RADIO~心の声を、受け止めて~
林みどり
シーズン1 はじまりの日
第1話 はじまりのことば~Green Wave~
「それじゃ、よろしくお願いしまーす!」
「お願いしまーす!」
僕のあいさつに続き、スタッフ全員があいさつする。いつもの光景。でも、今日からはちょっと違う。
いつもの席に座り、準備を始める。この後の原稿は?番組開始のフリートークに使える時間は?今日のテーマは?最低限のことについて最終確認を行う。それでも、混乱することはある。そんなときは、ぶっつけ本番で放送する。それが、この番組の鉄則だ。
僕は目の前にいるもう一人の人物に向かって言う。
「大丈夫?緊張してるよね。」
目の前にいる人は何も言わない。小刻みに震えている。
僕は安心させるように言う。
「大丈夫だよ、緊張しなくても。いざとなったら僕がフォローするから。大丈夫。」
大丈夫。自分にも言い聞かせる。
「本番1分前でーす!」
さあ、気合を入れよう。
「30秒前…15秒前…10秒前…5秒前!」
タイムキーパーが手で数字を出す。
5,4,3,2,1。
「4月2日、月曜日!FMグリーンフォレスト、グリーンスタジオより放送しています。こんばんは!南条里志です。今日からこの番組、時間拡大しましてね。今まで10時からだったのが、なんと8時から!8時から12時まで、4時間の生放送になったんです!僕、学生時代から合わせて7年間ラジオパーソナリティーやってきて、今年8年目になるんですけど、こんなに長く生放送するの、初めてです。なのでかなり緊張しています。でも、目の前には恐らくもっと緊張してるであろう人がいるんです。さて、自己紹介をしてもらう前に、ちょっと、約束してもらいたいことがあるんです。」
僕は笑いながらしゃべっていたが、最後の言葉を言った時、僕の目は真剣な目になった。
「この番組は、多感な10代のリスナーのみんなの言葉を、本気で受け止める番組です。面白い言葉もあれば、真剣な悩みもあります。そのすべてに対して、真剣に、全力で、本気で、ぶつかっていってくれますか?」
目の前にいる人は、緊張しながらも、確かに、はっきりといった。
「…はい!」
「よし!それでは、自己紹介、お願いします!」
「はい!本日から、この番組を担当させていただきます、姫宮明日香です!よろしくお願いします!」
「はい!というわけで、今日からは姫宮明日香ちゃんが、もう一人のパーソナリティーとして番組の仲間に入りました!ますますパワーアップしたラジオを、よろしくおねがいしますね!あ、番組名言うの忘れてた……じゃあ、二人で、タイトルコールしますか。せーので行きますよ。…準備いい?」
「あっ、はい!」
「じゃあ行くよ、せーのっ!」
「10代応援ラジオ、グリーンウェーブ!」
「お送りした曲は、GOING UNDER GROUNDで『トワイライト』でした。この番組のテーマ曲といっても過言じゃないかもしれないですね。
さて、始まりました、10代応援ラジオ、グリーンウェーブ!今日からは時間が拡大して4時間の生放送になりました!この時間、今までは別の番組が放送されていたので、はじめましての方も多いと思います。簡単に、この番組について説明したいと思いますが…僕の簡単って、簡単じゃないってよく言われるので、覚悟してくださいね。
この番組は2年前に始まりまして、開始当初から10代のみんなを言葉で、そして音楽で応援してきました。開始当初は、僕大学生だったんですよ。大学3年生。大学3年生の時にいきなり毎日2時間のラジオをお願いされまして…しかも時間も夜10時から12時までっていう、一番プライベートに使いたい時間でねえ…まあ、大変でした。で、この春めでたく大学を卒業しまして。で、ちょうど前の番組のパーソナリティーさん、金子さんが育児に専念するために退職されましてね。それで、どうせ大学も卒業して時間余ってるだろうし、時間拡大させればいいんじゃない?ってことなった結果、時間拡大、4時間の生放送となりました。ですが、基本理念は変わりません!10代応援!これを掲げてやっていきます。
さて、僕の自己紹介と行きますか。改めまして、皆さんこんばんは!南条里志です。5月23日生まれの22歳、今年23歳になります。長野県出身です。小学校、中学校と僕いじめられていたんですよ。ひどいいじめにあってね、学校行きたくなくなったんです。でね、中学校卒業した後、僕は小学生の時から溜めていたお金全部使って、東京まで家出したんですね。家出。でね、東京に来たって、何もすることないんですよ。家もないし。知り合いいないし、土地勘ないし。ただたださまよっていました。いつの間にか東京も出てたし。そんな中、ここに来たんですよ。成海市。あるラーメン屋に入った時、ラジオが流れてたんですね。そのころ『若者魂』っていうラジオが、こことおんなじ時間帯でやってて。DJマックスさんの。知ってる人多いんじゃないのかな?で、こんな言葉が流れてきたんですね。」
