第11話 想いを継いで
「うわああああ――!!」
ティオの思考が真っ赤に染まる。
血が出るほど剣を握りこみ、ゴブリンに襲い掛かった。
ゴブリンから矢が放たれるが、まだインパルスの効果が出ているティオには完全に見えていた。しかし、避ける素振りも見せずにそのまま突っ込んでいく。
矢が肩口を掠り、血が滲む。だが速度を微塵も落とすことなく距離を詰める。
石斧を携えたゴブリンが咄嗟に斧を振りかぶるが、それを降ろす前に首を飛ばされ、そのすぐ横にいたゴブリンも剣閃を見ることすら叶わずに両断された。
あと1匹は木の上にいたので難を逃れたが、ティオには敵わないとみて直ぐに退避行動を取る。木を飛び渡って逃げるつもりのようだ。だが、ティオがそれを逃すはずが無かった。
「ライトニングスピアッ!!」
再び雷球が現れる。信じがたいが、無詠唱で中級魔術を発動させた。しかし詠唱を省略したせいか、2つの雷球のうち1つは制御しきれず、すぐさま霧散してしまう。しかしそれで十分だった。
ティオはゴブリンに向けて雷を解き放つ。高速で飛来する雷を避けられるはずも無く、ゴブリンはあっさりと貫かれ、焦げた匂いをさせながら地面に落下した。
ゴブリンを殲滅したティオは直ぐにソルチェに駆け寄る。
「母さん! 母さんっ!!」
「う……、ティオ……?」
ソルチェを抱き上げ、呼びかける。ソルチェもティオの言葉に反応した。意識はあるようだ。
ティオは治癒魔術を使おうと傷を見て絶句する。
矢は心臓付近を貫き、大量の血が流れていた。矢を抜くとソルチェは即死するだろう。しなかったとしても、これまでかなり失血しており、これ以上は死を意味する。それはティオも、ソルチェも理解していた。
ソルチェはいつものやさしい微笑みを浮かべながらティオの肩に触れ、優しい声色で呪文を唱える。
「ティオが……健やかで……ありますように……ヒール」
ソルチェの手がぼんやりと光り、ティオの傷が癒える。だが完治には程遠く、少し痛みを和らげる程度であった。それをみて、苦笑いしながら呟く。
「難しいのね……。やっぱりあなたは、自慢の……息子だわ」
「母さん! ああ……くそっ! 癒しと安らぎをここに! ヒール!」
ティオが全力で使ったヒールは、ソルチェだけでなく2人纏めて癒しの光が包み込む。だがソルチェには矢が刺さったままであり、何の意味も成さない。
そもそも、流れ続ける出血の量を鑑みればもう、手遅れである。だが、ヒールを止めることはしなかった。それを見たソルチェが、ティオの手に自分の手を重ねる。
「いいのよ。もう、いいの。ごめん……なさいね、わたしのせいでこんな」
「違う、違うよ。母さんのせいなんかじゃ……。俺が、俺がもっと強ければっ……!」
「いいえ、あなたは十分、頑張ってくれた。『絶対に守る』って……言ってくれて、嬉しかった」
「母さん!」
ソルチェの声は今にも消え入りそうになってきており、それが否応にも“最期”を意識させる。
ティオは繋ぎとめようとしているかのように、必死にソルチェに呼びかけた。
「ティオ、お願い。あなた……だけでも、――生きて」
言いながら、ティオの頬に手を添える。それによりティオが必死に留めていた涙がこぼれ落ち、ソルチェの手に伝っていく。
「母、さん?」
現実に起こる
「……ティオ、ありがとう。――愛してる」
ソルチェの手がティオの頬から離れ、血の海に沈んだ。その表情は、いつもと同じく、優しく微笑んでいた。
「母さん? ……母さん! 母さんっ!!」
信じられなかった、信じたくなかった。
ソルチェは目の前でいつもの笑みを浮かべているのだ。
「母……さん。う……ああああ――――!!」
ソルチェを抱きながら、号泣する。抱く腕には、自然と力が入っていく。今までの思い出が頭を巡り、さらに涙が溢れた。
どれくらいの時間が流れたか。溢れる涙が収まり始めたティオだが、まだ顔を上げず、ソルチェを抱きしめながら俯いたままだった。
「グルルルル……」
唸り声が聞こえ、視線だけで見やる。ブラックウルフだった。先ほどバインドウェイブで麻痺させられていた個体だ。麻痺が解けて動き出したのだろう。
麻痺させされた為か、仲間が殺された為か、その眼には怒りが宿っていた。
しかし、さっきまでの戦闘を見ていたのであれば逃げて然るべきである。怒りに任せてティオに挑んでくるあたり、所詮は獣だということか。あるいは、今のティオならば倒せると思ったのかもしれない。
「ガウァッ!」
威嚇のためか、ブラックウルフが吼える。だが、ティオは気にした風もなく、微動だにしない。
そんなティオをどう認識したのか、ブラックウルフはジリジリと距離を詰めていく。
「ガァッ!」
「……うるせぇよ」
再び吼える。ティオが全く動かないことから警戒しているのだろう。
ティオは一言だけ呟くが、相変わらず動じない。
「ガウァアッ!」
そんなティオを見て、戦意がないと判断したのか、ブラックウルフが襲いかかる。
ティオはそれでも動きは見せなかったが、俯きながら、呟いた。
「……ブレイズストーム」
突如、ティオの周囲に燃え盛る嵐が発生する。それはティオを中心に半径10メートルほどにおよび、範囲内にいたブラックウルフを、声を上げることすら許さずに焼き尽くした。
凄まじい火力を伴うそれは、文字通り炎の嵐を作り出す、中級魔術でも上位に位置する高等魔術である。今までは呪文込みでもまともに放つことが出来なかった魔術だが、魔術名のみで発動させた。
しかし暴走しているのか、ブラックウルフを焼き払っても勢いを落とすどころかさらに威力を増し、周囲を焼き続ける。
本来であれば中心にいる術者の近くは安全のはずだが、嵐は安定せず、時折ティオの肌を焼く。
ティオとしても深く考えずに放った魔術であったが、習得しきっていない魔術を使い、さらに暴走気味である。半ば自棄になっていたのかもしれない。
炎の嵐がさらに激しさを増し、周囲を炭となしてゆく。もはやティオにも止めることの出来ない規模となり、森も、ティオ自身も全て焼き尽くすかと思われた。だが、それは意外な形で終息する。
空から1滴の雫が落ちる。それは2つ、3つと増えていき、やがて雨となって降り注いだ。
雨を受けて炎の嵐は勢いを落とし、対照的に雨はその勢いを増していく。そして炎が消失したとき、嵐の中心だった場所には、先ほどと変わらない態勢でティオが佇んでいた。
ティオは顔を上げ、空を、雨を視た。まるで自分を助けるために雨が降ったようだと、ティオは思った。そしてソルチェの言葉を思い出す。
『ティオ……お願い。あなた……だけでも、――生きて』
「母さん……」
呟き、雫が頬を伝う。それは涙か雨か。やがて頬からこぼれ落ち、そのまま地面に吸い込まれていく。
「――ありがとう」
ティオは、どんな困難があっても、生き抜くと心に誓った。それが何よりの
一拍置き、前を見据える。もうその眼に涙はなく、代わりに、雨でも消えることのない炎を宿していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます