第1話 三日で治すなんて河童の屁

 ――とカッコよくキメたが、長井兄弟との戦いはギリギリの勝利だった。そのまま力尽きた俺が、次に目を覚ましたのは病院のベッドの上だった。


 退院当日。

 俺が荷物をまとめているのを、ベッドの上で三毛猫が眺めていた。この猫は小毬こまり、ペットのような保護者のような存在である。

「ほんとに三日で治ったね。河童先生の妙薬と治療のおかげかしら」


「これで、看護師や患者に口説かなければまだいいんだけどな。あのエロ河童がっぱ

「ウチもナースコスプレでお見舞いに来たら、いきなり手を握られてさ、『毎朝、わたしの皿に水を注いでくれ』って」

「マジ何やってんの? 河童もお前も」


 小毬は化け猫なので喋ったり、人の姿に変化できる。でも、猫耳や尻尾はそのままと不完全だ。

「まぁ腕は優秀だし、病院も追い出すワケにもいかないんでしょ」

 そんなことを言ってると、遠くの方で河童先生の悲鳴が聞こえた。


 しばらくして、豪快な破壊音とともに、ブロンドショートヘアのくせっ毛を揺らしながら、如月きさらぎ南天なんてんが入って来た。


「寅くん、退院おめでとう!!」

「おい馬鹿力、ドアを壊す奴があるか」

「寅くんに早く会いたくて、つい力入っちゃった」

 如月はパッと見、人間に見えるが、頭にはちゃんと小さい二本のツノがある立派な鬼である。


「やっほ南天ちゃん、さっきの悲鳴は?」

「やっほ小毬ちゃん。それが急に河童先生に手握られてさ、思わず全力で握り返しちゃった」

「大丈夫なのか、それ?」

「自業自得ね、河童の妙薬あるし大丈夫でしょ」

 小毬はざまあみろ、とでも言うように鼻を鳴らした。


 ふと、如月は急に申し訳なさそうに自分の手を見つめた。

「ほんと、どうしてあたしは力加減がヘタなんだろ」


 鬼は生まれながら怪力を持つが、個体差がある。如月の場合は力を1か1000か、でしか出せない。なのにうっかり全力を出してドジをやらかす。本人は気を付けているつもりらしい。


「そういえば、長井兄弟はどうなった?」

「捕まったよ。ちなみに、寅くんは正当防衛だからセーフ」

「あの長井兄弟も人間に倒されて、手下共は散り散り。一件落着ってとこかしら」


 そもそも、今回の一件は長井兄弟が如月にナンパをしたのが原因らしい。もし如月が本気で抵抗したら、長井兄弟は怪我じゃ済まないかもしれない。

 そこで、如月は「あたしには、寅くんという彼氏がいるから」と嘘ついて断ったそうだ。


「てかお前なんでそこで、俺の名前出した?」

「ついとっさに願望が口から、って痛い痛い痛い⁉」

 如月の頭を鷲掴みにし力を込める、アイアンクローをした。


 それから、成り行きで「その彼氏を出せ」という流れになった。如月はさらわれ、呼び出されたのが俺、丑門うしかど泰寅やすとらだった。


「今回はなんとか勝てたけど、フツウ人が妖怪に敵うわけねぇんだぞ? 」

「でも寅くんなら大丈夫だって、あたし信じてたよ」

 グッと親指を立てる如月に、カチンときた俺は、無言で再び指に力を込める。

「反省してるって‼ すみませんでしたタタタ!?」


 まったく如月このバカは、俺がいないと危なっかしいからな。被害者的にも、加害者的にも。

 俺は手の力を緩め、そのまま、わしゃわしゃと頭を撫でまわしてやった。


「え? な、なに!? どうしたの!?」

「うっさい」

 突然のことに動揺を隠せない如月を黙らせる。ほんっと、怪我なくてよかった。


「またナンパされたときも、俺が彼氏役で助けてやっからな」

「うん。ありがと、寅くん」

 彼女の笑顔には、照れてるのか少し赤みが差していた。


「なんなら彼氏役とは言わず、本当に彼氏になっても」

「調子乗んなバカ」

「イタタタ!? 小顔‼ 小顔になっちゃう!!」

「泰寅やめなって‼」

 イラッと来たので、もう一回アイアンクローをかました。 別に照れ隠しとかじゃない。

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