「今さ、つらくて苦しくて、死にたいってやつ、いると思うんだよ。でもさ、ここで死んだらさ、楽しい未来がさ、無駄になるぜ?絶望のどん底まで落とされた奴の未来に、悪いことは起きない。これ俺が生きてきた中で間違っていたことはないね。うん。みんな幸せになってる。だから、もう少し頑張ってみようよ。な。逃げてもいいんだからさ。自分のやりたいこと、やってみようぜ!」
「絶望のどん底まで落とされた奴の未来に、悪いことは起きない。これ聴いた瞬間衝撃が走りまして、涙がこぼれました。ああ、生きててよかった、てね。その足で、ここにきて、パーソナリティーにしてくださいってスタッフさんに直談判してね。戸惑ってるスタッフさんに向かって、土下座してさ。そしたら、DJマックスさんが来てさ。後から知ったんですけど、当時マックスさんはこのラジオ局の社長も務めてたんですね。で、僕に向かって言うんですよ。『君、いい目してるね。夕方に新しく15分番組作ろうと思ってるんだけど、どう?』って言われて。僕は飛びつくようにそれを受けて、パーソナリティーとしての道を歩み始めました。そこからもうパーソナリティーって仕事が楽しくてしょうがなくなって。で、これをライフワークにするために大学に行って、もっと表現について学ぼうと思って、大検の勉強を始めたんですね。で、見事合格して、大学入って、表現について学びました。で、大学2年の時だったかな。マックスさんが急死してね。僕最期をみとったんですけど、その時マックスさんが僕に遺言を言ったんですよ。」
「俺が死んだら…さ…俺の後継いで…10代のみんなを応援する番組…つくってくれ…よ……」
「僕はその遺言通り、忙しい日々の中新しい番組を作るために動きました。そして、2年前にこの番組を始めました。今は亡きマックスさんの後を継いで、10代のみんなを応援するために、一生懸命頑張りますので、よろしくお願いします!趣味は音楽鑑賞。最近はクラシック音楽にハマってます。今はバルトークの『弦楽四重奏曲』を聴いていますね。なかなか、いい曲ですよ。最初でもちょこっと触れたんですが、学生時代、さらには放浪時代合わせて7年間ラジオパーソナリティーやってきてます。夕方の15分番組から始まって、2年前にこの番組始めて、たくさんの声を聴いてきました。そして、これからも、みんなの声を聴いていきます。僕の自己紹介はこんなもんですかね。では、新しいパーソナリティーである、姫宮明日香さん。…姫ちゃんって呼んでいいかな?……姫宮さん?」
「あっ、はび…じぇんじぇん、だいじょぶでずう…」
「ちょっ、姫ちゃん泣いてる!?ティッシュ!ティッシュもってきて!」
生放送は、何が起きるかわからないのだ。
CM明け。
「さて、姫ちゃんもだいぶ落ち着きましたね。」
「はい、すいません…急に泣き出しちゃって……でも、南条さんの話聞いてたら、感極まっちゃって…」
「あはははははっ!いやあ、初めてだよ。僕の過去の話で泣く人なんて…って、そもそも過去の話なんてしたことなかったから当たり前か。さて、では改めまして、姫ちゃん、自己紹介よろしく。」
「はい!みなさん始めまして!姫宮明日香です。6月2日生まれ、18歳の、大学1年生です。子供のころからラジオパーソナリティーになりたいと思っていて、やっと夢がかなったんですけど、いきなりこんな大きい番組を担当することになって、緊張しています。だけど、10代のみんなを応援する気持ちは、誰にも、南条さんにも負けません!よろしくお願いします!」
「おお、言ったねえ!ということで、姫宮明日香ちゃんこと、姫ちゃん。これからよろしくね。」
「はい!」
「さて、今日のトークテーマの発表です。テーマは「新年度突入!あなたのことを教えて?」です。自分の性格、趣味、特技、目標など、なんでも結構です。僕たちに教えたいこと、あるいは逆に僕たちについて聞きたいことを送ってきてください。もちろん、悩み相談も受付中です。メール、ファックスで受付しています。また、ホームページの投稿フォームからも送れますよ。ではここで1曲行きますか…ん?」
僕のもとに1枚の紙が手渡された。それを見た僕は驚きつつも、真剣モードに切り替える。
「…ここで臨時ニュースです。成海市内に住んでいる中学生が行方不明になっているとのことです。詳しい情報を報道センターより伝えてもらいます。砂村さん、お願いします。」
「はい、ではお伝えします…」
報道センターからの音声に切り替わったのを確認し、僕はふうと息を吐く。姫ちゃんが話しかける。
「あの、何があったんでしょうか。」
「分からないね。ただ、事実は事実だ。ゴンさん、放送再開までどれくらいですか?」
ディレクターのゴンさんこと権藤さんに聞く。
