第5話 ネットゲーム

東門に近づいている。

いつも出入りに使っているゲートだが、アリスは敏感に僕の様子が

いつもとは違うことに気付いたようだ。

「……に、にいちゃ?どこに行くの?」

「僕たちはこれから、しょんべんこぞう像の前に行くんだ」

僕の言葉に首をかしげているアリス。

「コウジにいちゃらしくないね。あそこは何もないって話してなかった?」

「……人に会うように言われたんだ。よくわからないけど」

「……ふぅーん……」欲しい答えが来なかったからだろう、

アリスは気のなさそうな答えをした。


ところで、遠くに見えるしょんべんこぞう像の前に、

ラジオ体操のような動きを繰り返している少年の姿が見える。

「会うように言われたのは、あの人?」

僕も少し目を疑ったが、どうやらあの少年だけしかいないようだ。

遠くから褐色の肌だと分かる。

しかし、約束の十一時半までは、あと数分ある。

遅れてくる可能性も残っているのだ。

「……時間はあるから分からない……すごいな」

「何で体操してるんだろうね……」


近づいていくと、あちらもこちらに気付いたようだ。

「あ、もしかして君ら、三百九十九位と四百位のコウジとアリス

 だよね、だよね!」

嬉しそうに笑っているので、白い歯が目立つ。

四百位って、順位の事だろうか?

「そうだよ。僕はコウジ」

アリスが続く。

「私、アリス。よろしく」

「君は誰なんだ?」

「俺っちは、アキラ。気軽に呼び捨てでいいから!」

息継ぎもそこそこに、継いで言う。

「十一時三十分に、来てもらえるように出来ないか言ったのは、

 俺っちさ。アリスちゃんまで来てくれるとは思わなかったけど」

「あ、もちろんいい意味で、ね!」

「う、うん……」

ひかえめにストレートヘアを揺らす妹。

それはそうだ、アキラと言う少年のテンションは、あまりに独特すぎる。


「いやぁー、ホント会えてよかったよー!

 俺っち十一位だからさ、ゲームのプレイ方法は何でも聞いてな!」

「わあ、教えてくれるの?」明るい返事をするアリス。

ゲームが上手いようだ。悪い人物には見えないし、十一位なら

頼りになるかもしれない。

「分かった。これからよろしく」

手を差し出した、ところがその手を制してアキラが言う。


「おっと。まだ握手は早い。俺っちは同盟を組んで、大きなグループで

 総統リーダーになる夢の、第一歩を踏み出すんだ。だから!」

彼は像の土台に足をかけ、片手を腰に当ててポーズをとった。

「コウジ、アリス!俺っちと同盟を組もうぜ!!」

きまった、と小声で聞こえたが、スルーしよう。


「同盟って、利害が一致した者同士が作っておく約束だよな?

 どんな同盟なんだ?同盟組んで何するんだ?」

それが分からなければ、僕らにメリットがあるとは思えない。

「そーだなぁ。こーゆうのはどうや?レベル8の俺っちが、

 まったくの素人である君らに、ネバーエンドワールドゲームの

 色々を教えてやる!同盟組まないなら、教えてやらんぞ」


それを聞いて僕も決めることにした。

「その同盟、組もう。僕はアキラが大きなグループの総統リーダー

 なるのを手伝えばいいんだろう?」

「その通りだ。俺っちより一つ年下のくせに物わかりが

 いいじゃないか」

〈アキラと同盟、『総統と素人』を組んだ〉


……あれ?プロフィールはプライバシー設定してあるのに、

年齢がばれていた?

「なんだよ、その驚いた顔は。……あ、どうして年齢が分かったのか?

 君ら、非公開にするのが遅かったんだよ。ゲームと言っても、

 ネットゲームなんだから、ダウンロードと拡散の可能性は

 考えておかなくちゃ。少なくとも俺っちを含めて、53人は

 ダウンロードしてることになってるからな?」

僕は、周りから見たら、唖然とした表情をしているように

見えたかもしれない。口の中が渇いてしょうがなかった。

「そんなに……たくさんの人にばれているの?」

アリスの震えている声で僕は正気に戻った。


「ダウンロードは回収できないのか?」

「その権限を持ってんのは、世界でたったの4社のみなんだよ。

 ネバーエンドワールドゲームを立ち上げた、トライ・ワークスが

 そのうちの一つだぜ。まあ、まず素人の話なんて聞いてくれ

 ないだろうな」


排他区スラムにいたころは、個人情報なんて

大した役割は無かったが、アリスまで巻き込んだ今の状況は

全く意味合いが違う。


「僕は、スラム出身だ。どうしたら話を聞いてもらえる?」

「にいちゃ?」心配そうに見上げる声。


「強くなるしかないぜ。それこそ、トライ・ワークスが

 持て余すくらいの強さまで」

「それしかないんだな?」

僕のシャツの後ろの裾をつかむ手がある。

「……」アリスはうつむいたまま、シャツの裾を見ていた。

「強くなるしか、自分の声を届かせることはできないんだぜ」


「分かった。アリス、帰ろう」

「うん。にいちゃ」元気のない声で妹は返事をした。

「じゃーな!さよならぁ!」

アキラはぶんぶん手を振って別れの挨拶をした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る