第47話 大学1年生 初詣
まだ暗い中、帰省していた俺はそっと家の外に出た。
今日は大晦日。
うちの両親は就寝中だ。
「ううっ。寒い」
吐く息が白い。マフラーをきゅっと締め、空を見上げると星がきらめいていた。
はす向かいの家から、
「じゃ、行ってくるね」
という女性の声が聞こえた。どうやらピッタリのタイミングだったみたいだね。
俺は懐中電灯をつけて、外に出てきた女性、愛する春香のもとへと行った。
「よっ」
「あっ。夏樹。……よかった。ちょうど良いタイミングだったね」
そういって春香も懐中電灯をつけた。
早速、右手を俺の左腕に絡め、二人寄り添うように歩いて行く。
行き先は、今も除夜の鐘が鳴っているおじいちゃんお坊さんのお寺だ。
元旦午前0時から新年の行事があるので、二人でお参りする予定だ。
「今年も色んなことがあったね」
「そうだなぁ。入試があって、卒業して、二人暮らしをはじめて……。大学生活ももう慣れてきたしね」
「ふふふ。私にとって今年はとってもいい年だったよ。だって夏樹と結ばれた年だもんね」
「……俺もさ。バイトも楽しいし充実してたな」
暗い夜道を二人で歩いて行く。
幼い頃からずっと過ごしてきたこの町。そして、幾度となく通ったこの道。
昔はもっと広く感じたこの道も、大きくなった今は狭く感じてしまう。
「あっ。雪だ!」
春香が空を指さした。見上げると少ないけれど雪がふわっと降りてくる。
差し出した手のひらに一粒の雪が舞い降りるが、すぐに解けてしまった。
「ふふふ」
と春香がぎゅっと俺の腕に抱きついてくる。
……ああ、幸せってこういうことかもね。
そう思うと、寒い夜道も胸の中はじんわりと暖かくなる。
お寺に近づくにつれ、俺たちと同じようにお参りに向かう人たちが増えてきた。
暗い中をあちこちで、
「どもっ!」「今年もよろしく!」
と小さい声で挨拶が飛び交っている。
それを聞きながら歩いていると、
「おっ! 夏樹と春香じゃん」
と声が聞こえてきた。声のする方向を向くと、そこには手をつないだ啓介と優子がいた。
春香がうれしそうに、
「優子!」
と手を振ると、優子も微笑んで小さく手を振っていた。
「お前たちもお参りか?」
と尋ねると、啓介が「ああ」とうなづいた。優子が、
「一緒に行こうよ」というと春香が、
「うん!」と元気に返事した。
啓介と優子のカップルと近況を報告しながら、お寺の階段を上る。
初詣の人たちのために階段から明かりが点いている。ちょっとしたお祭りのような雰囲気だ。
階段を上ると境内には思った以上の人々が集まっていた。
お寺の玄関の手前にはテントが張られていて、そこで甘酒を出しているようだ。
その時、町のあちこちから、
「明けましておめでとう」とか歓声が聞こえてきた。
それを聞いた啓介が、
「どうやら年が明けたみたいだな」
と言って俺たちの方を向いて、
「今年もよろしく」
と言うので、俺も「こちらこそ。今年もよろしく」と啓介と握手した。
優子も春香と新年の挨拶を交わしている。
本堂の中から、おじいちゃんお坊さんの挨拶する声が聞こえてきた。
どうやら中はもう一杯で入れないみたいなので、そのまま外で挨拶を聞き、外からお参りした。
途中で啓介が、
「じゃ、俺たち、この後、用事あるから」
「うん。夏樹君と春香も、またね」
と優子もそういうと、手を振りながら帰って行った。きっと二人で啓介の家にでも行くんだろう。
俺たちはテントで甘酒をもらうと、サクラの木の下のベンチに向かった。
雪のちらつく中で、町の明かりを眺めながら、甘酒をちびりちびりと飲む。
隣の春香も両手で包み込むように紙コップを持って、甘酒をすすっていた。
「な、春香」
「なあに?」
「もしだよ。もしさ、ずっと永遠に二人で一緒に生きていく方法があったとしたら……。そうする?」
「え? 永遠に、ずっと?」
「ああ」
春香はちょっと上を見て考えて、
「うん。……たぶん、夏樹と一緒ならずっとずっと一緒にいたいと思う」
そう言って、俺の方を向いて笑顔を見せた。
俺も微笑み返して、
「そっか。うん。……そうだよな。俺も春香とずっと一緒にいたい」
「う~ん、そうだなぁ」と春香はいいながら、また甘酒を一口飲んだ。
すっと春香は立ち上がって、俺の方に振り向いた。
「夏樹が見つけてよ」
「え?」
春香は俺の顔をのぞき込みながら、
「このまま年を取って死んでしまっても。生まれ変わったら、夏樹が私を見つけて。……私、夏樹が見つけてくれるのをずっと待ってるよ」
きれいな笑顔になった春香は、俺の頬に両手を添えて、そっと口づけてきた。
俺はぼうっとしながら、
「……もう見つけたよ」
と小さくつぶやいた。
春香は、一瞬、「ん?」と首をかしげたが、俺は、
「春香。大丈夫だ。もう絶対に離れないから」
と微笑むと、春香が、
「えへへ。そうだね」
と再び俺の横に座った。
「でも、どうしたの? 急に」
という春香に、俺は誤魔化すように、
「うん? ああ、なんでもないさ。ちょっとね」
と首を横に振った。
そのとき、耳元で、
――まだ言わないのかい?
と言う声が聞こえた。
脳裏にデーヴァ・インドラ様の顔が思い浮かぶ。
……。天帝釈様。まだこのまま過ごさせてください。
心の中でそう答えて、俺は春香に微笑む。
「いつか。……いつか春香に聞いてもらいたい話があるんだ」
「話?」
俺は春香の手を引きながら立ち上がる。手をつないだまま春香の方を向い、
「ああ。もう一つの俺と春香の話さ」
といって、春香をぎゅっと抱きしめた。「なっくん?」
「もう少しこのままで……」
腕の中の春香を感じる。
もう、このぬくもりを失わない。……絶対に。
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