第61話 天外の奇術師
「……やぁティオ君。元気そうだね?」
「そういうあんたは満身創痍だな。うちのもそう侮れないだろ?」
お互いに軽口を叩き合う。
無論、ティオとて傷は癒えても体力的には限界と言っていい。対してゼノスは負傷こそ大きいものの、未だ余力を感じさせた。
「全くだね。眼鏡を外した状態でここまで追い詰められたのも随分久しぶりだ」
「……その眼鏡は視界を歪めてるって言ってたな? それは自分の力を抑える為か?」
「半分正解。ただまぁ、どちらかというと衝動を抑えている、かな」
ティオはゼノスが眼鏡を外した時を思い起こす。あの時全身に走った怖気はしばらく忘れることは出来ないだろう。
視界を歪めることで何の衝動を抑え込めているのかはわからない。だがあの感覚からするとろくでもない
「とは言え随分と血を流したおかげで頭も冷えてきた。改めて、お仕事に精を出すとしよう」
そこで会話を終える。
2人の準備はとっくに出来ていた。軽口の最中でも始められるほど。
それをしなかったのは、終わった後、それをする余力すらも残らないだろうと察していたから。
だがそれももう終えた。後は力の限り、相手を蹂躙するだけだ。
何かを砕く音が響く。それと同時に、地面を砕いて現れた巨大な土の槍がゼノスの影を貫いた。
そう、影だ。信じがたいことにゼノスはそれを回避したのだ。土槍の影からゼノスが笑みを零す。
(無音無動作で発動したグレイブランスを避けるか。やっぱり、魔素の感知能力は……!)
ティオの様に魔素が視えると言うことは無いだろうが、ゼノスはそう思いたくなるほどの精度で魔素を感知している。
ティオが地面に練り込んだ魔素を、正確に認知する程にゼノスの能力は高い。
(それがどうしたっ!)
ティオは剣を構え、横薙ぎに振り抜く。剣から発せられた真空の刃が土槍ごとゼノスを両断せんと迫る。
放たれた風刃は、実際に土槍を両断して見せた。だが肝心のゼノスは姿勢を低く構え、あっさりとそれをやり過ごす。
次はこちらの番だ。そう、ゼノスの眼は語っていた。
「塵と為せ、ヘルズブルーム」
ティオに対する対抗意識か偶然か、ゼノスも剣に風を纏わせる。否、嵐を纏わせる。
そのまま横薙ぎに剣を振るえば、全てを掃き散らす地獄の箒がティオを襲った。
それは地面を削りながらティオに迫る。触れれば地面と同じく粉微塵になるのは明らかだ。横一面に広がる壁の様なそれを避ける道は一つしかない。
ティオは地を蹴り、迫り来る削岩機の様な暴風を飛び越えた。
「
それを見計らっていたかの様に、ゼノスの追撃が空中のティオを狙い撃つ。実際、見計らっていたのだろう。
逃げ場がそこにしかないのだから、ティオに他の選択肢はない。そして、次の一手は逃げ場すらない。ここまで含めてゼノスの戦術であり、これまで幾多の敵を葬ってきた必勝の戦略なのだ。
だが、ティオはこれまでの敵とは違った。
ゼノスが超短縮詠唱で高威力魔術を連打する暴威の
ティオは自身の足元に空気を集め、それを弾けさせることで一瞬の足場と成した。
「っ!?」
空中でもう一段飛び上がられるとは思わず、流石のゼノスも驚愕を露わにする。
それを見たティオはしてやったりと笑みを浮かべた後、雷球を生み出して真下にいるゼノスに撃ち放った。
まさに雷雨が如く。雷鳴と共に雷槍が降り注ぐ。しかしてゼノスの対処は疾かった。
「吹き荒べ、ストームランブル!」
ゼノスの周囲に局所的な
気流の枠を超えた強度を持つそれは、風の結界だ。侵入する者を斬り刻み、弾き飛ばす。それはティオの雷槍でさえ例外ではない。
バチバチと紫電の発する音を響かせるも、雷槍は結界に弾かれて無意味に地に堕ちた。
(風……やっぱりそのタイプか)
言うまでもない事であるが、人には得手不得手がある。それは魔術においても例外ではない。
魔術師それぞれに得意な属性、術式がある。ゼノスであれば、それは風魔術であり、攻撃魔術だった。
無論、ゼノスほどの実力者なれば各属性の攻撃魔術を高いレベルで使いこなす。だが、風の攻撃魔術に関してはその一段も二段も高いレベルで行使する。
対してティオは全系統を安定して使いこなすことが出来る。それは万能と言えば聞こえはいいが、器用貧乏、或いは自分の武器がないとも言える。
だが、ティオは思う。なるべくして、自分はそうなったのだと。幸か不幸か、或いはそれも必然か。魔物を食べ、別のモノへと生まれ替わった自分なれば、器用貧乏は、万能の奇術師へと変貌するのだと。
ティオが右手を翳せば、鋭く煌く氷槍が生み出される。質量と強度、そして鋭さを併せ持つそれならば、ゼノスの結界を貫けるだろう。
それを見たゼノスは更に笑みを深める。
「まさに千変万化! 愉快だよティオ君! ――斬り叫べ、ストームハウリング!」
氷槍が結界を貫くであろうことを認めたゼノスはあっさりと結界を解き、新たな風魔術をティオに向けて撃ち放つ。
それは一見すればただの風の球であった。ともすれば氷槍で撃ち抜けそうに思える。
(そんなわけ無いよな……!)