「とりあえず、15分後。」
「了解です。」
僕はスマホを取り出し、知り合いに電話する。
「もしもし、飯野?元気?ああそう。あのさ、中学生の子が行方不明になってるんだけど、なんか情報ない?…うん、うん…教育委員会のほうで、各学校に連絡し、緊急連絡網の発動を要請。生徒の安否確認中…わかった。また情報きたら送って?うん。今生放送中。そうなんだよ。時間拡大したから。お願いね。」
僕は電話を切る。
「あの、誰に電話をかけてたんですか?」
「教育委員会の飯野。年上なんだけど、親戚だからタメ口。使えるコネは使いまくらないとね。さて、次は…」
僕は別の知り合いに電話をかける。
「もしもし安部?あのさ、中学生の子が行方不明になってるそうだけど、流してほしい情報とかある?うん、うん…連絡網の話は聞いたよ。ほかに何かない?うん……そっか。わかった。またなんか情報入ったら教えて?はい、よろしく~。」
電話を切る。
「だめだね。空振りだ。無事に見つかるといいけどなあ…。」
「そうですね…」
しばしの間、沈黙。そこにゴンさんの声が割って入った。
「南条君、予定よりかなり早く終わることになった。悪いけど3分後に再開するから、よろしく。」
「3分後再開…了解です。」
僕は先程飯野から得た情報を流すことを伝え、放送準備に入った。
もうすぐ再開だ。ヘッドフォンからの音声に集中する。
「…以上、中学生の行方不明事件に関する情報を、報道センターよりお伝えしました。」
「はい、砂村さんでした。ありがとうございました。こちらにも臨時ニュース放送中に情報が入ってきています。成海市教育委員会は、各中学校に緊急連絡網の発動を要請し、生徒の安否を確認中とのことです。
今このラジオを聴いていて、家の外にいる子、今すぐ、家に戻ってください。行方不明の生徒が誰かに連れ去られた可能性もあります。犯人はまだ逃走中です。新たな事件が発生する恐れもあります。街は今、とても危険な状態なんです。」
そこまで言って、僕は大きく息を吸う。一番伝えたいことを伝えるために。
「これ以上、誰かが傷つくのを見たくないんです!お願いします、今すぐに、安全な場所に逃げてください!」
スタッフが気を利かせて、音楽を流してくれた。僕は椅子にもたれかかる。
まだ呼吸が荒い。深呼吸して、呼吸を整える。
姫ちゃんが僕に話しかけてくる。
「あの、南条さん。なんか、ものすごい気迫でしたけど…何かあったんですか?」
「……いや、何でもないよ…何でもない。」
僕はそう言った。いや、呟いた、というほうが正しいのかもしれない。
音楽が終わる。僕は気持ちを切り替える。
「お送りした曲は、ゴンチチで『ゴーイング マイ ホーム』でした。時刻は8時30分になるところです。FMグリーンフォレスト、グリーンスタジオよりお送りしています、10代応援ラジオ、グリーンウェーブ。ここからは、皆さんから届いたメッセージをじゃんじゃん読んでいきたいと思います。ラジオネーム、くまきちさん。14歳の女の子からのメッセージです。
『南条さんこんばんは!そして姫宮さん初めまして!いつも楽しく聞いています!』
おお、うれしいですね。ありがとうございます。
『私の趣味は、読書です。最近は忙しくなってあまり読めていないのですが、月に1回は必ず本屋さんに言っていい本がないかチェックします。私のお勧めの本は、長沢樹さんの「消失グラデーション」です。学園ミステリものと聞いて買ってみたんですが、読んでみると本格ミステリに引けを取らない作品でした。ラストは本当に衝撃的です!お二人の趣味は何ですか?』とのことです。
消失グラデーションねえ。僕も読んだことあるんですけど、本当に面白いです。ちょっと長いんだけどね。どんでん返しに次ぐどんでん返し、先のストーリーが全く読めない。そしてくまきちさんも書いてましたが、衝撃的なラスト。僕もびっくりしました。まさかそういうことだったとは、ってね。読了後のしてやられた感がすごかったですね。あ、もちろんいい意味でですよ。いい意味で。姫ちゃんはなんか趣味ありますか?」
「私は…散歩、ですかね。いろんなとこ行くのが好きなんです。ただ歩いてるだけなんだけど、なんか楽しいんですよね。」
「ああ、散歩ねえ。なかなかいい趣味持ってるね。確かに、住み慣れた街を改めて歩いてみると、新しい発見とかがたくさんありますからね。散歩。この土日、行ってみてはいかがでしょうか。じゃあ次は姫ちゃん、初めてのメール読み、お願いします。」
「はい。ラジオネーム、孤高のキーパーさんから。17歳の男の子です。あっ、この子、京都からメール送ってきてますよ!」
「えっ、本当!?あ、本当だ!うわあ、うれしいなあ。サイマルラジオ使ってるのかなあ。ありがとうございます。」
「『南条さん、姫宮さん、こんばんは。初メールです。』
うわあ、ありがとうございます!
