第49話 大学3年生 夏休み合宿2

――――。

 手に小さくサークル名を書いたカードを持って、改札前で春香と待っている。


「まもなく一番線に伊豆急下田行き、スーパービュー踊り子5号が到着します。……」


 駅のアナウンスが聞こえる。もうすぐで到着するようだ。


「今更だけど、同じサークルの人が迎えにきた方がよかったんじゃない?」

 ……。うん。俺も思っていたけどね。結構、自由な人たちなんだよ。久美子さんも京子さんも。


 俺は苦笑いしながら、

「ま、いいんじゃない?」

と春香に返す。

 春香は、自販機で買ってきたペットボトルのお茶を一口飲んで、

「晃くんってどんな子だろうね」

とつぶやいた。


 今回の合宿の旅に合流することになって、俺と春香も一度だけ打ち合わせと称したお茶会に参加したんだが、その時も晃くんはバイトでいなかったのだ。


「久美子さんがいうには、ちょっと背の高い子で、性格は会ってみればわかるっていっていたよ」

と言うと、

「……その適当な説明をきいて、ちょっと不安が」

と表情を曇らせた。

「だって久美子がそういうってことは変わってるってことだよね?」

「ま、まあ、まだ会ってないからわからないぞ?」

と俺は苦笑したが、脳裏のうりに久美子さんの何か企んでいるような笑みが思い浮かんだ。


 踊り子号がホームに滑り込み、やがて改札口からお客さんが次々に出てくる。

 年配のご夫婦や婦人だけのグループ、そして、家族連れ……。


「……もしかしてあれかな?」

 その中にボストンバッグを持った一人の背の高い男性の姿が見えた。


 おおっと、なかなかの爽やか系イケメンじゃないか。ジーンズに白いシャツを着ていて笑顔が似合いそうだ。左手に包帯を巻いているが、どこか怪我でもしてるのかな?


「あっ。もしかして先輩がお迎えですか?」

と、その彼が俺と春香の前で立ち止まった。

「君が晃くん?」

「そうです。夏樹先輩に……、春香先輩ですよね?」


 どうやら彼が晃くんのようだ。春香がにっこり笑って、

「そうだよ。よろしくね。晃くん」

と言うと、晃くんは微笑んで「こちらこそ」と返した。


 うん。見た感じは普通の男子学生って感じだ。俺はほっとしながら、車に連れて行った。


 さっそくムーヴに乗り込んでエンジンをかける。

 後部座席の晃くんに、

「悪いけど、コテージの冷蔵庫が空っぽだから、途中でスーパー寄っていくから」

と言うと、晃くんは、

「いいですよ。俺も買いたい物あるし」

 春香が、

「ところで左手は怪我? 大丈夫?」

と尋ねると、晃くんは何でも無いように、

「ああ、気にしないで下さい。怪我じゃないんで。……単なる封印です」

「「は? 封印?」」

「いやあ。こいつがないと俺の魔力が漏れ出ちゃうんで……」


 俺はバッっと春香の方を見ると、春香も同時に俺を見た。

 ……厨二ちゅうにだ。

 ……だね!

