第13話
四年生に上がると、鉄男は初めて、“自分より弱い人間”を意識するようになった。
原口というその生徒は、いつもヘラヘラしていて、気弱で、勉強も運動も鉄男よりできなかった。
不潔だったので、みんなからも避けられていた。
原口の机に触れてしまうと『原口菌』と言って、他の人間にその菌を譲らねばならない遊びが、一部の間で流行った。
鉄男は、自分より蔑まれる人間を初めて目の当たりにした時、相手の気持ちを慮るより先に、喜びや安心感に似た感情で、目の前が明るくなる思いがした。
嗜虐の矛先を相手に向けると、もっと気持ちよくなった。
当然『菌』の譲り合いにも参加し、これに胸を躍らせた。
原口が学校の用事で話しかけると、「オイ!ふざけんな!話しかけてくんなや!菌がうつるがな!」と言って殴るような格好を見せた。原口は身をかがめて許しを乞うような格好でヘラヘラした。
自分の起こしたアクションで、相手をやり込めた。カエルや虫ではなく、人間だった。この快感に、鉄男は溺れた。
サッカーボールを蹴るように、原口のケツを蹴った。「イタァーイ!」と、ヘラヘラしながら両手でケツを抑えながら飛び上がった。
嬉しさが腹の底から込み上げた。先生が視界に入ったから、何もしていないフリをした。
掃除時間に、原口が勢いよく雑巾がけをしている頭の前に、鉄製の文化ちりとりの本体部を“ヒョイ”と出すと、思いっきりぶつかった。うまくいって大笑いした。ヘラヘラ痛がる原口の顔を見ると、左目の上が大きく腫れていた。目に見える痕跡にビビった鉄男は、笑うことができなくなって、思わず相手に心配する言葉をかけた。
階段から突き落としたこともあった。一段づつケツから落ちていく原口を見て、腹を抱えて笑った。
この時、原口が泣いた。これには鉄男も反省した。
帰る前の『終わりの会』で、学級内のイジメ問題が議題にあがった。
とくに“誰が誰をイジメた”という具体的な内容の話ではなく、遠回しの警告だった。
鉄男はすぐに自分のことを言われていると察知したが、誰かを征する気持ちよさの欲求を、抑える歯止めにはならなかった。
弱いものを痛めつけて享楽することを覚えたが、先生が来たり、目に見える傷を負わせてしまったり、泣かれたりすると、それが終了の合図にでもなっているかのように、手が出せなくなった。
ここで、卑劣さ、中途半端な道徳心、小心、といった、今後の自分を苦しめる材料を育てていった。
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