A Big “C” 1st Season ~vs紫光帝ニコラ・テスラ~

海野しぃる

第1話 紫光帝、ル・リエーに立つ

 ある雨の日の午後。私は魔神底都ル・リエーに降り立った。目的はただ一つ、あのにっくき邪神クトゥルーを我が科学で討ち果たす為だ。


 久しぶりに訪れた魔神底都ル・リエーは昔と変わらず実に不快な様子を保っている。


 地獄めいて黒黒とした軟泥は、一歩足を踏み出すごとに我が歩みを妨げんとその悪魔の腕を伸ばす。


 大気中を漂う腐敗した堕落的な魚の臭いはあの涜神者エジソンの吸う煙草よりなお不快で、我が心を始終かき乱し続ける。


 非ユークリッド幾何学的曲率を描く奇形の草花。哀れな原人共の足りない知性で作られた粗末な神像。いずれも我々の世界に本来存在してはならないものだ。


 そう、ここに生き物の姿は無い。化物だけだ。


 私は小高い丘の上まで登り、高らかに名乗りを上げる。


「聞こえるか! 深きものどもよ! そして人にして人を捨てた欲深き悪徳の共よ! 我が名はニコラ! 紫光帝サンダーロードニコラ・テスラ! 最新最古の望者アクターにして、人類暦の守護者・碩学せきがく也!」


 そそして私は両腕に天に掲げ、両掌に開いた銃口から雷撃を放つ。


 雷光一閃。頭上の雲は掻き消え、陽光が私の頭上に降り注いだ。


 ああ、これが人類の英知! 自然、宇宙、神、全てを塗りつぶす人類の意思の結晶である! そしてこの清き陽光は邪神共との開戦の狼煙でもある。奴らはこの美しき世界の光を嫌うが故に!


「おいおいおい、何処の誰かと思えばニコラ・テスラ? こいつは傑作じゃねえか」


 岩陰からいかにも粗野なアメリカ人という雰囲気の赤い野球帽の少年が現れる。いや、それだけではない。人種も国籍もバラバラ、まだ十代の後半の若者ばかりがぞろぞろ現れてきたのだ。


 邪神に異能グリードを与えられた子供達だろう。


 おのれクトゥルー! 次はかような若者達を手駒に世界を滅ぼそうという訳か!


「百年前にそんな名前の望者アクターが居たってダゴン様から聞いたことあるぜ! まさかご本人だとは思わなかったけどな!」


「テスラって誰だ?」


「なんかエジソンに負けた奴だぜ。俺、エジソンの伝記読んだから知ってるわ!」


 口々に無礼な事を言う若者達。だが許そう。知性と品性の欠落は君達の両親に責任がある。望者アクターの先輩として、ここは一つ寛大な目で見てやろうじゃないか。


「まあ任せていろよお前ら。こいつの異能グリードはネタが割れているんだからさ」


 そう言ってあのエジソンそっくりの頭の悪そうな顔をした野球帽の少年が前に出てくる。


「来いよ、発明王のなりそこない」


「――――くくっ、あまりに低次元。だが私は寛大だ。乗ってやろうではないか」


 私は両腕に再び電気を溜め込み、解き放つ。


「どっちが低次元か、試してやるよっ!」


 驚くべきことに野球帽の少年は空中から金属バットを生成、あろうことか我が雷撃を


 打ち返された雷撃は私の肩を貫き、内側の機械部品が露出する。


「……ほう、思った以上だな。次はどんな手品を見せてくれる?」


 それを見て少年達は再び不快な笑いを始める……と思ったが何やら様子がおかしい。我が機械の姿を見て流石に恐怖を覚えたか?


 だとすれば少し残念だ。


 この子供達は知らないものに拒絶反応しか示せないのか……。


「や、やっぱロートル能力者じゃ俺達には勝てないみたいだな!」


「あんな自信満々だからどんなもんかと思ったけど、その程度かよ! 気味の悪い姿をしやがって!」


「もう面倒だから一気にやっちまおうぜ! お前らもとっとと来い!」


 少年達の内の一人が口笛を吹く。するとこのル・リエーの浜辺から、次々と半人半魚の異形の怪物達が、捻くれた意匠デザインの野蛮な銛を片手に上がってくる。


 いくら気味が悪いと言ってもこの化物共よりはマシだと思うんだけどなあ?


「ひい、ふう、みい、望者アクター含めて数は百かそこらだな。まだル・リエーも戦力が整っていないと見るべきか……まあ良い。


 私の開発した無限送電機構ワールドワイアレスシステムから際限なく送り込まれる電力!


 そして高度な文明を持つ情報生命体“イスの偉大なる種族”が開発し、我が鋼の身体に組み込んだ電気銃ミスティックテーザー


 この二つに私自身の異能グリードが加わることにより、私は神としてこの世界に蘇ったのだ!


 瞬時に世界中から無限の交流電力を送り込める我が発明! そして受け取った無限の電力を射出できるイスの偉大なる種族の電気銃ミスティックテーザー! そして我が発明を支え、電気銃ミスティックテーザーの整備を行う我が異能グリード紫光帝チクタクマン”!


 私の力をと思い込んだ連中に目にもの見せてやろうじゃないか!


