第94話:童貞すぎる、対戦者。②

[星暦1550年12月25日。惑星スフィア。フェニキア領エウロペ。ホテル、ロイヤル・ボヤージュ・エウロペ]


ホテルで凜たちを出迎えたのはノートン・ジェノスタイン。ジョーダン首席の女婿であり、ジョーダン氏の右腕と目されている人物であった。妻のマチルダはロゼの異母姉である。

「ようこそトリスタン閣下。いつも陛下にはご贔屓いただいております。」

「お久しぶりですノートン卿。今回の交渉も良しなにお願いいたします。」

おおよそ、新惑星防衛エクスカリバーシステムに関する交渉は彼を通して行っていたので、互いの気風については良く解っていた。


簡単なセレモニーで壇上で紹介されるのは凜とマーリン、ラドラーとメグである。今日は正式な歓迎会のため、皆ブラックタイとイブニングドレスという正装であった。そして主席取引官のジョーダン・ジェノスタインと夫人のカメリアが凜たちを迎えた。その傍にロゼもおめかしさせられて居たのだが、憮然とした表情であった。


「マグダレーナ様もしばらくお会いしないうちに、すっかりと貴婦人になられましたな。うちの跳ねっ返りな末娘にも見習わせたいものです。」

凜の傍のメグにジョーダンは機嫌良さそうに挨拶する。

「いや、私も騎士道を修めるべく日々剣や槍を振るう身。ご息女のロゼ殿とはそうは変わりませぬ。」

メグは苦笑しながら答えた。メグもヌーゼリアル王室の一員として、彼とは既知の間柄であった。


「⋯⋯ほんならウチにも騎士団に入団すんの認めてくれたらええやん。」

ロゼはソッポを向き、ポツリと呟いた。


その後パーティーが始まる。ただ、貴族の社交界のような形ではあるが、所詮は商人の集まり、アルコールが入ってくるにつれ、皆上機嫌で饒舌な雰囲気になってきたのである。

凜やラドラーは多くの商人たちの挨拶を受けている。重力制御に関する様々なバイタルチップや天使の交易で、スフィア王国の銀河系での地位は決して低いものではないのだ。


「閣下は良い船をお持ちのようですな。軍艦にしておくのはもったいない。」

フォルネウスを褒められ凜は頭をかく。

「いえ、あれは国王陛下の船をお借りしているだけで、私のもの、というわけではありませんよ。」

「閣下はレースにご関心はないですか?」

やはり、レースの話になるのかと、凜はもう少し勉強しておけばよかったと後悔した。

「いや、これまで機会はありませんでしたので、是非一度拝見してみたいものですね。」

銀河系を股にかける商人たちだけに宇宙船の話が多い。この都市には商用よりもリゾートで訪れている人間も多いのであろう。雰囲気は明るかった。


 「何だか危機感もへったくれもありませんね。」

マーリンが凜に耳打ちをする。

「しかたありません。私たちの危機はここにいる大半の人たちにとっては他人事に過ぎないですからね。でも、この街に住んでいる人たちの大半はこの惑星ほしに根ざした生活をしています。私たちの計画は彼らにとっても役に立つはずです。」

ゼルが凜の考えを代弁した。


すると、来年行われるアポロニア・グランプリに関するプロモーションが行われたのである。エントリーを求める告知が行われた。7つの予選を含むレースの予定が発表される。会場に徐々に熱気が高まってくる。

「ところで、どの船が一番速いのですか?」

この凜が放った一言が会場の空気を一変させてしまった。会場は水を打ったように静まり返ってしまったのである。


「何か、まずいことでも言いましたか?」

パーティーがお開きになった後、凜は思わずノートンに尋ねてしまった。ノートンも言いにくそうであった。

「実は、ジェノスタイン宗家は最近、レースに出場できていないのですよ。ですから、皆も言いづらかったのでしょうね。」

「そうなんですか?」

思いがけないノートンの言葉に凜は思わず聞き返してしまった。確かに、国技と言われている宇宙船レースにジェノスタイン家のような大店が船を出して居ないのは不思議に思われたからだ。


「正確には船はあります。でも、キャプテンもパイロットも、いやドライバーさえもいないのですよ。」


[星暦1550年12月26日。惑星スフィア。フェニキア領エウロペ。]


翌日から、ジョーダン・ジェノスタイン氏とのトップ同士による交渉が始まった。ほぼ、条件については同意を見たものの、融資に関しては難色を示されたのだ。

「恐らく、ジョーダン氏はこれ以上、スフィアの技術の革新が進み過ぎて、自分たちの手から離れてしまうことを危惧されているのではないでしょうか?」

マーリンの予測にゼルも頷く。

「かもしれませんね。スフィアが自力で銀河系内を行き来できるようになってしまえば、ラドラー卿の言い方じゃありませんが、『金の卵を産むアヒル』が飛んで行って、いなくなってしまうかもしれませんからね。」


凜は苦笑する。

「でも、進歩を続けないと、その『金の卵』が金ではなく、銀や銅に価値が下がってしまうと思うのだけど。それが資本主義の本質のはずなんだけどね。」


 夕べになると、ロゼがジェシカを伴って凜たちの宿舎を訪れた。

「あーあ、一人でも来れるんやけどなあ。」

ロゼがぼやく。

「うわあ、良いお部屋やなあ。」

ロゼが宿舎になっているホテルの部屋を見て歓声を上げた。

「それはそうでしょう。我が都市最高級ホテルのロイヤル・スイートですから。」

ジェシカは眉一つ動かさない。


「まあ、今は観光シーズンですから、男三人で相部屋にしてもらったんだ。無駄に部屋を潰すのも申し訳ないし。」

「アンとメグも相部屋だよ。」

アンも嬉しそうだ。確かに、庶民にとって、一泊するだけでサラリーマンの月給の2ヶ月分が飛ぶような部屋に泊まることなんてこれまでなかっただろうから。

(凜と結婚したら、こんな素敵なスイートルームでハネムーンなのね⋯⋯グヘへへ。)

アンは思わずよだれが出そうになってしまった。


「相部屋といっても寝室が5つもありますからね。寝る場所には少しも困りませんよ。」

マーリンも屈託がない。


「うわあ、夜景が超綺麗!」

ロゼはあまり話を聞かず、リビングから見える街の夜景に大はしゃぎである。


「そう言えば、昨日、気になったままのことがあるのだけど。ジェシカさん。聞いても良いかな?」

凜はそう言ってから、なぜ宇宙船のドライバーとパイロット、そしてキャプテンがいないのかジェシカに尋ねた。ジェシカはあまり話をしたがらなさそうであった。


「それは、あたしがパイロットになるからや!」

ロゼが突然声を上げる。

「?⋯⋯どういう意味?」

皆が驚いてロゼを見つめると

「お嬢様。」

ジェシカがロゼをたしなめた。


「お恥ずかしい話ですが、実は当家は『船員組合』ともめているのです。それで、クルーやドライバーなどの派遣や紹介を拒否されてしまっているのです。」

(「連盟派」と言われるオットー・ガーブ氏の団体だったな。)

「何があったのか、聞いても差し支えはありませんか?」

マーリンが聞いてみる。ジェシカはしばし沈黙したままであった。


「ダメ、みたいですね。」

凜が助け舟を出した。

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