オーバーセンス

茜雲

零章 星が灯す道

第1話 始まりの灯


 切っ掛けは、光だった。


「あれ?」


「どうした、ティオ」


 ある夏の日の穏やかな陽だまりの中、森で遊ぶ3人の少年がいた。その中の1人、ティオと呼ばれた少年はある一方向を見て急に立ち止まり、首をかしげた。


 ティオの少し前を歩いていた、ティオより一回り大きい少年がそれを訝しげに思い、同じく立ち止まる。


「うん、なんかあの木が光った様な気がして……」


「……木?」


「なんだ、どうした?」


 木を指差して話すティオ達のところへもう1人が近寄ってくる。ティオは答えず、指差した木の方へ近づいて行った。


 木に近づくと、木の端から布がちらちらと覗いているのが見えた。


「布……?」


 訝しく思ったティオが木の裏に回り込みそれを確かめようとする。そして布でなく服の裾であると解かったと同時、それと目が合った。


 そこにいたのは女の子だった。ティオと同じ年頃だと思われるその子は、赤みがかかった茶髪を肩ほどまで伸ばしており、見ていて安心するような素朴さと可愛らしさを兼ね備えていた。


 よくよく見ると子供の目で見ても高価とわかる服を着ており、すぐに大きな家のお嬢様だと分かる。


「「――!」」


 お互いに予想外のことだったのだろう。二人して言葉を失い、硬直する。


「おーい、ティオ。 何かあったのか?」


 少年達からの声に反応し、我を取り戻したティオは改めて、少女に声をかけた。


「――初めまして。どうしてここにいたの?」


「あ、それは……その……」


 尻すぼみに声が小さくなっていき、顔も俯き加減になる。やがて、言葉にならなくなってしまった。


 ティオはそんな少女をじれったく思い始める。離れたところでティオを待っていたはずの少年2人はすでに待ちあぐねてどこかへ行ってしまった。遊びたい盛りな年頃である彼らからすればこの時間は酷く惜しいのだ。


 流石に少女を放っておくほど自分本位な性格ではないティオは、どうしたものかと考え、やがて閃いたとばかりに提案した。


「ねぇ、一緒に遊ばない?」


 ティオは予期した訳ではないだろう。単純に、幼心に、素直に状況の改善を考えた結果である。だがそれは、少女が最も欲していた言葉であった。


「……いいの?」


 不安そうに少女は尋ねる。それを嫌がってはいないと判断したティオは、少女の手を引くことで応えた。


「ぁ……」


「僕はティオ! 君は?」


 まだ会って間もない少年に手を繋がれ、若干赤くなりながら少女は答える。


「わ、私は――アリン!」


 混乱もあって、思わず大声で答えてしまった。家族の前以外でそんな大声を出したのは記憶の中では初めてのことで、その事実を身の内で噛みしめる。


 ティオに手を引かれて走りながら、視界の先に少年2人が見える。そして少女は予感した。今日は、今までで一番“初めて”で溢れた日になると。




「じゃあね、アリン」


「うん……じゃあね、ティオくん」


 そう、アリンは呟くように答える。さっきまでは花のような笑顔で一緒に遊んでいたのに、とティオは不思議に思う。そしてまた予期せず、なんとなく、アリンが欲していた言葉を贈るのだった。


「また、明日遊ぼうね」


「――うんっ!」


 今度こそ、笑顔の花を咲かせて頷いた。

 そんな二人を通り過ぎていく大人達が微笑ましモノを見るように見守っている中、空気を読まない声が割り込んでくる。


「ティオ、アリン! 早くしろ、一雨来るぞ!」


 声に釣られて空を仰げば、確かに雲が多く、流れが速い。雨に降られるのは御免とばかりに少年2人は先に歩き出した。


「またね、アリン」


「うん。またね、ティオくん」


 先ほどと同じやり取りだが、アリンの顔に影はない。今度こそティオは満足し、2人を追って走って行った。


「ちょっとくらい待ってよ、兄さん」


「お前らがもたもたしてるからだろ。雨に濡れて帰るのは嫌だぞ、俺」


「まだしばらくは降らないさ。それよりティオ達を二人きりにしてやりたくてだなぁ」


 少年3人は兄弟だった。実年齢以上に大人びている、もといマセているトリウス。少々空気は読めないが意外と兄貴肌のオルト。3人でよく遊ぶくらいには仲の良い兄弟だ。


「なんで二人きり?」


「あ~……ティオにはまだ早かったかな」


 トリウスは困ったような顔をして、ティオの頭を撫でる。そのまま、ティオの質問には答えず、さっさと歩いて行ってしまった。


 ティオはよくわからないといった顔をするも、すぐに気を取り直して兄達を追って家路についた。




 町の郊外にとある商隊が滞在しており、いくつものテントを張っていた。その中でもひときわ大きなテントの中では、商談について話し合う会議が行われていた。テントの隅にはティオ達の姿もある。