ティオは氷槍を投擲すると同時に再び足元に風を集め、即席の足場を使ってその場を離脱する。それが正しい選択であったことは直ぐに証明された。
――キィイイイ……!
風球は突然甲高い音を響かせる。そして次の瞬間、それは爆発的に巨大化し、氷槍ごとティオが一瞬前までいた空間を呑み込んだ。
一瞬のうちに砕けるどころか粉々になった氷槍を見れば、その空間内にいた場合の結末は想像に容易い。
(あの短い詠唱であんなのが撃てるのか……)
たった一節。それだけの詠唱で放たれたそれは明らかに上級魔術レベルの威力を発揮している。
風魔術を得意とするのはガルド達、ストームタイガーと似たところではある。だが、戦闘能力はともかく、単純な魔術の威力に関してはゼノスに軍配が上がるかも知れない。
(ランク6と同等か、それ以上……)
それは背筋が凍りつく事実である。以前ガルドと接戦を演じたとはいえ、あちらは到底本気ではなかった。
今、本気のガルドと戦えばどうなるかは解からないが、正直言って勝てる想像すらできなかった。
(辛うじて戦えてるのは、フィアの言っていた通りゼノスが負傷しているからだ。つまり、今を逃せば次のチャンスはないっ!)
未だ確証は得られていないが、十中八九、ゼノスはティオの
いずれ斃さねばならない相手なら、今しかチャンスはないのだ。
風魔術を回避したティオが地面に降り立つ。それと同時に、ティオは再び地を蹴った。
「懲りずに接近戦かい?」
にやりと人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべ、ゼノスは迫るティオを迎え撃つ。
金属同士が接触した音が鳴り響く。突進力を乗せたティオの剣撃をあっさりと弾くあたり流石と言えるだろうか。
だがその真髄はここからだ。先程と同じように、視認できない速度の剣舞がティオを襲う。それを受けたティオが再び鮮血を撒き散らす、はずだった。
――キィンキィンキィンッ!
「……へぇ?」
まずは手始めの3連撃、だったのだろう。利き腕でないというのに、その剣速は先ほどと比べてもさほどの違いも見られない。だが、ティオはそれを防ぎきって見せた。
ゼノスは口元の笑みを崩さず、更に連撃を叩き込む。3連撃、などという生易しいものでなく、正に剣舞。剣撃の嵐だった。
だがその全てを、ティオは受け流す。そして、
「……!」
ゼノスの頬に一筋の紅が奔る。ティオの剣がゼノスのそれを越えて届いた証だ。
ゼノスは飛び退き後退する。状況の把握、そして反撃に出る為に。だがそれすらも読んでいたかのように、ティオはゼノスとの距離を再び詰めた。
その剣はいつの間にか雷を纏っていた。もはや避けられる距離でなく、魔術で対抗する時間も無い。
ゼノスは咄嗟に直接ティオを狙った剣撃を繰り出すが、ティオは半身をずらすことでそれを避ける。結果、ゼノスは無防備な体勢を晒すことになる。
「さっきのお返しだっ!」
一閃。ティオの剣撃が雷の軌跡を描きながら、遂にゼノスへと到達する。
ティオの手に届く、確かな手応え。それと同時に、剣から伝わった雷撃がゼノスを襲った。
「かはっ……!!」
雷撃はゼノスから自由を奪い、確かにその動きを
故にティオはそれに気付くのが遅れた。
「――がっ……!?」
次の瞬間、ゼノスはティオを蹴り抜いていた。
突然の腹部への衝撃を受け、ティオは受け身をとることも出来ずにそのまま慣性に従って地面を滑る。
「げほ……くふっ……あは、ははは……」
血反吐を吐きながらも、ゼノスは嗤う。
腕を砕かれ、斬撃を受け、雷撃を食らってもなお、嗤っていた。
「流石に……効いたよ。けど、油断はいけないなぁ……」
確かに血を流し、明らかに満身創痍。それでも、その不気味な気迫は揺るがない。
ゼノスは見定めるように、ティオを睥睨する。
「ティオ君の技術が上がった訳じゃない、拙いままだ。……そう、僕の剣を読んでいたね? 剣閃を、剣筋を。最初はまともに反応すら出来ていなかったのに。その紅い眼のおかげかな?」
半ば確信を含んだ声色で自身の考察を述べる。恐ろしいことに、それは限りなく真実に近かった。
「けほっ……」
えずきながら、ティオは体を起こす。
ティオも、ゼノスに劣らず満身創痍だ。それは傷の深さだけに留まらない。
魔素の生成は、ティオから多くの体力を奪う。ティオは治癒の為に既に多くの魔素を消費した。さらに、ティオの激情に呼応して眼が紅く灯り、消耗は普段の比ではない。既にティオの体力は底をついておかしくないのだ。
結果的にはそれによって強化されたルミナ・ロードのおかげで、近接でもゼノスを上回ることが出来た。だが、その代償は直ぐにでもティオから意識を奪おうとしている。
故に、残された攻撃の機会はせいぜい1度きり。
「…………油断?」
「……っ!? しまっ――」
そう、残された機会は
ティオは自分の全てを賭けて、最後の魔術を唱えた。
「――
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