五の話

 志乃しのから緊急の連絡を受けた前川まえかわは例年にない事の連続に頭を掻きむしりたくなったが、ここは職員室で事情を知らない普通の教師も幾人かいた。

その代わり数度頭を横に振ると長い、長いため息を吐いた。

そして。


「吉田先生、ちょっといいですか?」


初老の、組織の一員である吉田よしだ 宗次郎そうじろうに声を掛けて共に懺悔室ざんげしつへ向かう。

道すがら小声で要点だけ話し、後は無言で向かう。

吉田も心得たもので、聞き返す事もなく少し早歩きになりながら前川についていく。

吉田は20代のころからこの学園におり、以来ずっと”アレ”と関わってきた古参である。

近頃は後方を任されるようになっていたが、それでも経験は豊富であった。 それでもこの時期、封印まで3ヶ月の時期に固定化とは……

異常と言われた前回以上の珍事に、吉田もため息を吐きたい所ではあるが前川の背中を見やり、そのため息をグッと飲み込んだ。


「吉田先生、私はあの時…… いえ、なんでもないです」


前川は前方を睨むようにしてひたすら足を動かしていたが、ふと思いついたように吉田に話しかけ、やめた。

吉田は彼が何を言いかけたか察したが、察した故に何も聞き返さなかった。

吉田にとって彼は同僚であると共に、教え子の一人であった。

当然前回の封印戦でも肩を並べて戦ったのだった。

あの時の彼は…… 吉田は何も言わず、ただ少し足を早めて彼の肩を軽く叩きまた足を緩めた。





志乃が連絡をして、懺悔室ざんげしつに到着して5分と経たずに前川ともう一人、秋華あきかが顔くらいしか知らない初老の教師を連れて現れた。

前川の紹介で吉田という教師であると聞いた後、すぐにさっきの事を聞かれた。

それは主に志乃が、足りない部分を静流しずるが行いやがて懺悔室に沈黙が降りた。

前川と吉田は考えこんでいるのか、二人して目を閉じていた。


「……七霧ななきりさん、だったね? 固定化する前に最後に話したのが君、で間違いないかね?」


ようやく目を開けた吉田は、少し考えた後秋華にそう尋ねた。


聞かれた秋華も、きちんとさっきの事をもう一度思い出した後頷いた。

それを見た吉田も、そしていつの間にか目を空けていた前川も一瞬顔を歪めた後、顔を見合わせた。

そんな2人を見た志乃は怪訝そうな顔をして、問いかける。


「なんですか? もしかして原因が分かったんですか?」


そんな志乃の問いに前川が口を開こうとしたのを吉田がとどめ、自ら話し出した。 とても残酷な事を。


「……ああ、そうだ。 七霧さん、どうやら君が供犠くぎの巫女に選ばれたようだ」


最初、志乃は吉田がなにを言っているのか理解出来なかった。

前回はイレギュラーで、だから一般人が供犠に選ばれた。 だからこそ今回こそは術者が、燕子花かきつばたと六家が巫女として役目を果たそうと…… なのにまた? また関係のない人間がそれも供犠の巫女に。


「なんでよ……」


秋華は吉田の言った供犠の巫女という物について分からない。 でも志乃が、そして静流にジョンもなんとも苦しそうな表情をしている事に気付き、うろたえた。


「七霧、お前どこかで少女の霊を見てないか? そうだな黒いセーラー服を着た」


辛そうな表情で、前川は秋華にそう問いかける。 その質問に志乃達はハッとした後前川を見てそしてすぐさま秋華の方を向いた。

それを見て、秋華はとても重要な事であると察し、そしてすぐに思い出す。


「黒い、いえ赤黒いセーラーの少女は…… 見ました。 あの、この学校に始めて来た時です」


「あの日? あの襲われた日なの?」


志乃がそう言うと、静流は壁を殴りつけながら吐き捨てるように言った。


「最初から目を付けられてたのかっ!」


秋華は分からない。 なぜ皆がこんな憐れむような、苦しいような表情で自分を見てくるのか。

供犠の巫女とは一体……


その後再びの沈黙、しかしその沈黙はすぐに破られる。


「……お知らせします。 もうすぐ強制退校の時間になります。 夜勤の教師以外は退校してください」


いつの間にか”ことほぎ”が掲示板から現れ、退校を促してきた。

前川は顔をピシャリと叩くと、わざと明るい声を出して皆に告げた。


「よし今日は帰れ! 七霧もなんだか分からんだろうが、明日さかきさんも交えて話す。 いいな?」


志乃はそんな前川になにか言おうと口を開きかけるが、静流に肩を抑えられ開きかけた口を閉じた。


「七霧、今日は送っていく。 色々聞きたいだろうが」


「なら私も!」


「ボクもオ共しまス!」


静流が、次いで志乃とジョンが秋華を送ると言い出した。

秋華としても聞きたい事があまりにも多くあったが、明日教えてくれると言うならそうしようと頷いた。


それから少々慌ただしくなったが何事もなく学校から出て、秋華の家へと向かう。

帰り道は重苦しい沈黙の中、ただモクモクと足を運ぶ。 とはいえ、3人は周囲を警戒しており隙があった訳ではない。

それでも。


不意に現れた人物に誰も気づかず、なおかつ秋華に接近されていた事に気付いた時、三人の顔が驚愕に彩られた。



その人物はスイっと何でもないような動作で右手を上げ、3人、そして秋華がなにも動くことは出来ない状況でその手を秋華のほほに当て、そして勢いよく引っ張った。


「たるんでるぞー秋華ぁ!」


「いひゃいいひゃい!? やめてよそらちゃん!」


秋華に空と呼ばれた人物、女性はニヒヒと意地の悪そう、と言うより悪ガキといった笑みを浮かべるのだった。














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