 ……気にしないようにしよう。

 ……うん。そだね。


 言葉に出さずとも、思いが通じ合った。イケメンなのに……。


 俺は苦笑しながら、

「ま、合宿の間は大丈夫だろ?」

と言うと、晃くんは真剣な表情で、

「だといいんですけどね。大地の瘴気が月の力を邪魔しないといいんですが……」


 …………。いやあ。厨二でもこんなに堂々としゃべる人を初めて見たよ。

 イケメンなのに。三度みたび言おう。……イケメンなのに。


「サークルの仲間は知ってますが、あまり注目されたくないんで。先輩たちも黙っていてください」

 春香が助手席で苦笑しながら、

「うん。わかったよ。大丈夫。夏樹も私も口がかたいから」

「ホント。頼みますよ。時期が来るまでは真の能力は隠さないといけないんで」

 微妙な雰囲気になりながら、俺は車をスタートさせた。


――――。

「えっと、あとは……」

 俺はカゴを載せたカートを押しながら春香の後について歩く。春香は手元のメモを見ながら、次々に食料品をカゴに入れ、最後に、

「あとはビールだね。酒屋さんで買う?」

「そうだな」


 俺と春香はメモとカゴを確認して、レジに並んだ。ちなみに晃くんは隣のドラッグストアに行っていて、ここにはいない。

「意外だったね」

と春香が微笑みながら言った。

「イケメンなのにな」

「ふふふ。びっくりしたよ。……あれがなかったもてそうなのにね」

「春香もああいうイケメンが好きか?」

 春香は頬を膨らませて、

「ぶぅ。私は夏樹がいいの。イケメンとか関係ないんだから」

「あはは。ごめんごめん。俺も春香がいいよ」

「もう。調子いい……わけじゃないのよねぇ。ふふふ。ありがと」


 レジの順番がきて、おばさんがピッ、ピッといいながら商品を移し替えていく。

「360円が一つ。……以上で8千450円になります」

「はい」と春香が一万円を渡し、おばさんがそれを機械に入れる。じゃらじゃらと音がして、おつりの小銭が出てきて、千円札と一緒におばさんが春香に渡した。

「ありがとうございました」

という声を聞きながら、俺はカゴをカートに入れてレジの奥の台に移動する。

 そこで春香が手際よく食料品をビニール袋に詰めていく。


 目の前のガラスの向こうには、真夏の日差しが照りつけている駐車場が見える。

「あ。晃くんも買い物が終わったみたいだよ」

 ちょうどドラッグストアから晃くんが出てくるのが見えた。春香が、

「うん。こっちも終わった。……さ、次に行こう!」


 俺は春香とビニール袋を分けて持つと、涼しい店内から蒸し暑い外へと出て行った。


 途中で酒屋でビールを二箱。箱ワイン、焼酎を購入して、俺たちはヴィラに戻った。


――――。

 ヴィラに戻ると、みんなは動きやすい恰好かっこうに着替えて、コテージの前のテニスコートでテニスをしていた。


「お! 帰ってきたよ」


 ベンチで休んでいた京子さんがそういうと、コート内でプレーをしていた久美子さんと希美さんが中断してラケットを振ってきた。


 女子三人はそろえたように白いポロシャツにショートパンツ姿をしている。

 二年生男子のペアは、その向こうのコートでプレーをしているようだ。

 武士くんは「山人やまんちゅ」と書いたTシャツに短パン。対する勇輝くんは「海人うみんちゅ」と書いたTシャツに短パン。

 ……彼らはお笑いをするつもりなのか?


 京子さんが、

「晃くんも来たね」

と言いながら、俺たちの前を歩いて玄関のドアを開けてくれた。

 礼を言いながら、両手に荷物を持って中に入る。

 そのまま台所に運ぶと、春香がどんどんと冷蔵庫に飲み物などを入れていった。


 京子さんが、

「晃くんの部屋は夏樹くんと一緒だよ。……ついてきて」

といって二階へと案内してくれた。

 階段を上ると真っ直ぐに廊下があり、左右に二枚ずつドアがある。

「右側が女子。左側が男子。晃くんの部屋は左側の手前だからね」


 左の奥は二年生のペアが使うことになっている。俺は手前のドアを開けた。

 中はルームランプと小さなデスク、そして、二台のシングルベッドがある。窓側には、駅に迎えに行く前に置いた俺の荷物がある。


 京子さんが、

「ま、ベッドくらいしかないけどね。着替えたらコートに来てね。……っとそうだった。夏樹くん。春香は目の前の部屋だけど、希美も一緒だから注意してね」

「ああ。もちろんさ」

「じゃ」と言いながら京子さんは階段を下りていった。


 晃くんは、

「先輩。よろしくお願いしますね」

といって、部屋の端にボストンバッグを置いた。

 早速、テニスをする恰好に着替えるようだ。

 俺もバッグからポロシャツと短パンをスニーカーを取りだして着替え始めた。

 そういえばあの包帯はどうするんだろう。と思って晃くんの方を見ると、

「お、俺の左手がうずくぅ!」

とか言いながら漆黒のTシャツに着替えていた。

 その背中には赤い炎がデザインされている。ズボンも黒の七分で赤いラインでデザインされており、右手には黒地にシルバーの六芒星の模様の入った指ぬきグローブをはめている。


