第15話 選挙歌合戦

 結局、——その後、ローゼの魔法で、暴れる水龍を眠らせて崖をあとにした俺たちだった。

 自由気ままに楽しそうに暴れる龍を、なんだか悲しそうな顔で見るローゼは、杖を一閃。今まで見たことも無いような巨大な魔法陣が空中に浮かび上がり、そして、それを通り抜けた龍はそのまま水に変わり谷底に落ちて行く。そして、川はたおやかに流れ……

 サクアの言うことには——これでしばらくは、ドラゴンも静かにしているだろうとのことだった。ローゼの放った龍調伏の渾身の魔法であった。

 でも——宇宙の法則を書き換えるような——ローゼでも、魔的生物の上位種である龍をいつまでも押さえつけておくことはできない。水龍はまた必ず眼を覚まして動き出すとのことであった。それが一ヶ月後なのか一年後なのか、はたまた明日なのか? それは地脈の状態や天体の配置、水龍の源たる山脈の霊気などが複雑に絡み合って決まるため、断言はできないが、

「今回は早いかもしれませんね……街の気が乱れているから……」

 そう言うサクアであった。

 ——なるほど確かに言う通り。

 帰ってきてみれば俺は気の乱れとやらを思い知る。

 街は今日から選挙運動解禁になったのは知っていたが、なんだかひどい有様であった。元の世界の、——と言うか日本の選挙運動も、その期間中はうるさいなとかうざいなと思わないでもない、民権意識にかけた俺であったが……ここはそんなのとは格が違うようだった。

 それは、うるさいとか言うレベルでなく、祭りか、暴動か、はたまた実は市街戦の途中なんじゃないか——とか思ってしまうようなレベルで騒がしい。なにしろ、選挙運動で禁止されている事項とかがあまりないようで、目立てば勝ち的な様相が街中で繰り広げられていたのだった。

 音曲演舞当たり前。ガンガン銅鑼みたいなの叩いてパレードしている連中もいれば、マーチングバンドみたいなの引き連れた議員もいる。はたまた、この騒ぎに乗じて稼ぎに来た大道芸人かと思えば曲芸の後に候補者のチラシ渡したり、違う党の支持者同士で喧嘩はじまったのかたと思えば党対抗の公開レスリング対決だったり……街中が選挙に乗じてやりたい放題の騒ぎとなっているようだった。

 でも、

「あれ?」

 そんな中、逆に目立っている女性がいた。サキュパスの集団によるサンバカーニバルに前を通り過ぎられて渋い顔をしたその人は、

「……ああ聖女さんか」

 俺の部屋に乗り込んでルートビアあたらめ——謎の毒水を飲んで倒れたダメージから回復したのだろうか。それはなによりであるが、ここでローゼたちに絡まれても何よりとは言えないので、——めんどくさいので、俺はさっさとこの場から去ってしまおうと思ったのだった。

 しかし、

「ローゼ様。あのうざい女またいましたよ」

「む!(そうだな)」

「なんですか、あのまじめ腐った顔」

「む!(そうだな)」

「自分だけ正しいって思ってる顔ですね」

「む!(そうだな)」

「きっと『この騒ぎ……厳粛なる選挙になのに、嘆かわしい』とか思っちゃってるんですよ」

「む!(そうだな)」

「なんだか、上品ぶってるけど性格の悪さ態度に出てますよね。いかにも、皆様のことを思ってますげな祈るポーズとかありえないですよね。何あれ?」

「む!(そうだな)」

「まったく、嫌ならさっさと帰れば良いんですよ」

「む!(そうだな)」

「そしたら……」


「——そこの邪悪な魔法使いの思うがままでしょ!」


 なんだか、わざわざロータスの近くにだんだんと近づいて、悪態を叩いていたローゼとサクアだった。まあ、絶対、あえてロータスを挑発してやっているのだが、

「あっ、ポンコツ聖女がこんなところに! 人の話を盗み聞きなんて下品ですよ」

「む!(下品) む!(下品)」

 白々しい二人であった。

「あなたたちがわざと聞こえるように話をするからでしょうが!」

「聞きたくなければ聞かなければ良いじゃないですか」

「む!(そのとおり)」

「あなたがたが悪巧みをしてやいないかと、気が気じゃないんですよ」

「はあ? 私たちが今何かしたんですか?」

「む!(心外)」

「今は……この瞬間何かしてるかというと、私への嫌がらせ程度だけど——どうせ今しなくてもこの後するんでしょ……」

 なんだか疲れた顔で言うやぐされ聖女であった。

「へえ、ロータスさんは、何もしていない人を勝手に悪人扱いするんだ……」

「む!(ひどい) むぅ……(傷ついた)」

 それに難癖つける、相変わらずモブの小悪党っぽいローゼとサクアだった。

「……まあ、良いわ今日のところは、こんな群衆の中で戦うわけにもいかないし、この後用事もあるし……」

「ロータス様! エントリー完了してきました……ってお前ら!」

 ちょうど帰ってきたロータスに仕える聖騎士団の軍団長エチエンヌ少年だった。

「エントリー? 何にですか?」

「む?(何だ)」

「あなたたちには関係ありません」

「関係ない? そりゃ私たちも聖女様のおごそかで堅苦しい行いに関わるつもりはありませんが……」

「む!(それは断る)」

「…………」

「でも気になりますよね?」

「む!(気になる)」

「……何がですか」

「だって、ねえ、こんな乱痴気騒ぎの街中でね……」

「む!(そうだな)」

「…………」

「何にエントリーしたんですかね? イケメン議員候補のハグ会ですかね? それとも発明家候補さんの醤油チュルチュルの無料配布ですかね? あるいは、魔術協会の——サバト無料体験に参加してみたくなたっとか?」

