第22話
神室とは、神域の社の地下にある一室を指していた。神室は一切の光も音も届かない、闇だけが詰め込まれた部屋だったが、そこが乙姫が未来視を行う部屋だった。
「お待たせ」
音もなく開閉する自動扉を潜ると、そこは六角形の小さな部屋だった。朱色の壁に囲まれて、調度品の類いは一切無い。由羽は、部屋の中央に立つ乙姫の横に並ぶ。少し遅れて、ジンオウが来た。
「では、行きましょう」
乙姫が何もない空間に手を翳すと、体が浮くような感覚になる。この部屋自体が、エレベーターの役割を果たし、乗員を地下へと誘っている。数秒後、エレベーターが止まり、一辺の壁が横へスライドした。
乙姫が先頭に立って歩き出す。乙姫が部屋に入ると、床と壁、天井が青白い光で発光する。柔らかい光に照らされ、部屋の全貌が明らかになる。
その部屋には様々な場所に無数の武器が落ちていた。床に刺さっている物もあれば、十メートルはある高い天井に刺さっている物、中には、宙に浮かんでいる物さえ存在していた。
御剱だった。この部屋にある武器、全てが御剱であり、繰者の決まっていない物ばかりだった。年に一度行われる御剱見聞では、この部屋に少年少女を招き入れ、自らに適合する武器を見つけてもらうのだ。御剱は高位の精霊が宿っており、精霊に気に入られなければ、どんなに力があったとしても武器を手にすることはできない。精霊に選ばれた人物は、何も言われずとも、自ら手にする武器が分かるのだ。
乙姫は御剱の中を歩き、反対側の壁まで来た。乙姫が小さく手を動かすと、壁の一部に人一人が出入りできる細長い穴が空いた。乙姫は穴を潜る。由羽とジンオウもその後に続く。
薄暗い道を歩く。ここは先ほどの部屋と違い、一切の灯りがない。にも関わらず、先頭を歩く乙姫の姿だけはハッキリと確認できる。この神室の主である乙姫に反応し、神室が彼女だけを明るく照らしているのだ。
乙姫は突然足を止めた。大きく深呼吸をしてもう一度手を振るうと、闇の中に一条の光が漏れた。乙姫は光を潜る。由羽とジンオウも躊躇うことなく乙姫の後に続いた。
「………えげつねーな」
ジンオウが溜息交じりに呟く。由羽も同意見だった。
そこは、御剱があった部屋と同じくらい広い部屋だった。ただ、その部屋には一本の剣があるだけだ。その剣は天井付近に浮かんでおり、四方八方から鎖や布で縛られていた。そして、地面から沸き立つ光の檻の中に封じ込められている。
その剣の名は、絶光。外伝の一本である絶光だ。
「ジンオウ、どう思いますか?」
乙姫がジンオウに尋ねるが、ジンオウはその問いに溜息をついただけだった。
「どうもこうも、これ以上強力な結界は見たことがねーな。内からも外からも、破れる代物じゃない」
下から見上げると、絶光は蜘蛛の巣に引っかかった獲物のようだった。だが、由羽は感じていた。乙姫が未来視をする神室はさらにこの奧にある。毎日のように乙姫の後についてこの場所を通るが、今日の絶光は違った。自らの意思を伝えるかのように、強烈な圧を由羽に向けて放ってくる。部屋全体が電荷を帯びたかのようにピリピリしていた。
「だが、この結界が本当に絶光に対してどれだけ効果があるか、分からんな。もしかすると、絶光にとって、結界なんて意味をなさないのかもしれない」
「では、絶光は自らの意思でこの場に止まっていると?」
「御剱は武器であると同意に精霊でもある。繰者の意思によって、次元の壁を超越するのが御剱だ。その中でも特に強い力を持つのが絶光だ。位相を変えて空間に縛り付けてあるようだが、それが効果あるとは思えん」
「そうですか……気休め程度ですか」
分かってはいた。それは、乙姫も同じはずだ。だが、こうするしかなかった。絶光は危険な剣だ。この剣がある限り、明鏡は完全に世界を掌握することができない。だからといって、物理的に破壊することは極めて困難だ。明鏡の技術力を持ってしてしても、絶光は破壊できなかった。明鏡の他に封印する場所も見つからず、結局は一番安全な明鏡に安置するしかないのだ。
「では、神室へ」
乙姫は再び歩き始める。先ほどと同じように壁に穴が空き、乙姫は中へ入った。この部屋が神室と呼ばれる、乙姫が未来視をするための部屋なのだ。由羽はジンオウの後に続いて穴に入ろうとしたが、もう一度、絶光を振り返った。
我は直に蘇る
我はこの世界を恨む
我はこの世界を破壊する
全身に悪寒が走る。
声が体の中に響いてきた。
唇を噛んで、絶光を睨み付けた。
「巫山戯るんじゃないわよ……。そんなこと、私とレアルが絶対にさせない」
憎々しそうに吐き捨てた由羽は、絶光の声を無視して、神室へ入った。
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