第25話 中学校2年生 林間学校4
――――。
夕方、まだ完全に暗くはなっていないが、キャンプ場の大広場の中央に木材が
これからキャンプファイヤーが行われる予定だ。
日没後の薄暗がりが訪れた頃、学年主任の男の先生がキャンプファイヤーの開始を宣言した。
すると各クラスの学級委員の男女が二人で一本の松明を持って入場してきて、タイミングを合わせるように中央の井桁に入れ、やがて大きな火が立ち上ってきた。
キャンプファイヤーの明かりがみんなの顔を照らし出している。俺の隣では春香が期待しているようにキラキラした目で見つめていた。
出し物として予定されているのは歌とダンスだ。
辺りが完全に暗くなった頃、二年生の生徒会役員の男女が前に出てきた。
「僕たち」「私たちは」「このキャンプ場で」「同じ火を囲む」「「仲間です」」
「絆を深めるために」「肩を組んで歌を歌いましょう」
と口上が述べられ、おもむろに音楽が流れてきた。
内面はうん十歳の俺は、その光景をなんだかなぁという微妙な気持ちで聞いていた。
左にいる春香と肩を組み、反対側は隣のクラスの女子と肩を組んだ。
みんなで左右に肩を揺らしながら歌を歌う。
曲目は、燃えろよ燃えろ、大きな歌、今日の日はさようならの3曲だ。
こうして肩を組んで歌を歌っていると、かつての同級生や仲間たちの顔が思い浮かんできた。
高校のバカやった仲間。大学でのサークル仲間。そして、海外のキャンプ地で火を囲んで語り合った仲間たち。
青春をともにした仲間。だが、おそらくやり直しの今は、春香と一緒にいると決めた以上は会うことができない奴もいるだろう。
それでも……、そう思って横を見ると今の時を一生懸命楽しんでいる春香の顔が近くにある。
俺の顔を見てニコニコと笑いながら歌っている少女。
俺はこの笑顔を守りたい。そう思った。
「――――」
歌の最後のフレーズが終わって曲が止まり、少しの沈黙が訪れる。キャンプファイヤーの炎がぱちぱちと燃える音が聞こえる。
誰もが余韻を味わうように動きを止め、誰ともなく拍手がわき起こった。小さな拍手はやがて大きな拍手へと広がり、夜空へと響いていった。
拍手が終わり、時代を感じさせるラジカセから和風の音楽が流れ出した。
キャンプファイヤーの前に学年主任の男の先生が出てきて、みんなに座るように指示をする。そして、
「さて、そろそろ暗さも頃合いとなってきましたので、肝試しを始めます」
と宣言した。みんなが一斉に押し黙り、木が燃える音だけが聞こえてくる。
「これは第二次世界大戦の終盤のお話です。ここのキャンプ場は――」
と、先生は続いてこのキャンプ場のあった練兵場でおきた悲劇から始まる怪談話をした。
「――そこで太郎は、おそるおそる後ろを振り向いたのです。すると……」
次の瞬間、各クラスの背後の闇に紛れた先生たちが、
「「「まてえぇぇぇ!!」」」
と大きな声を出した。
「「「「きゃああぁぁぁ!」」」」
女子の叫び声が大きく響きわたったと同時に、春香が俺にぎゅっとすがりついた。俺はとっさに春香を守るように腕を肩に回す。柔らかい感触と共に春香の香りがして、思わずドキッとする。
すると、何くわぬ顔で主任の男の先生が、
「そこには死んだはずのおとよが――」
と怪談のつづきをする。周りを見ると、すでに何人かの女子生徒があまりの怖さに泣いていたり、友達同士で抱きついているようだ。
続いて行われる肝試しは、このキャンプファイヤーの会場から出発して、暗い林道を抜けて慰霊碑まで行って別のルートで各自のテントエリアまで戻ることになっている。
1組から順番に班ごとに時間をおいて出発する手はずで、それぞれの班に2つだけ懐中電灯が手渡される。道のサイドでは先生達が怖がらそうと色々と趣向をこらしていることだろう。