「どうです! 格好いいでしょ」

と無駄にいい笑顔で笑いかけるイケメンに、俺はどう返していいのかわからず、

「お、おう……。そうだな。……でも熱くないか?」

ときくと、晃くんが笑いながら、

「大丈夫です。ほら、さっき冷却スプレーを買ってきましたから。……技術の進歩ってすごいですよね。これ、中に氷の魔法でも入っているんですかね」

 ……なんだか。頭が痛くなりそうだ。


 そんな俺を置いて、晃くんは、

「じゃ、先に行ってますね」といって部屋から出て行った。

 俺も着替えを済ませてタオルと水筒を持って部屋を出る。


 すると目の前には同じく着替えを済ませた春香が、ちょうど部屋から出てきたところだった。

「ナイスタイミング!」

 うれしそうに春香が寄ってくる。


 春香は俺の色違いのポロシャツにショートパンツ姿だ。

 形の良い胸が服を押し上げていて、すらりとした綺麗な足が目に入ってくる。


「えへへ。一緒に行こう」

といつものように腕を組んで俺たちは外に出た。


――――。

 春香と一緒に外に出た瞬間。

「「「リア充め! 自重しろぉぉ!」」」

という久美子さんと二年男子のハモった叫び声が上がった。

……なぜ? 

 ただ一緒に出てきただけだよ。もしかして腕を組んでたのがダメだったか? これがデフォなんだが。


 京子さんが笑いながら、

「久美子ったら、……こうなるのは最初っからわかってたでしょうに」

「ううう。く、悔しくなんてないんだからね! くそー! 私も彼氏欲しー!」

 いや、久美子さん。気持ちはわかるが血の涙を流しそうだぞ?


 気を取り直して、俺たちもテニスに合流する。最初の相手はもちろん春香だ。


 ちなみにラケットとボールは本部棟からのレンタル。

 俺と春香を含め、普段からテニスをするようなメンバーじゃないからね。


 ファーストサーブを春香に譲る。

 春香は右手のラケットを下げて持ち、

「行っくよ~」

と言って、左手のボールを上に上げた。

 スポンッ。

と小気味のいい音を立ててラケットに打たれたボールが跳んでいく。……明後日の方角に。

 ま、まあラケットが飛んでいかなくてよかった。


「あり?」

 それを見て可愛らしく首をかしげる春香に、二年の男子ペアが、

「萌えだ!」「萌え~」

と騒いでいる。……あいつら、ボールにしていいですか?


