第27話 高校1年生 海水浴

「あともう少しで着くよ」


 車を運転していた春香のおじさんが、バックミラーをのぞきながらそう言った。


 今、俺は春香のうちの車に乗って、伊豆の海へ海水浴へ向かっている。

 高校に入学して初めての夏休み。


 一学期に、春香と「今年の夏は海に行きたいね」と話していたら、トントン拍子で春香の家族と一緒に海水浴に行くことになっていた。


 まだ日の出前の早朝に出発し高速を飛ばして、沼津インターで下りる。そこから国道一号線から下田街道へ入り、伊豆中央道を通って南伊豆を目指す。


 途中で、道の駅天城で休憩を挟みループ橋を越え、桜で有名な河津を抜けて海岸沿いに出る。右折して下田を通り抜けていく。


 目的地は弓ヶ浜海水浴場だ。


 こうして春香のうちの家族旅行に一緒に行くのは小学生以来のことで、どことなく緊張してしまう。


 春香は随分と楽しみにしていたようで、一週間前には一緒にデートがてら水着を買いに行った。


 たまたまお店で、小中につづいて高校まで同じだった啓介と優子のカップルに出会い、一緒にあれこれと水着を選んだ。

 ……啓介と優子はプールデートをするらしい。


 俺が春香の家族と一緒に海水浴に行くと言ったら、「さすがは幼なじみカップルだ」とダブルで言われた。なんでも海水浴デートは難易度が高いらしいが、そうか?