『質問なのですが、お二人は学生時代、何部に入ってたんですか?』
わたしは中学、高校と放送部に入ってました。やっぱり、パーソナリティーになりたいって思いが強かったんだと今になって思いますねえ。南条さんは?」
「ぼくは部活とか入ってなかったですね。あ、でも大学ではパソコンサークルに入ってました。といっても、主な活動はネトゲとかなんですけどね。でも頼まれれば部活のPRビデオとか撮ってましたね。」
「PRビデオ!そんなの撮ってたんですか?」
「うん。うちのサークルは自由度高めだから、そういうのも普通にやってましたね。あとは大学のパソコン総入れ替えの手伝いをしたりとか、故障の原因究明とか、そういうのもやってました。だから意外と大学では人気でした。無料で何でもやるからね。今もその時の経験で、簡単な機械の不調とかは自力で直してますね。あのころは楽しかったなあ……」
過去を懐かしんでいると、交通情報の時間が近づいてきた。
「さて、時刻は8時40分に間もなくなるところです。ドライバーの皆さん、お待たせしました。ここで最新の交通情報、天気予報をお伝えします。8時50分ころからは予定を変更して、中学生の行方不明事件に関する情報を報道センターより伝えてもらいます。グリーンウェーブ、放送再開は9時ちょうどです。」
「時刻は夜9時を回りました。FMグリーンフォレスト、グリーンスタジオよりお送りしています、10代応援ラジオ、グリーンウェーブ。改めまして、こんばんは!パーソナリティーは南条里志と、」
「姫宮明日香でお送りしています。」
「今日のメールテーマは「新年度突入!あなたのことを教えて?」です。メッセージはホームページの投稿フォーム、メール、ファックスで受け付けています。皆さんからのメッセージ、お待ちしてます!さて、ここで生電話、繋いじゃいましょうか。これは…お悩み相談のようですねえ。もしもし!」
「もしもし……」
電話から聞こえてくる声は元気がない。相手のテンションに飲み込まれないよう、あえて明るい声を出す。
「南条里志です!」
「姫宮明日香です!」
「お名前教えてもらっていいですか?」
「まりんです。」
「まりんちゃん、今いくつ?」
「14です。」
「14歳か。ということは、中学…」
「2年生です。」
「中学2年生ね。まりんちゃん、今悩みがあるみたいだけど、いったいどうしたの?」
「実は…うっ、うう…!」
電話の向こうから、泣き声が聞こえた。僕は静かに語りかける。
「…大丈夫。泣いてもいいよ。時間はたくさんあるから。」
「うっ……すみません、急に涙が…」
「大丈夫、大丈夫。」
そんなことを言っていると、横から紙が渡された。
「まりんちゃん、ちょっとごめんね。ここで中学生の行方不明事件について、新たな情報が入ったようです。まりんちゃんとの生電話は、臨時ニュースの後にお伝えします。では、報道センター、お願いします。」
「はい、お伝えします…」
音声が切り替わる。僕はまりんちゃんに言う。
「ごめんね、急にニュースが入っちゃって…もしだったら、今のうちに話、聞いてもいいかな?」
「はい、実は…」
その口から語られたのは、驚くべき内容だった。
「友達が、行方不明になったんです!」
「…それって、まさか……」
「はい。今ニュースで話題になってる、行方不明事件の…」
そこまで聞いた時、僕はスタッフに指示を出した。
「まりんちゃんごめん、ちょっとだけ待ってて。
音声を操作する、成ちゃんこと成田あやのが、音声を電話からニュースに切り替える。
「…繰り返します。成海市内で中学生が行方不明になった事件について、警察は先程、成海市桜岡在住の無職の男、国島正也容疑者22歳を誘拐の容疑で逮捕しました。容疑者は容疑を認めていますが、行方不明の生徒の居場所については黙秘しているとのことです。警察は生徒が監禁や暴行、殺害された可能性も視野に入れて、捜査を続けています…」
殺害の可能性。そこまで事態は悪化しているのか。
「姫ちゃん、悪いんだけど、まりんちゃんのこと、頼めるかな?」
「えっ、南条さんは?」
「安部と飯野に状況を聞く。あいつらから情報を聞いたほうが一番早い。」
僕はそう言って、スタジオを出た。
南条さんの代わり―――
私は緊張していた。初めての放送で、いきなり一人でリスナーの話を聞くなんて、そんなこと、考えてなかった。
だけど、やるしかない。
私は深呼吸して、スタッフに指示を出す。
「あやのちゃん、音声、電話に切り替えて。」
