第15話

間も無く蓼崎家は、学校が変わるほどの距離ではないが、引越しをした。

万引き事件が原因で、母親が宿舎に居づらくなったからだった。

一方で鉄男は、クラスに顔を出し辛くなるということは無かった。

逆に、自分の勇気を全員に見せつけてやった気分になり、胸を張るぐらいの思いだった。


ただ、あの車中での暗い悲しみが背後でいつも睨みつけているようで、これ以降、万引きから手を引いた。


鉄男は中学に上がった。

この時、完全に調子に乗っていた。

自分より弱い相手を見ると、すぐに手を出したりした。

万引き事件以降、自分は「勇気のある人間」でもあったので、「周りから恐れられる存在」の自分をイメージをするようになった。それを象徴させるような、『ヤンキー漫画』などは、鉄男を興奮させた。

かといって、ヤンキーのようなタンランやボンタンを買う金なんか無かったので、裏ボタンを変える程度の彩りしかできなかった。

それでも“なりきり効果”はあるようで、弱い者に対して、ヤンキーのような口調で凄んでみたりした。


また、家でもちょうど長男の、母親に対する反抗期が絶頂期で「クソババー殺すぞ!」などといった暴言が飛び交うことが日常茶飯事だった。

一番酷い時は、長男が包丁を振り回す騒ぎを起こした。この時ばかりは、いつも鎮座している父親も止めに入った。


PTAが視聴を禁止する、暴力的表現が問題となったアニメも、隠れてよく観た。禁止されていると余計に観たくなった。

正義が悪を滅ぼすという、お決まりの構図が爽快だった。

“勝つ=正義”の図式は、弱いものイジメを助長した。勝っている限り、自分は正義だった。


付き合う人間も、相変わらず万引き仲間だった連中で、彼らもやはり、ヤンキーに憧れる傾向にあった。中には、タンランやボンタンで学校に来ている奴もいた。それは“勇気”の象徵だった。勇気あるものは羨慕を得るに値した。ここに承認欲求の焦点が当てられた。

鉄男は金のかかることで、勇気を示すことができなかった。別の形で勇気を示す必要があった。彼は“女子に告白する”という手段を用いた。「今日俺〇〇さんに告白する」と言えば、周りは湧き立った。数人のギャラリーが陰から見守る中、告白するのである。

自分の勇気を周囲に知らしめるためには、ギャラリーの証人が必要だった。

勿論“あわよくば”もあったが、この軽い告白に乗る女子は一人もいなかった。

ある女子に告白した。

「で?」と言われた。

女子は続けて「それであなたはどうしたいの?」

鉄男は何も答えられなかった。どうしようもない戸惑いが鉄男を襲った。何か熱いものでも押し付けられているような気分になった。

しばらく“きょどって”いると、女子は黙ってその場から立ち去った。

ある種の敗北感が鉄男を襲った。あの女子に真っ直ぐと内面を凝視しされ、隠していた“怯え”や“嘘”を、力技でこじ開けられ、見破られたのだ。

ギャラリーを振り返ると、卑屈な笑みを浮かべ、いつもの“フラれちゃいました”空気で戯けてみせ、その場と、自分の心を煙に巻いた。


鉄男は、フラれてヤケになったといって、仲間の一人からタバコを貰って初めて吸ってみた。

このタバコも勇気の象徵であり、“自分たちだけ”という、仲間意識の結束にも役に立った。

中には肺に煙を入れない“キンギョ”で、吸っているように見せかける人間もいたが、これは裏切り行為であり、姑息な人間のレッテルを貼られ、あからさまにみんなから冷遇を受けたりした。

鉄男にはタバコの味は分からなかったが、吸わないわけにはいかなかったし、やがて、やめられなくもなっていった。

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