 啓介が俺と肩を組み春香に聞こえないように、「お前、春香のおやじさんにすでに娘の旦那ってみられてるんじゃないか」と言われた。

 う~ん、さすがにそれは無いだろう。


 海水浴場に出て、地元のおじさんの指示に従って駐車する。

「到着!」

とおじさんが言いながらサイドブレーキを踏んだ。


 おじさんもおばさんも車から降りて背伸びをして体をほぐしている。


 俺と春香は早速、トランクのドアを開けて、中からパラソルとレジャーシート、クーラーボックスに着替えの入ったバッグを取り出した。

 おじさんとおばさんも自分たちのバッグと折りたたみの椅子を持って、みんなで砂浜に向かった。


「うわぁ。気持ちいー!」

 砂浜に出て海から吹いてくる風を浴びながら、春香がそう言った。

 俺はまぶしい太陽に目を細め、肌がじりじりと熱くなるのを感じながら、

「海水浴日和だな」と言った。

 春香は「うん」とうなづいて砂浜に踏み出した。


 到着したのが駐車場が開いてすぐくらいの時間帯なので、まだまだ人は少ない。

 春香にここでいいかと聞きながら、俺は適当なところにレジャーシートを広げて荷物を下ろした。

 おじさんとおばさんは早速、低い折りたたみテーブルと折りたたみの椅子を広げている。


 俺はスコップで砂を掘ってパラソルのポールを埋めて、風に飛んでいかないように固定する。

 レジャーシートのところに一本、おじさんとおばさんの座る折りたたみ椅子のところに一本。

 パラソルを開いてみて影の具合を確認。まあ時間帯で影が移動するけど、これでいいだろう。


 おじさんとおばさんは水着になるつもりはないみたいで、クーラーボックスから飲み物を取り出すと、さっさと椅子に座っている。


 おじさんが、

「二人とも着替えておいで」

と言うので、バッグを持って春香と一緒に仮設の着替えるコンテナみたいなところに向かった。

 中は一人ずつ着替えをする個室になっていて、最初に俺が入り次に交替で春香が着替えた。


「にひひ。……どう?」

 個室から出てきた春香がポーズを取る。明るいオレンジの花柄のビキニに、腰には赤いパレオを巻いている。

 まだ高校一年生で背伸びした感がかなり強いが、健康的な色気がみなぎっている。


 俺が「すごい似合ってるし、かわいいよ」

とほめると、春香はうれしそうに破顔した。


 とはいえ、さすがにまだビキニはちょっと恥ずかしいみたいで、春香はいそいそと上からラッシュガードを羽織る。

 俺は典型的なサーフ型の水着で、春香とお揃いのデザインのラッシュガードを羽織った。


 春香は俺を見て、

「やっぱり夏樹はかっこいいなぁ」

と言う。俺は普通の容姿だと思っているけど、どうやら春香の乙女補正ではかっこよく見えるらしい。


 春香と腕を組みながら歩くが、いつもより密着度が高くて生々しい肌の感触にドキドキしてしまう。

 それに気がついた春香が俺の顔を見て、にこっと笑った。


 浜辺に戻ると、おじさんとおばさんは仲良く寝ていた。朝早くから準備して、ずっと運転をしたから疲れてしまったのだろう。


 俺と春香はそれを見て苦笑いしながら、レジャーシートに座って日焼け止めを塗る。背中は互いに塗りっこをした。


 まだ寝ているおじさんとおばさんを見て、春香が、

「寝てるから行っちゃおうか」

と小声で言った。

 くすっと笑ってうなづいて、春香を連れてなぎさまで行く。


 ビーチサンダルを途中の砂浜で脱いでひざぐらいまで海に入る。春香が俺の方を見た。あの表情……、くる!

 バッシャァ!