「降り注げ――――無尽雷霆テスラ・コイル!」


 リミッターを解除し、フルチャージをした状態の電気銃ミスティックテーザーが次々と雷霆を大地に向けて叩きつける。


「させるなっ!」


 周囲を囲んでいた望者アクターの少年達は私に向けてそれぞれの異能で攻撃を開始する。


 骨の弾丸、高密度の魔力、氷の槍。全て無駄だ。我が電子の大瀑布が持つ圧倒的運動エネルギーの前に、全ての攻撃がかき消される。


「さっきの攻撃と段違いだぞ!?」


「ふふ、微温い。この時代の望者アクターはその程度か」


 本来、イスの偉大なる種族が扱う電気銃ミスティックテーザーはフルチャージした電力の全てを解き放つと即座にスクラップとなる。


 だが我が異能グリードたる“紫光帝チクタクマン”はスクラップとなった電気銃を一瞬で修理し、再び使える状態に戻す。

 

 フルチャージを終えた電気銃ミスティックテーザーの一撃は実に通常銃撃の32発分。そして機械を操る紫光帝チクタクマン異能グリードは我が身体にも作用し、生前よりも、そしてイスの偉大なる種族よりも滑らかに電気銃ミスティックテーザーを扱うことを可能とする!


「我こそが意思持つ黒雲、我こそが紫光帝サンダーロード。そしてこれが証明である! しかと見よ!」


 ル・リエーの黒黒とした軟泥が雷霆によって爆発。そして巨大な風穴が開いて周囲に居た魚人や少年を飲み込んでいく。


 一方私はイオノクラフトの原理を応用したテスラ式飛空術で天へと舞い上がり、大穴の開いたル・リエーを見下ろす。


「ふははははは! 無様! やはり勘違いをした凡骨共は無様よ! かの魔人エジソン程の執念もない凡愚は地を這い、海に潜むが似合いと見えるわ!」


 遥かな高空から再び雷を打ち下ろす。まあ子供達も巻き込まれるだろうが、私は人類歴の守護者であってクソガキの守護者ではない。関係無い。


「死ねぇいっ!」


 雷の持つ膨大な熱量により水蒸気爆発が起き、この太平洋上に浮かんだル・リエーは高熱蒸気と衝撃によって隅々まで破壊に巻き込まれる。


 爆音、轟音、爆発音、破砕音! ああ心地が良い! これが我が蔵知の刃よ!


「………さて」


 私が一頻り電気銃ミスティックテーザーを撃ちまくって満足したその頃には、あの絢爛にして冒涜的な魔人底都ル・リエーは哀れな廃墟と化していた。


「クトゥルー、未だ起きずか」


 私が諦めてそう呟いたその瞬間、眼下の漆黒の軟泥が音も無く盛り上がる。


「――――来たか!」


 蛸のような頭、竜の如き翼、悪魔の鉤爪、レヴィアタンの鱗、人のような四肢!


「――――――来たというのか!」


 歓喜がつま先から脳天まで駆け抜けていく。


 あれだ。


 あれだ……。


 あれだ……!


 あれこそが! 


「邪ァ神ンッ! クテュゥルゥウウウッ! この天才ニコラ・テスラが地獄から蘇ってきてやったぞ!」


 私はそう叫んで特大の雷を真下の黒い軟体へと叩きつけた。


 漆黒の邪神は大きく震え、波打つ。


 だがそれだけではない。


 全身から触手を伸ばして私へと襲いかかる。私の四肢をぬめりのたうつ触手が縛りつけるが、恐れることはない。


「サージ・リヴェンジェンス!」


 電気銃ミスティック・テーザーを接射モードに切り替え、全身の表面に仕込んでいる通電ワイヤーから一気に放電。


 触手を焼ききって拘束を脱し、自らを電磁砲コイルガンの弾丸の如く射出。


 怯んだクトゥルーの脳天へ踵落としを決める。


 クトゥルーの頭蓋をえぐり、我が輝ける右足がめり込んだ。


「喰らうが良いこの隕鉄の刃! そしてテスラの雷!」


 そして踵に仕込んでいたバルザイのナイフへと大電流を流し込み、クトゥルーの筋肉を硬直させることに成功した。


 そうだ。いかに精神的な存在たる神といえど今は受肉している。なれば電気信号を乱せば怯むのは必然。


「これでトドメ――――なにっ!?」


 だが、クトゥルーは進化していた。私が踵落としを決めた筈の巨体は一瞬で雲散霧消し、そして再び実体化。


「邪神が量子化だとっ?! ふはは! この百年で学習した――ガハァッ!?」


 巨体の両掌が我が全身を叩き潰す。


 ふざけるな……こんなハエのように潰されてなるものか! この天才テスラが!


 とはいえこのまま攻撃を加えるだけでは今のような魔術で防がれるだけだ。


 ならば本来のプランどおりの消耗戦に移ろう。


 一見すれば邪神相手にこんなこと無意味に思われるかもしれないが勝算はある。


 なぜなら無限送電機構ワールドワイアレスシステムにより、この世界中に満ちる交流電流人類文明すべてが私の力になるからだ。


 奴の魔力でも耐え切れない飽和攻撃を無限に叩き込み続けることで、奴の存在を削り尽くす。


「百年かけて貯めこんだこの電力! そして今この瞬間も生まれ続ける無限の電力! 邪神よ、我が人類世界そのものと対峙してみせよ!」 

 

 今より全身からあらん限りの放電を行い、クトゥルーの全身を焼き払う。


 私が燃え尽きるか、邪神が灰燼に消えるか、さあ――――実験を開始しようじゃないか。


【第一話 紫光帝サンダーロード、ル・リエーに立つ 完】

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