 今まさに会議の中心となっている商隊の長、イグス・マグナーは他でもない、ティオ達の実の父親である。


 国内でも比較的大きな商家であるマグナー商会に生まれたティオ達は、当然家を継ぐ者として度々会議などに出席させられていた。流石に幼い彼らを客の前に出す訳にはいかなくとも、身内の会議などを経験させ、商人としての知識や立ち振る舞いを学ばせようとしていたのだ。さらに言えば、この町、ティリアムへの遠征に付いて来させたのもその一環である。


「ティリアムでの商談はやはり難しいかと。領主が随分なよそ者嫌いのようですね」


「やはり諦めざるを得ないか……」


 会議は難航を極めていた。基本的に部外者が領内で商売を行うには領主の許可が必要なのだが、その許可が一向に下りないのだ。すでに交渉にあたって1週間になるが、事態の好転は望めそうになかった。


「……ふむ。トリウス、お前はどう思う?」


 不意に、イグスはトリウスに質問を投げかける。イグスは時折息子らに質問を投げ、答えさせていた。しかも今回のような会議が行き詰った場合であることが多い。それは教育の一環であると同時に、流れを変えるような良案を出してみろという挑発でもある。


 当然だがそれに応えるのは容易なことではない。トリウスもそれは承知している。今まで、有効な打開策を提示出来ずに歯がゆさを感じたことは幾度もあるが、それでも自分の意見が最善であると信じ、相応の態度でいることを彼は信条としていた。


「――難しいかと。ティリアムは自然豊かな土地であり、ほぼすべての資材を自領で賄っています。故に交易に頼る必要は薄く、仮に商談が成ったとしてもあまり利益は出せないでしょう」


 はっきりと意見を口にする。事実、ティリアムは周辺を森や山に囲まれており、食材や木材などには事欠かない。加えて、それほど大きい町ではない故にあまり利益は期待できない。


「うむ。オルトはどうだ?」


「自分も兄上と同意見です。商隊を食べさせるのもただではありません。早急に撤退してしまうべきかと」


 2人とも、まだ10といくつかといった程度の歳だというのに、しっかりとした状況判断と根拠を示して意見を述べる。これもイグスの教育の賜物だろう。打開策を出せなかったとはいえ、イグスも心なしか満足そうな表情を見せる。


 2人の意見を聞いた後、イグスは少し悩むような仕草をした後、告げた。


「そうだな、では……ティオ、お前はどう思う?」


「――えっ?」


 兄弟の末であるティオは、年齢ゆえかまだ会議においてイグスから意見を求められたことは無かった。本人もまさか自分に振られるとは思わず、変な声を出してしまう。だが周りはそんな反応も予想していたのか、それについて指摘があがることはない。


 どうして自分が、などと間抜けなことを聞く気はない。マグナー家に生まれついた時点でいつかは兄達の様に意見を出すことはわかっていたし、今までも意見を口にはせずともいつも自分なりに考えてはいた。


 故に、恐れる必要はない。ティオは意識を切り替えて佇まいを直し、自らの意見を述べた。


「……僕は、もうしばらく交渉にあたるべきかと思います」


「――ほう」


 ざわ、と周りが騒がしくなる。誰もがティオはトリウス達に続くと考えていた。それが妥当であるし、何より彼らの案は正しい。ほぼほぼ撤退で落ち着いていた空気に一石が投じられる。


 イグスは騒がしくなった周囲を手で制し、静かになったところでティオを見つめる。続きを、と目で語っている。ティオはそれを受け、臆することなく続けた。


「領主様は余所者嫌いではありますが、その分領主様が味方とする方々からの信頼は厚く、その繋がりは領外にも伸びています。ここで領主様の味方となることが出来れば、それらの繋がりは今後の我々にも利となるでしょう。逆に、ここで交渉を断られたままではその繋がりが障害になる可能性があります。また、長らく生活のほとんどを自領の資材で賄っていたため、目新しい品を選んで卸せば十分に利益をあげられるかと」


 あたりがしんと静まり返る。誰もがティオの意見に耳を傾けていた。それだけの説得力はあったのだ。周囲の期待に満ちた視線を受け、ティオは申し訳なさそうに、最後に呟いた。


「ただ……領主様に受け入れられるような案は、まだ、ありません」


 それを聞き、周囲は明らかに落胆の色を強くした。肝心な部分がまるで出せていないのだ、当然だろう。むしろ中途半端に交渉を続けるメリットだけを提示し、会議を混乱させただけかもしれない。