 そこへ京子さんがボールを打ち返した。

「ほらっ」

 俺の所へ飛んできたボールを手でキャッチする。


 俺は春香に、

「春香。そっとボールを真上にトスして、ラケット面に正面から当たるように叩くんだよ」

「う、うん」

「じゃあ、今度は俺から行くよ」

 俺は、半身になって春香の方を見ると、春香はうなづいて、俺の一挙手一投足を見逃さないようにじっと見ている。


 左手に持ったボールを手のひらを上に真っ直ぐ頭上に投げ、右手を振り抜く。

 軽い音がして、ボールがネットを超えて、ワンバウンドして春香の方へと跳んでいった。


 春香がボールをよく見ながら、

「えいっ」

とラケットを振り抜くと、そのボールが俺の所へと跳んでくる。

「ほっ」といいながら打ち返し、それをまた春香が打ち返した。春香の打ち返したボールは、野球のフライのように高く上がって、俺の陣地の前の方に落ちてくる。


 俺は前にダッシュして、バウンドしたところを軽く打ち返す。

 春香はそれをうれしそうに、

「えいっ」

と大きく振ると、ボールは俺の頭上を越えて、ワンバウンドして抜けていった。


「よしっ!」

と小さくガッツポーズを取る春香に、

「こいつ。やりやがったな!」

と笑いかけると、春香は、

「うっしっし」と言いながら俺にピースした。

 ……うう。可愛い。可愛すぎる。


「次は私の番だね」

と春香が再びサーブを打つ。今度は、ちゃんと真っ直ぐに跳んできた。

「ふっ」

と息を吐きながら打ち返す。ボールは春香の反対側へと伸びていく。春香がダッシュで追いすがり、

「えいっ」

と打ち返した。俺は笑みを浮かべながら余裕を持って、さらに反対側へと軽く打ち返すと、

「ぐぬぬぬ」

と言いながら春香が追いすがる。が、あと一歩のところで春香の伸ばしたラケットの先を抜けていった。


 コートの外から、どこかで聞いたような男子ペアの声がする。

「揺れたな」「ああ。すごい揺れた」

 ……どこがとかいうなよな? あれを含めて全部俺のだ。


 春香が俺の方にボールを投げながら、

「なんだかちょっとわかってきた気がする」

「じゃ、少しラリーを楽しもうぜ」

「うん」

 俺はボールをキャッチして、構えると、打ち返しやすい位置にサーブを打った。

 それから互いに笑いながら打ち返す。たまに変なところに返ってくるのを、フォローするように打ち返し、ラリーが続く。

 15回を超えたころ、春香が打ち返し損じて、足下をボールが抜けていった。


「はあはあ」

と息を荒げながら、春香がその場でへたり込んだ。

 俺はネットの脇を超えて春香に近づいていき、手を伸ばして立たせる。

「ちょっと休憩しよう」と言うと、春香は、

「はあはあ」と荒げた息のままでうなづいた。そのまま手を貸しながらベンチまで行き、持ってきた水筒を手渡してやる。

 キャップを開けて、春香はごくごくと飲んで、俺に水筒を差し出した。それを受け取って、俺も水分補給をする。


 そのとき、別のコートから高笑いが聞こえてきた。

「ふはははは! たとえ相手が女子だろうと容赦はしない」


 ……晃くんだ。相手は希美さんのようだ。

「うっさいわね! さっさとサーブしなよ!」


 晃くんはボールを数度バウンドさせて、軽くトスし、

「トルネード・サーブ!」

と叫びながらボールを打った。もちろん普通のサーブだ。


 希美さんは油断なく、サーブを打ち返す。

 ポンと音を立てて打ち返されたボールが、晃くんの反対側へと跳んでいく。

 しかし、晃くんは笑いながら、

「無駄無駄無駄無駄ぁ」

と走り込んで、打ち返すと、ボールは希美さんの手前で低めにバウンドした。

「くっ」と言いながら、希美さんがそれを打ち返すと、ボールは高く浮き上がった。

 それを狙って晃くんがジャンプしながら、

「くらえっ。フラッシュ・ストライク!」

とスマッシュを打った。ボールが高速で打ち返されて、希美さんのコートに突き刺さった。


 希美さんは、

「うぬぬぬ。……こんなのにやられるとは、く、や、し、い」

と拳を握りしめた。

 それを見た晃くんは、

「どうしたどうしたぁ! それでも庭球の魔女か?」

というと、希美さんは即座に、

「誰がだ!」と叫び返している。


 それを見ていた春香が、

「晃くん。あれがなければいいのにね」

「そうだな。無駄にスペックが高そうだな」

 俺はうなづきながら、晃くんと希美さんを見ていると、春香が俺に寄りかかってきた。

「ふふふ。でも楽しいね」


 俺は、コートの向こうから突き刺さる視線を感じながら、春香の肩に手を回した。


「ぐぬぬ。またいちゃいちゃして……」

「本当ですよ。久美子先輩。俺ら、うらやましいです」

「武士。うるさい。……はあ。あんたらがもっと男らしかったらねぇ」

「ホントよね。最初は、年下の男子が入ってくるぜ。いやっほうって思ったのにねぇ」

「……京子。夢は所詮、夢なのよ」

「「はああぁぁぁ」」


 ……うん。俺は何も聞いていないし、何も聞こえていないぞ?

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