第17話 ゲリマンダー

 ゲリマンダー?


 もちろんそんな言葉をいわれても、なんのことやらさっぱりのローゼとサクアであった。

「もう二百年以上も昔、さっきも話がでたアメリカと言う国でのことのようだ」

 当然そんな詳細を暗記しているわけもない俺は、スマホを見ながら言う。

「当時、そのアメリカのマサチューセッツと言う州の知事をしていたエルブリッジ・ゲリーと言う人が自分の所属する党に有利んなるように、あることをしたんだ。それは……」

 自分の党が有利なように恣意的に選挙区の区割りを変えることなのだった。

 例えば、地主とか地域の有力者が自分を支持してくれてるのだったら、そういう層の票が多くなるように、有力者がよく住んでいる地域は小割りにして票が多くなるようにする。逆に革新的な考えの人の多い都市部などはなるべく選挙区を大きく人口も多くして、一票の重さを変えてしまう。他には、反対者が多い地域をなるべく一つの選挙区に集めて失う票を最小限に抑えるとか、——勝つか負けるかギリギリの選挙区で支持者が多い地域が隣接していたら、そっちの支持者が多い地域を危ない選挙区に編入してしまったり。

 こうやって選挙区の境界線を変えてしまうことによって選挙で有利になろうと言うやりかたなのだった。

「なんとも、使い魔殿の故郷の世界だけあって、セコい手を使って選挙しますね」

「まあ、俺の世界でも褒められるやり方じゃないけどな。生き馬の目を抜くような選挙戦となれば、現状の政権党が有利になるこのゲリマンダーはたびたび手を返え品を変えて行われているみたいだ……」

「なるほど、でもまあ、気持ちはわかりますよ。こんな簡単なことで選挙が有利になるなんて——なんで今まで気づかなかったんでしょう! ローゼ様に取ってはまさしくお茶の子さいさいです」

「む! さいさい!」

「そ、そうだな……」

 俺は、こいつらが俺の言うことをちゃんと理解してくれたのか不安に思いながら、ローゼが短い詠唱の後に魔法の杖を振るうのを見る。

 その後、街の街区の境となっていた道路がその下の地盤と一緒にがばりと剥がれて宙に浮かび、その空いた隙間を埋めるように道路の右側の街区が移動して詰まるのを見る。そして街区が移動してあいた隙間に、さっき剥がれて宙に浮いた道路がぴったりと収まるのだった。

「一丁あがり!」

「む!(あがり)」

 これで、道路により分けられていた街区、選挙区の大きさが変わり、クランプトンとトランクが接戦となっていた選挙区に、トランク支持者を大量に流入させることでトランクの選挙人が選ばれるようにすることができたのだった。

「じゃあ、次行くか……」

 ゲリマンダーと言うのは、選挙区を設定できるげんざいの多数派の議会や権力者によって初めてできる方策だ。議会多数派どころか、そもそも政治家でもなんでもない俺たちは、選挙区の設定し直しなんてできるわけがない。

 でも物理的に「設定し直し」をしてしまえばどうだ。

 突然、街の区画が物理的に変わってしまったのだ。

 住んでいる人が何が何だかわからないうちに、気づけば自分の住んでいる区画が変わってしまう。ならば選挙は今の自分の住んでいる区画の投票場に行くしかなくなるだろう。

 これが俺が考えた物理的ゲリマンダーであったが、

「一丁あがり!」

「む!(あがり)」

 ちょっとこの二人調子に乗って来た、と言うか調子に乗りすぎているのでは?

 おれはスパスパと区画の再整理を続けるローゼの様子を見て、なんとなく理由はないが悪い予感を感じないでもないのだった。

 とは言え、

「……かなり区画整理できて来たな」

 俺は元は数百メートル四方もあった街区が数分の一に狭められたうえに、家の上に家を重ねてなんだか高層マンションみたいなのをローゼが作り出した様子を見ながら言う。

 すると、

「この街区に町中のリベラル野郎たちを集めましたですからね。この街区はどうあがいてもトランクが勝つことはないですが、——他の区画ではずっと有利になりましたよ。ひひひ……リベラルはタワーマンション好きそうだから文句も言わなさそうですし……」

 サクアは悪役そのもののゲスい顔で笑いながら言う。

 俺は、それに苦笑を返しながらも、

「まあ、決心したんだから、中途半端じゃなくて、悪役やるなら、最後までちゃんとやるか。じゃあ次は……」

 また区画整理を支持しかけたのだったが、

「時に、使い魔殿」

「なんだ?」

 サクアがふと思い出したみたいな様子で俺に話しかける、

「実はゲリマンダーの話を聞いた時からずっと気になっていたのですが……」

「なにが?」

「なんでゲリマンダーって言うんですかね? ゲリーと言う人がやりだしたことだから最初にゲリーってつくのはわかりますが、なんだかサラマンダーみたいな名前が付いているのはなぜでしょうか」

 ああ。まあ当然の疑問だな。それは答えてやらねばなるまい。

「それはだな、そのゲリーって人が自分の党に有利な選挙区になるように区の境界線を変えて行ったら、そのうち一つがなんだかずいぶん変な形になったんだけど、それがまるで伝説の怪物のサラマンダーそっくりの形になったから。——そのサラマンダーとゲリーがくっついて、そんなふうに自分に有利になるように選挙区の区画をいじることをゲリマンダーって呼ぶようになったんだよ」

 俺はサクアにゲリマンダーの名前の由来を説明する。

「なるほど。それは納得です。でも……」

 すると、よく分かったと言う顔をしつつも、なんだか心配そうなサクアであった。

「でも? なんだ?」

「使い魔殿の世界ではずいぶん困ったんじゃないですかね?」

「困る? そりゃ選挙に正しい民意は反映されずに困ったんだろうけど?」

「いえ、そう言うのじゃなくて? サラマンダーに困ったんじゃないかって?」

「サラマンダーに困る? なんで?」

「だって、選挙の区画になるくらいでっかいサラマンダーですよ。それはさぞかし、退治するのが大変だったんじゃなかったのかって思ったんです」

「んっ? サラマンダーって言っても、選挙区の形がたまたまそう見えたってだけの話だぞ。本物サラマンダーがいたわけじゃない」

「へえ、使い魔殿の世界『では』そうなんですか……」

 『では』? なんか今、サクアが気になる語尾をいったような気がするのだが、

「でも、この世界では……」

「む!(そのとおり)」

 俺はトランクに勝たせるための最適の選挙区の線引きを行なった、街の地図をまじまじと見る。ゲリー知事が自分の党に有利なように線引きをした選挙区の形がたまたまサラマンダーに見えたのと同様、俺がトランク有利なように街に線引きした区画の形の中には偶然サラマンダーがいて……


 ——キィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!


 ローゼの強大な魔力を吸収した大地がより身となり、たまたま描かれたせんががサラマンダーそのものだったとすれば、魔法により理がなされるこの世界ならば……


 そこに現れたのは街サイズの巨大なサラマンダーであったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る