私がそういうと、なぜか回線が調整室からの音声に切り替わる。
「わかった。無理はしないでね。応援してる。」
あやのちゃん……
この言葉に、どれだけ救われただろう。こんなにも親友の言葉が勇気を与えてくれるなんて。
音声が電話に切り替わる。
「まりんちゃん?」
「はい。」
「初めまして。姫宮明日香です。」
「姫宮…さん。」
「うん。初めまして。早速なんだけど、その子、大事な友達だったんだ。」
「はい。幼稚園の時からずっと一緒で…ケンカもしたし、嫌いになったこともあったけど、それ以上に楽しい思い出をたくさん作ってきたんです。なのに…なのに…っ…」
まりんちゃんが再び泣き出した。どうしよう…
頭の中に、南条さんの声がよみがえった。
…大丈夫。泣いてもいいよ。
大丈夫、大丈夫。
「大丈夫。落ち着いてからでいいから。待ってるから。」
私は言った。今はこの子を安心させることが第一だ。
いつの間にか、スタッフの数が少なくなっていた。主要なスタッフはいなくなり、放送するために必要不可欠な最低限のスタッフが残された。
事態は動きつつある。私はそう感じた。
私がそんなことを考えている間に、まりんちゃんは落ち着きを取り戻したらしい。再び声が聞こえてきた。
「夕方になって、学校から帰ってきたら、家に電話が来たんです。友達のお母さんから。家にまだ帰ってないって言われたんです。その子、体調が悪くて早退したんです。だから、家にいるはずなのに、いないって。私は家を飛び出して、思い当たる場所を全部探しました。でも、見つからなかった……家に帰って、不安な思いでご飯を食べて、お風呂に入って、ラジオを聴いてたら、いきなりこのニュースが流れてきて…」
「そっか。よく頑張ったね。」
「はい…」
「もしよかったらでいいんだけど、その子の中学校、学年、名前を教えてくれないかな?」
「成海第一中学校、2年生、佐藤文香です。」
「文香ちゃんね。教えてくれてありがとう。」
「いえ・・・もしかすると、大事な情報かもしれないって思って…」
「もちろん!貴重な情報だよ。」
そこまで言ったとき、南条さんが戻ってきた。
「まりんちゃん、ちょっと待っててね。」
私はそういって、マイクのスイッチを切る。
「おかえりなさい。どうでした?」
「行方不明になってる子の情報がわかった。成海第一中学校2年1組、佐藤文香さん。13時ごろに学校を早退し、その後行方不明になったそうだ。」
「まりんちゃんも、同じことを言ってました。」
「えっ、まりんちゃんから、情報聞いたの?」
「はい。彼女が自分から教えてくれたんです。……ダメ、でしたか?」
「全然。無理やりだったら当然だめだけど、本人が自分の意志で情報を教えてくれたのなら全く問題はない。しかし、まりんちゃん、強い心を持ってるみたいだね。それだけ、親友が大事なんだろうな。」
「はい。」
「そういえば、ゴンさんたちは?いないみたいだけど。」
「はい。私も気づいたらいなくなってて…」
「……姫ちゃん。もしかすると、今日の放送打ち切りになるかもしれない。」
「え、何でですか?」
「事態が急転してる可能性がある。今ゴンさんたちがいないのも、この後の番組編成を話し合っているからかもしれない。」
「そんな……じゃあ、まりんちゃんは、どうなるんですか!?このまま放置するんですか?」
「そんなわけないでしょ。」
「じゃあ……」
わたしが次の言葉を言いかけた時、スタッフさんが戻ってきた。
「南条君、悪いけど、今日の番組は打ち切りになった。行方不明の子が見つかるまで、ニュースの放送を続けるそうだ。このスタジオもその対応に使うらしい。すぐに撤収する。」
放送打ち切り。恐れていた事態が発生した。
私は権藤さんに噛みついた。
「何でですか!まりんちゃんとの話、まだ途中なんですよ!」
「姫ちゃん、落ち着いて。」
「大体、まりんちゃんの気持ちに寄り添いたいってリスナーさんもたくさんいるはずなのに、何でですか?」
「姫ちゃん。」
「放送を続けさせてください。リスナーと一体となって、まりんちゃんを救いたいんです!」
そこまで言った時だった。
「いいかげんにしろ、姫宮!」
私はビクッとした。南条さんが、怒った。
南条さんは続ける。
「君の気持ちはよくわかる。僕もまりんちゃんを救いたい。だけど、最優先で救わなければいけないのは、命の危機に直面している文香さんのほうだ。」
南条さんはマイクのスイッチをオンにする。
「まりんちゃん、聞こえる?」