 そんな考えを抱いて泣きそうになるティオを、いつの間にかすぐ傍にいたイグスが大きな手で安心させるように撫でた。


「そうか、ならばそれを考えるのは俺たちの仕事だな」


 一瞬何を言われたのか分からず、イグスを見上げる。自分の意見を取り入れると言われた気がしたのだ。


「ティオの意見にも……いや、3人の意見にはそれぞれ理はある。よって、我々は1週間を期限としてここへ残り、交渉を続けようと思う。異論はあるか」


「1週間滞在する程度の蓄えはあります。問題ありません」


「ちょうど1週間後が娘の誕生日なんだ。せっかくだしいい土産話を持って帰ってやりてえしな!」


「お前それ、帰りの行程入れてないだろ……。ここからトーライトまで3日はかかるぞ」


「あっ…………大将! さっさと交渉済ましちまいやしょう!」


 周囲に笑い声が溢れる。ティオはまだ状況に追い付いていなかった。おろおろしながら隣を見ると、兄達が目に入る。


 トリウスは少し複雑そうに、しかし嬉しそうにティオを見ている。オルトは悔しそうな表情だが、小声で良かったなと囁いた。


 正面を見れば、イグスが優しくティオを見つめている。ティオはこの家族に、この商隊に囲まれて、幸せだと、心の底から思うのだった。


「さて、ティオ」


「ふぇっ?」


 感傷に浸っていたところに唐突に声をかけられ、本日2度目の変な声を出してしまった。今度こそ周囲から笑って指摘され、真っ赤になりながら答える。


「な、なんですか?」


「くくっ、いや、案は全くないのかと思ってな。領主殿の信用を得る案だ」


 恥ずかしい気持ちを落ち着けながら、考えをまとめ、口にしていく。


「……有効、とは言えませんが。領主様が余所者嫌いなのは、以前に余所者が領主様の“敵”となる“何か”があったのだと思います。ならば我々は“敵”ではなく、“味方”であると思わせればいいかもしれません。商売や損得抜きで、領主様の、このティリアムの“味方”であると」


「なるほど。まずは外堀から、住民と信頼関係を築くことから始めれば光明が見えてくるかもしれませんね。手の空いている人で街の清掃でもしますか」


「あんまり好き勝手やり過ぎたらあのおっさん、逆上するだろうから気を付けないとな」


 冗談半分といった風だがトリウス、オルトと順にティオの援護をする。オルトはもはや敬語が抜けているが。集中力が持続しないタイプなのだろう。


「なるほど。とは言っても一番はやはり直接の交渉だろうな。俺の腕の見せ所か」


 言いながら、イグスは愉しそうに笑みを浮かべる。そのまま、具体的な案を叩きだそうと、会議は白熱していくのだった。




「むう、降り始めたか」


 会議が終わり、それぞれのテントへ向かおうとした矢先、雨が行く手を塞いだ。降り始めたばかりだというのにその勢いは凄まじく、雨水がテントにあたって轟音を立てていた。


「イグス様、こちらを」


「ああラステナ、ありがとう」


 どうしようかと立ち往生していたティオ達に、ラステナと呼ばれた女性が傘を差しだしてきた。ラステナはこの商隊の護衛を担う傭兵の1人である。肩ほどまである黒髪を後ろで束ねた、精悍な印象を受ける女性である。まだ20代と若いがその実力は確かで、この商隊を幾度となく守ってくれていた。この遠征以前にも何度も護衛を頼んでおり、確かな信頼関係を築いている。


「そうだ、これから夕飯にするんだが、君も来るといい」


「いえ、私はただの護衛ですし――」


「何、護衛だのなんだのと細かいことはどうでもいいさ。それに護衛としては行動を共にするのは理に適っている」


「そうですね。ラステナさんもご一緒にどうぞ。ご存知でしょうが、母の料理は絶品ですよ」


 イグスがラステナを誘い、トリウスがそれを援護する。ラステナとて、何度もマグナー家の食卓に呼ばれており、そう気を遣う必要もないのだが、根が真面目なので毎回このやり取りをしている。


 やがて根負けしたラステナが提案をのみ、イグス達に続いてテントに向かっていった。


 向かう途中、イグスがティオに話しかける。


「ティオ、怖かったか?」


「えっ……はい、とても」


 ティオは直ぐに提案したときのことだと察する。事実として、あの期待と失望の視線は幼い少年には辛いだろう。泣かなかっただけマシだとすら思える。


「覚えておきなさい。この先、あの恐怖は何度もお前を襲うだろう。提案一つで商隊のゆく先を左右する重圧もある」


「……」


 ティオは静かに聞いている。他の者も何も言わず、イグスの静かな声だけが雨音の中で響く。


「だが、それはお前が一人の商人として認められたということでもある」


 俯き加減だったティオはその一言が咄嗟に理解できず、隣のイグスを見上げた。イグスは微笑みながら続ける。


「ただの子供と侮っているならば期待も落胆もしないからね。これからもお前はトリウス達と同じように意見を求められる。期待しているよ」


「――はいっ」


 商人見習いとしては認めても一人前には程遠いぞ、と釘を刺しながらティオを撫でる。


 ようやく、父親や商隊の皆に認められたことに気付いたティオはまた泣きそうになりながら答える。父親に撫でられ、兄弟達にもみくちゃにされ、終始雨に負けない明るい雰囲気でテントに向かっていった。