暗い夜道を二つの懐中電灯を手にしたクラスメートたちが歩いて行く。やがてその姿が見えなくなった頃、遠くから女子生徒の叫ぶ声がする。
キャンプファイヤー会場ではみんなが雑談をしながら順番を待っているが、自分たちの順番が近くなると段々と口数が少なくなっていく。
一つ前の班が出発していく。いよいよ次は自分たちの班だ。
キャンプファイヤーの会場から林道の入り口まで移動すると、さっきまでの温かい雰囲気から一転して暗がりの不気味な雰囲気に変わっていた。
俺と春香の目の前で、鈴木が「今度こそ俺のターンだ」とでもいうように遠藤さんと片岡さんに話しかけている。
「大丈夫。俺がいれば怖くなんてないって」
それを聞いている二人はそれどころでないようで、おそるおそる先を進むクラスメイトの様子を見ている。
ちなみに隣の春香もちょっと怖がっているようで、俺の服の端っことぎゅっとつかんでいる。やっぱり怖いんだろう。
俺は黙って左腕を差し出すと、春香はひしっと腕を絡めてしがみついた。
それをスタート地点にいる担任の女の先生が面白そうに見ていたが、二本の懐中電灯を差し出してきた。
「これは出口の先生に渡してね」
どうやら出発のようだ。林道とはいえ幅広なので4人くらいは横に並ぶことができる。
もっとも、みんな端っこは怖がっているみたいだ。みんなで相談して、懐中電灯は鈴木と長岡が持つというので二人にはサイドを歩いてもらい、その間に遠藤さんと片岡さん、俺と春香はみんなの後ろを歩くことにした。
懐中電灯が無いけど今晩は月が出ているし、みんなが歩いた後なら安全だからね。ちなみに自分たちが持ってきた懐中電灯は、空気を読んで持参してきていないよ? 折角の肝試しだしね。
ちなみに俺はリアルで、某遊園地の長いおばけ屋敷も平然と歩いて出てこれる人なので特におばけが怖いとかはない。ムードぶちこわしといえばそうなんだが。
むしろ、ジャングルでゲリラに銃を突きつけられる方がよっぽど怖い。あれは本当に死ぬかと思ったよ。
それに比べれば、ここだったら夜行性の熊でも出てこない限り危険はないだろうし、それほど神経質にならなくてもいいだろう。
歩き出して右の方へとカーブしていくと、キャンプファイヤー会場の音が後ろへ遠くなっていくのがわかった。炎の明かりもほとんど届かずに、周りにはかすかな月光と遠くに見える寂しい外灯、そして2本の懐中電灯だけだ。
左腕に抱きついている春香の力がぎゅっと加わるのが分かった。
目の前を歩く4人も落ち着かない様子で、特に鈴木と長岡が懐中電灯であちこち照らして慌ただしい。真ん中を歩く遠藤さんと片岡さんは二人で手をつないでいて、左右を見ないようにただ真っ直ぐ前を向いて歩いている。
鈴木が明らかに強がって普段より固い声でしきりにしゃべっている。長岡は緊張しながら見落としがないように光をあちこちに投げかける。
と、ふいに長岡の方の茂みががさがさと音を立てた。
その瞬間、遠藤さんと片岡さんはぎゅっと抱き合っている。長岡と鈴木が震えながら音のした方を照らすと、そこには不自然に茂みが揺れていて……、
「ばあ!」
今度は鈴木の後ろから脅かし役の先生が飛びだしてきた。
「「いや「うわああぁぁ!」」」
女子の叫びを打ち消すように鈴木の叫び声が響いた。前の四人はいきなり走り出していってしまう。
俺は耳を押さえて震える春香の腰に手をやって抱きしめながら、
「お、おい! ちょっとまてよ!」
といいながら、ゆっくりと後を追いかけた。後ろから「あいつ……平気なのか」とつぶやきが聞こえてきたが、それは無視。
真っ暗な中を慎重に追いかけていくと、すぐに4人が膝に手をやって呼吸を整えていた。