 春香がすくった海水が俺にかかる。ラッシュガードの上に、トトトっと海水が当たる感触がしてじんわりとぬれる。

 俺は笑いながら、

「仕返しだ!」

と言って春香に海水をかけた。


 互いに海水を掛け合ってから、俺は春香の手を引いて深いところまで入っていった。

「ううぅ。もう足がギリギリだよう」

と春香が言うところでUターンして再び浜辺に戻り、二人並んで砂の上に座った。


「ゴーグルとシュノーケルが欲しいな」

と俺が言うと、春香が「浮き輪も欲しい」と言う。

 そういえば浮き輪とか持ってこなかったな……。と、海の家を眺めると、軒先に浮き輪やボート、ボールが掛けられているのが見えた。


 もうこの時間でも海の家の営業はやっているみたいなので、浮き輪を一つ、ゴーグルとシュノーケルを二つ購入する。


 店先のベンチに座って浮き輪をふくらませていると、春香が俺のふくらんだほっぺたを楽しそうに突っついた。

「んふふふ。かわいい」


 早速、浅いところで春香を浮き輪の上に座らせて、俺は浮き輪のロープをつかんで海へと入っていく。

 波に揺られながら沖を目指すと、春香が「キャーキャー」と喜んでいる。

 もう足が着かないところまで来たところで、俺も浮き輪にぶら下がるようにつかんで波にただよった。


 春香が浜辺を指さして、

「だんだん人が多くなってきたね」

と言う。浜辺の方を振り向くと確かにパラソルやテントの数が増えてきているようだ。


「よし。じゃ、私も海に入るぞ」と言って、春香は浮き輪から海へ飛び込んだ。バシャバシャと泳いでくると、俺と並んで浮き輪をつかんでぶら下がる。


 俺はそっと春香の肩を引っ張って抱き寄せると、誰も見ていないことをいいことにキスをすると、春香は、

「も、もう。こんなところで!」

と言った。

「だってさ。おじさんとおばさんがいるし、こういうところでないとできないじゃん」

と言うと、「そりゃそうだ」と今度は春香の方からキスをしてきた。


 このまま遊泳区画の境界にあるブイまで行ってもいいけれど、そのまま二人並んで浮き輪をビート板代わりにして、砂浜に向かってバタ足で泳ぐ。


 ちょっと海に入っただけだが、砂浜にあがってみると思いのほか体が冷えていたようだ。

 そのままレジャーシートに戻り、二人並んでごろんと寝転んだ。


 パラソルが風に揺られている。独特のリズムの波の音と人々の喧騒けんそうが聞こえる。


 春香の方に向き直ると、春香も俺の方に向き直った。

「ふわぁぁぁ」

 春香があくびをする。「なんだか眠くなって来ちゃった」


 今朝はかなり早く起きたせいか、俺も眠くなってくる。

「ちょっと寝よう」

と言うと、春香が「うん」と言って目を閉じた。



――――。

 どこかのスピーカーから有線でスマップの「ライオンハート」の歌が流れている。やさしいメロディーが俺たちの上を流れていく。


 気がつくと、俺と春香の体の上にバスタオルが掛けられいた。

 目の前ではまだ春香がぐっすりと眠っている。


 ぼうっとする頭のままで起き上がると、おじさんが、

「ああ、起きたかい?」

と言った。おじさんとおばさんはまだ椅子に座っていて、おじさんが、

「やっぱり朝が早いと眠くなるね。……そろそろお昼だから、どうしようかと思っていたところだよ」

と言う。もうそんな時間か。


 俺は春香をゆすって起こすと、「ううん」と言いながら目を覚ました。

 バスタオルはまた使うので、汚れないように綺麗にたたんでバッグにしまう。


 二人とも背伸びをしたところで、おばさんが、

「私たちは後でいいから、好きなのを買っておいで」

と春香にお財布を渡している。春香は「うん」とうなづいて俺の手を引いた。

 おばさんが、

「夏樹くんも好きなの買っておいでね」と言うので、

「ありがとうございます」とお礼を言い、春香と海の家に向かった。


 メニューを見て二人で、ああでもない、こうでもないと言いつつ、結局、カレーに決めた。

 テイクアウト用の入れ物に入ったカレーと、単品で頼んだたこ焼きと焼きそばを手提げビニールに入れて貰い、おじさんとおばさんのところに戻る。

「先に食べてて」と言いつつ、交替でおじさんとおばさんがお昼を買いに行った。


 レジャーシートに春香と向かい合わせに座り、買ってきたカレーとかを並べる。

 春香はクーラーボックスを開いて、「ん~。スプライトでいい?」ときいてきた。

 俺はバッグから紙おしぼりを取り出しながら、「それでいいよ」と言う。


「乾杯!」といいながら、ペットボトルをコツンとぶつけ合う。

 春香が早速、カレーをひとくち食べた。

「ん~。やっぱり海で食べるとおいしい気がする」

と言うので、「どれどれ」と言いながら俺もひとくち食べた。味は中辛の普通のカレーだ。


「……おいしいっていうより、楽しいかな?」

と俺が言うと、春香が、

「そうそう!楽しいよ」

と言った。俺は、

「こうすると、もっとおいしいかもよ」

と言いながら、カレーをスプーンに載せて春香に差し出す。


 春香は、にっこり笑って、

「あ~~ん。……えへへ」

とぱくりと食べた。食べ終わってから、

「普通は、こういうことは女の子からすると思うなぁ」

と春香が自分で言いながら、お返しにスプーンを差し出す。

 俺は笑いながら、

「あ~~ん」

と言ってぱくりと食べたところで、おじさんとおばさんが帰ってきた。


 俺と春香を見て、おばさんが、

「やってる。やってる」と笑いながら言うと、おじさんも笑いながら「若いっていいねぇ」と言った。