「お帰りなさい。あら、ラステナさんも。いらっしゃい」


 テントに入ると、妙齢の美女が出迎える。ティオ達の母親であり、イグスの妻であるソルチェである。まだ20代で通るほど若々しく、これでティオ達3人の子供を持つ親だというのだから、商隊内でのイグスに向けられる嫉妬と羨望は容易に察せられるだろう。


「お邪魔致します。申し訳ありません、ご家族の団欒を邪魔してしまって……」


「もう、そう畏まらないで、って何度も言ってるのに。それに、あなただってもう家族のようなものよ」


「恐縮です」


 言葉通り、ラステナは恐縮しきりであった。これでも初めの頃と比べたらマシな方である。


 それから6人でソルチェの作ったシチューを食べた。イグスとラステナは静かに味わい、子供たちは美味しいとはしゃぎながら食べる。そんな光景をソルチェは微笑みながら見つめている。そこには確かな家族の団欒があった。




「うーん……随分と降るな」


 イグスがテントから外を覗きながら毒づく。


 夕飯を食べて一服した後、自身のテントへ戻ろうとしたラステナは予想以上の大雨で往生していた。


 月明かりすら通さない厚い雲に覆われ、雨で松明も焚けない状況であるため外は完全な暗闇である。うっすらと他のテントの灯りを感じる程度だ。


 無暗に出歩くのは危険と判断し、イグスはラステナに泊まるよう指示した。真面目なラステナは、雇い主と同じテントなど、と最初は首を横に振っていたが、一向に止まぬ雨と足の踏み場もないほど水の溜まった地面を見て、渋々了承したのだった。


「早く止んでくれるといいが……」


 テント周りには夕方の時点で土嚢を積み、簡易堤防を作っていたため今のところ浸水はない。だがそれも万能ではない以上、雨が降り続くと浸水を招く可能性があった。


 そうなれば明日は商談する余裕はないかもしれない、と嫌な考えを思い浮かべ、嘆息する。


 一向に止みそうにない豪雨に一同は落ち着かない様子で過ごしていた。そんな状況だった為か、ティオ達はその騒ぎを敏感に察知した。


「――? 誰か騒いでますか?」


「ん……ここからではよく見えんな。ランタンの灯りが見えるから誰か出歩いているようだが……。少し様子を見てくる、お前たちはここにいなさい」


 商隊内で誰かが騒いでいる。豪雨で何を言っているかまでは聞き取れなかったが、数人が騒いでいる様子なのはかろうじてわかった。


 詳細を確認すべくイグスが傘とランタンを手にして確認に向かう。残されたティオ達は少し訝しく思いながら、何かあった時の為に身支度を整えていた。


 しばらくした後、イグスが戻ってくる。焦ってはいるが、危険を感じているわけではなさそうな雰囲気だ。


 本格的に外に出るようで、雨着に着替えながらティオ達に指示を出した。


「町の方へ行ってくる。外は雨で危ないから出ないように」


「何か、あったんですか?」


 すぐに着替えを終えたイグスがトリウスの質問に簡潔に答え、それによってティオ達が凍りついた。


「領主邸で土砂崩れが起きたらしい。それにアリンお嬢様が巻き込まれたらしく、町人総出で捜索している。人手が足りなくて商会にも応援を頼みに来たんだ」


 ティオ達の反応には気づかず、そのままイグスは出て行ってしまった。外がまた騒がしくなっているので商隊員に召集をかけているのだろう。


 ようやく我を取り戻したトリウス達はお互いに顔を見合わせる。


「な、なあ、アリンお嬢様って……」


「ああ……あのアリンだろうな。いい服を着てるとは思ったがまさか領主殿のご息女だったとは……」


 まだ混乱から立ち直っていない二人は核心を避けて話す。ティオを含めた3人が真っ先に考えたことだ。しかし、行動するとすればおそらく時間に余裕はない。業を煮やしたオルトが話を切り出した。


「……どうする?」


「どうするって……助けに行くかってことか?」


 オルトは無言で肯定を示す。トリウスは悔しそうな表情を浮かべ、出来るだけ無感情に話す。


「助けには……行かない。父上からはテントから出ないように指示を受けたし、なにより……僕たちが行っても力になれない」


「…………」


 絞り出すようなトリウスの言葉を、オルトは黙って聞いていた。実際は2人ともすぐに助けに行きたいと思ってはいるが、トリウスが言うことも事実なのだ。むしろ足手まといになりかねない。