「おいてくなんてひどいぞ」
と声をかけながら近寄ると、
「きゃ「おわぁ」」
と片岡さんと鈴木がハモって驚きの声を上げる。長岡が即座に俺と春香にライトを当てた。
「ふうふう。なんだ夏樹と春香か。あ、あせって損した」
……やれやれだ。
それからまた元のように歩いて行くと道が二股に分かれている。しかも両方の先を見ると、どちらの道も5メートル先に提灯がぽつんと真ん中においてあった。
「こ、これは怖いね」
と遠藤さんが言う。なるほどね。いかにも何か仕掛けてありそうって雰囲気を出しているもんな。
「で、どっちなの?」
と遠藤さんが俺に聞いてきた。すると鈴木が、
「左だ! 左!」
と返事をする。
左の道を進み提灯をこわごわと避けて歩いて行くと、そこから30メートルほどで小さな広場に出た。
その中央には、夜空を背景に真っ黒に見える大きなシンボリックなモニュメントが建てられて、広場の周囲にはいくつかの電灯がついていた。
そのモニュメントの前に女の先生が一人で待っているようだ。
「あの先生、こんなところに一人で怖くないのかな?」
と春香が言ってきたので、前の四人に聞こえないように、
「多分、隠れて何人か先生がいるんだよ」
と言うと、急に緊張してきたようだ。まあ、2つめの脅かしポイントだろうね。
「ふふふ」
女の先生は、何をしゃべること無く俺たちを見てただ笑っている。……夜の慰霊碑の前で聞くと雰囲気がある。遠藤さんと片岡さんは無言で後ずさる。
鈴木が、
「だ、大丈夫だって。」
とびびりながら女の子に言うと、先生が、
「ふふふ。本当に? だって、ほら……」
というと、モニュメントの後ろから二つの人影が走り出してきた。ご丁寧におばけの仮面をかぶっているみたいだ。
「うわわああ!」
また叫びながら4人が走って行ってしまった。
俺は、春香をなだめながら、冷静に先生の方を見て「あ~あ。またおいてかれた」と言うと、
「君。脅かしがいがないね」
と言う。「まあ、焦って走ると危険ですからねぇ」とかいいながら、みんなの走って行った方向へ慎重に歩き出した。
まだこの慰霊碑のある広場は電灯のお陰で地面が見えないということはない。
俺の左腕にしがみついている春香が、
「う、うう。夏樹がいてよかったぁ」
としみじみ言った。見ると、ぼんやりと電灯に照らされて泣きそうな春香の顔が見えた。
「春香には俺がついているから大丈夫さ」
というと、春香はコクコクとうなづいた。
「それにしてもあいつらどこまで行ったんだ?」
広場から暗い夜道に入っていくと、さすがに暗い。しかも懐中電灯はあいつらが持って行ってしまった。
幸いにもう脅かしポイントはないようで、しばらくするとシルエットのような木々の間から、電灯のついたキャンプサイトが見えてきた。
ここまでくればもう大丈夫と思ったら、ぐいっと左腕が引っ張られた。
「ど、どうした?」
と思って、慌てて春香の方を向いた瞬間。唇に柔らかい感触が……。って、ええ! こんなところでキス?
「……夏樹。ありがとう」
唇を離した春香がそういって微笑んだ。
さて翌日は、バスで学校まで移動して解散という簡単なものだったが、先生も生徒もみんな疲れてぐったりしていた。
帰宅するとすぐに春香がやってきて俺の部屋に上がり込んできたが、俺が台所からジュースを持ってくる間に俺のベッドを占領して寝入っていた。
俺は苦笑して、ベッドに寄りかかって天井を見上げた。
「もう来年は高校受験か……」
前回、春香と道が分かれた高校の選択。でも今度は同じ道をゆこう。そう思いつつ、俺はゆっくりと目をつぶった。
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