「あっ。写真撮らなきゃね。……春香。ほら、もう一回夏樹くんにやって」

とおばさんがカメラを探しながら言った。


 春香は笑いながら、

「それは大事だよね!」と言いつつ、カレーをスプーンですくう。

 おばさんがカメラを構えて、

「はいはい。いいよ!」

と言うと、春香が、

「あ~~ん」

といいながらスプーンを差し出した。


 ……なんだか恥ずかしいな。と思いつつ、春香のスプーンをくわえた。

 それから今度は交替して、俺は春香に「あ~~ん」とカレーを食べさせるところを写真に撮ってもらった。


 俺は春香に小さい声で、

「今度は春香がカメラ持ってさ、おばさんからおじさんにやってもらったら?」

 と言うと、春香は含み笑いしながら、「ナイスだよ! くししし」と笑った。

「お母さん。カメラ貸して」と言って、春香がおばさんからカメラを受け取る。


 しばらく、春香が背面の液晶画面を見つつ、あちこちにカメラを向け、おもむろにおじさんに焦点ピントを合わせると、

「じゃあ、次はお父さんがあ~んをされる番ね」

と言った。

 おじさんは「えっ?」と言いつつおばさんを見る。おばさんは笑いながら、買ってきた焼きそばを箸でつまんでおじさんに差し出した。

「い、いいよ」

とおじさんはいうが、春香が「お父さん、だめ」というと微妙な顔で口を開けた。


 その様子を春香はカメラの液晶を見て笑いながらシャッターを切った。


――――。

 お昼ごはんを食べた後、再び春香と海に向かう。

 午後は、せっかく買ったゴーグルとシュノーケルで潜ったり少し離れた岩場に行ったりして、3時頃までめいっぱいに遊んだ。


「ふい~。疲れた~」

と春香がレジャーシートの上で、たれぱんだのようにぐでっとしている。

 それを見て、笑いながらクーラーボックスからドリンクを取り出して手渡してやる。


 おじさんとおばさんは二人で何かを話し合っていたが、こちらを見て、

「そろそろ帰ろうか?」

ときいてきた。


 時間的には今から出発すれば、順調にいけばだが、夜七時くらいに到着となるだろう。

 俺的にはもう充分遊んだ。春香はぐでっとしながら俺の方を見上げ、

「私ももう疲れたよぅ。夏樹はどう?」

というので、笑いながら耳元で「う~ん、もっと春香の水着姿を堪能したいけどね」と言うと、春香は赤くなってがばっと起きあがった。「も、もう!」


 おじさんが微妙に笑いながら、「そ、そうか。でも、そろそろ帰ろう」と言った。さすがにおじさんの前では失言だったかな?


 早めに出発したが、伊豆を脱出する前に渋滞に巻き込まれてしまった。

 ようやく国道に出て沼津インターから高速道路に入る。途中のサービスエリアのフードコートで夕ご飯を食べて、再び東名高速に戻る。



「――たわね」

「そうそう――だ」

 どうやらいつしか寝入ってしまっていたようだ。

 運転席のおじさんと助手席のおばさんが、ところどころ笑いながら、今日の春香の様子を思い出して話している。

 俺は聞こえないふり……、じゃなくて眠った振りをして二人の会話を聞いていた。


「それにしても、あの子ったら夏樹くんにべったりねぇ」

「……俺だってあんなに甘えられた覚えがないぞ?」

「はいはい。小さい頃から、あんたは仕事で遅い日が多かったんだから仕方ないわよ」

「まあ、それはそうなんだが……、なんだかな」

「さびしい?」

「……まあ、甘えて欲しいとは思うよ」

「ふふふ。……でも夏樹くんがずっと一緒にいてくれるから、あの子は毎日幸せそうよ」

「ああ、それは見ていればわかる」


 春香のおじさんがちょっといじけたような様子でそういうと、おばさんが、

「私のお父さんだって結婚するって言ったときは、今のあなたみたいな顔してたわ」

「ぶっ! そ、そうか?」

「ふふふ。男親ってみんな同じね。……春香もいつかは結婚していくのよ? 春香が幸せになるのが一番よ」

「まあ、それはそうだな。春香を幸せにできない奴には任せておけない」

「……夏樹くんなら?」


 おばさんの言葉に、思わず俺の胸の動悸どうきが高まった。

「まだ高校生だろ? 早すぎないか?」

「どうかしらねぇ。春香はもう夏樹くんしか目に入らないって感じだけど」

「ああ、それはそうだな……。うん。まだ何とも言えないな。夏樹くんがどんな男になるのか。それ次第だ」

「……強情ねぇ。私は応援するわよ?」

「お前はそれでいいさ。もし将来も夏樹くんと春香が好き合ってて、夏樹くんが春香を幸せにするってんなら、俺もやぶさかじゃないかな」

「ふふふ。そう。……よかった」

「うん? なんでお前が安心してるんだ?」

「ううん。私ね。あの二人がこのままくっつくといいなぁって思ってるからよ」

「なんだい。お前も案外ロマンチストだなぁ」

「毎日、春香の様子を見てるし、夏樹くんも小さい頃から知っててうちの子供みたいだしね」

「……まあな。向こうの親御さんもよく知ってるし。そういう意味では安心なんだよな」

「そうそう。結婚しても向こうの親御さんとなら上手くやっていけるものね」


 それから二人の会話は、だんだんと取り留めも無い話題へと移っていった。


 俺は眠ったふりをつづけながら、胸のなかでおじさんに「今度こそ。絶対に春香を幸せにします」とつぶやいた。


 車は俺たちを乗せて、そのまま夕暮れの迫る街の中を走って行く。


 春香は俺に寄りかかりながらうっとりとした顔で眠り続けていた。俺は大切な眠り姫のぬくもりを感じつつ、将来に思いをせた。

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