 二人が悔しそうに握りこぶしに力を込める。そんな中、2人の背後からごそごそと物音が聞こえてきた。


「えっ!?」


「おいティオッ! 待てっ――」


 二人が振り向くと、ティオが雨具を着込んでいるのが目に入る。聞くまでもないその理由と目的を察し、2人は制止の声を上げようとするが、ティオがそれを遮った。


「父さんに連れて行ってもらうよう頼むよ。確かに力にはなれないかもしれないけど知恵は出せる。見届けることは出来る! 後悔はしたくない!」


 止めないで、と目で訴えかける。トリウスとオルトも止めるべきか逡巡しているようだ。止めるでもなく、道を空けるでもなく棒立ちとなっている。


 仕方ないとトリウス達の脇を通ろうとしたティオだが、さらに後ろから声がかかった。


「待ちなさい、ティオ」


「……母さん」


 ソルチェだった。静かだがよく通る声で呼ばれ、思わずティオは足を止める。


「母さん、悪いけど僕は――」


「これを持って行きなさい」


 ソルチェが渡したのはランタンだった。イグスが持って行ったのと同じ、傘が付いていて雨の中でも使える造りだ。そしてその行動に驚いたのはまずトリウス達だった。


「母上!?」


「おふくろ!?」


 驚愕した表情でソルチェを見る。ソルチェはそんな子供たちにふと笑いかけた。


「後悔しないように、行きなさい。ただし、何より大事なのは自分自身。それを忘れないで」


「――はい」


 母の言葉を噛みしめる様に返事しつつ、ティオはトリウスの脇を通り過ぎて再び外に向かう。そこで再びトリウスから声がかかる。


「待つんだ。ティオ」


「兄さん。もう止めても――」


「僕も行く。すぐ用意するからそれまで待ってるんだ」


 思いがけない言葉にきょとんとするティオ。それにオルトが半ば諦めたように反応した。


「兄貴まで……。ああわかったよ、待つのは性に合わないしな!」


 苦笑いしながら二人は雨具を羽織る。未だ呆気にとられたままのティオと、柔らかく微笑むソルチェが対照的だった。


 やがて準備を整えた2人がティオの前に立つ。ティオは最後に確認した。


「いいの?」


「いいも何も、このままお前だけ行かせたらそれこそ怒られる。父上にも母上にもな」


「それにアリンのことを心配してるのはなにもお前だけじゃないんだぜ?」


 ティオの問いに2人は即答する。ソルチェは相変わらず笑みを浮かべて3人を見ていた。


「いってらっしゃい。そうだわ、あの人に伝えておいて。よろしくお願いしますね、って」


「わかったよ、母さん。いってきます」


「「いってきます」」


 言って、3人はテントを出ていく。3人の気配は雨によってすぐ消されてしまった。残されたソルチェはそっと呟く。


「あの人に、怒られるかしらね。無茶させるなって。せめて、帰ってきたら暖まれるようにシチューでも作っておこうかしら」


 言いながら、テントの奥に向かうのだった。




 ティオ達は雨の中、ランタンの明かりを頼りに商隊の停泊地を町の方へ進んでいた。そして予想通り、そこには商隊員たちが集まっていた。中心にはイグスの姿が見える。3人はそこへ向かって歩いて行った。


「父さん!」


「ティオ!? トリウスとオルトも……。何故来た! テントにいろと言ったはずだ、ソルチェは何を――」


「アリンを!!」


 イグスは指示に従わなかったティオ達を叱りつけようとするが、ティオが突然大声を上げたために遮られる。ティオは矢継ぎ早に続けた。


「アリンを……助けたいんです。足手まといにはなりません。一緒に連れて行ってください。お願いします!」


「父上、僕からも――」


「俺からもお願いします! 必ず力になります!」


「…………」


 イグスはティオ達が領主の娘のことをアリンと呼び捨てにした時点でおおよその事情は飲み込めた。加えて、ソルチェが行かせたということはその想いが本物だろうということも。だとすれば、父親として、確認することは一つだけだった。


「――二次災害の危険もある。……辛い現場に立ち会うことになるかも知れんぞ」


「承知の上です」


 ティオが即答する。他の2人も顔つきを見れば答えずとも意志は伝わった。


「いいだろう。商隊の大人から離れないように。それから、無茶をしないようにな」


「「「はい!」」」


 イグスは一つ頷くと、ティオ達を引き連れて商隊の先頭へ向かって歩いていく。


「あ、父さん。母さんから伝言です。よろしくお願いしますね、だそうです」


「……そうか。了解した」


 イグスはその言葉の意味を察して表情を少し引きつらせた。同じく察しているであろうトリウスとオルトも苦笑している。


 要は『子供たちのこと、よろしくお願いしますね』ということだろう。この状況ではそれ以外ありえない。しかし、自分で送り出しておいて人に丸投げとはどうなのか、とイグスは思わないでもない。信頼されていることの証でもあるのだが、釈然としないのも事実だった。


 そんな心境はさておき、言われるまでもない、と意識を改め、先ほどの指示を若干訂正して繰り返した。


「行くぞ。お前たち、俺から離れるな」


 商隊の先頭に躍り出たイグスは商隊員が集まっているのを確認し、号令する。


「今から領主邸へ救援に向かう! 依然、雨は続いており、二次災害、あるいはまた別の災害が発生する可能性もある。各自十分注意し、事にあたること! 何かあればすぐに大声で知らせるように! では、行くぞ!」


