第1話 化け物と少女

もうしばらく、誰にも自分の姿を見られていないで済んでいる。

このまま呪いを解かずに暮らしていたほうが、マシなのかもしれない。

目が合わなければ…私が、人間のことを見なければ相手は私の醜い姿を目にすることはないのだから。

そんなことを考えている間に、太陽はもう傾いていた。

あの魔女の瞳のような色で、全てが染められるこの時間が苦手だ。


思い出した忌々しい記憶を振り払いたくて、たまたま村の隅にある花屋の軒下でふと足を止めただけだった。



「こんにちは、素敵な植木鉢頭さん。頭に飾るお花でもおさがしですか?」


声をかけられることなんて、このおぞましい姿になってから初めてのことで思わず体が硬直する。

だけど自分の背後から聞こえたその声は、疲れ果てて寒さすら感じる心の中にポッと明かりがついたようなそんな心地よさを感じた。


「残念ながら私の頭に花は咲かないんだ…」


こんな醜い姿の私に声をかけてくる酔狂な同胞だ。せっかくだから変わり者の顔を見てやろう。

そう思い自虐混じりの軽口を叩きながら振り返った先にいたのは、綺麗な黄金色の髪を持つ人間の女だった。


まだ目が合っていないはず。何故私のことが見えたんだ?それにこんな私が恐ろしくないのか?

いろいろな疑問が一気に溢れ出てきて言葉が詰まる。

目が泳ぐ。体中の熱が頭に集まってきたみたいに顔が熱い。

やっとの思いで声を絞り出そうとすると、黄金色の人間の背後から老婆のものであろう声が聞こえた。

その声に、彼女はハッとして慌てふためいた。


「ごめんなさい。私、母に呼ばれているので行かなきゃならないの。」


彼女は口早にそう告げる。

なんだ、やはり逃げるのか。

そうだ、呪われる前ならともかく、今の私は醜い化け物だ。

背中を向けようとしている彼女を見て、人間の女に去られるくらい慣れたことじゃないかと自分に言い聞かせる。


しかし、彼女は一瞬立ち止まり、また私に視線を向けた。

ああ。なんだ、この女はまだ何か話すつもりなのか。


心配しなくていい。この場所に化け物がいると迷惑だし怖いだろう。早めにここを去ることにするよ。

足早に去ろうとした私だが、次の瞬間耳に飛び込んできた言葉でその予想は外れていることに気が付いた。



「素敵なお隣さん、私…またあなたに会いたいの。またここに来てくれたらうれしいな」


鈴の音のように響く彼女のその声は、なんだか胸の奥をジリジリと焼き焦がすような痛みを伴った。

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