第26話 嫌われたくない

 一真さんが帰った後、俺は慌てて中島かすみに電話した。

 事の真偽を本人に確かめたかったからだ。


 しかしちょうど仕事中なのか、電源は切られているようだった。

 俺はラインに、話せる状態になったら連絡をくれるようにメッセージを送った。


 一真さんは、中島かすみを知っていた。

 それも、デビューする前の、学生時代を。


 しずくちゃんから話を聞いただけ、という可能性もあるが、あの一真さんが本人に確認したらすぐわかるような嘘を何の理由も無くつくとも思えない。


 その日、俺は特に予定も無かったこともあり、中島かすみからの連絡を一人そわそわしながら待っていた。

 中島かすみの学生時代から一真さんと面識があったとして、そもそも、二人はどういう関係なのだろうか。

 だとして、二人共なぜその事を黙っていたのだろう。


 連鎖的に色々な事が気になり始めるとどうしようもなかった。

 何をしても手につかなくて、どうにも気になって仕方が無い。 


 やがて夕方になった頃、中島かすみからの着信があった。

 緊張しながら通話ボタンをタップすれば、いつもよりも妙に弾んだ声が聞こえた。


「あの、聞きたい事があるんだけど……」

「どうかしたのかにゃん?」

 意を決して俺が口を開くと、中島かすみも俺の様子を変に思ったのか、真面目な声になった。


「鰍は前、一真さんについて聞いてきたよな、その、一真さんとは知り合いなのか……?」

「あー……、まあ、全く知らない仲ではないにゃん」

 中島かすみの返事は、なんとも歯切れの悪い物だった。


「その、どういう関係なのかとか、聞いても大丈夫か?」

「霧華さんのお友達にゃん」

「へ」


 恐る恐る尋ねてみれば、突然出て来た霧華さんの名前に、俺は間抜けな声を上げてしまった。

 どうして、霧華さんの名前が出てくるのか。


「あと、多分千秋さんに霧華さんが居候している家を教えたのは一真さんだと思うにゃん」

「……どういう事だ?」

「単純に、霧華さんがそう言ってたにゃん」


 つまり、霧華さん経由で一真さんと知り合ったという事だろうか。

 という事は、少なくとも一真さんは稲葉の事を高校時代から知っていた……?


「霧華さんが稲葉の家に居候してた頃に、鰍は一真さんと知り合ったのか?」

「きっかけがあって、ちょっと話した事があるだけにゃん」

「それだけか?」


 だったら、なぜそれを今まで黙っていたのだろう。

 気になってしまう。


「それだけにゃん……将晴、もしかして妬いちゃったかにゃ?」

「いやっ、別にっ、そんな事は……」


 無くもない、そう言いかけて俺はハッとした。

『羨望、心酔、依存、そういうの抜きで鰍と仲良くしてくれたのは稲葉と雨莉だけだったにゃん』


 俺の正体がバレた時、中島かすみはそう呟いていた。

 気が付いたら周りから理想化されて、依存されて、ちょっと面倒な事になってた、とも言っている。

 そんな彼等と距離をとりたいがために稲葉にちょっかいを出していたふしもある。


 今の俺の行動は、個人的な嫉妬と独占欲と、それによる詮索であって、それは中島かすみが最も嫌がる行動なのではいか。


 そう思うと胸の奥が締め付けられるように苦しくなった。


 聞き方も独りよがりだったかもしれない。

 こんな事で中島かすみに嫌われたくない。


「無いのかにゃ?」

「……な、無い! その、ちょっと気になっただけだから! ごめんな! 変なこと聞いて!」


 慌てて電話を切って、俺は酷い自己嫌悪に陥った。


 本当に俺は、どうしようもなく舞い上がっていたらしい。

 今の電話で変に思われたらどうしよう、と急に不安になってくるが、こちらから確かめる勇気もない。


 少し間を置いたら、また何も無かったように話せるだろうか。

 でも、さっきの会話で、やたら詮索してくる鬱陶しいと思われていたらどうしよう。

 

 そんな事をスマホを持ったまま家の中が暗くなるまで延々考えていると、手元から唐突にラインのメッセージ音が鳴った。

 画面を確認すれば、しずくちゃんからで、先日の謝罪と直接会って話がしたいので、今度稲葉も一緒に食事でもどうかという内容だった。


 一真さんが言っていた通りだ。

 そもそも、一真さんは本当に何者なのだろうか。


 俺は、一真さん抜きで俺と稲葉としずくちゃんの三人なら良いと返事を返した。

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