第21話 任せてください
今なんて言ったこの人。
性別くらい? それだとまるで俺が男だとばれているみたいじゃないか。
いや、ばれているのか?
いつから?
そう考えて俺は以前一真さんの部屋で酔いつぶれてしまった事を思い出した。
あの時、記憶にある範囲で既に俺とか口走っていたし、もしかしたらあの時点で言い逃れのしようのない大ポカをやらかしていた可能性も十分ある。
まずい。
一気に自分の顔から血の気が引いていくのがわかった。
「僕は本人達がいいのなら、別にいいんじゃないかとは思いますけどね」
一真さんはなんでもないように言う。
どうする、どう答えるのが正解なんだ。
仮に一真さんに男だという事がばれていたとして、口止めだとかその辺の事をこんな街中で話すわけにもいかない。
とりあえず、すばるの部屋まで帰ってから話すのがいいだろう。
「一真さん、一旦その話題は家に戻るまで待ってもらって良いですか?」
「ええ、もちろん」
一真さんはいつもの調子で笑う。
反応がいつも通り過ぎて恐い。
家に向かう途中も、一真さんはいつもと同じように話しかけてきて、それが逆に落ち着かなかった。
マンションに着くと、俺はそのまま一真さんをすばるの部屋へと招き入れる。
「いつから、私の性別に気付いてました?」
リビングに入り、電気を付けたところで俺は一真さんに問いかけた。
「……確信したのは先日すばるさんが酔いつぶれた時ですね」
先にリビングに入ってもらった一真さんが、振り向いて答える。
やっぱりか。
どうやら一真さんは前から俺が男だとは気付いていたようだ。
「気付いていたのに、どうしてずっと黙っていたんですか?」
「すばるさんが男だったとしても、僕の仕事内容は特に変わらないので、まあ別にいいかな、と思いまして」
俺が尋ねれば、一真さんはなんでもないように答える。
「いいかなって、全くよくはないと思うのですが……」
「言ったでしょう? 僕は自分の落ち度ではなく、この状況がなるべく長く続くのなら、それに越した事は無いんです」
一真さんはリビングの椅子に腰掛け脚を組み、不敵に笑う。
その一連の所作に俺は一瞬怯んだが、ここでしり込みして会話の主導権を持っていかれてはまずいと自分を奮い立てた。
一真さんは正直何を考えているのか読めないので、内心どう思っているかもわからないが、こうなってくるとまずはどこまで話すべきかが重要になる。
男である事は一真さんにバレているとして、どうやら一真さんは俺と稲葉が付き合っているらしい事は疑っていないようにも見える。
「つまり、しずくちゃんに稲葉を諦められても困るけど、私にあっさり身を引かれるのも避けたい、という事ですか?」
「できれば、ですけどね。それに、僕は最終的にどちらが彼とくっつこうが、雇用期間が長い方がお得ですしね」
あっけらかんと一真さんが言う。
そのあまりにあけすけな態度に、いっそのこと全て話してしまおうかとも思ったが、その場合、俺と稲葉が一時の嘘でしずくちゃんを振り回しまくってあらぬ道に引きずりこんでしまった事も話さなくてはならなくなる。
仮にもしずくちゃんサイドの人間にそんな事は言える訳が無い。
それに、一真さん自身がどうもしなくても、その事がしずくちゃんの父親にでもバレた場合、それこそ何をされるかわかったもんじゃない。
自らゆすられるような材料をばれてもいないのに話すのは、ただの馬鹿だ。
そう考えると、やはり俺は稲葉と本当に付き合っていて、何らかの理由で稲葉としずくちゃんをくっつけたい、とするのが一番無難な気がする。
非常に不本意ではあるが、それでもさっさと稲葉と別れた事にしてしまえば良いだけだ。
「しずくちゃんは、良い子だと私は思います。少なくとも、この子になら稲葉をとられてもいいかなと思うくらいには」
「それは、すばるさんが男だという事に関係が?」
一真さんの目の前まで歩いて行き、ちょうど見下ろす形になった俺は、彼の問いに、静かに首を横に振った。
先程の一真さんの口ぶりから察するに、その程度では別れる理由としては弱いように思えるからだ。
なので、一番もっともらしい理由をあげる事にする。
「……それもありますけど、少し疲れてしまったのかもしれません」
「ああ、それはしょうがないですね」
一真さんは納得したような哀れむような目で俺を見る。
俺も、実際自分が女で、本当に稲葉と付き合っていたとしても、ここまで年がら年中トラブルに巻き込まれていたら、普通に疲れる。
「では、こういうのはどうでしょうか。彼とはしばらく距離を置いてみて、それでもまだ彼が好きかどうか、改めて考えてみるんです。それでも好きなら、今まで通りで良いじゃないですか」
さながらカウンセリングでもするかのごとく、一真さんが提案してくる。
「もし、私がやっぱり稲葉と別れたいと思ったらどうするんです?」
「その時は、すばるさんが円満に別れられるよう、僕も協力します」
一真さんが俺の左手を取り、微笑みながら見上げてくる。
「別に、別れるのは協力してもらうまでもないと思いますけど……」
なんだか、妙に恥ずかしくて視線を外しながら俺は答える。
多分、もう今の稲葉なら、すばると別れてもこのまましずくちゃんとくっつくだけのように思える。
「そうでしょうか? 僕には彼がすばるさんに甘えすぎているようにも思えるので、案外別れると言っても応じてくれないかもしれませんよ」
一真さんは困ったように笑いながら俺の左手を撫でた。
妙に甘ったるく感じる雰囲気に耐えられず、俺は慌てて左手を引っ込める。
案外簡単に手は放された。
なんだか顔が熱くなっているような気もするが、それは気のせいだと自分に言い聞かせる。
「それはないとは思いますけど……まあ、その時はよろしくお願いします」
「はい、任せてください」
あんまり否定しすぎても話を長引かせるだけのような気がして、俺は一真さんの話に合わせつつ、早くこの変に恥ずかしい会話を終らせようと努める。
一真さんはクスクスと楽しそうに笑っていた。
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