「む!(怪しい)」

 確かに、今の街中、選挙だか羽目外した祭りだかわからないような状態の中でいったい聖女様が何にエントリーしたのかと言うのは俺も気になるが、

「……それは」

「あ、怪しくなんかないぞ!」

 エチエンヌ少年が言う。

「ロータス様は、こんな浮ついた街を浄化しようと考えておられるのだ!」

「浄化?」

 俺もつい口を挟んでしまう。

「そうだ、浄化だ!」

「「「——っ!」」」

 浄化と聞いてまたあの怪しげな霊力を発動するのかと思って身構える俺たちだった。霊力もともかく、その前の発動の恥辱の儀式に付き合わされるのかと思うとげんなりとして、すぐにでも逃げ出す気満々だが、

「何を警戒している? あれだ——」

 不服そうなエチエンヌ少年の指す方を見れば、


『市長選挙記念歌合戦』


 町の広場には、そんな言葉が書かれた大きな横断幕が張られているのだった。


   *


 「「「「「それではみなさ〜ん! こんにちわー! タベルナ・ガールズで〜す!」」」」」


 広場に作られた仮設ステージの上に立つのはうら若き女性五人。この間ローゼたちと一緒に行って、ロータス乱入の騒ぎになった俺らの行きつけの酒場、タベルナの給仕の女性が結成したグループのようだ。今日の歌合戦に向けて、店の宣伝のために結成されたようだが、こうしてみるとあの酒場は可愛い子そろってるなと改めて思う俺だった。

 あの酒場では。たぶん最年少か一番後で働き始めたかで、立場の弱そうなデイジーちゃんしか俺たちには近づいてくれないんだが、キュートなエルフの彼女のほかに、

「ポピーです!」

「ダンデリオンです!」

「アイリスです!」

「コスモスです!」

 人間ヒューマン猫女キャットウーマン鳥女ハーピー妖精ニンフと種族はバラバラだが、

「それでは……」

「「「「「 今日は私たちの歌をきいてくださ〜い!」」」」」

 ぴったりと揃った可愛い振り付けで歌い始める五人組だった。

 すると、


 ——はい! はい!


 それに合わせて会場からは、日本のアイドルコンサートのような統制された掛け声があがる。


 ——ポピー!


 ——リリィ!


 ——アイリス!


 ヴォーカルが変わるたびに名前が絶叫され、


 ——コスモス!


 それは、ほんと日本の俺らオタクのような様子で、


 「デイジーちゃあああん!」


 と思わずわせて絶叫してしまう俺であった。

 その瞬間、俺と目があった、デイジーちゃんの顔がさっと青ざめたのがちょっと気になったが、まあ大盛り上がりの楽しいステージであった。

 俺は大満足して、いつのまに最前列まで来ていたのに気づいて、次のステージまでの待ち時間に一番後ろにいるローゼとサクアのところに戻る。

「なかなか良いですね。『タベルナ』はトランク派閥ですからね、今のステージでこちらトランクがずいぶん盛り返したと思われますね」

「む!(そうだな)」

「でも、その前になんだかリベラルぶりたりたくてクランプトン支持してる頭空っぽの男性ロックグループがずいぶん女性票を取ったみたいなのでまだ若干トランクが負けているかと思われます」

 二人はなんだか良くわからない話をしているが、この歌合戦って派閥ごとの勝ち負けとかあるの?

「……あっ、使い魔どの帰ってきましたか。トランク派の盛り上げご苦労様でした」

 最前列でただ楽しんできた俺を、ずいぶんとねぎらってくれるサクアだった。確かに選挙を盛り上げるためのショーに、日本あっち仕込みの俺のスキルオタ芸はずいぶん貢献して来たと思うが、……でも、結局は最前列で楽しんで来ただけの俺に、なんだかずいぶんと尊敬の眼差しを向けてるくるサクアであった。