「はい。」
「放送が打ち切りになって、電話を切らなくちゃいけなくなった。」
「はい…」
「でも、僕たちは、文香さんを探す。結果がわかったら、必ず伝えるから。」
「はい。」
「じゃあね。」
僕はそう言って、スイッチをオフにした。
「撤収しましょう。ここに残る意味はない。」
スタッフが撤収作業を始めた。
「南条…さん…ひどすぎです…」
私は涙声でそうつぶやいたけど、南条さんには届かない。スタジオを出ようとする南条さんに、必死でついていった。
一直線に向かったのは、スタッフルーム。南条さんはロッカーを開けて、財布、免許証、車のキー、コートを取り出した。
コートを着て、必要なものをポケットに突っ込むと、南条さんは隣のロッカーを開けた。
「え、そこ、私のロッカー!」
そこは私のロッカーだった。ロッカーにかかっていたコートを取り、私に投げる。
「わ、わわっ!」
突然のことに驚きながらも、コートをキャッチした私に向かって、南条さんは言った。
「行くよ、姫ちゃん。」
「行くって、どこに?」
「決まってるでしょ。」
2人を救いに、だよ。
私は南条さんの車の中にいた。
一見すると普通の車。だが中は微妙におかしかった。
備え付けのオーディオからは音楽が流れている。その真上、ダッシュボードには、小型のラジオが取り付けられていた。そしてそこからは、臨時ニュースが流れている。
「あの…何でラジオが2つもあるんですか?」
「何でって…気合を入れるためかな。」
「はい?」
「情報はできるだけ多くあったほうがいいから、ラジオはつけとくべきだよね。でも、自分の好きな音楽を聴いて気合を入れたいしね。どっちを取るかと思った時、そうだ、どっちも付ければいいじゃん!と思って少し改造させてもらった。今では有事の時はいつもこんな感じかな。まあ、上のラジオをつけるときは滅多にないんだけど。」
「はあ。それでどっちも聞いてると。」
「まあ、メインは音楽かな。事実、上のラジオはその辺で買ってきた手回し充電式のラジオだしね。ボリュームも絞ってるし。」
車の中では南条さんの好きなCDが流れていた。→Pia-no-jaC←の「組曲『 』」。
「ところで、これからどこに行くんですか?」
「成海第一中。教育委員会と警察がそれぞれ拠点を置いているらしい。」
「それって、飯野さんと安部さんからの情報ですか?」
「うん。一応、うちの局と成海市、成海市教育委員会、成海市警、成海市消防局は緊急時の放送協定を結んでいる。緊急時は僕たちに最優先で情報が来る。今回はその協定を利用し、こちらから捜索に協力することにした。」
「協力って…探すんですか!?」
「そうだよ。そんな驚くことはないでしょ。」
「いや前代未聞ですよそんなの!聞いたことないですよ!捜索に協力なんて!」
「聞いたことないだけで、僕は何回も協力しているよ。僕のおかげで救われた命もあったんだから。」
「……」
もはや何も言えなくなった。この人はフットワークが軽すぎる。リスナーのためなら、どんなこともする人だ。たぶん、世界中どこを探しても、こんな人はいないだろう。
「…お、着いたぞ。」
車は駐車場に止まった。私たちは中学校の中に入っていった。
「まずはどこに行くんですか?」
姫ちゃんが聞いてくる。僕は即座に判断した。
「とりあえず、職員室だね。教育委員会はそことコンピュータ室の半分を拠点にしてると聞いている。飯野は職員室にいると聞いたんだけど…」
職員室に着き、中に入ろうとした時、関係者と思われる人が僕たちを遮った。
「君は誰だ?ここは君のような若者が来るような場所ではない!関係ないなら帰りたまえ!」
「私はFMグリーンフォレスト、パーソナリティーの南条里志です。『成海市内での緊急事態発生時における特別放送協定』にもとづき、こちらにやってきました。」
「ああそう。でもね、今は緊急事態じゃないんだよ!邪魔をするなら帰ってくれ!」
相手は相当怒っているようだ。
「あの、もう帰りましょうよぅ…」
姫ちゃんも弱気になっている。だが僕も簡単に引くわけにはいかない。
「緊急事態じゃないとおっしゃいましたが、成海市で子供が行方不明になっていて、しかもこちらに情報が来ているんですよ?十分緊急事態じゃないですか。それに我々は何も情報を得る目的で来たわけではありません。皆さんの活動に協力するために来ただけのことです。」
「そうかい。じゃあ言うけど、あんたたちが協力できることはないよ!いいからさっさと帰れ!」