 商隊員たちが一斉に声を上げて応える。護衛の傭兵を含み50人を超える商隊員達は領主邸に向けて出発した。




「これは……!」


 イグス達は現場に辿りついたものの、その絶望的な状況に言葉を失った。


 屋敷の一部に土砂が直撃したらしく、そこの1階、2階部分は完全に砕かれ、土砂に埋まってしまっていた。そこに人がいたのだとしたら即死しているかもしれない。いや、むしろその可能性しか考えられない程だ。


 さらに、町人総出でバケツリレーの様に土砂を除去していくも、その土砂の量を鑑みれば終わりが見えない。しかも、すでに発生から30分は経過しており、アリンの救助を考えれば絶望的に間に合わないと判断できる。もはや人手がどうこうという問題ではなかった。


 町人たちもそれはわかっているだろうに、手を止めるものはいない。その理由は土砂の上にいる人物だと判断できた。


「アリンッ!! くそっ、絶対に助けてやるからな!」


 アリンの生存を信じ、誰よりも土砂を掘り進める。ティリアムの領主であり、アリンの父親であるオルデス・ブライムその人である。彼が諦めない限り、住民も諦めないといった雰囲気だ。


 イグス一行は思わず状況を忘れてその光景に畏敬を感じた。ティオが言っていた領主の繋がりの話を思い出す。領主と領民でお互いに助け合い、確かな絆を感じさせる彼らに敬意を抱かずにはいられなかった。同時に、そんな彼らの仲間になりたいと心の底から思えるのだった。


 とはいえ、今は感動に震えている場合ではない。すぐに気を取り直したイグスは号令をかける。


「各自、土砂の排除を支援! それから、護衛の者はここへ!」


「「「了解!」」」


 イグスの号令を受けた隊員たちは直ぐに散らばり、町民の手助けに移っていく。同時に、イグスに呼ばれた護衛の傭兵10人がイグスの側に集まってくる。


「よく来てくれた。この土砂だが……おそらくこのままでは間に合わないだろう。そこで君たちの力を借してくれないだろうか」


「もちろんです」


 イグスは懇願の眼差しを向けるが、傭兵たちの心は既に固まっていたようだ。ラステナが即答し、他の傭兵も首肯する。


「ありがとう。では、魔術で土砂を除去できるだろうか」


 イグスの問いかけに、ラステナを少し考え込む。安易な答えはこの場ではふさわしくないからだ。自身の知る魔術を状況に当て嵌め、可能性を洗い出す。数瞬の後、ラステナは告げた。


「土魔術の素体に土砂を用いれば可能です。ですが、それでも……」


 ラステナは明言をさけたが誰しもが察した。それでも間に合わないだろうと。それでもイグスは指示する。


「今の状況よりも好転するのであれば重畳だ。では魔術を扱えるものは魔術により除去を、扱えないものは町民たちを支持しながら危険がないよう気を付けてやってくれ」


「はい!」


 イグスの指示で傭兵たちは直ぐに自分の仕事に取り掛かる。この絶望的な状況で無理とも無駄とも言わない彼らを頼もしく思いながら、イグスは次の行動に移った。


「オルデス殿!!」


「なんだ! ――貴様、確か商団の……」


「イグス・マグナーです!」


 イグスはオルデスの元へ走り、声をかける。協力を申し出るためだ。だがオルデスは取り合わなかった。


「邪魔だっ!! 今は貴様と話している暇はない! とっとと失せ――」


 イグスが余所者だからか、それとも焦っているからか、話を全く聞かずに追い返そうとする。だがその声は、豪雨の中に響いた、魔力を帯びた声に遮られる。


「根差す大地よ、我が声に応えて集え! アースアグリゲイション!」


 次の瞬間、周囲の土砂が少しずつ、空中のある一点に集まっていき、直径2メートルほどの塊へと変貌する。術者であるラステナが手を振るえば、その塊は脇にある空地へと飛び、着弾した。


「皆さん! これから魔術で土砂をあそこへ移していきます! 危険ですのであそこへは近寄らないでください!」


 ラステナがそう叫んだ後、他の傭兵も同じように魔術で土砂を集め、空地へと放っていく。それでようやく、彼らの目的は自分たちと同じであると理解し、指示通りに空き地から距離を取っていった。


「…………」


 オルデスはその光景を見た後、イグスに視線を戻す。それは探るような視線で、おそらくはイグス達の魂胆を測り兼ねているのだろう。オルデスの口が動く前に、イグスは畳み掛けた。


