリルのように次々と凜を襲う。

「量子共鳴による攻撃です。光より速く攻撃が届きます。予想は困難です。」

凜は転移ジャンプを駆使して何とか避けるものの、それは凜の出現箇所を予測するかのように襲う。先ほどの凜の連続斬撃で追い詰める戦法からインスパイアされたのであろう。


残り時間が1分を切る。徐々に追い詰めらる凜に、ピーターは猛ラッシュをかけた。凜の身体がピーターの猛攻に耐えきれず再び宙を舞ったように見えた。

「もらった。」

ピーターが勝利を確信したその時だった。凜の放った拳がカウンターになってピーターの顎を捉えた。

「!?」

これまでに味わったことももない激しい衝撃がピーターの身体を襲ったのだ。彼の身体は吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。ピーターはそのまま気を失って昏倒した。


KOの表記が現れ、息を飲んで見守っていた観客から驚きのどよめきが沸き起こった。バトルでの凜の勝利が決まった。しかし、凜もかなり消耗し、ジェシカとロゼの肩を借りずには歩けなかった。


ピーターはそこに現れた無窮エンドレスによって回収された。

「凜、今の技はいったい⋯⋯。」

ジェシカが小声で尋ねる。

「OMG(オメガ)拳。⋯⋯僕のバトルの『最終奥義』ですよ。まさかこいつを人間相手に使う羽目になるとは。」

息も絶え絶えである。


「OMG⋯⋯何の略ですか?」

ジェシカの問いに凜はあまり答えたくなさそうであった。

「『Oh My God』ですよ。」

ゼルが代わって説明する。


予想外の返答に思わずジェシカがプッと噴いた。

「だから略したのに。」

凜が気を悪くする。


「凜の拳を超強力な『オーマイゴッド粒子』に変換したのです。まあ、通常の構成分子と比較しても、ざっと200倍以上のエネルギーですから。重力子アストラルの鎧で守られていなければピーターの顎は水蒸気レベルまで粉砕されていたでしょうね。まあ、凜とて『ガブリエル』を最大発動していないと撃てない技なのです。凜をここまで追い詰めた相手がこれまでいなかった、ただそだけです。」

ゼルが澄まして解説した。おいおいと思った諸姉諸兄はググってみるといい。ホントに「OMG」ってなるだろう。

ジェシカは笑った非礼を詫びてから、

「なんだかよくわかりかねるな。まあ、相変わらずトリスタン理不尽チートであることだけは理解した。」

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