そういうと、相手は僕を突き飛ばした。
「南条さん!」
「ほら、あんたもだ!」
「きゃっ!」
姫ちゃんも突き飛ばされた。僕の怒りは頂点に達した。何も言ってない姫ちゃんまで突き飛ばすなんて。
言い返そうとした時、横から声が掛けられた。
「駒沢、何をしている。」
僕が声のした方向を見ると、そこにはこちらに向かってくる安部と飯野の姿があった。
「い、飯野主任!」
「遅いよ飯野。どこに行ってたんだ?」
「すまん。上のほうから呼び出されて状況報告をしていた。」
そう言うと、飯野は駒沢と呼ばれた男に向き直る。
「駒沢、彼を呼び出したのは私だ。君にも事前に連絡をしていたはずだ。なのにこの対応は何だ?彼はラジオ局の代表としてここにきている。最悪の場合、放送協定の打ち切りにもつながりかねないんだぞ?もしそうなったらどのような混乱が起きるのか、君が一番よくわかっていると思っていたんだがなあ…」
「はい、申し訳ありません…」
僕は言った。
「飯野、もういいよ。それより、状況は?」
「ああ。成海第一中の生徒については、すでに全員が家にいることを確認している。また、ほかのところも連絡網を回して対応中だ。」
「わかった。安部、文香さんの捜索状況は?」
「成海市内全域をしらみつぶしに捜索しているが、まだ見つかっていない。市外にいる可能性も含めて捜索をしている。」
「僕たちはどこを探せばいい?」
「とりあえず、成海駅周辺を捜索してくれ。あの辺りは建物がたくさんある。狭い路地もあるから、もしかすると見落としがあるかもしれない。付近を捜索している警官にはすでに連絡を入れているから、協力してくれるはずだ。」
「見つからなかった場合は?」
「市外だな。秦山市のあたりが手薄なようだ。そこに行ってもらえるか?」
「わかった。何かあったら連絡をくれ。」
「気をつけろよ。お前は警察官じゃないんだ。自己防衛を最優先に行動しろよ。」
「わかってる。二人とも、ありがとう。じゃあいくよ、姫ちゃん。」
僕はそう言って、学校を後にした。
「成海駅か。とすると、あいつらに応援を頼んだほうがいいか…?」
僕は車を運転しながら考えていた。いくら何でも二人だけじゃ限界がある。
「…そうだな。あいつらに協力を頼もう。」
「あの、あいつらって?」
「ああ。」
朝まで踊り狂っている、悪い奴らがいるんだよ。
成海駅前についた。車を降りる。冷たい風が、僕の横を通り過ぎた。
「う~っ…今日はやけに寒いな…」
そんなことを呟いていると、目の前に目的の奴らは現れた。いつものように、踊りまくっている。
「お~い!久しぶり~っ!」
僕は彼らに声をかけた。それに気づき、彼らは僕のほうに向かってくる。」
「あっ、お久しぶりです!南条先輩!」
「久しぶり。元気そうじゃん、後藤。」
「南条先輩もお元気そうで、何よりです。あ、いつもラジオ聞いてますよ!」
「あ、本当?うれしいねえ、聞いてくれて。」
後輩たちと笑いあう僕。そんな僕に姫ちゃんが話しかけてきた。」
「あの、この人たちは…」
「ああ、彼らはうちの大学のダンスサークル。昔ちょっともめ事を解決したことがあって、それ以来親しくさせてもらってるんだ。で、彼がサークル長の後藤栄太。」
「ども。姫宮先輩ですよね?後藤栄太って言います。」
「えっ、何で私の名前を?」
「そりゃ、うちの高校では姫宮先輩は有名人でしたから。俺たちも「天使の声」にものすごく癒されてたんですよ。」
「えっ、本当ですか?なんか、恥ずかしい・・・」
「えっ、なになに、二人とも同じ高校なの?」
「はい!」
「へ~え。高校時代から有名だったんだねえ、姫ちゃん。」
姫ちゃんを見ると、顔が真っ赤になっている。僕は咳払いをして、話題を変えた。
「さて、実は君たちに協力してもらいたいことがある。」
僕は背負っていたリュックから文香さんの写真がプリントされた紙を取り出した。」
「この街に住んでいる佐藤文香さんが行方不明になった。犯人は捕まったが未だ文香さんは行方不明だ。そこで、君たちにこの子を探してほしいんだ。範囲はここから半径500m以内。それより先は警察が捜索しているから、もし捜索するんだったら警察の指示を仰いでくれ。僕の名前を出しても構わないから。」
「わかりました。みんな、行くぞ!」
「「「「はい!」」」」
彼らは一目散に、夜の街へと駆け出して行った。
「大丈夫でしょうか…?」
「大丈夫だ。あいつら、真面目に踊ってるわけじゃないから。」
「へ?」