「ご息女の救出、我々も微力ながらお力添えを。それについての褒賞や対価は求めません。もちろん、先日からの商談とも何も関わりありません」


「……なに?」


 オルデスは訝しげに眉を顰める。そんなことをして商隊に何の利益があるのか、何を企んでいるのかを考えている風だ。


「……アリンを助けた後、貴様らとの商談を蹴ってもかまわないんだな?」


「もう一度言いましょう。これは商談とは何の関わりもありません。ただの、道理です」


 威圧するようなオルデスの言葉に、イグスは微塵も怯まずに堂々と答える。対してオルデスは逆に気圧されたように表情を強張らせた。


 数秒、二人は何も言わずに睨み合った。やがて、オルデスは一つ息を吐き、頭を下げた。


「すまない、手伝ってくれ……!」


「もちろんです」


 イグスの言葉を受けたオルデスは直ぐに威厳のある表情に戻し、声を張り上げた。


「みな、手伝ってくれて感謝する! もう一息だ、マグナー商会の者たちと協力し、娘を助けてくれ!!」


 町民達がオルデスに応えて叫ぶ。それに合わせて商隊員達もより一層、救出に励むのだった。


 ティオ達は少し離れたところでそんなイグス達を見ており、尊敬の念を抱いていた。


「流石だな、父上は」


「そうだな」


「うん。僕たちも――」


 ティオの言葉に、トリウスとオルトは頷き、商隊員達と同じように土砂の除去を手伝い始める。流石に大人達のようにはいかないが、それでも彼らに出来る範囲で必死に力になっていた。




「はあっはあっ……」


 ラステナは膝に手をつき、荒れる息を必死に抑える。


 すでに商隊が合流してから30分、土砂崩れが発生してからはおよそ1時間が経過していることになる。その間、その場にいる全員が一つの目的に向けて休むことなく励み続けた。


 その奮励の甲斐あって3割ほどの土砂を除去することが出来た。否、奮励の甲斐なく、3割しか除去できなかった、というべきだろう。無論、短時間でそれだけの土砂を除去出来たのは妙妙たる結果だと言える。だが、現実は残酷だ。


 ようやく、アリンが巻き込まれたであろう屋敷の一角、子供部屋の一部が見えてきたところだというのに、周囲を見れば限界の二文字が否応にも頭をよぎる。


 すでに魔術師はラステナを残し、商隊の護衛も、ちょうど町にいて支援に来た傭兵たちも限界を迎え、地面にへたり込んでいる。残ったラステナも、肩で息をしており、限界が近いのは明らかだ。人力で土砂をどかしていた者達も明らかにその速度を落としていた。


 オルデスは土砂をどかしながら、横目でそんな状況を眺めるも、何も言わない。ただただ一心不乱に目の前の土砂を取り除いていた。


 イグスは冷静に状況を見て、良案を模索する。だが浮かぶのは否定の可能性だけだ。悔しさに歯噛みし、俯いた。そこでどさっと物音が聞こえ、イグスは何気にそちらに視線を向けた。


「――ティオッ!?」


 そこではティオが尻餅をつき、バケツの中身をぶちまけていた。イグスはティオがまだ土砂の除去を続けていたことに驚きながら、すぐに駆け寄る。


「ティオッ! 大丈夫か!?」


「大丈夫、ちょっとバランス崩しただけ……」


 言いながらティオは再び立ち上がろうとするが、力が入らないのか、うまく立ち上がれない。


 まだ諦めないティオを、イグスは抱きしめて止める。そして告げた。


「もういい、もういいんだ。ティオ」


「でも、まだ……」


「いいんだ……」


 耳元で囁かれるその言葉の意味を、ティオは察せなくて、察したくなくて、いやいやと首を振る。まだ足掻こうとするティオの頭に、ふと手が載せられる。


「――貴殿のご子息かね。イグス殿」


「オルデス殿……。ええ、そうです。息子のティオです」


 いつの間にか土砂の上から降りてきていたオルデスがティオの頭を慈しむように撫でる。そして一瞬堪えるような表情をした後、頭を下げた。


「そうか。……ティオ君、イグス殿、二人には感謝している。ありがとう」


 ティオはオルデスから受け取ったありがとうの意味を察した。察してしまった。最後まで諦めないであろうその人物が諦めたことを、知り合ったばかりだけど大事な友人となった少女が終焉を迎えたことを。


「――約束……したのにっ……!」


 ほんの数時間前にした約束。明日また遊ぼうと約束したのに、それは実現しなかった。溢れた感情は涙となってティオの頬を濡らした。


『――っ』


「え?」


 不意に何かが聞こえた気がした。聞き取ることも出来ずに、不思議に思いながら顔を上げる。涙と雨で滲む視界で、ティオはイグスの肩越しにそれを“視た”。


「――あれは……?」


「ん……? どうした、ティオ」


 ティオの呟きを聞き、視線を後ろに回すが、異常は見当たらない。訝しがりながら、ティオに聞き直す。


「見えないんですか? あそこ……光ってる」


 再びイグスが振り返る。オルデスも視線を向けるが、やはりそこには絶望の色をした土砂しか見当たらない。僅かなランタンの灯りしかないこの暗闇では、少しでも光っていれば見逃すはずはない。