 うん。おかしい。それ。サクアが単に楽しんで来ただけの俺を褒めるわけがない。

 これ、絶対、見たままじゃないよね。

 だから、俺は、

「——この歌合戦って選挙とどう関係あるんだ? もしかして、単に選挙を盛り上げてるだけじゃないのか?」

 実はこれ、単なる娯楽ショーでなく選挙戦に重要な役目をになうものなのではないかと俺は察して言うのだった。

 すると、

「はあ? 使い魔殿、そんなことも知らずに最前列までいって騒いでたんですか? もしかして単に歌と踊り楽しみに行っただけなんですか?」

「む!(軽薄だな)」

 確かに俺は、歌と踊りを楽しみに行っただけだったので、二人の言葉に反論の余地もない。でも、異世界のショーの常識なんて俺にわかるわけないじゃないか。

「……俺がこの異世界せかいではイケてないまねしてたのはわかったが……じゃあこれはなんなんだ?」

 俺は、次のステージでセイレーンの歌う演歌に聴衆が次々に倒れて行く様子を見ながら言う。

「……まあ、確かに使い魔殿は遅れた世界から召喚された田舎者ですから、この洗練された儀式の意味はわからないかもしれません」

「……それで」

 どう見ても洗練とは程遠い田舎の祭りのショーのみたいなので自慢されてもと思いながら、俺は言う。

「これ、ほら、あそこに座っている……」サクアはステージの横に作られた雛壇に座る老人たちを差しながら言う。「審査員の人たちの入れる点数の合計歌合戦の勝ち負けが決まるんですよね。今回だとクランプトン派とトランク派への支持者がほとんどでその両者の戦いになってますが、ウケ狙いで泡沫候補の指示のステージする人もいるみたいですね。今のセイレーンもその一人で、惰眠党というこのまま皆んな眠り続けて楽に生きるというかそのまま死んでしまおうと言う過激な政党の支持ですね……」

 俺はローゼの発生させた魔法陣によってセイレーンの迷惑な歌から守られながら、

「勝ち負け? そりゃ『合戦』と言うのだから勝敗はあるんだろうけど、それが選挙と何が関係あるんだ?」

 会場の大惨事に、さすがに見過ごせなくなったのか、蝋で耳栓をしたギリシャ英雄みたいな屈強な半裸の男たちにステージからひきずり降ろされるセイレーンを見ながら俺は言う。

「何が関係? ——って、大ありですよ」

「何が?」

「だって、歌合戦で勝った政党には十万票はいりますからね!」

「はい?」

 この街って確か人間も人間以外もいれても二十万だか三十万だかしかいないはずだよな。それに十万票も入るなんて選挙の趨勢左右するなんてどころのレベルじゃないんじゃないか? 両陣営が拮抗している状態なら、下手すればこの歌合戦で選挙がほぼ決まってしまうと言うことになる。俺は、意外に、と言うよりもあまりに重要なこの歌合戦の位置付けにびっくりする。

「……なので、この歌合戦は選挙でとても需要で、その起源は、昔議員がなくて市民全員で街の巣進むべき方向決めてた時代の名残だとか、議員候補たちの演説会がだんだん派手になってこの形に落ち着いたとか諸説あるのですが……」

 なるほど直接民主制で市の行政を決めていた時代のなごりなのか、議員候補の講演会が魔改造されてしまったとか、とにかく今後の行政の重要な決定をするイベントだったものが、内容は散々変わって単なるエンターテイメントイベントになっても、その重要性だけ残って勝った陣営に莫大な票を与えるとかそういう決まりになってるようだった。

 でも、すると、

「……じゃあ、まずいんじゃないか? 今、トランク陣営が負けてるんなら、このあと逆転はできるのか?」

「そうですね……難しいかもしれないですね。トランク陣営もクランプトン陣営も、両方の市長候補の歌うロクでもないステージしか残されてませんし、多分両方とも審査委員から大して点数入らないと思いますから、今のリードのままクランプトンに逃げ切られる可能性大ですね」

「…………」

 何? すると、もともと両陣営が結構伯仲の今回と聞くから、——歌合戦で勝ったクランプトン陣営の選挙の勝ちがもう決まりなんだろうか。するとクランプトン女子は、今の市長の方針を引き継ぐのだろうから、水龍が暴れて近くの住宅地が崩壊したらこいつらローゼとサクアのせいにされてしまう。

 そんな……

 俺がやる気になるやいなや、あっという間にその気持ちはなんの意味もなくなってしまう?

 俺は虚脱感に囚われて、思わず魂の抜けたような顔になってしまうが、

「でも、大丈夫ですよ使い魔どの」

「え?」

「今回はあのポンコツ聖女が歌合戦に出ると言うんです。すると彼女の所属は選挙委員会になるでしょ。なら……」

「なら……」

「彼女が勝てば、歌合戦の勝者の票はすべて選挙委員会預かり、——無効票となります。あんな女を褒めるのはくやしいですが……」

 俺は、振り返り、その時ちょうどステージに立ったロータスの姿を見る。

「ロータスの歌は『本物』です」

 とサクアが言った瞬間歌い出した聖女。

 そして……

 大天使が降り立ったならかくやであろうという、天上の歌声が、地をつつむのでった。


   *


 で、結果——


 サクアの予想どうり、全審査員より満点をもらったロータスを有する選挙委員会が歌合戦票の全てを獲得。

 その後、俺たちは、トランクとクランプトン両陣営の拮抗する、厳しい選挙戦の只中に、介入して行くことになるのだった。

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