「あいつらはダンスと格闘技の融合による新たな護身術の開発を目指して活動しているサークルだ。いざの時もすぐに対応できるし、あいつらは危険なとこには一人で行かない。大丈夫だ。」
僕は再び車のキーを出す。
「さて、僕たちは車で捜索するよ。」
どれだけの時間がたったのだろう。
いろんなところを捜索したが、いまだに見つからない。焦りが、襲い始めていた。
「…10時か。そろそろどっかから連絡が入ってもいいころだが…」
そんなとき、着信音が鳴った。僕はすぐにスマホを取り出し、相手を確認する。相手は安部。電話に出た。
「もしもし、安部?」
「南条か。文香さん、見つかったぞ。」
「本当か!場所は?」
「海沿いの廃工場だ。そこに監禁されているのを、お前の仲間が見つけてくれた。」
「そうか…で、命に別条は?」
「なさそうだ。ただ、ひどいけがを負っているようだ。すぐに市民病院に搬送されたよ。」
「市民病院ね。わかった。ありがとう。」
「こちらこそ。お前の協力がなければ、あんな穴場は見つけられなかった。感謝するよ。」
「じゃあな。」
「ああ。」
僕は電話を切り、続けざまに後藤に電話する。
「もしもし後藤?話は聞いたよ。よく頑張ったな。僕?今成海駅前で待機していたとこだ。これから動く。」
「わかりました。あと少し、頑張ってください。」
「ああ。ありがとう。」
僕は電話を切り、車を動かした。
「何かあったんですか?」
「文香さんが見つかった。」
「本当ですか!じゃあ、今そこに向かってるんですね!」
「いや、向かってないよ。」
「え。」
「そんなのは警察の仕事だよ。僕たちが介入する余地はない。」
「じゃあ、どこに…」
まりんちゃんの家。
「夜分遅くにすみません。FMグリーンフォレストでラジオパーソナリティーをしています、南条里志です。」
「同じく、姫宮明日香です。」
「あの、娘さん、いらっしゃいますか?」
「ええ。いますよ。あ、こんなとこじゃなんですから、中にどうぞ。」
「あ、すみません。じゃあ、お言葉に甘えて。」
僕たちはまりんちゃんの家にいた。お母さんの案内で、中に入る。
中に入ると、まりんちゃんが座っていた。
「こんばんは。夜遅くに来ちゃってごめんね。」
「あ、こんばんは…」
「実は、どうしても伝えたいことがあるんだ。まだラジオでも流れていない。文香さんの、事なんだけど。」
文香さんのこと。その言葉を聞いたまりんちゃんの体が、びくっと震えた。
僕は続ける。
「文香さんが見つかった。海沿いの廃工場で監禁されていたそうだ。大分怪我しているようだが、命に別条はない。安心していいよ。」
「本当ですか…!」
「うん。本当。」
「よかった…よかったよう……うわあああああん!」
まりんさんが思いっきり泣きだした。だけど、この涙は、今までの不安の涙なんかじゃない。幸せに包まれた涙だった。
「よかったね。本当によかった。」
「南条さん。」
「ん?」
「あの、すみませんでした。」
「え?何が?」
「南条さんがここまで考えてたのに、私、自分の事しか考えてなくて…リスナーさんと一体になって救うなんて、どの口が言ってるんでしょうね…」
「…何で謝るの?」
「え?」
「謝る必要なんてないよ。姫ちゃんは強い。」
意味が分からず、私は困惑する。
「僕は上からの指示に従った。だけど、本当は最後までラジオを続けたかった……メインパーソナリティーとしての責任、なんてのは言い訳で、本当は……」
「怖いんだ。この番組がなくなるのが。僕は、そんな弱い男だ。」
「それに比べて、姫ちゃんは上から何と言われようと、番組を続行したいと訴えた。その瞬間、強いなあって思ったよ。この子とだったらやれるかもしれないって、そう思った。だからこうして、動いたんだ。」
南条さんは続ける。
「だから、その強さを忘れないでほしい。その強さは、どんな危機も乗り越えられる大きな力になる。」
「……はい。」
涙が流れた。涙が流れて止まらなくなった。
私は声を押し殺して、泣いた。
泣いていた私の耳に、声が聞こえてきた。
南条さんが、歌っていた。上手だった。とても上手だった。歌詞が、心にすとんと落ちた。
「…Do As Infinityで『遠くまで』。今の姫ちゃんに、ピッタリの曲だと思ったんだけど、どうかな?」
「…南条さん…」
私はこの瞬間、本当の意味で「グリーンウェーブ」のパーソナリティーになった。
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