 イグスとオルデスは訝しく思いながらも、ティオの疲れが出たのだと判断した。


「ティオ、疲れているんだ。向こうで休もう」


 イグスが休むよう促し、ティオを抱えようとする。だがその前にティオはスッとイグスの腕を抜け、しっかりと地面に立つ。そして土砂を睨めつけ、呟いた。


「いる……あそこに」


「ティオッ!?」


 直後、ティオは駆け出した。咄嗟のことに、イグス達は反応できず、数秒してから慌てて追いかけた。


「ラステナさん!!」


「え、ティオ……様?」


 突然呼ばれたラステナは肩で息をしながらティオの方を見る。全身泥だらけのティオを見てラステナが心配の声をかけるよりも早く、ティオが声を上げる。


「ラステナさん、まだ、魔術は使えますか?」


「え、ええ。あと1回くらいならなんとか……」


 ティオの突然の質問にどもりながら答える。


「よかった。じゃああの光っているところに魔術を……!」


「光っている……ところ?」


 ラステナがティオの指差す方を見るが、何も見られない。困惑しているところにイグス達が追いついてきた。


「ティオッ! もういいから休みなさい!」


「イグス様。これは?」


 状況が把握できず、混乱していたラステナは助けを求めるようにイグスに問いかける。イグスは辛そうな表情で簡単に説明した。


「先ほどから、ティオが妙なことを言っている。おそらく、疲労と……ショックからだろう。早急に休ませてやる必要がある。手伝ってくれ、ラステナ」


 ようやく状況を把握できたラステナは冷静になると共に、イグスの言い分から捜索を断念したのだと察する。悲痛そうな表情をした後、首肯し、ティオに向き直った。


「さ、ティオ様」


「――ラステナさん」


 ティオがもう一度、力強くラステナの名を呼ぶ。それにより、ラステナは導かれるようにティオの眼を見た。


(これは……虚偽の眼でも、絶望している眼でもない? いや、これは……)


 ティオは強い決意と、確固たる意志を秘めた眼で、ラステナを見つめ続ける。その眼は、炎を宿し紅く輝いているようにさえ見えた。


 動かない二人を不審に思ったイグスが声をかけようとするが、先にラステナが口を開いた。


「ティオ様、その光はまだ視えますか?」


「はい」


 ティオの返答を聞き、ラステナは祈るように一瞬目を瞑った後、イグスに提案した。


「イグス様、最後は……ティオ様に賭けましょう」


「ラステナ? お前まで何を――」


「もしかしたら。……もしかしたらティオ様には、希望が視えているのかもしれません」


 イグスの言葉を遮り、ラステナは話し続ける。イグスは訳が分からないといった風で言葉を詰まらせた。構わず、ラステナは杖を構える。


「ティオ様、光っているのはどこです?」


「ラステナさん……。――あそこ、あの倒木の中心から左に4メートル、そこから奥へ1メートル50!」


 ティオは信じられないようにラステナを見て、次の瞬間には再び毅然とした表情に戻す。そして視線を土砂へと戻し、出来るだけ正確に、それの位置をラステナに伝えた。


「わかりました。――根差す大地よ、我が声に応えて集え。アース……アグリゲイション!」


 ティオに応えたラステナは、残る力を振り絞って魔術を繰り出す。寸分違わずティオの指示した場所の土砂が浮かび、集まっていく。その瞬間、ティオは走り出していた。


「ティオッ!!」


 イグスは咄嗟にティオを追いかけようとするが、視界の端で倒れそうに体をふらつかせたラステナに阻まれた。


 ラステナは見事な集中力で集めた土砂を脇へ退かした後、疲労で倒れそうになったがイグスに支えられて事なきを得る。申し訳ありません、と消え入りそうな声で呟くラステナに、イグスは困ったような表情で頷き応えた。


「ぐっ!」


 ティオは土砂の上を走りながら何度も転げていた。足場が悪い上に疲労困憊もいいところなのだ、無理はないだろう。だがそれでも、転げた次の瞬間には立ち上がり、再び駆けていく。


 そしてようやくラステナが死力を尽くして土砂を除去した場所に辿りつく。そこには、木で出来た人工物らしき何かが土砂から覗いていた。おそらく何らかの家具だろう。


 ティオは導かれるように家具へ走り寄り、それを手で掘り出していく。


「いったい、何を……」


 追いついてきたオルデスは不思議に思っただろう。突然訳のわからないことを言ったかと思えば今度は家具を掘り返している。そんなティオにどう対応したらいいものか判断しかねていた。だがそんな領主の悩みは次の瞬間、霧散することになる。


 ぼこっと音を立てて、ティオの掘っていた場所が奥に・・崩れた。それを見てオルデスは目を見開く。奥に崩れるということは、そこには空間があったということ。その空間にティオは手を伸ばし、何かを引っ張り上げる仕草をする。その手の先には――。


「う……」


 少女がいた。全身泥に塗れ、息も絶え絶えではあるが、確かに、生きている。


「――見つけたっ……!」


 引き上げた少女を抱きながら呟いた声は、豪雨の中、明瞭に響いていた。

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